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           ダバオ通信  ヤン爺のラストライフ・ダバオ 
              Last Life Shift In Davao Philippines
         
            フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
                  「団塊 百年の孤独 老いの抗い」  
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さわ~と吹いてきた風に
思わず 何度も深呼吸
まあ気も風へ入るんですが
世の中 そうはいかない



風の噂では
イギリスあたりは
もうコロナじゃなく
風邪であるらしいですな

戦争をスマホで
見るようになってしまった

美しかった古都
歴史ある街が
炎に包まれ
跡形もなく
瓦礫になっていく

さっき スマホで
見た人は
もう砲撃で
亡くなってるかも
しれない なんて

戦場では
人は名前をなくす
「○○人だから」
「○○教信者だから」
属性だけで
会ったこともない
人同士が
殺し合うのが戦争

不条理と言えば
こんな不条理は ない
人間存在の意味

これから 世の中は
どうなるかわからない

自分を
大切にしてくれる人の
傍に居て過ごしたい

そういう人や時間は
何物にも代えがたい



 

目の前の現実
誰でも
メンタルが弱るのは
当たり前

自分は強いタフだと
思っている人でも
温かいもの食べ
ぐっすり眠って
外で太陽に当たり
風に吹かれ
元気出せ



自分が安心できる人と
今は 一緒にいたい



 

50年後もキスして
とびきりカワイイ
おばあちゃんに絶対なるから



そんな先の事
約束させるのか

「そんなふうに
   生きていっても
   いいんじゃない?」

「そんな先のコト?
   アンタは無邪気だな
   いいだろうよ」

とんかつに
キャベツの千切りが
添えられていた
若い頃は なぜ
とんかつに
丁寧な千切りキャベツが
添えられるのか
意味がわからなかった

今は
「こんな優しいものはない」
気持ちが変化した

キャベツは義務 
キャベツは義務だね
義務野菜だな

女は なんと
マヨネーズと醤油を
キャベツに
混ぜてかけていた

二つを混ぜるということ
自分には 驚きだった

ソースじゃないのか

「美味しいから
   やってごらん~」と
誇らしげな顔の女

疑いの眼差しで見ながらも
おそるおそる混ぜてみた

うん「いける!」

「でしょう~」
満面の笑みの女

サキイカの天婦羅
これこそ 醤油マヨネーズだろ


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使うならたのしく
使うならすきなものを
助けてくれるものを

歳を重ねたから 思う
電化製品と老いとの関係

できるだけ
電化製品はすくなく
そんなふうに過ごしてきた

けれど
この先できな いことが
ふえていくなら
頑なに拒むことだけが
いいとも思わなくなり

そう思いはじめると
電化製品との関係は変化

使う「もの」というよりも
動きにくくなっていく
自分を助けてくれる
手伝ってくれる「もの」
そう思うようになった

電化製品より
女を 頼ってきたのでは 
ないのか



お膳は
お膳の内側と外側を
区別して 
内側に料理がのる
清らかな場を作ってくれる

お膳の上を
きれいに整えた食事は
気持ちが改まる

さあ たべよう 女を促す



食べる 
自分の命を
自分で守ることにも繋がる

自分にとって
いいものに気づくと
自分にとって
悪いものがわかる

自分でわかるってのは
判断することで それは自立
自由になるには 自立しかない

毎日のことで
一番身近な「食べる」
というおこない



70代前半までで あれば
認知症や要介護と
なっている人は
1割もいません

けがをしたり
大病を患ったりして
いなければ
中高年時代のように
たいていのことはできる

脳機能 運動機能を
維持するためには
それらを「使い続ける」

70代において いかに
「意欲の低下」を防ぐか
「意欲の低下」を防ぐには
日々の生活のなかで
前頭葉の機能と
男性ホルモンを
活かし 励ます

肉を食べる習慣が
「老い」を 助ける

全長6メートル
重量1トンの小型ヨットが
サンフランシスコを出発した

海洋冒険家の堀江謙一さんが
83歳にして 単独無寄港の
太平洋横断に挑んでいる
航海は約2カ月半の予定

太平洋 一人ぽっち 再び

「淋しい」と
「孤独」は違う
話し相手がいないから
淋しくて 孤独
そんな安直なものではない

淋しいとは 一時の感情
孤独とは それを突き抜けた
一人で生きていく覚悟

淋しさは
何も生み出さないが
孤独は自分を厳しく
見つめること

「孤独」の中で
自分を見つめることは
実に愛しいことでは ないか


◇◆◇ ───────────
人の体の中には 虫がいて
60日に1度
人が寝ている間に抜け出て
天帝に日ごろの行いを
知らせに行く
内容次第で寿命が縮むから
その「庚申かのえさるの日」は
虫が外に出ないよう
寝ずに過ごす と言う

自分にとって問題は
寿命が縮むことではなく
老いることだ



「老いても美しく」
なんて言う人もいるが
慰めにしか聞こえない

老いが 美しいのなら
誰もが
老いたがるのだろうが
現実には そんなことは
起きていない


(ぶっ飛ばせ スーパーまで 行けジジイ)

外見にしても頭にしても
いかに老けないか
いかにボケないかに
奔走する人ばかりだ

老いは怖い
できれば避けたいが
避けられない

老いは誰にも
平等にやって来るが
だからと言って
それで心が
やすらぐわけではない



現実に困るのは
バランス感覚を失うこと
膝が弱ることであり
歩いたるするのが
むずかしくなることだ

齢70にして
ダバオに独居している
自分には とりわけ
響きあうものが多い街

若いころの
無謀な日々を懐かしみ
亡くなったり
別離した者のことを
しみじみ想う
穏やかな 良い時を
もたらしてくれている



おそらく自分の外見は
明るく快活な雰囲気と
人懐っこい笑顔
身長は165cm程度で
細身で お腹は出ていない
白髪で薄くなった髪は
短く刈っている

白いシャツは
アイビーリーグの
ブランドのもので
デニムとよく合う

足元は 真っ白な
デッキシューズ

アパレルブランドの
『VAN』に憧れて
育った団塊世代
こういう服が好き

気持ちよく着られて
普段着なのに
ドレスコードも
ある程度はクリアできる

ジーンズに
アロハを合わせても
カッコイイ



さまざまなしがらみから
解き放たれた 老い人
思い切り自由に
生きられる期間

70代からの 生き方に
敷かれたレールは ない
この自由な
サードライフを
充実させるには
どうすればいいものか
70歳の自分自身も
問い続け 生きている

自分は 女から観れば
めんどうくさい男
だろう

近頃の若者は
ジーンズを履かない
日本の話だよ

フィリピンでは
老若男女 ジーンズ

日本で
ジーンズを履いているのは
おっさんやじいさんばかり
そうらしい

自分も
ファッショナブルな
人間でもないし
なにより
若者でもないのだけれど
ジーンズを履く

中学のころの
担任教師が常にジーンズで
「本当の作業着とは
   ジーンズである」と
力説していたっけな

まだ
履いているのだろうか
いや とっくに
定年退職しているか
◇◆◇ ───────────
第三者が怒る世の中

関係無いのに
難癖をつける 
日本社会が薄っぺらく
なったのだろうか



「笑いながら怒る」
そんな人が 一番怖い
笑みをたたえた顔を
振りながら
「この野郎」
「ふざけんじゃねえ」
すごみを利かせる

不幸にして
そんな人がいたら大変
調子を合わせて
受け流せばいいのか
それとも
相手にすべきなのか
額面通りに
受け取れない言葉は
手に余る

「そこはくみ取れよ」
と言うのは 簡単でも
たまったもんじゃない

フィリピン人に怒ったり
怒鳴ったりしない
優しく 気遣いの人たち 
だから



 

自分は カチン虫を
なだめられるようになった
もう 何年も怒っていない
怒る 脳内のメカニズムが
麻痺し 機能していない
修復せず そのまま

自分の中では
南国の海辺で育った
フィリピン女
明るくて奔放な人
笑顔を交わし合える

だから こちらもうまく
女に調子を合わせて
話ができたら いいなって

今日も 誰かが 
フィリピン娘の
悪口を募らせ 怒ってる
女を糾弾している人が

女は女
感情と勘定で動くか・・
「女への不信感がある」 
と言い 興奮している

しばらくすれば
落ち着きそうだ

そうだろう
そうなんだろう
良い娘もいれば
悪い娘も

もちろん
例外が あるのは
わかっているんだろ

ムカつくけれど
気になってしまう
フィリピン女
価値観が相容れない
男と女が 繫がれるのか

今は
イラッとしたとしても
いつかは
理解してくれるかも
そんな期待を込めて
いるかもしれない

飛沫の飛ばない
空間なのに 空想的に
印象的なキス

価値観の違いで
別れるカップルも
けれども 恋愛とは
お互いの価値観の違いを
飛び越えたり
混じり合わせていくもの

愛は絶対的で
すべてを超越するもの
その人間同士で しか
起こり得ない そんな愛

フィリピン女が
ダンスをする
みんなが 踊りによって
一体となるとき
言葉は必要ない

他人と共鳴し 
受け入れ 祝福し合う
その瞬間 人生は真実
そこに言葉を入れたら
嘘になる

女の心の内が
わからないというのは
人間に与えられた
悪魔の贈り物なのかも
知れないな

その魔法を
ロマンのほうに
膨らませるか
リアルのほうに
膨らませるかで
見えてくる世界は
まったく変わってきそう

男の幸せの目的で なく
手段かもしれないけれど
女と言うもの

自分が フィリピン女を
好きなのは
美人では ないこと
だが 魅力や好感を持つ



そりゃ〜 スリムで
すごい美人も いるけれど
気持ちを 引かれない

ところが 
美人では ないが
中が深くなるに連れ
女は 次第に 美しく
見えるようになる

千人切りなんて
ああ言うのは だめだよ

無邪気な女
ユーモアを解さぬ女は
だめなんだよ
それは 男もそうだ
男も女も 肝心なのは
諧謔精神 これだよ

諧謔(かいぎゃく)
ユーモア
気の利いた冗談

女は 我欲を持ったら
絶対 幸せになれない

男もそうだけれど

男も女も共通して
大事なことは
人の身になって考える
それが 出来る人が
一番 いいわけ 
それが 難しいんだよ

むっちり肉付き豊かな女
それより なにより気持ち
いくら肉付きのいい女でも
悪い女 嫌な女だったら
駄目だよ 気持ちがね



気質 気だて
愛嬌を見てみる
その中に 女の美しさと
よさを発見して 喜ぶ

共に人生を
楽しもうという姿勢
互いを固く結ぶのは
相手への思いやり

セックスやキスって
いろいろなことを
うやむやにできる

普通のカップルであれば
ちょっとしたけんかは
セックスで
なかったことにできる

それに対して 女は
「ズルいじゃん」という
その思いがあるだろう



 

男と女が睦み合う 
一瞬でもわかり合った
つもりになれる
魔法みたいなもの

「せいよく」という文字
音として強い
それは性欲という単語が
イメージされるから

音の強さは
そのまま使いつつ
別の言葉を当てる
「正欲」

「性」は
淫靡で個人的なもの
「正」は
全員に関わるもの

誰もが 目の前の世界を
恨めしく感じている
そんな感情の
積み重ねによる爆発を
社会に感じ ぶつけている

この男は 世界から
弾かれ続けた結果
フィリピン女に恋を
したんだな

生まれつき
搭載されたものと
共に生きていく 性欲
『正欲』の中では
「根」という表現

性欲はいろんな
欲の中でも
その男の人間性の
根幹を成すもの

 その男が
「世界をどう見ているか?」
直結するもの

性的対象が
世の中の多数派と
重なるか というのは
たとえ そうでなくても
自分らしく生きよう
みたいな簡単な話ではない
 
「魔法」っていうと
超常現象のように
思われますけど

恋愛体質の人は
それだけで
立派な魔法使い

一瞬の勘違いで
世界が変わったと錯覚して
人生を狂わせてしまう
下手な魔法使いも多い

フィリピンの中では
できるだけ
素敵な魔法がかかるように

だって
辛くて厳しい現実を
フィリピン物語として
差し出されても

「いや それ知ってるから」
そういう気持ちに
なるじゃないか


 

今 思えば あの頃は
ロマンチックであったね と
回想してくれて
思い出話を ビール片手に
してもらいたいものネ
◇◆◇ ───────────