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       ダバオ通信  ヤン爺のラストライフ・ダバオ 
          Last Life Shift In Davao Philippines
    
        フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
              「団塊 百年の孤独 老いの抗い」 
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いただきま〜す

 

ハイ どうぞ めしあがれ


ムクムク盛り上がった
積乱雲を観察している
青空に大きく浮かび
形をゆっくり変える様

あっという間に
時間が過ぎて
「はっ!」と 我に返る

陶酔というか 放心
気持ちをいったん
現実から ちょびっと
離してくれる 雲模様



 

珈琲を淹れて飲む
気持ちのよい風が吹き
鳥がさえずり
光が海を輝かせていた
体のすみずみまで
よい気が流れ込んできて
心が洗濯される 再生

 



「自然」は「じねん」
人為を加えない
本来のままであること
空や海や山や

動植物だけでなく
人間も自然に含まれる

「自然のなかで

   生かされている」
その感覚と生活そのもが
昔の日本人には あった

だから いま
「自然を守る」などと
言うのは おこがましい

ダバオにいると
生かされている と
謙虚な気持ちになる
謙虚さは 優しさに
皆さんも ぜひ
ダバオにいらして
風を浴びてください
あるがままに戻り
きっと再生できますよ



 

こっちだってさ
忙しいんだよね

え! どうしたの

こう見えても貴重な
休憩時間だからさ

だけど
どうしてもって言うなら
少しだけ 話を聞いて
あげても いいよ



 

この歳になるまでには
ひどい飲み方をしてきた
「最近」は
酒道が見えてきた

本当に旨いと思って
酒を飲むと
生命のエネルギーが高まり
体外にあふれ出てくる

しかも
良い飲み相手と一緒なら
お互いの生命が触発し合って
エネルギーが大いに高まる
そのエネルギーは
天に上っていくよう

酒の道は
さらに洗練され
境地を上げていく気が
楽しみ

最後の晩餐だと思って
味わう晩酌
死への覚悟を持って
有り難く飲むことで
こころの疲れが
喜びに変わっていく



 

老いの養生には
ときめきが不可欠

「食」と「性」の
営みが 命の中心にある
命のパワーを高めるには
この二つに働きかける

女性とハグをする
女性の色気というものは
何歳になってもいいもの
見ているだけでもいいし
触れられれば なおさらいい

一線を越えれば

いろいろストレスが

生まれる

ハグが最高
一緒に一杯やった後
ハグをして別れる
ハグで満足できるように
なったのは 老齢の功



 

自らが持っている
命のエネルギーに
女から充電される
その力で高めていく
それが 老いの養生

攻めの養生では
生命のエネルギーを
日々 高めつづけてゆき
死ぬ日を最高潮に調整する



 

自分は
背の低い白髪頭の老人
半世紀以上のあいだ
世間に揉まれながら
生きてきた

どちらかと言うと
無言を好む

工具類が好きで
樹木や花 鳥も含めて
大好きですが
それらの名称を
覚えるのは苦手

過去の日付には
あまり関心がなく
権威というものに
反感をもっている

自分にとって
睡眠は快楽の一種
夢は見ても
目覚めたときには
忘れている

これらは 
すべて事実ですが
言葉にしてしまうと
どこか 噓くさいし 詮ない

犬猫は飼ってません
年中Tシャツで過ごす



 

人間は世界の意味を
一所懸命見つけようと
してるけど
意味だけでは
追求しきれないもの
それが 世界
それを 自分は
肌触りって言ってる

意味じゃないもの
「世界の肌触り」
の ようなもの・・

生への執着が薄くなった
「自分」が
唯一の 未練のように

もっとしつこく
触っておけばよかった
あのひとのふくらはぎに
本能的な願いを
ポロリとこぼすのは
馬鹿にできない

何にもまして
ハッピーなのは
かたわらに女がいて
いつでも好きなときに
その肌に触れることが
できること



 

好きな人とべったり
ただ一緒の時を過ごす
性愛の感覚が色濃い

ボヤボヤしていると
すぐ死んじゃう
みなさんにも
色んなやりたい事が
あるでしょう が
人生は アット言う間
よそ見はしてられない
目の前の女だけ見てる



 

ダバオで
よい爽風に吹かれ
あるがままに戻ったら
もう 気取らない

最期の時間の中では
生きがいよりも
もっと切実な
「生きていけるかどうか」
という困難な課題を
突きつけられかねない

一度の老後
強気に進む それは
「行きたいところがある」
「会いたい人がいる」
「やりたいことがある」




「おいしいものが食べたい」
元気の大もと
元気でなかったら
おいしいと感じられないし
食べたいという気も
起きないでしょう

ただ「おいしいもの」
自分がそのときに
食べておいしいと
感じるものが
一番おいしいもの

「うれしいことがしたい」
どんなに美味しいものでも
一人で食べては 味気ない
親しい仲間や 女と一緒に
ワイワイと楽しく食べて
おいしい〜が 倍加
そんな環境を
つくっておけるかが
ハッピーに繋がる

人に聞かれて
改めて思い返してみると
自分でもダバオに引っ越し
「よくやれたな」と
今では 感じることがある

思い切ったこと
してんなぁ〜と
今でも 心配

世界が広がった
ダバオでは
自分の好きなことを
やる力と探究心を
感得できた

全てが
順風満帆だったか と
聞かれると それは違う
生活環境を整え
日本でのやり方を
ガラリと変える
苦戦した

知らない街で
一人生活を立ち上げる
裏側はとてもハード

楽しい部分と
そうじゃない部分
その全てありのままを

受け止めずに
嫌な思いを
したくないからって
避けていたら
 

そこに含まれる

可能性や
美味しいところ
楽しい部分も
一緒に切り捨てて
しまうことになる

それって
すごくもったいない

ましてや
自分がやりたいと
思っていることなら尚更
 

失敗する可能性が
ゼロになるからといって
成功する可能性も
ゼロにしてしまうより
一旦全てを
受け入れるつもりで
挑戦してみて
それから何を受け取るか
選べば いい

悪いところに
フォーカスするか
良いところに
フォーカスするか
コントロールするのは
自分次第



 

政府も自民党も
会社で言えば大企業
組織が大きくなると
問題があるのに
見ないふりをして
やり過ごそうとする

改革しようとすると
利権に絡む反対派から
足を引っ張られる

結果 やり過ごした方が
議員にとっては得なので
改革の勢いは小さくなる

このままでは
日本は気がつかないまま
死んでしまう

 

今の日本の

政策責任者たちには

それが 分かっている

後世の事はしらねぇ〜てか

 

聞くだけ野暮(やぼ)

分かっていないのは国民

そうに決まっている

ダバオが自分にとっての
どこかに なっていく
いま ここにいること
強い喜びと老いの安堵が
自分のからだ
自分の気持ちが
溶かされてなくなっちゃう

死ぬ間際に
やり残した事があった
なんて 言いたくない

 

「ありがとう」は

生きている 今

なんどでも 伝えておく

自分が ちょっと
心がけるだけの習慣で
周りがハッピーになる
ダバオで気づいていた

お隣さんから 気軽に
声をかけてもらったり

この間なんか 出掛ける時
『そのシャツいいね!』て 

褒めてもらったり

ハッピーな気持ちに
させてもらうことが多い

自分からも
話しかけたり挨拶する

自分がちょっと
心がけるだけの習慣
イヤなことは受け流し
心のときめきを受け取る

考えても
仕方ないような
モヤモヤすることが
あれば
すっきりリフレッシュ!
冷たいビールを飲み
女が 作ってくれた
ご飯を 美味しいと
言葉にして食べる



 

食べることで
心と身体を作る
バランスよく
気晴らしするなら
好きなものを食べる

制限しすぎない
健康のために
油や塩分を調整しすぎると
味気なくなったりして
老いたら 加減しない

何事もバランス
冷蔵庫に足りない
ものだけを買いに行く
自分の気持ち上機嫌



 

おかしいな どこも
タイプじゃないのに
この顔が好き

フィリピン娘 見た目が
単純な美醜のことを
指していると思えば
大間違い! 

とくに30歳を
超えたあたりから
女の内面性は如実に
人相にあらわれる

笑い方 視線や
指先の動かし方
人に接するときの態度
声のトーン
すべてをひっくるめて
“見た目” で 判断される

どんなに 顔の造形が
整っていても なんだか
嫌みな感じのする
女っていますもんね

 

美女というのではないが
色白のふっくらした
愛らし気な顔立ちで
造形が整っていなくても
美しいな カワイイな
愛嬌があるなと思える
女がいる

だから
人を惹きつける
そんな人間になるための
基礎づくりをしてきた女

おじさんは 美人より
愛嬌のある女が 大好き

女は 自身の
パートナーの男を
「内縁おじさん」と
明るく呼んでいた

法律婚をしている
人たちだけが
本当の家族ということに
なっている

型にはめておきたい
日本ならではの結婚観
ダバオには 合わない か

「形式にこだわる
   法律婚 それよりも
   心と心がつながる
   実質婚が大切では
   ないか」

女性たちが
プライベートの生活は
キープしながらも
助け合い 支え合い
男と満ち足りた時間を

共有する

その状態は「友達近居」



 

それは もう……
どうにかしようとは
思わず・・逃げた方が
いいんじゃないか

自分を蝕む場所
日本の仕来りから逃げる
とは 思うものの

逃げ回り続けて
70歳を迎えたら
きっと死ぬまで
逃げることしか
できなくなってしまう

真剣に向き合ったら
どこかに 逃げなくても
いい場所を見つけられる

「ここにいると楽しい」
「自分らしくいられる」 

そんな場所
見つけられれば
そこを手掛かりに
自分の老いを
組み立てていく

まだ
何も見つからない
という人は
まずそういう場所を
探すことから始める

ただ これは全部
自分のしてきた話
こうしたほうが
いいよ!とは
言えるもんじゃない

このブログだって
もし この先
80歳になった時
「こんなこと  
   考えてたんだー!」って
おもしろがりたい だけで

読まれることに
責任もって書いてない
一話のなかでも
言ってることが
コロコロ変わってるしネ

自分が
言いたいことを言い
やりたいことをやる
行動を起こして
老後を豊かに生きよう

そうして この場所
ダバオにたどり着いた

たのしむ 心から好む
喜んでとけこむ
安楽 心身が安らかで

「気が楽になった」

若い人には
できないことをして
自分の価値を出せる

人間関係は
わずらわしい一方で
なければ ないで
寂しさが増幅

どっちが いいか
問われれば 迷わず
わずらわしさを選ぶ

若い女を
応援するという
気持ちもあるが
自分が助けてもらうため

誰かが
自分を見守っている
そう思えば
うまくいかない老後も
不安が幾分薄らぐ

ずいぶん忘れることが
上手になってきた

老害だの暴走老人だの
という悪態をつく
声が聞こえてくる

あたかも
長生きすることが
悪いことかのように

だがね「待ってました!」
自分だけの為に使う時間
女との縁を切らず
ほどよい距離感を
保ちながら
ひとりの時間を楽しむ
 

ちょうどよい孤独を
楽しむ生き方こそ
満足した老後の
最期につながる

ひとり時間を
楽しむ力を養う

老後は黄金生活
もう あくせく
働くこともないし
自分のために
使える時間は
たっぷりある

楽しく豊かに
そして元気に
これからを送りたい

煩わしさから
逃れるため
日本での常識を
すべて疑っていた

生きてる 今が
ハッピーなら
どこでどう死ぬかは
二の次

生きているときの
幸せを手放してまで
死ぬときの安心を
選ばなくたくたって
いいんじゃないか

くそジジイだって
誰だ いま言ったのは

でてこい

オレです 言ったのは

愚弄する言葉では 

ないんだけど
したたかに生きた
老人たちを礼賛した言葉
それで あえて クソ

言わせてもらった

なんだって

そう 怒りなさんな

“くそ”は
古くは古事記にも
出てくる言葉

色気も厳粛な気分も
ぶちこわす破壊力と
それ自体が肥やしとなり
新たな生命を創造する力を

“くそ”に見て
パワーあふれる
褒め言葉として
用いられてきた

よく 解らないな

くそじじいの代表は
徳川家康だな