追いついた近代 消えた近代: 戦後日本の自己像と教育☆ | 爽快な空腹感

追いついた近代 消えた近代: 戦後日本の自己像と教育☆

こんにちは。

30年間毎日酒を飲み続けた作家。

4年前から一滴も飲んでない。

大酒飲みの決断。

町田 康さん。

エライ。

 

さて、昭和のオジさん達は、

近代という言葉に惹かれる。


「追いついた近代 消えた近代: 戦後日本の自己像と教育」。

苅谷 剛彦 (著)
アマゾンで購入。

3300円+税。


日本は西洋におくれをとっている。

その認識から日本近代のすべてが始まる。


日本こそは、西欧以外に

近代化を最初に目指し、

また成功した国。


日本も西洋のごとくあるべし。


英語でモダン。

日本語にすれば

遠い過去との対比で、現在の、

最近の時代に関すること。


追いつけ追いこせで頑張ってきた日本社会。


もはや目標となるモデルがなくなった。


やるだけやって

燃え尽きた。。






22年発行の村上龍の

「寂しい国の殺人 」。


村上は、1978年に円が対ドルレートで

二百円を切ったとき、

日本の近代化は終わったという。

 

近代化が終わり、国家的な大目標が失われた。
それなのに、

次に来るべき個人的価値を見いだせず、
日本人は、「寂しさ」の中にいる。

 

「あのね、この国ではもう近代化という

大目標が終わってるの。
だから、会社でどんなに働いても

おじさん達はもう尊敬されないんだよ」


追いついた近代。

消えた近代。


人生100年時代。


目標を失った喪失感の中、

100年は長過ぎる。



教育は未来へ投資。


キャッチアップ型近代化を進める限り、

教育の目的を経済成長への貢献とした点。


経済の発展が優先され、

高等教育の衰退が放置ないし容認された。


大学数は増加したのに

高等教育への投資は乏しく、

基礎研究が発展する基礎は薄弱だった。


日本の大学の現状の問題点。

大学の閉鎖性、硬直性は変わっていない。



オススメ。