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       ダバオ通信  ヤン爺のラストライフ・ダバオ 
          Last Life Shift In Davao Philippines
  

        フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
              「団塊 百年の孤独 老いの抗い」 
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眩しい猛烈な陽の下で
うれしそうな
緑と鮮やかな原色に
圧倒される

人間は木陰に避難して
また 陽が落ちたら
出かけよう

「この味がいいね と
   君が言ったから
   七月六日は
   サラダ記念日」

なんでもない1日が
誰かのひとことで
特別な1日になる

三十一文字
みそひともじの歌
新しい時代の短歌を
切り開いた歌人は
そう教えてくれた

軽やかな口語調で
若者の日常を詠った
俵万智さん(59)の
歌集『サラダ記念日』
1987年の発売
団塊なら憶えてる

なごしのはらえ…
半年の間にたまった
ケガレを落として
残り半年の無病息災を
祈願する神事

茅でできた
巨大な輪っかの中を
八の字に3回くぐるのが
特徴的な祓い清めの儀式

人型の紙に
自分の名前を書いて
悪い部分や痛い部分を
撫でながら奉納して
厄払いする

今年も
半分過ごしたんだなぁ
早かったかも と

そして 気づけば もう
7月…

結果ばかりを
欲しがらず
一歩一歩
地に足を着けて
残りの生きる時を
日々丁寧に暮らす

フィリピン・ダバオに 
移住しての 老後生活
のんびり 納得の暮らし 
独居生活は 究極の自由

生きてれば いいことが 
「そのうち」なんて 
当てにならないから 
今日が いまが その時
 
法律が あるのか?
規制か おかしいだろ
それなら 見直して 
そんなもの 
撤廃すれば いい

「栗せんべいを守る会」
が ある

栗の形をした 安くて 
おいしい 栗せんべい

ところが その店が
「もう 売れません」

聞いてみると
「栗が 入っていないのに 
   栗せんべいとして売る
   それは けしからん」

行政からの お達しだと

じゃぁ いいか
行政にもの申す
 
ブルドックソースに
ブルドッグは 
入ってないでしょ

ビール瓶に 
キリンは 入れないでしょ

かっぱえびせんに 
かっぱが 入ってますか

すると
行政の返事は
「それは 皆さん 
   わかっている
   ことだから・・」

「栗せんべい」
の ように
えッ!という 
信じられない規正が 
社会に存在する

そんな 規正なら 
無くしてしまえ
頑固な姿勢が 
正しさを 命を 守る

惰眠を貪った昼下がり
火をつけた煙草を一口
余計な愚痴も
ついでに口から
煙と一緒に出れば
いいのに

ただ ただ
短くなっていった
タバコを
灰皿に放り込んだ

さぁ 待望の1杯
まるで
恋人を見る目で
ビールをついだ

グラスを見つめ
やがて静かに
しかし情熱的に
黄金色の液体を
喉に流し込む

そして 2杯目
「これが流儀!」
別のグラスを
冷蔵庫から取り出す
適度に冷えた状態の
グラスで飲み続けた



 

そして 仕上げ
コーヒーと
ウイスキーの香りを
絶妙な硬さで
白と黒の層を織りなす
生クリームで蓋をする

それを 一口

美味しいものは
いつだって
心にかかるもやを
取り払ってくれる



 

自分の話をする
今考えてることでも
身の上話でも
要件のみの効率的な
対話に慣れすぎず
あちこちに
埋め込まれてしまった
「雑談しようぜ」っていう
言い訳を取り戻さないとね

 


老後のために
どう備える
「老後には
   備えないが いい」

未来がある保証なんて 
どこにもなく
思った通りの死に方が
できるとも 限らない

今できることに専念
その喜びを享受する

他ならぬ自分が
何歳まで生きるなんて
誰にもわからない

長生きしたい
したくない以前に
長生きできるなんて
約束 どこにも ない

遠い先の
こないかもしれない
未来のことを 今
あれこれ思い煩って 
恐れたり
不安になったりは
意味が ない

老後に備えるために
「今」生きることの
喜びをふいにしては
もったい ない

この先 何があろうと
今が本番
先の人生のために
今を楽しまない生き方
好ましいとは 言えない

人生で一番若い
今日という日を
存分に味わう



 

「食べたい」と
思うのは
体が求めている
脳を通して
「食べたい」という
信号を伝えている

70歳を超えた
高齢者は「幸齢者」
そうなったの なら
あらゆる常識は
忘れたほうが いい

「食べたい」と思うなら
我慢せずに食べる

体の声を素直に聞く
幸齢者には一番の健康法

人間の体は
じつによくできている
それを信じれば いい



 

本当はしたいのに
「いい年をして」の
言葉が頭に浮かび
我慢してしまう

でも やはり
したいことは
我慢せず
やったら いい

性的なことも
そのひとつ
世間の常識では
「年甲斐もなく」と
非難されそうな こと

健康面から言っても
積極的になって いい
男性ホルモンが
増えるからネ

年を取ると
男性ホルモン量は
自然に低下していくが
多い人のほうが 元気



 

人間の体は
よくできている
使わない機能は
退化していくが
使えば活性化する
脳はその傾向が顕著

衰えるに任せておけば
どんどん衰退しますが
奮起して使えば
活性化できる

最も効果があるのが
「したいことをする」
前頭葉にとって
刺激的なことで
脳が活性化する

楽しいこと
面白そうだと
思うことほど
脳にとっては刺激的

反対に
つまらないことや
我慢を強いると
脳の働きは鈍る

我慢をして
毎日をつまらなく生き
脳を萎しぼませていくか
したいことをして
毎日を元気ハツラツと生き
脳を活性化させていくか

したいことをすることは
脳の老化を防ぐためにも



 

日本人は
タブー視しがちですが
性欲は自然な欲求

残念ながら
性欲は年齢と共に
落ちていく
とくに男性は
男性ホルモンが減るため
如実に低下する

性欲があることは
恥ずかしく ない
男性も女性も可能なら
積極的に性の営みを
したら いい

自分の性欲を
「不謹慎など」と
考える必要はない
恥ずかしがるより
楽しむ

いつまで
続けられるかは
わかりません
いつ終わるか
わからないことを
楽しむのも
この年代ならではの
楽しみ方では ないか

楽しめるうちに
楽しんでおかなければ
なと思う



 

「あの野郎が
   言ってるのは
   風呂屋の釜だ
   信用できねえ〜」

「なんでえ
   その風呂屋の
   釜てえのは」

「言ゆ(湯)だけ
   だてえんだ」

言葉は生き物
使い手が確たる意志
理念に基づき使えば
かならず結果が出る

本来の意味を外れて
乱用されてはいないか
耳障りなカタカナ英語
訳分からない 短縮語

英語の安易な乱用には
げんなりだ
カタカナを借りての
生煮えな言葉表現は
「愚の骨頂」

口にする言葉には
責めを負うべし
「風呂屋の釜」は
わけても英語人には
信頼されぬよ



 

そんな事考えてれば
全てが面倒くさいなあ
まったく
生きているだけなのに
なんて考えるだけ
無駄なことが
無意味に頭の中を
占めてくる

心地よい眠気が
午後の自分を
海に沈めていく
眠そうな時は
抗ったり
暴れたりしない
惰眠を貪る快楽
睡眠は魔法の薬
海に溺れ沈めばいい



 

ごみ収集を
している人に
感謝を伝えたり
スーパーの代わりに
つぶれそうな
なじみの店へ
買い物に行ったり

大切だと
気づいたものを
守るためには
後先の利益を考えずに
行動している
どうなるか
わからないが
やってしまう

こうした行動
「思いがけず利他」
意志外の
「思いがけなさ」

太陽 大地 空気
環境からすでに
多くを受け取っている

にも かかわらず
現実を自明視しない
人間は世界を
自らの意志によって
コントロールできると
考えてしまう

人間は
多くを受け取っていると
いう事に気づいたときに
初めて受け取ったものを
循環させようかという
思考になる

人間は 利他を
受け取っている存在で
あることを起点に
世界を考えようというのが
100年ほど前の議論でした

敗戦国を
誇りある地位にまで
押し上げたのが
我ら団塊

寡黙なこの世代は
世界トップクラスの
頭脳を擁する

日本の宝とも言うべき
人材層 巨大な知性集団
退職団塊の世代
この中には 必ず
天才が ひそむ

姿を現してください

今の日本を築いた世代が
一斉に余暇生活に入った



 

こうして
今日が暮れてゆく
草の葉の上で陽の光が
徐々に輝きを失い
物音が静まり
いつか過去が去り
未来が私に
寄り添っている

さぁ~て 
もう一杯 どう 
飲もうか・・