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ダバオ通信 ヤン爺のラストライフ・ダバオ
Last Life Shift In Davao Philippines

フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
「団塊 百年の孤独 老いの抗い」
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「断固NO」
57歳で会社を去り
家族とも離れ
老後生活をするのだ と
鬱屈を抱え
うまくいかず
もがき続けた
日本での暮らし
「世の中は
ままならない」
全部うまく
いくはずがない
自分の物語もそう
心の傷を抱え
難しい立場で
悩んでいた
たまに
生きてて怒りを
感じることなんて
ないですよね と
揶揄されるのも・・
だが
事実はそうではない
怒りはつねにそばにある
何に?
社会や政治や
日常の理不尽すべてに
「ニューズウィーク」の特集は
「世界が称賛する日本の暮らし」
子どもが自由に
街を歩ける安全性
世界一の保険診療
物価の安さ
日本が誇る美点は多い
「自分の老いを
どう生きていく」
焦点を当て続けた
歳をとった
「まあ いいや」と
思わなければ
いけないことが増えた
でも
「まあ いいや」の先には
面白い未来が
開けていると
いうのがある
そうして
すべてをゼロにして
たくらんだ
フィリピン移住
ダバオ市に渡った

ここでは思うまま
自由な自分でいられる
自分でも割り切れない
あいまいさみたいなものを
大切にするより
しようがない
そういう立場が
なくなりつつある
時代だからこそ
そういう立場というものを
どうにかして
守りたいという気持ち
大切なのは
周りに合わせる
ことではなくて
自分が楽しいと
思うことを
選択することだと
その楽しいと思うことを
共有できる女もいたら
最高の南国の完成
老成した魂を持つ
少年でありたい
「自分の老いは
誰のものでもない」
年を重ね
ありのままと向き合う
一人暮らし歴20年超
おひとりさまの醍醐味を
南国で享受している
70歳を過ぎた
独り暮らしの男は
目覚めると
煙草に火をつけ
よれよれのシャツで
屈伸すると
てくてく歩いていつもの
食堂に顔を出す
日々のルーティンを守り
いつ訪れてもおかしくない
死に向き合っていく
不器用な男を
周りの人々が見守る
潔くマイペースを貫く
老の姿が刻まれる
残された時間が
少ないことは
自分が一番解っている
他人から
とやかく言われるのは
ゴメンだ
だからといって
傍若無人な態度を
晒すことはない
どこまでも自然に
時に誇張を交えながら
残された
かけがえのない時間を
自分らしく生きる
さて 何食べようか
お腹が減るって悲しい
でも食べると
悲しくなくなる
人間って ちっぽけで
笑っちゃうな
目で見て
おいしそうよりも
口に入れて
おいしそうなが いい

世の中
面白い人と
面白くない人がいる
老い先の時間は
限られているから
なるべく面白い人と
付き合いたい
その意味で 自分は
フィリピン人の
笑顔に出会えた

今日 明日
何が起こるかは
誰にもわからない
賢い者や強い者だけが
生き残るわけではない
ただ その場所
フィリピンの環境に
適応した者が生き残る
そこでは 運と適応で
運とは適当なときに
適当な場所にいること
ダバオで暮らすと
決めたのなら
その道を不平不満を
言わずに行けばいい

将来
何が起こるかは
誰にもわからない
なら川の流れに
身を任せるしかない
人間にできるのは
川に流されて
たどり着いたその場所で
自分のベストを尽くし
生きることぐらい
川に流され
時には岩にぶつかり
濁流にのまれたり
そうしながら
思いもよらない
展開のなかで
懸命に生きていくほうが
面白いに決まっている
人間は動物なので
病気になって
回復しなければ
死ぬのが 自然
誰にでも
必ずやってくる未来を
心配しても仕方がない
その先に
何かあろうと
何もなかろうと
生きられるとこまで
古希の70歳を
超えたときから
後は神様次第だと
心底思っていた
その考えは
いまも変わない
人間は常に病気や老化
死と向き合って生きている
不幸と呼ぶべきか
宿命と呼ぶべきか
これらの避けられぬものと
いかに向き合って
生きていくか
このことが
人間の数千年の
歴史において
常に人間の眼前にあった

好きなものを
バランスよく
気持ちよく食べ
眠くないときには
頑張って寝ようとせず
食事 睡眠 運動など
身体と心を酷使せず
ストレスを
抱え込まないことで
健康に導いている
やはり人生は
「楽しまなければ」

自室のカレンダーの
その日の日付に
バツ印をつけている
他の人々と同様に
そうすることで
時間の経過をつねに意識し
いま生きている日と
過ぎ去った日を
区別している
一人で
家で死ぬということは
それまで一人で
家で生活していたこと
褒められこそすれ
非難されるような
ことではない
家族と
同居していたとしても
亡くなるときは 一人
家族に見守られ
手を取られていたと
しても
肉体を脱いで
あの世へ帰るときは
誰もが 一人
孤独死という言葉が
独り歩きをして
独居の人の不安を
あおっているが
なんの心配もない
誰もが
孤独に死ぬのですから
孤独死は
別に特別なことではない
そういうと
そうした人生に
意味があるのか
などと言われそう
人生に
意味などいるのでしょうか
一匹で歩いている猫を見て
不幸と感じるでしょうか
一人の
気ままな自由を実感したら
人生に意味を見出す
必要など ない
音楽を聴いたり
地図を見たり
本を読んだり
好きなことは
すべて一人でできる
教養とは
他者の喜びを盗むこととも
薦められた映画や
音楽にふれるのは
一人だけで得られなかった
新しい喜びを知る
本を読むことで
どうぞ僕の喜びを
盗んでくださいと著者
人嫌いなわけではない
小さい頃から
一人でいる時間が多かった
童心に戻れるような瞬間が
少しでもあれば
それがいいのでしょう
人生の後半を
さてどのように
管理しようかと
現在妄想中
孤独じゃない
だから1人の時間を
大切にしている
誰にも
邪魔されたくない
そんな想いが沸くのも
誰かが いつも自分を
気にかけてくれている
女がいるから起こる事
そう考えると
1人時間を大事にしたい
だなんて
自分はとても有り難く
贅沢な事を言ってる




