昨日の報道2011を見て思わず涙してしまいました。
(T_T)

地震以降、観光地から観光客が消えた会津の観光復活への奮闘と、震災後初めて会津に修学旅行に来てくれた栃木県の子供たちの姿が放送されました。
生放送のスタジオに来ていた観光庁長官も、それを見て感極まって泣いていました…。

原発から100キロ以上も離れた我が会津。
実際我が家からは、いわきの海より新潟の海の方が近い位で、会津磐梯山に守られ当然放射能の心配などありません。
しかし、政府が最初放射能が検出された野菜の出荷停止を「福島県」と大枠で設定してしまったため、影響のない会津まで風評被害にあっているのです。

今回来てくれた修学旅行の先生方は、詳しく下調べをした上、熱心に保護者との会合を重ね子供たちの希望を聞いた上で決定したそうです。
元々幕末の悲劇「白虎隊」などの歴史的観光資源の多い我が会津。
白虎隊がちょうど修学旅行生と同年齢位な事や、喜多方ラーメンやこづゆに代表される地元グルメや温泉も豊富にある事から、以前から修学旅行の多い観光地なのです。
今回の子供たちは、手作りの被災地へのメッセージの寄せ書きまで持って、会津に賑わいと笑顔を運んで来てくれました。

市の観光課職員も、旅行会社などに必死のアプローチを根気よく続け、会津を行き先にした「被災地応援ツアー」を企画したいという話にもなって来たようです。
スタジオにいた観光庁長官は、それと同じ事を海外でやって来たのでしょう。
それを見て堪えきれず泣き出してしまいました…。
きっと同じような熱き魂と、幾つもの苦労がそこにあったからに違いありません。
でもこれに関しても様々な感じ方をする人がいる(実際なうでは、国の金で海外行ってるくせに!とか言う人もいました)と思います。しかし基本的に僕は男の流す汗や涙を信じたいと思います。

今会津の市町村長会では家畜の避難の受け入れも積極的にして行く事を決定し、対応可能な畜産農家との調整を始めました。
浜通りや中通りが米や野菜を作れないなら、その分も例年より多く作るようにと会津の若い農家たちを中心に立ち上がりました。
もちろん観光でも今会津が踏ん張って、浜通り中通りへ元気を届けたい、経済を回したいと強く思っています。

今こそ福島県を会津が支えるとき!

どうかたくさんの皆さんに会津に来ていただきたいと思います。
何なら僕がガイド役をいたしますよ。
「会津さ来らんしょ~♪」
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