僕が生まれて初めて入院した日から丸二年が経ちました…。
長女のセンター試験前日に直腸癌を告知された僕は、何も決められないまま、何の覚悟も出来ないままの事でした。
僕が癌である事を告げてから入院の日まで、妻はいつもと変わらない様子で入院の準備をしていました。
でも僕には、無理をしているのが手に取るように分かりました。
入院するのは、会津から車で二時間弱離れた所にある福島医大病院。
まして冬道です。
入院する時は2人でも帰りは1人になってしまうため、僕が義妹(妻の実妹)に一緒に来てもらう事を強く望み、三人で向かいました。
今思えばこれが正解でした…。
入院の手続きを終えて病院のパジャマに着替え、主治医や担当看護士にも挨拶を済ませて会津に帰る夕方、病院を後にする妻は、小さな背中を見せたまま1度も僕の方を振り向かないで行きました。
おそらく…
いや間違いなくあの時妻は泣いていたのだと思います。
無理もありません。
長女の進路の事、その春に次女が予定していた耳の形成手術の事…
何も決まらないまま僕の入院ですから、かなり心細かったはずです…。
あのまま妻1人で二時間も冬道を運転して帰らすのは、むしろ病院に残った僕の方が心配でならなかったでしょう…。
今もたまに義妹があの時の事を話します。
「あの時はお義兄さんの顔もお姉ちゃんの顔もまともに見れなかった…」と。
あれから二年…
ストーマにはなったけど、生きて妻や子供たちや両親や仲間たちの元へ生きて帰って来れて本当に良かった…
心からそう思います。
癌は五年が一区切りと言います。
癌患者たちはみんなまずそこを目指します。
それが癌患者の試練です。
だから、入院した日、手術した日、退院した日…
それらを全て感慨深く迎えるのです。
僕が手術したのは3月末。
会津が遅い春を迎える頃、僕の術後試練の5分の2はやって来ます…。
大雪のせいばかりではなく、本当に春が待ち遠しい僕です。
(^-^)v
