平成論 「生きづらさ」の30年を考える☆
こんにちは。
週末暑かったぁ。
クルマのアルミ。
うっかりコスってガックリ〜
石川遼の優勝にはほっこり(^。^)
さて、生きづらかった時代なのか平成。
還暦過ぎて、昭和と平成。
人生の半々生きてきた。
崩壊、沈滞、動揺。
平成とは 何であったか
平成論 。
池上彰、上田紀行、中島岳志、弓山達也。
教授4人が平成時代を総括する。
NHK出版新書。
こういう本好き。
バブルが崩壊し、1995オウム事件。
1997神戸の酒鬼薔薇聖斗。
山一證券破綻。
この辺りで日本社会の底が抜けてしまった。
平成の若者の生きづらさは、
平成サラリーマンが幸せそうに
見えなかったせいでもある。
リストラが当たり前になってたし。
オヤジの会社でもリストラ二回。
株価の変動に人々の元気が連動する社会。
果たして幸せなのか。
経済状況に左右されない幸せを持つことが
重要なのではないか。
ふむふむ、そうなんだけど、
お金が結構絡んでくるような。。。
印象に残ったフレーズ。
自由より拘束が幸せ。
「人間は演劇的な動物である」
人間はどういうときに、
自分の意味を獲得するのか。
それは何からも自由になった瞬間ではない。
そうではなくて拘束されているということ。
私がいるからこの家族は安定している。
私というものを、
ある種の「役割」によって認識する。
だから人間はその役割を演じて生きている。
役割を演じ切れたときに、
その役割を味わう自己というものがいる。
父親や母親として子どもに
果たすべき役割を果たしたら
この役割を自分でうまく演じたなと思った瞬間、
それを味わう自己というものがある。
人間というものは、永遠にそうやって
自分というものを獲得していく
演劇的な動物である。
この演劇論が妙にフに落ちた。
自分がいることの意味や場所を獲得して
生きることが幸せ。
死ぬときに
いい役者だったな。
と思える人生にしたいですな(^。^)