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       ダバオ通信  ヤン爺のラストライフ・ダバオ 
          Last Life Shift In Davao Philippines
 
   
        フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
              「団塊 百年の孤独 老いの抗い」 
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迎え火と送り火
ご先祖様の霊が乗る
キュウリの馬にナスの牛

光と音と人と街!
必要なものが
すべて詰まったダバオ市
お盆の準備を進めた



 

日本にいるときは
ストレスを感じても
我慢することが
当然だと思っていた

諦めるには早すぎて
焦るには遅すぎて
手放すには
多くを背負いすぎていた

自分の老後
全てから解放され
自由に成りたいと
フィリピンに向かった

日本で 

咲けないときは
逃げても いいよ
咲けるところへ

元気なうちに
人に迷惑をかけないで
好きな場所に移ろう

行動するなら
早い方がいい
自分を大事にする
その考え方を取り入れた

フィリピンに移り住んで 

老いが 楽になった
だが すべての生き方は
正解で不正解

そして 今
家に誰もいない
自由なひとり暮らし
人生の絶頂なんじゃ
ないかと思う

自然体で
ひとりで生活している

淋しくはないかって?
それはひとりの
楽しさを知らない人の台詞
「おひとりさま」とは
自由人の言い換え

それに 決して
ひとりじゃありません
自分に通ってくる
女もいますし

好きな女がいる
これがすべての寂しさを
消し去ってくれる

「ふわっ」とした感じ
フィリピンで絶妙に
空も風も存分に
全身で感じている



 

成熟こそが人間の価値
年齢より若く見えるは
決して喜ばしくない
若く見えるということは
年齢に比して人間として
成熟していないように
思われる
「子どもっぽい」と同義

若さよりも練達
未熟よりも成熟に
価値を見いだし
尊いものだと思う



 

8月15日
77回目の「終戦記念日」
当時の日本人は
どんな思いで
あの日を迎えたのか

そして いま
世界のどこかで 戦の
終わりを待ちわびている
人たちがいる

どんなに時間が経っても
忘れちゃいけない戦争

貧困・飢餓をなくす
公平・公正な社会
差別をなくす
戦争をなくす
地球を守ろう

「あれだけ言ったのに」と・・
ジョン・レノンの「イマジン」

国もなく
殺すことも 死も必要ない
所有も強欲も飢餓もいらない
想像してごらん
皆が平和に生きる姿を歌い 

ベトナム戦争を
やめさせた

昨夏の東京五輪と
今春の北京五輪の開会式でも
「イマジン」が 流れたが
過激な歌詞を恐れたのか
NHKは 日本語字幕を
出さなかった

なにを信じ
なにを大切にするのか
それを考え続ける暮し



 

あらゆる人々
後から来る世代のために
今の社会や生活を変える

「なんで こっちの
   ライフスタイルや社会に
   しなかったんだろう」と
言いたくなるような
時代の変革

働く時間を減らしたり
家族との時間を増やしたり
大量消費ではなく
モノを大切にする……

豊かな未来への
原動力となるのは
「優しさ」
「自分に優しく
   人に優しく」を
これからの時代について
考える



 

戦後の貧しさの中
日々の「生活」に
あけくれる人々
かつて日本人が
大切にしてきたはずの
優しい暮しが 

フィリピンにあった

その願いとともに
戦争へと
駆り立てたものへの
大いなる批判が
込められていた

人間は
どう生きるべきなのか
なにを信じ
なにを大切にするのか
それを考え続けることが
暮しなのだと・・

「君もおまえも聞いてくれ」

このへんで
もう頭を切りかえないと
とんでもない 手おくれに

なってしまう

自分より
ずっと若い人たち
君たちは 世界中が
こんなことをしていたら
地球といっしょに
亡んでゆくかも
しれないのだ

その日に
立ち会わなければ
ならないのだ
そういう目に
君たちを会わせる
その責任は 自分らにある

「責任」は
今を生きる自分たちにある

人生に自信を持つ
人生は全体的に見れば
良いものだと



 

平凡で長い人生を歩き
まじめで地味な男が
定年を迎える
そんな人生の終点に近い
駅路に到着したとき

 

これまで

耐え忍んできた生活は 

もう このへんで
勘弁してほしい
解放してほしいと思い
ダバオに暮らしている

定年後の生活を
女と過ごそうとして
妻にも知らさず
定年後のある日
黙って家を出る

駅路とは 家出

人生に
区切りをつける家出

老いた人生には
限りがあるからこそ
時間は大切
わかってはいても
なかなか自分の時間を
持てなかった

大人のひとり時間
どこか別の場所に
ひとりでいると
そこでゼロから
全然違う生活を
送ることもできる
思考の仮定
「if」のようなものが
生まれた

自分を見つめるとか
そういう感じですが
社会的な自分から
離れられるのが
ひとり時間

 

 

モールの中を
歩いている時だった
18歳の私に
70歳を過ぎた男が
語りかける

「今のこの身体を
   よく覚えておきなさい
   今が1番美しいんだから」

何の話だろう と 思いつつ
特に深く考えず
「そうなんですか」と答えた



 

次に男から出てきたのは
「僕と付き合ってください」
という言葉だった

亡くなった 私の祖父と
同い年ほどの人だった

私は18歳 大学に入学し
急に世界が広がったように
感じていた

 



やりたい仕事があったので
ネットで 自分で営業して
物販することを始めていた

彼と知り合い
住まいが近かったので
可愛がって
もらうようになった

 

孫ほども
年が離れていたので
まさか自分が
恋愛対象になっているとは
思わなかった

しかし どうやら彼は
私に愛を告白している
らしかった

まったく
私の意に反した好意

きっと
彼が愛していたのは
私ではなかっただろう
18歳の女 という
ウツワを
愛していたのだと思う

そうでなければ
「18歳の身体が1番美しい」
という言葉は出てこない

呪いだといってもよい
若さに価値を見出し
以外の価値を認めない

 

経験を積み
成熟した人間よりも
ただ 若いという属性を
持つことだけに価値を置く

話がおもしろいとか
知識が豊富だとか
一緒にいたいと思う
人間には
そういうことを
期待するはずだ

だが そのとき
彼が求めていたのは
18歳という記号だった
それは私に対して
非常に失礼なことで

ある気がした

彼は大真面目に
それを愛だと信じて
私に語りかけている

空虚だった
これは愛だろうか
本当に愛していたら
何歳で
どんな身体であっても
愛おしく思うのでは
ないだろうか

それともそう思うのは
私が若かったからだろうか

幸いにも
その後私は
「18歳の身体が1番美しい」
の呪いには かからなかった

 

とはいえ しばらくは
鏡で自分の姿を眺め
「これが1番美しいと
   されているのか」と
他人事のように考えた



 

人によっては
ここで呪いにかかって
しまうこともあるだろう
これは厄介な呪いだ

人は必ず歳を取る
抗いようのないことに
恐怖を感じながら
生きていくには
人生は長すぎる

私が偶然
呪いにかかることが
なかったのは
環境の要因が大きかった

周りのだれも
私を年齢という記号だけで
判断していなかった

愛し愛されるために
必要なものは
記号よりもっと有機的な
その人の魅力や欠点を
理解することだと
知っている人ばかりだった

呪いを跳ね返すのに
十分なまじないとなって
私を守ってくれていた

若さという価値基準が
存在すること自体は
ある意味では当然だと思う

私も
「こんなに若いのにすごい」と
思うことや
「若くてかわいい」と
思うことはある



 

ただ 若い それ以外の
尺度を知らないのは
文明的ではない

機知に富むこと
行動力に優れること
思考力に秀でていること
人は様々な要素から
構成されていて

 

その分

多様な価値基準が
あるはずだ

記号しか
見ようとしない姿勢は
単なる怠惰である

なのに なぜか
その怠惰が許され
むしろ
その怠惰こそが
正義であるかのように
ふるまう男が
存在している

18歳の私の身体への
空虚な愛の言葉は
そんな客体化の表出

きっと彼はそのことを
まだ理解していない
70年以上も生きているのに
どうして 誰からも
教えてもらえなかったの
だろう

彼が私にくれた
愛の言葉よりも
何かもっと空虚なものを
感じずにはいられない

若い頃は日々
なにかしらに立ち向かい
成長を止めてはならない
戦いのなかにいるようで
当時を思うと
少し息苦しくさえなる

ところが
50歳も半ばを過ぎ
「中年」という言葉には
一切抵抗がなくなり



 

次なる

「初老」という言葉に
敏感な年頃ともなれば
「できません」と
お断りすることに
遠慮もいらなくなり
これこそが
大人の特権とばかりに
抵抗なく口にする機会は
増える

そうです
すべてはいつの間にか…
変化していくもの

齢(よわい)を重ねて
充実した生活を送る
「幸齢者」たち

しぶとく
ずぶとく
したたかに
しなやかに

ずっと頭に残ってる

 

なにがなんでも
やってやろう
生き抜いてやろう
強くあろうって

泣きたくなるとき
消えたくなるとき
死にたくなるとき
この言葉を唱える
そっとでも力強く
心に刻むみたいに

ゆるーくだけど

なんでもいいから
なにか考えてないと不安

自堕落な一年になる!

そのとき 出会った

しぶとく
ずぶとく
したたかに
しなやかに

これが生き様
みたいな感じで言ってた

いつも通りゆるーく
そんなに深く考えずに
今でも唱えている

少し経ってから
この言葉は唱えたときの
感情に合わせて
色々な力をくれる

誰にも頼れなくて
真っ暗になったとき
ゆっくり唱える
そのときは
「しぶとく」が強め

しぶとく
ずぶとく
したたかに
しなやかに

自分の生き方が
こうであったら

いいなと願って
自分の老いに
真っ直ぐ向き合う

今日も

このことばを唱える
そっと でも力強く
人生に芯を通すみたいに

『ボーッと生きても
   いいんだよ』