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           ダバオ通信  ヤン爺のラストライフ・ダバオ 
              Last Life Shift In Davao Philippines   

            フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
                  「団塊 百年の孤独 老いの抗い」  
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どんな音楽が
鳴っているのか

小さな音で 朝から
ピンクフロイドを
聞くともなく流している

 



気温も天気も
不安定だけど
自分の気分は 整える

くよくよするな
今日の風に
のってごらん

年だからって
言い訳するより
清潔感のある見た目を
心がけて刺激を与えた方が
よく生きられるられるんじゃ
ないだろう か

ダバオ 外に出れば
フィリピン社会ですが
家では日本文化にいる

フィリピンでは
普通な価値観ですが
自分は「なんで?」
となる

会う人 会う人から
日本人と
フィリピン人の
違いを強調される

同じ人間だから
そんなに違いは
ないのに・・
これも また
「なんで?」と なる

文化は違っても
共通する規範や
原理が人にはある

自らの立ち位置を
明らかにしながら
わかりやすく
この街 ダバオの人と
付き合っている

「答えの出ない問題に
   悩み続ける」
そうではなく
なんらかの形で
解決にたどり着ける

合っていない水を

飲もうとしても

それは 難しい

日本 社会規範への
意識が勝ちすぎて
生物学的な見地が
抜け落ちているよう

フィリピンのように
理性よりも感情を肯定し
感性のまま 動く

良いことが
あったら喜べばいい

育児や家庭介護など
これまで女性がしてきた
ケア労働などへの共感を
「女性の道徳」として
その価値に 疑問を訴えず
フィリピンでは
女性が すべて支えている

日々触れている
「平熱」の ダバオ

 


◇◆◇ ───────────
ウクライナでの
無差別攻撃の惨状は
深い絶望の淵

要衝マリウポリは
ピカソが描いた
スペイン・ゲルニカに
例えられる

ナチス・ドイツによる
史上初の無差別爆撃で
廃虚と化した街だ



 

ナチスで幹部だった
アドルフ・アイヒマンが
絞首刑に処されてから
今年で 60年になる

戦争を知らない先生は
戦争を知らない小学生に 
この戦争 どんな風に
学校で話してる

ウクライナの
小学生たちは
どうしてるのか
戦禍から逃げ惑ったり
遠い道のりを
歩いて行ったり
一人ぼっちになったり

子どもたちは
世の中を見て 未来が 
今よりも住みにくく
いやな世界になりそうだと
強く心配している

なぜ戦争が起きるのか? 
なぜ人々が
平和に暮らせないのか? 
なぜそこまで
人間は理不尽な
暴力ができるのか? 

このように
先生でも説明の付かない
疑問や難問が子供たちに
次々と浮かんでくる

不当な暴力を
全て説明できるものは
ありますか?

今は 嘆きと怒り
果たして かの地に
どれだけの歳月が
必要になるのだろうか

戦争が終わり
戦犯が裁かれ
帰らぬ人となった息子を
ただただ待ち続ける婆さん
あの女性も
愛しい主人を待ち続ける
子供たちも
勇敢な父さんの帰りが
待ち遠しい

便利に勝ち過ぎた現代
人類が 良き方向に
進歩したと言えるのか 

とても いえないな
人間 成熟の仕方を
間違えている

世の中には 確信的に
言い切れない
ことのほうが 多い
正誤の判断も複雑で難しい

不確実な状況を受け入れ
どう向き合っていくかを
考えたほうが いいようだ

何でもすぐ
白黒で判断することを
追い求めると 危うい
求められているのは
あいまいさに耐える力

現代の便利さに

人を想いやる力や
ときめきを感じない

現代の過剰な便利さが
人間の心情を圧縮し
戦争を生んだのか

今では
ネットで注文すれば
すぐに物が届くが
それをする事で
心が熱くなったか

お使いを頼まれ
コロッケを買うために
油で揚げる匂いを
嗅ぎながら
肉屋さんの行列に
大人に混じって
並んだときの
あのときめきの感情
家に戻っての団欒
現代人は 
感じ取っていない

歳をとると
昔のことが
よく思えると
言われてしまえば
それまで ですが

今を生きる都会人間は
無感情になりたくて
真っ白に
漂白されたがっている

人類は
自分が生きてきた間に
進歩したのだろうかと
考えると
そうとも 言えない

後退したものの方が 多い

人間らしさの感情も
人情蔑視の 今の時代
人間という生き物は
情智共に備わってこそ人
人となるべきことを
忘れている

それぞれの
生活環境において
生き生きと さりげなく
実践されてきたものが尊い

自分が感じたなにかを
あなたが受け取ったから
いま そういう何かが見えた

劣化 後退する
人間らしさを
食い止めるものとは
一体 何でしょうか

今やネットの情報を
避けるのは 難しい

キョロキョロしないで
まとまった文字を読み
日常の速度とは
また別の
長い時間感覚を持つ

すると現実の物事を
深く考えたり 逆に
『これは違うかも』など
敏感な感性が現れてくる

進歩していない 人類は
疫病 地震 戦(いくさ)
それすら 対処できない
バランスを失った成熟社会

 


◇◆◇ ───────────
今の 不安な時代
鴨長明が『方丈記』を
書いた時代と
似かよっている?

生活するのに
若い頃に働き
年老いて
最低限必要な分だけ
年金を頂く
あとは気ままに
暮らす生活を「隠居」
と呼び 実践してきた

 



ある程度

満たされた状態のまま

それ以上成長もしなければ

下降もしない

だが 

老け込んだ心細さ
楽隠居の安逸さと
微妙な混合を
肉体と心の中に
噛みしめ 味わいつつ
日を送っている



 

日本社会と
一定の距離を置いて
生きる自分は
ダバオ郊外に
庵(いおり)を借りて
ひとり暮らし

日々の暮らしでは
居間と台所
トイレくらいしか
使っていない
広い家は 必要としない

諦めてもいる
「諦める」は
明らかに見極める

自分を「諦める」は
自分を「冷静に見る」

「ひとり」での 遊び方も
自力で学ばなければ
ならない環境

そうやって
「ひとり」の環境に
身を置きすぎたせいか
我ながらかなり
「ひとり」を
極めてこられた

 



単独行動は
苦にならないどころか
気楽でいいとすら思う

「ひとり」というのは
そりゃ 寂しいもの
ごく少人数でも
気の合う女とだけ
たまに連絡を
取れていれば大丈夫
その体質になっていた

自分は「ひとり」の時間も
厳選された女と過ごす時間も
大勢で過ごす時間も経験して
やっぱり そう思う

誰かと
一緒にいるということは
多かれ 少なかれ
その人に縛られる

その「縛り」の中には
時間や空間の他に
遠慮も含まれる

自分が相手なら
24時間365日
飽きるまで 

文句を言わず
付き合ってくれる



 

とは言え
「ひとり」の気楽を
最初からこのように
捉えることが
できたわけではない

多くの人が
陥りがちな考えで あるが
「ひとり」で いることは
惨めなこと
恥ずかしいことと
思っていた時期もあった

強がりからではなく
今の自分にとって
「ひとり」の時間は
楽しいものだし
その楽しみ方を
知っている人間に
なることが できた

話がそれた
鴨長明に戻そう

鴨長明に共感する部分が
多いのかもしれない

あなたの「隠居」という
スタイルについて
教えてください?

定義が ぼんやりして
幅があるので・・すが
自分の場合は
「消費 労働 社会との
   つながりを
   必要最低限にして暮らす」
そう勝手に決めていた

そのうえで
大切にしているのは
生き方を固定しない
与えられた環境と
自分の手持ちのカードで
臨機応変に無理のない
『幸せの最適解』を探す
という感じ



 

人生のなかで 
自分で制御できる幅は
日々変化していく
生き方を固定してしまうと
それに 対応できない

現在は
どのような暮らしを
しているのですか?

最低限必要な
生活の資金を
年金で受け取って
静かに暮らしてる

お金については
自分が お金を
所有しているんではなく
世界全体でお金を
所有しているんだと

自分のところに
お金が いなくても
他のどこかで
お金は元気に
やっているので
悲しまなくても いい

自分は これまで
お金を「友達」みたいに
捉えていた

自分は お金から見て
友達になりたいと
思ってもらえるような
生き方をしているか
どうか?を 考えてきた

今も
余剰分がある程度
そばにいてくれる
自分は まだ
お金に嫌われて
いないんだろうなと

ストレスは
ないのでしょうか?

自分の責任ではない 
コロナで
生活を変えなければ
いけないという点では
ストレスを感じる

ただ 人生には
自分を最優先にできない
時期ってある

鴨長明『方丈記』を
初めて読んだのは
2012年ごろ
人間が 何にとらわれ
何に悩んでいるのか
ということが
現代と変わらないことに
衝撃を受けた

人の悩みは
800年前から
変わっていないのか と

『方丈記』って
それまでの生活が
崩壊した時
どう生きていったら
いいのかと迷った時
その時代ごとの人たちが
手にとってきた

鴨長明の生き方を参考に
現代を捉えなおしてみる

鴨長明に100%
共感しているわけでも
ありません

それでも 共感できる
ところのほうが 多い

お金を払って
人にやってもらって
いたことを
自分自身でやってみる
生活が 活き活き
してくるところ なんか
すごくわかる

暇つぶしに必要なのは
お金じゃなくて
創造力と遊びだ と
たぶん思っていただろう
そんなところ なんかも
頷ける

鴨長明は
疑問を持つことが
創造的な行為だと
思っていたんじゃ
ないでしょうか

フツーの日本人は
疑うということに
不得手な感情を持つ

日本人は 
既存のルールに従う
それが すごく上手い

ルールとか常識に
疑問を持つことは苦手
鴨長明は そこに疑問を
持ってしまう
面倒くさい人だった

世間をあまり
信用していない

どういう点を信用して
いないのでしょう?

世間が思う
幸せのかたちや
人は どう生きて
いけば いいのか 
ということですかね

現代でいうと
正社員になって 働いて
結婚して 子供を作って
というような
「世間の常識」

みんなが
当たり前だと思って
採用していることに対して
鴨長明は「本当かな?」と
疑ってしまう

そんな 悟りきって
いないところがある

鴨長明に
共感できないところは
どこですか?

あの人は
ひとりすぎないか? 

時間を
自分の所有物だとは
思わないほうが
楽に生きられると言う

鴨長明は あまりにも
「自分」しか いない

自分が困ったときに
他人の時間を
分け与えて
もらえないって
ことですから

もうちょっと
周りの人たちと
つながっておいたほうが
いいんじゃないかなと

不測の事態が起きた時
それじゃつらいよ~って
ひとりすぎるんじゃ
ないかなーと



 

「死生観」について
考えられたところは

鴨長明は
死を人間社会の中だけで
考えてなかったんじゃ
ないかな

「世捨て人になってから
   死ぬのが
   怖くなくなった」
というような言葉が
『方丈記』の中にある

人間中心の世界から
一歩 出てみたら
死体すら
何かの役に立っている
不要な人やモノなんて
ひとつもないのが
本来の世界で

鴨長明は
それを知ってから
死の恐怖を減らすことが
できたんじゃないか と



 

疫病だけでなく
地震や戦(紛争)と
ますます『方丈記』の時代と
重なってきますね

コロナの1年目には
いろいろと
腹が立つこともあった 
ですが どうすることも
できない時もある

今でいうと
戦争に反対する
ということも
そうでしょう

ふだんから
環境への負荷が
少ない生活を
心がけていても
「今日は無理」ごめん
許してって 言う時も

だけど
それもひとりで
やっていると思うと
つらいけど
こういうのは持ち回りで
みんなでやっていること
そう思えば

今日 自分は
休む番なんだ と
考えられて
続けられるなと

できる状態の人が
できない人の分まで
声をあげたり
行動したりする

自分ができない時は
そういう順番なんだと
自分の生き方とか
遠慮なく お休みする
その練習を 今はやってる

 


◇◆◇ ───────────
桜花舞う
ピンクの花びらが
曇り空に溶け込む



 

おや!あの騒ぎ
日本に出稼ぎの
おねえちゃんグループ
いや おばさんたちだ
キャッ キャ キャ
花びらを追いかける
フィリピン人の派手な
笑い声が 聞こえる

 



ダバオでサクラは
見られないからね

2000年春に
フィリピン娘を連れて

日本に帰国した
たっぷり 楽しんだ
その思い出を語る
感傷的な回想

「会いたかった」人と
桜の下で会う
会いたかった人に
会えたならば
その人との時間を
全力で楽しむ

フィリピン娘と二人 
ベンチに腰掛け
桜花越しに空を見上げる
曇り空が濃くなり
にらんできた



 

桜花の命 咲けば散る 

おいしいおとも
コンビニで買った
しみじみといなりずし



 

黄桜ドン ワンカップ

だしをたっぷり含んだ
甘辛味のお揚げと
酢飯のバランスが日本

フィリピン娘にも
この旨さは 解る

いつでも
食べたくなる味わい
いなりずし

酒を飲みながら
突発的な思い出に耽り
ときには世界とはなにか
生きるとは 死ぬとは
なにかといった
思念を 花を見ながら
自分と交わす

娘との無駄話や雑談にも
つねに終末への予感が
自分につきまとっている

そうして 死ぬための
おだやかな準備を
しているのでは ないか

ポツン ポツンと雨
男とフィリピン娘は 
ベンチから腰を上げ
歩き出した

 


◇◆◇ ───────────