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       ダバオ通信  ヤン爺のラストライフ・ダバオ 
          Last Life Shift In Davao Philippines
  
  
        フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
              「団塊 百年の孤独 老いの抗い」 
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週1回は

サイゼみたいな
ファミレスで

他人が作った料理食べたい


 

ダバオの何処にあるんだよ
そんなもの ないよな
おこちゃまジョリビーだけ

自炊を休む日
毎日の家事しんどい
でも やらないと・・な
手を抜きたいよネ
最小限の家事で暮らす



(ココナツライス)

 

心和むそよ風が
吹く朝があれば
豪雨吹き荒れる夜も

 

清潔な

パリパリなシーツで
ぐっすりと眠れば
朝には身体が
軽くなっている

なんとなく足元が
おぼつかない日だって

そんな日は
何もせず 焦らず休んで
明日からまた
飛び立つ準備をしておく

ダバオの風が 
全身を 吹き抜けたら
「ヨ〜シ! 生きるぞ」
ファイトぉーっ!
いっぱぁ〜あッ

 

おおいに笑いなさい
怒り 哀しみ泣きなさい



 

世の中で
北斎の作品とされている
斬新な構図の代表作は 

すべて還暦以降に描かれた
老いてからの作だった

 

そんなの知らんかった

大器晩成だったんだな

北斎は
うつぶせの姿勢で
筆を執るなど
ごろごろと寝たり
起きたりしていた
それが腸の活性化に
つながって 90まで
しぶとく生きた 
江戸時代においては
長命の大往生

 

人気画家にしては 貧乏だった

修行が足りんと
北斎に笑われるから
自分なんかが 痛いの 
かゆいのなんて
言ってられない



 

「いつ死んでも
   おかしくない」
そうした歳なんだって

 

大声で断る事なんか ないよ

 

ほんとなんだってば それで
死ぬ間際に後悔するのだけは
まっぴらごめん

 

終わりよければ全て良しって

言うだろう

社会は毎日が不確実
何一つ確実な事はない
だから どのように
「今を生きる」かは
誰にとっても課題

生きてれば
悩みも不満もあるが
人が生きるを楽しむには
考え方のコツが要る
『死ぬまで上機嫌』

老人の上機嫌ほど

いい笑顔は ないぞ

 


いい加減な フィリピンで

生きているが

嫌な思いをしたとしても

「ま いいか」

「それがどうした」と言えば

万事解決

 

避けても飛び込んでくる

かわしきれない状況を

目の前にしても

「こういうこともあるだろう」

鷹揚に受け入れられる自分で 

いられるようになった

自分とまわりが向き合う

それが 自分にとって

なんだというのでしょう
己へまなざしを向ける

全てを手放した
今では 手ぶら人生
もう 自分ひとりの利益を
考えることは ない
誰かひとりのために
役立つ事でも構わない
それが生きがいになれば
生きてる糧になる



 

自分が何かして
喜んでくれる人が
いなければ
自分がした事が
誰かの役に立っていると
思えなければ
終ったと人生だと

清く引き下がる

誰かを支える事を知った
そうであるならば
その「生きる糧」だけは
手放さないように

 

そして 自分にとって
それが 何なのかは
常に考えておきたい

それは

「品よく」

「賢く」

「面白く」でも いい

 


(噛み切ったのよ 何か言ってよ)


なじみの食堂で
定番定食の値段が
10%上がっていたら
あなたはどうしますか?

なんだよ 
がっかり させるな 

値上げだと聞かされたら
何とお答えだろう

いくつか選択肢がある
(1)その食堂で我慢し食べる
(2)その食堂の安い定食に替える
(3)その食堂で食べるのをやめる

中華食堂「ふじ子」

カウンター7席の

1つに腰を落ち着け

ピルセンビールで 一人乾杯

体にしみる この一杯

メニューも見ず

親父オススメの

ふじ子餃子

大ぶりを一口噛むや

肉汁があふれ出す

餡には肉がギッシリ

ニラの香りがちょうどいい

 

なるほど

周りの客はみな注文していた
 

箸が止まらず口に運んでいると

「揚げ豚ロース麺 どう?」と

威勢のいい大将

 

まだシメたくないなぁ

何かつまみもらえないか

確認すると

 

「いいよ」とうれしい返事

揚げ豚は

唐揚げのように

カリッと仕上げた

ロースの甘酢仕立てだった

 

ピルセン もう1本

 

つけ合わせのキャベツと

一緒に食べると

うんまッ

マヨネーズつけたら

カツ南蛮に変身

あっという間に平らげ

大満足


親父オススメのもう一つ

魚介と鶏ガラのスープが

絶品だという魚介支那そばは

次回のお楽しみにしよう

 

そんな贔屓の店が

値上げなんかしたら

自分も困るし

親父さんだって困る

「他の銭湯が
   いつの間にか
   値上げして
   うっかりしてたんですぅ」

「秀の湯」の看板が見える
券売機で入浴料480円を購入

うっかり屋さん
自分は 大好き

 


(似合うって言ってよ 短めの髪にしたの)


フィリピンでは
油断できない 
知らん間に
何でもかんでも
勝手に値上げされる
たまったもんじゃない

セーブモア店内

肉の冷蔵シヨーケースに
サービス価格を表示した
黄色のPOPがついていた豚肉
ヨシヨシと思った
うっかり騙されるとこだった
500gでの価格表示
常に1kg価格表示が常態
半額に見えたが
安いわけでは 無かった

ふん! 小賢しいワイ

日本に住む人は
毎日「円」だけで
生活しているので
円ドルレートが
いくらであろうと
関心や実感が薄い

ダバオで
日本の食料品など
頭の中で円換算すれば
何も買えない円安

年金生活者に
値上げは 減収になる
消費税も余分に払うし

1万円を ペソに換金
昨日 3500ペソだった
とんでもないことになった
換金せず 万札握りしめ

貧しさに追い込むつもりか
恐ろしく 

両替所から逃げ出した

為替レート 円安の影響は
フィリピン生活では切実



 

自国通貨が弱いことは
誠に情けない
このまま円安が続くと
国境を跨ぐ往来が
自由になったとしても
「海外旅行は高嶺の花」に
なってしまう

高級ホテルに泊まれない
有名レストランにいけない
お土産もあまり買えない
といった具合 楽しくない

為替レートは
『国力』を反映するとの
原則に基づく

ならば 弱くなった日本
 

自国通貨が安ければ
国内の不動産はもとより
有力な企業
果ては 労働力まで
諸外国から買いたたかれ
国内で生活していても
輸入品を中心に物価はあがり
海外旅行や留学もままならない
といったことになる

国の根幹にもかかわる
「50年ぶりの円安水準」
という現実を
もっと真剣に受け止め
今こそ 中長期的観点で

 

国として
何をすべきなのかを
しっかり議論して

行動に移すべき時だが

期待でき無い か

 

ジッと待つ身

アメリカの平均時給が
4,000円になった

日本国内は
都道府県によって違う
1,000円にも満たない
都道府県が未だに多い

一方 フィリピン
首都マニラで
日給が1,370円(570ペソ)
時給では ありませんよ

日給ですよ

フィリピン人の賃金が
安いということですが
多くの日本企業が
フィリピンに進出している
果たして
フィリピン人の賃金は
安いのでしょうか?

 

フィリピン人でも

単一作業に間違いは少ない

労働の質と正確さで言えば
フィリピン人 10人分の仕事は
日本人一人で担える



(酔ったからじゃない おねがいします)

 

日差しがまぶしくて
影を見つけて逃げ込んだ

古ぼけた ダバオの街で
見覚えがあるのは
裏路地のBirだけ

遠くに見えていた 終息
コロナが
うやむやの中で霞んだ
あふれんばかりに
みなぎっていた 
ダバオの街の 活気が
静かに 戻ってきていた

ロハス通りの
夜市は復活し
マルコポールホテルも
閉じていたが
再開準備を始めた



 

コロナって
「鬼が だれか わからない 
   鬼ごっこだったネ」

顔パンツ防備して 
出かけるのは
日常に組み込まれたが
外に出るだけで 
体が こわばる事は 
なくなった

ちょっと恥ずかしな
ピナの魅惑の目
澄んだ瞳が美しい
時を忘れてすっかり
見とれてしまう
際立つ目の美人

顔パンツ姿



 

街を覆う 緊張感はなく 
コロナなど もう誰も
気にしていない

ウイルスは これからも
無くならず生き続けるが
夏風邪ごときもの
それが 基からの姿

ばか騒ぎのマスコミ
あおっただけのつけを

放り出していた
 

コロナ普通に
相手してあげてれば
社会を混乱させる事なく
済んだモノを 

3年間も
いじくりすぎたんだよ

専門家もWHOも
マスコミも能無しだった

ワクチンだけに救われた

年寄りだけが 弱いから 
感染すれば死ぬ
周りが注意してあげれば
大事に至らなかった こと

 



マスコミが

コロナで 余計な事をして
混乱させ くよくよさせた

 

大人なんだから
衛生管理は自分で出来る
子供扱いなんかするから
コロナに悪戯に翻弄された
国民が何も考えなくなった

それでも 7月に 入れば
「いやぁ~ 
   やっと ですねえ」

「終わりにしましょうか」
場合によっては
「これにてお開き」にと
終息宣言



(サッパリしたか 朝シャワー)

(コーヒー どこだっけ)

 

アメリカも 
フィリピン入国も
PCR検査を撤廃した



(ブッダスタイルサービス スタッフ)

 

コロナ ウイルスは 
いなくならないが
年寄というのは油断を
自ら解かないものだ
年寄りは慎重だから
社会を解放しても
大丈夫だヨ

自分を守れるのは
自分だけだもの
それが 大人のジジイ

制約をとかれ 自由に
空港では 沢山の笑顔に 
出会えるだろう



 

今 ほとんどの規制が解除され

人々は失った時間を取り戻そう

再び人生を謳歌しようと

出会いも 旅も 食も 遊びも

すべてが動き出している

自分の感覚や直感に
身を委ねていたい

その感覚の方が鋭い
ダバオに関しても 最初は
「ちょっと飛び込んで
   みようかな」と・・
歩くよりも泳ぐほうが
楽であるように

自分にとっては
それが標準
日常は生きづらいものと
自覚している

何なんでしょうね? 
わりと長い
お休みだったコロナ
意外と休めてなかった
なんか 落ち着かないで
ソワソワしていた

ダバオにいて
明らかにエネルギーを
もらっているんだが
何なんだろうなぁ…? 
不思議ですけどね

「もう少し身を委ねて
   生きてよかった」

 

うーん 何だろう…? 
「何で生きるのか?」
というのは 結局
無理して考え過ぎなくても
いいのかなって

もう少し
ダバオに身を委ねて
生きていいのかなって
ことですね

人生なんか
なかなか思い通りには
ならないわけで
もう少し海の満ち引きに
身を任せて
生きるってことで いい

経済的には

必ずしも豊かとはいえないが
何があっても動じない

フィリピン人

 

ここに居たら

心がおおらかになるな〜

そう思いながら日を過ごした

 

 

フィリピン人が

人懐こい笑顔で

よく話しかけてくれた言葉

『ご飯食べた』

直訳すると「純粋な人生」

という意味に繋がる

 

それ以上に この表現には

たくさんの想いが

込められている

元気 最高 幸せ

「人生を楽しんで 問題なし

   すべてよし」

 

 

自然を愛し 人を喜ばせ

人生を楽しむ フィリピン人流

ライフスタイル

 

人生 山あり谷あり

一筋縄ではいかない

現状に感謝して 

前に進まなくっちゃね

前向きにしてくれるフィリピン

 

裕福とは言えない

社会状況の中でも

人々は底抜けに明るかった

街角では 大きな音で音楽が流れ

「一緒に踊ろう!」と

陽気に声をかけてくる

 

道端では 子どもたちが遊びに

夢中になっている

街に笑顔があふれていた

 

「幸せとは何か」を

考えさせられるしかない

 



ダバオの
女の肌から伝わる 
ぬくもりを 捉え
目の前の人の 
熱や汗を 感じている

 

生身としての 価値

触って気持ちいい
女の躰に仕上げる才能

 



女と生身で結び合う
生きている最後の恋は
いいものでは ないか

変わりばえのない
日常を劇的にし
心が躍動する
その最たるものが恋愛

年齢も立場も関係ない
秘めた片想いでもいい
誰かを好きになってみる
ストレスを消し去ってくれる
頑張りすぎず 無理もしない

 


(ジャックスリッジで誕生会 あなたもバロン来て一緒する)
 

生きていれば
何でも選択の連続
自分が正解と思えば
それを選択すれば正しい
そう言ってみた