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ダバオ通信 ヤン爺のラストライフ・ダバオ
Last Life Shift In Davao Philippines
フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
「団塊 百年の孤独 老いの抗い」
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人生は短いようで
長い(かもしれない)
身ひとつで海を超え
今日もダバオに暮らす
この身ひとつだけ
欲しいものも
失うものも もうない
解き放たれた
イメージを
抱きしめている
己の移住が どんどん
洗練されていく
与太事したなぁ
振り返り驚いている
あっという間に
10年以上の月日が流れ
そう言えば
簡単に10年なんて
流れるんですよ
映画であれば
字幕で
『10年後』と出せば
10年後かもしれない
けれど
人間としての感情が
それでも 異国で
自分が変わっていく様
10年を心と躰で
感じ取ってきた
時間がかかった分
納得も深くなった
余生の余暇
体験している老いに
何か意味を与える?
延びた寿命
どのように 埋めていく
歩いていても
なかなか先行く人に
追いつけないとか
どんどん他の後続から
歩いてくる方々に
追い抜かれたりとか
とにかく かなり動作が
のろくなった
歩いていても
そんな感じですから
もし
走ったりして
「それで走ってる
つもりですかい?」と
突っ込まれたら
立ち直れそうもない
だから 滅多に走らない
何をとっても遅くなった
おい1 せかすなょ
たまったもんじゃない
いま もし
体に電池交換機能が
付いていたら
新品のパワー電池を
入れたいよ
のろのろして見えるが
手を抜いたり
怠けたりは
しているつもりは
ないんだよ
もう それだけを
周囲の方々に
分かっていただけたら
いいや と 諦めている
老いた者の 移住生活に
どんな意義が
見い出せるのだろうか
自分の生まれ育った
母国を離れ
異なる生活観を
持つ人々と
同じ地に暮らす
何が得られるのか
何を失うのか
そのような損得勘定で
考えること 自体が
移住のまちがいでは
ないか とも・・
フィリピンで
生きることの意義だって
なに 言ってる
バカなこと
言うもんじゃない
生きてるだけで 充分
食堂で
「Folk please」と
いったつもりが 通じず
「Coke」が
出てきたことも ある
さも 注文したものが
来たみたいな顔して 飲む
レストランで
食べ残してしまった
お皿を指差して
‘Take away please
とだけ 言えば
持ち帰り用に
包んでくれる
フィリピンでは
take outの方が
通じやすいかな
気持ちが
押しつぶされない街が
フィリピンのダバオに
確かに 存在していた
ありとあらゆる欲望を
充たしてやるのが文明
それを信じ
正義とか正当とか称して
それに向って
突き進んでいる人間社会
フィリピン見事なまでに
警告を与えている
人間は働くものだ
働かざるもの食うべからず
そんな世間の常識に潜む
誤りや噓をフィリピンは
見抜いている
だからフィリピンが
馬鹿なはずはない と
たかが 移住だょ
それでも 異国の地で
心落ち着くまでに
3年 かかった
何かを 成し遂げる
何も成し遂げない
いずれにしても
10年以上の歳月が いる
自分の場合は
10年を経た頃 だった
異国にいる意識が
或る日から スッと 抜けて
暮らしのリズムが
自然体になれた
10年前と変わらない
貧しいフィリピン社会
貧しさが底をつけば
組織化され やむなく
売春になっていくことも
買う側が
金持ちとは限らない
貧しいやり取りの中で
性が売られていく
残念だが実態は存在する
フィリピンの
若く貧しいシングルママ
性的な価値に値付けされ
お金を稼ごうとすれば
その道が常に目の前に
開かれてしまう
女性は性的魅力を
したたかに武器に変えて
奪いたいものは 奪うし
ステップアップにも使う
性にふしだらは許さん
という方向に行くのか
どうかは 分からない
ですが
ありとあらゆるものを
駄目と排除していって
いいのだろうか
というのは ある
若い女性を
性的対象としてみるな
消費するなという一方で
露出の高い服を着るのは
自由だという主張を
両立させるのは
微妙なところ
まるで日本と違う社会
フィリピンを観に行く
ですって!
そりゃ
大変なことですよ
それでも出かけていく
ああ 来て良かったな と
喜んでもらえるのか
行かなきゃ良かった
家でゴロゴロしてりゃ
良かったな と
思われたんじゃ
来た人に申し訳ない
そうした思いだけは
させたくない
『来て良かったな』
この思いだけを
持って帰ってもらえる
フィリピンであれよ
フィリピンに言い聞かせて
いるつもり
『嘘つけ フィリピン
良い事も 悪い事も
ムラがあるだろう』と
言われりゃ あるんですが
ただね
色んな事情を抱えた人が
フィリピンに出掛けて来る
おまえ 本当の事
知ってるんだろう!って
まさに 毒入りなのに
甘くて見た目は美しい
ジェリービーンズのよう
だからネ
『来て良かった!
フィリピンと出合えた
という喜びを
感じてもらいたい
太陽の光も
風に靡く木々も海も
心も体も裸になれる
欲望とセクシーと
エロスが入り乱れる
何でもありの田舎 ダバオ
フィリピン好きだから
生きる奥底を味いなよ
そうでなきゃ
日本にいりゃいいわけで
移住するというのは
そういう事ですよね
答えのない
想像は尽きない
フィリピンに
出かけくださった
方にしか
得られないもの
皆が発見している
素肌に触れなければ
隠れたタトゥは
見えないだろ
私の素肌に
触れられるものなら
やってみなさいよ……
なえたハートを
もう一度たぎらせて
鷲掴みで
愛をもぎとりに来なさいよ
かっこつけた
薄っぺらい愛の言葉なんか
いらないから
本心を見せてみなさいよ
女豹のようなその言葉
そんな風に相手を誘い
試し 挑発しているのでは
ないだろうか
「よそ者」は
「寄添者」(寄り添う者)
移住は どんな時も 住民に
寄り添いながらの 暮らし
人に街に 心寄り添う者が
「よそもん」
「余所者」よそものでは なく
「寄添者」で ありたい
ダバオに返せない
借りが出来ていた
人間同士の信頼関係を
一貫して持ってきたのが
フィリピン家族貧しくも
それは 心豊かにみえる
家族の心の在り方は
痛みを伴った優しさ
どうしたら
人間の状態を
良くできるか考えた
フィリピン家族は
発酵食品だな
微生物が物質に
働きかけている
家族の状態としては
発酵と ほぼ 一緒
発酵は ほかの成分から
うま味を引き出す
対して 腐敗は
中毒を引き起こす要因
これって人間家族にも
言えるのかな
周りの人に対して
どういう影響を
及ぼすかによって
人も腐敗するか
発酵するかの二択
腐敗すれば
周りの人に
害を与えるけれど
発酵していれば
周りに良い影響を
もたらす
人は気を抜くと
腐敗していく
フィリピンでは
老人に敬意を持ち
家族が 面倒を看る
「これまで 親に
面倒を見て
育ててもらった
今度は 私が
親の面倒を みる」
気負った顔でも ない
普通に そう言った
今日の
日本人の娘 息子達
恥ずかしく 難しく
うなだれるしか ない
フィリピンでは
子に養ってもらうのは
当然の権利で
大家族 そのために
育てているというのが
多くの親の心情
老後も出来るだけ
自分たちの力で
生きていくというのは
少数派
かつての 日本も
そうであったか
あなたは『理想の老い』
みたいなもの
追いかけてませんか
そんなもん
どこ探しても
ないもの なんだから
このまんま続けて
力尽きる時を 待つ
フィリピン・スタイル
それで いいじゃないか
老いたんだから
親しい人 愛する人に
上機嫌で 接することが
義務だと 思うよ
「 腹へったなぁ
なに 食べようか」
食の好みが合うと
2人でただ食事をする
それだけで
お腹も心も満たされる
食事は
生きていくうえでの柱
自分自身を作っていく
そう思える時は
自分の体調や 気分が
とても 良い
自然と腹が 空いてくる
ヨシ!体調 すこぶる いいぞ
好きなものを食べて
生きる意欲に
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