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ダバオ通信 ヤン爺のラストライフ・ダバオ
Last Life Shift In Davao Philippines
フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
「団塊 百年の孤独 老いの抗い」
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潮風の匂い 波の音
肌を焼くまぶしい太陽
人もボートも青色に染まる
空と海の境目が曖昧な場所
目を閉じると
風が胸に沁みて
心が自由になった
人間がこれまで
懐の深い地球から
サービスを受けて
発展してきたけれど
今は 地球の回復力を
超える負荷を人間が与え
人間が地球をつくりかえて
しまっている
未来から 現在を
見れば それが解る
そう言われますか?
はい
そうであるから
めげないで
たのしくやる
今日もフィリピン
ダバオ市の
真っ青な空の下
暮らしている
日本ではない 別の世界
自分が生きることができる
別の世界が
「ある」と 考えていた
いつか
今いる場所ではない
別の世界に行く
その場所を夢想する
自分は辛い現実に
日本で耐えていた
本や言葉が
日本ではない
「曖昧な世界」に
誘ってくれていた
自分らしく
老後を生きたい
「どこかにある」と
自分に問うた
それを
老人が 夢物語だと
一蹴して
いいものでは ない
どうしたら 何処でなら
マシな老後の
暮らしが できるのか
自分の何かを守るために
理不尽な現実に抗う
何処かに
答えがあるように・・
どうしようもない
現実を生きている
恵まれなかったから
仕方がないと
自嘲するのではなく
自分は想う場所を
求め続けた
何者にもならない
なれる筈も無いが
人歴史の中で
なんでもない人で いい
人生って毎日の中で
ふッと楽しいなにかに
瞬間気づいて
それで自分自身を
慰めることができたら
いいんじゃないか と
「もうちょっと
泣くとか
怒るとかあるだろ」
「年齢」の持つ意味は
歳を重ねるごとに
薄まっていく
赤ちゃんの時には
皆が似たり寄ったりの
特徴を持っていても
年齢とともに
個人差が広がっていく
にもかかわらず
年齢が上がっていくほど
年齢でまとめた
「もう歳だから」の言葉を
年齢による先入観を捨て
年齢に関係ない
自分のよさに目を向ける
「最適の老後」
年齢を経て
ますます大切なのは
毎日を機嫌よく過ごす力
「ごきげん力」では
生きてるんだ
いいこともあれば
悪いこともある
馬が合う人もいれば
合わない人もいる
「ごきげん力」さえ
あれば 大丈夫
年を取るってことは
魂が老ける
ことじゃない
相手が魂ならば
気合を入れれば
何とかなりそう
自分は
中途半端な努力で
生き散らかしてきた
人間関係も場当たりで
男女の別なく
大事な縁を育てることを
怠ってきた
老けた魂から始まる
第二の青春がある
残された時間が
限られているから
丁寧に生きなければ
との思いが強い
自分のつまらなさを
痛感しているぶん
他人に
やわらかく向き合う
酸いも甘いも嚙み分けた
70代が弾けるとき
その輝きは
若さをも圧倒する
正しく老けることを
知っている魂が
老けない魂
だという逆説が
絵になるとヨロシクだ
夜空や青空といった大自然
ふたつめが
目の前にいる人間
そして
もうひとつが
独り言で「おい お前」と
呼びかけてしまう存在
3つうちの どれかに
支えられていれば
人間 生きていける
もう 自分には
欲しいモノは ない
「モノはいらない」と
言い聞かせるのは
平穏に生きていく上で大切
しばらく
ご無沙汰だったから
今年こそは……
すいかは漢字で『西の瓜』
砂漠で生まれた食べ物
国によっては
野菜の部類だったり
水筒代わりに持ち歩く
ところもある
日本のすいかは
水の果物と書いて『水果』
暑い夏が始まる
それは 旨いスイカが
食べたくなる季節
どんなに厳しい
ダバオの環境下に
置かれても
日常は誰のものでもなく
その人たちのもの
笑って 泣いて
みんな支え合って
どうにか生きている
柔軟さこそ生きる術
不足で生まれる豊かさも
ボクシングの
元ヘビー級世界王者
マイク・タイソン(56)は
自らの死が「本当に近い」と
考えているという
このところ
自らの死について考えており
「有効期限」が
近づいていると感じている
総資産が14億と言われる
お金は
重要ではないとして
金は私にとって
何の意味も持たない と
大金を手にしたことが
ない人は
お金で幸せになれる
そう思っているが
私はいつも言っている
大金を持っていると
誰からも愛されない
ということは ない と
間違った安心感を
持ってしまう
しかし 何も起こらない
銀行は破綻しないって
多くの金を持っていると
無敵だと考えてしまう
それは真実じゃない
だから
金は間違った安心感だと
いつも 言っているんだ
妻のラキハは
より安心感を得るために
さらに多くの資産を
求めている
タイソンは その考え方に
疑問を抱いているようで
「なにが 安心だろう?」
分からないね
銀行に貯金し
毎週小切手を受け取り
一生生活することができる
それが 安心かい?
そうなら
病気に感染したり
車に轢かれたり
橋から飛び降りたり
しないってことかい?
どうだろう
それが安心って
いうものだろうか?
金でそれらから
守られるってことかい?
人生は 金じゃない
それでも 金はイル
今を楽しむというより
「今 楽しいよな」と 気づく
生きている
それだけで面白い
現役の頃 仕事帰り
中華料理屋に
みんなで行ったとき
注文した
エビチリが来ると
みんな一斉に箸を持ち
取り合いになった
そこで明子さんは
素早く計算し
「一人3個ずつね」
と言った
それを聞いた 落合さんは
いつか俺がたくさん稼いで
数をかぞえなくても
お腹いっぱい食えるように
してやるからな と・・
それを聞いた ご隠居は
こう切り返した
何言ってるんだよ
今が一番楽しいん
じゃないか
こうやって喧嘩して
取り合ってるくらいが
一番いいんだよ
生きているだけで
面白いというのは
ご隠居の実感だった
ご隠居は
楽しむだけでなく
「楽しい」と感じながら
楽しんでいた
この二つは
似て非なるもの
「楽しかった」と
後で振り返ることは
いくらでもできる
「楽しい」と
現在進行形で
感じることは
簡単ではないから
世界幸福度ランキング
について習つた
日本は51位
経済的豊かさは
世界3位の日本が
幸福度では51位
しかし「エビチリ」の
エピソードを 聞くと
考えさせられる
今を楽しむというより
ふとしたときに
「今 楽しいよな」と
気づく余裕を持つ
それだけで 充実感は
大きく変わる
料理は
自然と人間の間にある
料理する人は
自然と人間
人間と人間の
関係の間にいる
自然と人間の間に
情緒が生まれる
そしてまた
これを誰かに
食べさせようと
するときには
自分と食べる人の間に
情緒が生まれる
おいしいものを
おいしく食べることは
自然を敬うこと
料理することは
食べる人を
愛すること
一人暮らしでは
自分で作って
自分で食べて
自分を養う
どんな人でも
食事して食べるという
行為がないと
生きていけない
料理は自立
ご飯をたいて
味噌汁を作る
ご飯を作れることは
自分を守ること
死ぬまで上機嫌
己の普段の暮らしや
これまでを振り返って
みましたが
かなり遡らないと ないな
という結論に達したのでした











