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           ダバオ通信  ヤン爺のラストライフ・ダバオ 
              Last Life Shift In Davao Philippines
      
  
            フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
                  「団塊 百年の孤独 老いの抗い」  
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腕バ前から 上サ挙げて
ごちゃ伸ばす運動から~
足バ 広げて 
斜めに腰バ つん曲げて
胸バ反らす 
腹バ 出しなすな

 

ふ〜 汗かいた

濃厚な匂いと清廉な姿で
春を告げていたろう
白梅は あっという間に 
消えて
今はハクモクレンが
満開どころを過ぎ
散り始めたのでは 
ないか

菜の花は 
酢味噌で食ったら
美味そうだ

早咲きの河津桜は
少々疲れ気味
春の主役の
染井吉野の花芽は
どんどんピンク色を増し
ちょぼちょぼ 咲き始めてる



 

季節メニューの
「桜そば御膳」
淡いピンクのお蕎麦を
桜塩で食べるなんて いい
最後に桜の塩漬けが
出てきたりして
そこえ 蕎麦湯を注いで

飲むのも 嬉しい

毎年のことだが
春子は美しく
かつ人騒がせのよう

もう 何年も
日本に帰れていない

季節の移ろい 
季節のあやふや
ダバオの青い空は 
あっというまもなく鼠色に
曇り空が どんより 
覆い被さってきた
こちらを 睨むと 
雨が 落ちてきた



 

コンビニ弁当が 
うますぎて
妻の作る料理を 
まずく感じる
これは けしからん と
コンビニ本部に苦情

この男の怒り方は いい
妻を思う気持ちが 
伝わってきた
こんな風に怒れる男は 
あまりいない

「お客様相談室です いつも 
   有り難うございます」
受話器から聞こえる 
若い 男の声

有り難うじゃないだろ 
苦言を 呈してるんだ

弊社の弁当が 
美味しすぎて 
お困りですね

愛する会社を裏切る
・・ クビ覚悟で
背信行為をする事に
なりますが
社外秘レシピを 
奥様に差し上げます

大袈裟な ことを・・ 
それで どうなる

弊社の弁当よりは 
それなりに
奥様のお料理は 
より美味しくなります

そうか じゃ 明日 叉 
弁当買って 比べてみるか

はい それでも 
奥様のお料理が 
美味しく感じられない 
時には・・
さらに 明後日も 
弁当買って頂いて 
お試し下さい



 

あんた 俺に 毎日 
弁当買わせるつもりだな・・
ただ それだけの 
魂胆じゃないのか オィ!
なにが 愛社精神だ 
俺の愛妻精神を 
おちょくるな

あなた 大きな声だして 
どうしました?



 

なに 
おまえの作る料理が 
おいしすぎて
俺 ちょっと 
太ったかな・・



 

いつも 笑っていよう
機嫌良くしていよう
「悩みなんて
   なさそうな感じですね」

 

いつも 喜んでなさい

 


◇◆◇ ───────────
♪そんな時代もあったねと~
いつか話せる日が くるわ~

中島みゆきの「時代」の
歌詞の一節ですが……

ホントに
そんな時代も あったね

ごくごく普通に
たばこをくわえ
火をつけ 煙を吐く
自分が 飛行機内いた

今の 若い人には
わかんねえだろうな

今 そんなことすれば
50万円の罰金

ぼけた老人が
過去のことを 突然
理路整然と語り出す

かつては
スパスパ モクモク
機内に たばこの煙が
立ち込めていて
それが ごく普通の
ことだったのですから! 
時代だった でス

全面禁煙に
踏み切ったのは 1999年
20年ちょっと前までは
喫煙できていた

酒も飲み放題だった

 



案外 最近まで
だったんだなァ

ナニ この俺 
バブル顔だって? 
嘘だろ

天国が もし
本当にあるとしたら
それは きっと
欲しいものが
何でも手に入るような
贅沢パラダイス
なんかでは なくて
何もない場所なんじゃ
ないかな と ふと思った

今夜も
コの字型カウンターを
店内に構える大衆食堂
町中華で 一日を終える
ジイサンたち
タバコを片手に
ビールを飲み
想いに浸っていた



 

店の隅のTVには 
誰 観るとも無く
相撲中継が映っている

夕闇が濃くなってきていた

 


◇◆◇ ───────────
ダバオの街は 昼も夜も
すっかりコロナ前に戻った
ロハス通りの 夜市も始った
空港が完全開放されるのも
間近な 雰囲気を感じ取る



 

ダバオの地理については 

未だ よく知らない

自分が住んでいる以外のエリア

自分の住んでいる

エリアについてさえも

あまり知っては いない



 

ダウンタウンの外れ
とある ダバオの
日本食堂にて
ちょっと 
一息ついていた方々が

カワイイ 女の子つれて
「旅行に出たいね」と
話しているのが
聞くともなく 聞こえた



 

このご時世
簡単に行ける雰囲気では
なくなってしまった旅行



 

ほんのちょっと
隣国に移動するだけでも
あれこれ用意したり
場合によっては
「今じゃない方が
 いいかな」と
遠慮路線にはまって
しまったり

パッと思い浮かんだら
サッと支度して go!
「弾丸ツアー」も
何だか 今では 昔懐かしい

「旅行行きたいね」と
言った方の
お仲間たちが
次に続けた言葉は
「あー 旅行ー」という
憧れるような
感嘆の「あー」だった

自分も その「あー」には
共感しかありません

移動の自由だけが 
奪われている

もう こんなこと

終わって欲しい

 


◇◆◇ ───────────
料理が
苦痛という人もいよう
作る習慣のある 自分も
さすがに
やる気が起きない日がある

鍋を火にかけて
さっと煮るだけで
いいんだよな と
わかっていても
その「だけ」が
とてつもなく億劫
鍋をあとで洗うことを
考えると いよいよ

ひとり暮らしの高齢者
「ちゃんと食べて
   ちゃんと生きる」

年をとると買い物が面倒
作るのが面倒
食べるのすら面倒と
なりかねない

フィリピンの挨拶

「ごはん、食べた?」
「いっぱい食べたよ」
元気な会話が交わされる
日常に食がある



 

医者がね
骨密度は20代って診断した
下半身は 35歳だって

はっ は バカな・・

鼓膜が破れた
先生が 
補聴器を つけてください
え!なんだって
なんて言いました

また とぼけて
聞こえているんでしょ

もう モテより
好かれるっていう域
70歳っていう年齢
激しい恋愛は無理
それでも
女性が ステキだなと
思う気持ちは変わらない
いつでも 付き合えるよ



 

2013年に アメリカの
バラク・オバマ元大統領が
騒ぎを起こした
カリフォルニア州司法長官の
女性を紹介するときに
「美人だ」Best looking
と 言った

9年も前だ
アメリカ国内では
大騒ぎとなり
最終的にオバマ元大統領は
差別的な発言だったと
謝罪した

美人という発言が
差別的だとな

 

重苦しいなぁ〜

日本企業のポスター
そのポスターには
老年の男性社長が
ニコニコと笑いながら
若い女性社員を
まわりに従えていた
ハラスメントどころか
女性を性的に
搾取している状況を
自ら吐露している
そう批判された

そんな事 言うか〜

いいじゃないか

「インディアン嘘つかない」
アメリカインディアンも
差別用語になった

清廉潔白 品行方正
謹厳実直――なSNS
とことん潔癖が求められる
そんな現代ニッポンの実態
老人には とても窮屈だろ

メディアでは
さほど問題があるように
思えないコメントにも
クレームがくると言う
スタッフも苦言が
あまりに繰り返されると
イヤになってくる
そのうち無難で漂白化された
コメントだけが 流される

そして
世はさらに漂白化していく
社会が 清潔化する漂白を
求めている

嫌だね そんな空気は
もっと 普通に息して
笑って 楽に生きようよ

社会は つねに黒か白
善か悪のどちらかに
分けようとする

でも 社会に生きれば
ある人にとって
善なものが 他の人には
そうでなかったりする

そんな真実と嘘の
曖昧な境界
「わかる/わからない」
いろいろな境界が
溶けていくような感覚

 

みんな 

矛盾の中で

生きているんだから

それぞれの人が
自分にとっての
善や真実というものを
追求するわけで 他人と
ぶつかり合う必要は ない

世の中は すれ違い
筋違い 食い違い 勘違いで
出来ているから 
笑えるんじゃないか

すれ違った人から
「今の人
   めっちゃ笑ってた」と
笑われて それが いい

ダバオに住むジジイに
聖人君子を求めては
だめだよ

人生 ここまで
生きてきたけど
何もわからない
こうして
ただ 生きてきたんだと
笑っているだけ

自分を
好いてくれる人を
悲しませたくないだろ
愛してくれた人に気の毒
だから 今日も生きている
ほんのすこしの
人たちのために

これまでの人生が
どんなによい
時間だったとしても
今がよくなければ
今までのいいことも
なかったことに
なってしまう

自分でいい人生だったと
自分の人生を決めるのは
自分しか いない

バカマジメに生きてたら
ここでは 楽しめないよ
それが ダバオでの
老いの命の使い方

自分の行動を
責任持って考え
自分でやる
それが自由
自らに由(よ)る
という字を書く
簡単にできそうで
心が強くないと できない

自分の生き方は
自分にしか通用しない
誰かの真似をするのは
ずうずうしすぎるし
横着すぎる

自分達たち団塊は
安保反対だとか
若い頃は 活気があった
地に足についた人間性を
失わずに 歩んできた はず

 



「こつこつやる奴ァ
   ごくろうさん!」と歌った
植木等の「無責任一代男」の
影響は 大いにあったが

ここ一発 その時は
一生懸命働いてきた

 

ジジイになったが
卑屈にならず 胸を張り
前向きに 時代に向き合う
いや こんな時代だから
反抗した方が いいかな
七十代の心の揺らぎ



(シングルマザー 多いんだな これが)

 

昭和世代 
団塊 奮い立って
元気出せ

 


◇◆◇ ───────────
お酒が入ると 普段は
きちっとした人たちが
酔っ払って 楽しそう



 

7年前に
紅白歌合戦の曲を聴いて
あまりの歌のうまさに
ビックリした

初めて聴いた
島津亜矢の歌は
2015年の
紅白歌合戦で歌った
「帰らんちゃよか」

その年は
たまたま 一時帰国して
年末を 実家で過ごした
紅白見ながら 家じゅう
ドンチャン騒ぎ



 

紅白には 高橋真梨子も
出演していて
「五番街のマリーへ」では
♪マリー~という
娘と~ って
みんなで 歌ってたね

自分は 酔って小皿を叩き
義理のお母さんなんか
ガチャ ガチャ 音をたて
洗い物しながら 歌った



 

そんな
ドンチャンの中で
島津亜矢が
「帰らんちゃよか」を
歌い始めた時だけ
家中が シーンと
しちゃった

自分もテレビを
食い入るように見た
なんだ この歌手は と
歌が うまい人は 紅白に
いっぱい 出ていたけど

宴会を
静まり返らせるほどの
歌のうまさ
それも なまじゃなく
TVを通してですからね

誰かが
「歌上手だね」と言うので
だな! 自分も思った

見~つけた すげえ人

「帰らんちゃよか」
あの歌を聴いた時は
ビックリしましたね

細かい息遣い
歌っていないところでも
バイブレーションが
聴こえてくる感じ

歌い尻もきれいで伸びる
それから マイクですね
島津亜矢は
胸の位置から動かさないで
強弱をつける すごいなあ

レコーディングは
一発勝負なんだ そうだ

練習は しないタイプで
歌の稽古場は 車の中

レコーディングも
歌うことの鮮度を
大切にしていて
車の中で声温めて

本番で
メロディーの起伏を
たどりながら
ゴールにたどりつく

14歳で
熊本から上京
デビュー35周年
堂々の演歌歌手だが

これまでに
ビックヒットが 無い
1991年
「愛染かつらをもう一度」
30万枚を 売っただけ

この一曲で 
食っていける
そんな曲に
巡り会えていない
運がない女
つきがない歌手

コンサートの為に
タクシーで
青森県内を移動中
青森県住宅供給公社
巨額横領事件の
『チリ人妻』
アニータ・アルバラードを
追跡していたマスコミの
タクシーとの
衝突事故により
軽傷を負った が
当日のコンサートは
予定通り開催された

2009年 

栃木県宇都宮市で
行われるコンサート直前に
会場周辺の公衆電話から
「人を殺しに行く」と
110番通報があった
発信者男性が
その場から立ち去って
いたため
主催者側が万全を期して
コンサートを延期した

厄払い やくばらい

「孤独のグルメ」の
松重豊だって
なかなか 芽が出ず
40代の後半でやっと 
一目置かれる存在に
なった

島津亜矢だって 
これから これから
必ず 幸運に巡り会う
いい曲に 出会う

若い時恵まれないのは
歳をとるにつれ
薄紙を剥ぐように
不運が はがれていき
幸せになる宿命なんだよ
きっと

運を引きつけるには
演歌歌手としての
歌の技術はもとより
苦労ゆえの謙虚さや
歌への愛もプラスに働く

島津亜矢という人
とにもかくにも
よく笑う しかも
「アハハハハハ!」
「イヒヒヒヒヒ!」と
なんとも 開けっ広げ

まるで 
フィリピン人気質
暗さなど微塵も無い

自然と見ている側も
笑えてくるし
場の空気が 一瞬にして
明るくなる

親近感が2倍増し
3倍増しになる

どうして 私には
いい曲が来ないんだ!
そう悩むことも
もう なくなったのかな

そんな境地だからこそ
どんな曲も受け入れ
他人の歌も取り込み
自然に歌うことができる

「孤独のグルメ」はヒット
「大晦日スペシャル」も
放送されている

脇役のイメージが
強かった松重さんが
意外な形で主演の
当たり役を手に入れ
大みそかの顔にまで
なった晩年成功物語

島津亜矢
どんな歌もこなせる
ヒット曲の縁に恵まれ
いつか 大晦日の顔になる
応援したくなるじゃないか

 


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