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           ダバオ通信  ヤン爺のラストライフ・ダバオ 
              Last Life Shift In Davao Philippines  
 
            フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
                  「団塊 百年の孤独 老いの抗い」  
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団塊の仲間も みな

70代となった

だが これまでの

70代とは 違う

格段に若々しく 健康

 

70代の10年間は

「最後の活動期」

 

この時期の過ごし方が

どう老いていくかを決める

人間 老いれば
自分で自分の機嫌を
取ることが出来ますが

機械は
こちらが妥協したり
「疲弊させてゴメン」と
悔い改めたりしなくては
いけないケースもある

普段から
機嫌を損ねないように
しているのは 我がPC
ちょいと古いというのも
ありますが・・

悪戯を仕掛けると

暴走し手に終えなくなる

ご機嫌うるわしゅう
本日もふつつか者相手を
よろしくお願いします と
内心唱えて スイッチオン

年代の差なんだろ
ケイタイ電話が
世に出てから 

便利になったが
落ちこぼれている

世界は全て
コンピューター
何でも かんでも
すべて ケイタイ
自分のような
アナログ人は この先
どうやって暮していきゃ
良いんですかネー

それでも PCも携帯も
身の回りにあるものは
自分の生活の仲間
機械でも 命あるものが
そこにあると考えれば
共に生き続けていく
エネルギーが出てくる

携帯は
「関係のない
  者どうしを繋ぐ」だって

この
何とも言えない現実を
生きていくしかない

喪失感に包まれて
力が抜けて 無力で
悲嘆にくれて

それでも
生は 勝手に続いていく
携帯と生きていかねば

当たり前に喜ぶ
朝普通に起きられて
食べるご飯があって
誰かに支えられて
1日を普通に
送ることができる
小さな日常だと
普段は 思っているもの

やっぱり 
生かされているのかな
この現実が人生なのだな
有り難いしか ないな

お国はフォローして
下さいませんからネ!!

 


◇◆◇ ───────────
ケチな男が
うなぎ屋から漂う
かば焼きの匂いを
おかずにしてご飯を食べる
古典落語でおなじみの話

日ロの北方領土交渉を
かば焼きに 例えた

安倍晋三前首相が
会談を重ねていたころ
プーチン大統領には
「1島たりとも
   返還の意思はない」と
喝破した人が いた

返還の
いい「匂いを嗅がせるだけ」
経済協力などを
引き出そうとする 詐欺だと
警鐘を鳴らした

落語では
匂いの代金を請求した
うなぎ屋のおやじに
男はチャリンと響く銭の
「音だけ持って行け」
と切り返す

日本に 
そんな落ちもなく

プーチンの
ウクライナ侵攻で
雲散霧消した
北方領土返還交渉

森喜朗元首相の証言
プーチン氏は
2000年の首脳会談で
日露領土問題を森首相に
「2人で解決しよう」
甘い言葉で 囁きかけた

対ロシア関係を継いだ
安倍さんも 大統領は
「親日家で人情家」だと
期待し 接近し 誑かされた
北方領土不法占拠の言葉も
プーチンに 使っていない

だが 相手は
旧ソ連国家保安委員会
KGBの冷徹で
手練手管に たけた
スパイだったことを
忘れては いけない

石破茂さんが 以前語った
プーチン評を思い起こす
KGB出身を念頭に
スパイから 独裁者に
「これまで 何人殺したことが
   あるのか 分からない」とし

「あまり甘い期待を
   持たない方が いい」と

不幸にも指摘は的中

信じては いけなかった
プーチンだった

武力で
侵略を仕掛けられて
話し合いで
解決できると思うのは
美徳 お花畑の日本人

独裁者が武力で
侵略すると決意したら
いくら日本が
「冷静に話し合いを」
「仲良くしたい」
そんな事 言っても
相手は聞く耳を持たない

まさに 今 起きている
そういうこと

侵略され
領土を奪われて
実効支配されたら
いくら
「日本の領土なので
   返してください」
そう言っても 無駄

日本が「話し合いを」と
言えば 言うほど
独裁者は 
実効支配を強める

戦争で取られた
4島の領土を
話し合いで
返してもらえる
と思う日本人

取られた領土が
話し合いだけで
戻ってくるなど
そんな都合の良い話は
世界には ない

武力を背景にアメリカが
守ってくれるなど
思っていたら いけない
アメリカも自分の都合で
動いているのだから
 
世界で起きていることを
私たちは 正しく知らない
どういうことで
世界が動いているかは
もう まるで分からない

世界を事実より
悲観的に捉えていないか
よくわからない

ロシア料理店への
嫌がらせなどは 
もっての ほか

平和な世界を
想像してごらん
IMAGINE 
ALL THE PEOPLE 
LIVING LIFE IN PEACE
国境にひびくイマジン春の雪
あの戦争の映像見たら
イマジンなんて
歌ってる場合じゃないだろ
だから あんたは
何言ってるの そう言われる



 

世界中が この人が悪い
これが悪いって
分かってるのに
誰も手出しできない
ここに いても
何もできないから
ジョン・レノンの

死による不在を差し引いても
イマジン歌うしか ない

 



「世界平和」などと
子どもの漫画のような
お花畑の世界に
浸っている場合では ない

そう言われれば 
下を向き うなだれる

戦争を起こさないため
戦力の均衡 より強い
パワーで抑止する
という考え方と

全ての戦力をなくし
理性と話し合いで
世界平和を維持する
という考え方

そして 前者は
えてして現実的で
後者は 理想論の
お花畑だと・・

どちらでもない
どちらでもある
積み重なった虚実混在

血を流す兵士や
脅かされる
国民の暮らしの
悲惨さに
目を向けるのか

国体の維持
戦略的経済的勝利に
目を向けるのか

あなたの
描いている 世界平和は
非現実的だ 子供の夢だと
言われた男が 反論する 

真に平和な世界を
だれ一人 だれ一人
経験したこともないのに
どうしてダメだと言える
真の世界平和は
まだ誰も 経験していない
だから 夢物語なのか
まだ一度も起きていない
だからこそ 世界平和が
これから起こる可能性が
あるのでは ないか

武力で奪われた四島は
戻ってこなかった 現実
竹島は韓国に奪われている

安倍外交の
8年間の失政が 今 表に
近隣諸国の顔色を伺い
毅然とした態度をとらない
日本人の美徳外交では
世界には 通用しない

国力は落ち 円は急落
日本は どんどん弱く
貧しくなっている

日本人の中には
今 おかしな
掟みたいなものが
存在していないか

他人の眼を気にしすぎ
何かに 煽動され
自分の意思に反して
行動をしている
自分で考え 判断しない 
それが 普通になった

日本人の精神は
知らず 知らずのうちに
マスコミに洗脳され
考える自由を 奪われた
己を見失い 非人間化
理性ではなく
空気 気分で動かされる
誰かに 弱体化

させられている 

あなたの人生なのに
それ なんかおかしい

物質的には
貧しいはずなのに
今までで行った国の中で
断トツで
陽気な国フィリピン

至る所から
陽気な音楽が聞こえ
酒を飲み タバコをふかせ
昼夜問わず 
その場で踊る人びと

消費者のための
サービス精神など ない
お客様は神様では ない
wifi代が 払えないから
みんなで会って話す
お金や物がないから
今あるものを大切にする
かと思えば そうでも ない

移動手段の
ジープやタクシーの代金は
運転手が 気の毒になる
それ程に 安い

フィリピンの陽気の中に
浸っていれば
戦争の事 忘れている
なんか 心が 軽い

 


◇◆◇ ───────────
妻を
亡くしたばかりの
83歳の五郎さん
新しい生きがいを求め
スパイ募集の
新聞広告に応募する

依頼内容は
老人ホームに潜入し
入居する依頼主の母親が
虐待されていないか
調査するというもの

カメラ付き眼鏡や
スマホの使い方を
教わるシーンは
まるでコメディ

いざ
潜入を開始するも
調査対象者が
写真よりずっと
老けているため
見つけられなかったり

女性たちばかりの施設内で
モテモテに なったりと
ドタバタしている

調査のため
一人 一人に じっくり
話を聞いていくうち
家族にずっと会えていない
寂しさや
どこにもいく場所がない
老人の孤独感
衰える体力への不安など
人生終盤の悲しさを
目の当たりにしていく

自分の母は
90歳までバスに乗って
施設から 1人で
出かけていた

人間
何歳まで生きたら
幸せなのか 
つい考えてしまう

フィリピン人のように
「ぐうたら」に 居直って
平然と生きていれば
いいのかな

レジの長い列に
並んでいた
レジ補助の娘が
自分を列から引き抜いて
手を引いてくれた
なんだ! なんだ 
レジまで誘導され

清算を済ませてくれた



 

忘れていた
あ! 自分はシニアか

人に迷惑をかけず
なるべく歩いて 話し
誰かと会う
そういう時には
億劫がらず
出かけている

この先 
この老い顔で
いかなきゃ
いけないのかって
自己流の
顔面体操を やるか

それで良くなるとは
思えないけど
老いの速度を
ゆるやかにさせるため
守りよ まもり

このあいだ
街を歩いていたら
若い女の子に
道聞かれちゃってさ

俺が その話を聞くの 
5回目だぞ

 


◇◆◇ ───────────
老いて 
立派な生活者に
なれなくたって構わない
それより 
精いっぱい 愉しく
自由気ままに生きたい

70歳にして
天命を知るどころか
まだ 迷い 戸惑う

自分らしく生きたい
生きてる つもりだけど
これで いいのかと
時代も価値観も変わって
生活スタイルも 変わり
人生 迷子になりそう

このままでは まずいな
残りの時間を 健やかに
どう 幸せに過ごせるか

人は幸せになるために
生まれてきた 
そう言うよネ

あなたには
幸せになる力が
秘められているん
だろうから
きっと 大丈夫だよ

幸せになる力は
自分を取り囲む
半径3メートルに?

無駄を作る
愛をケチらない

半径3メートルの人を
思いやることで
自分の心が 温まる

誰かが 
ニッコリ笑ってくれる
自分の心が軽くなる
微笑む 今の世界では
無駄なことのように
思われている

そんな 無駄が
どんどん
なくなっているよネ
だからこそ
心が温まる 無駄を作る
微笑みを 交わし合う

自分らしさは
自分を取り巻く
半径3メートル以内の人と
関わることで引き出される

幸せは
個人に宿るのでは なく
半径3メートルに存在してる
周りを 見逃して ないか
自分で 予想もしない
瞬間に出会える

人間には 力がある
幸せになる力 
生きる力
いい人に巡り会えて
引き出されることも
自分から動いて
引き出すこともある
だから 愛をケチらない

人のためにお金を使う
今の自分は低収入で
小さな暮らしだが
近しい人の誕生日には
その人が
喜ぶことをしたい 




今まで 見えなかった
半径3メートル景色が
ほら 見えてきた

あ! ここなら
好きにさせてくれる
そんな 人間関係
経験ができる時間や場所
自分には ダバオ

自分だけ
ハッピーというのでなく
他人是正ということも
女の言う事も 
ちゃんと聞いてあげる
「袖振り合うも他生の縁」
直感でき 縁を結べる街

とらやの
おいちゃんのように
「バカだねぇ」と
言われながら
女のせいで
トラブルがあって

その女は
出ていってしまっても
「仕方ねぇなぁ」と
いいながら
いつもどおり生き続ける



 

酒と女と歌を愛さぬ者は
生涯馬鹿で終わる そうだ
すべては 官能とつながる
官能が なければ
人生は つまらない
「酒 女 歌」に尽きる

これが 年長者だなと

「好きに生きた」
「我流な楽しみ」が

多いほうが

人生は楽しく充実する


目標など持たない

天才では ない

ほとんどガマンしない

評価されない・・・

 

誰の犠牲にもならず

自由に好きな分だけ

やってみる

三流ジジイの基本



 

老い先を
心配し始めたら
キリがないからね

なら 迎えを待つ間 
楽しいことを考え
やってみよう
『心にかかる雲も無し』
といった気分に なれる

真面目に考えずに
「ま いっか」
「どうにかなるな」って
フィリピン人のようにね

貯金したり あるいは
健康食品を買ったり
老いに備えて
いろいろなことを
人間やるものだが
そういうのも すべて
めんどう もう面倒くさい

この先は
だんだん ゆっくりと
心と躰が 萎んでいく
深い思考と軽薄さと
洒落のめすような心持ち
こうした バランスを保てば
健やかな「ジジイ生活」を
なんとか 維持できるかな

日頃の生活の中に
問題を発見し
無い知性を働かせ
日々をより豊かなもの
充実したものに
変えていけば いい

それとね
年取って細身だと
ビンボったらしい
意地悪ジジイって感じで
少しポッチャリが いい

 


◇◆◇ ───────────
酒ともやしと女
リンゴとポラロイド
横になる自分

好物のあんかけ
もやしそばを食べる

一日の中で
家にいる時間が増えても
女と繋がる選択

フィリピン女は
愛を受け取る能力に

たけている

「与えあっている」
「受け取りあっている」
認める責任

その前提は
「人には 一人では
   満たせない欲がある」

人は不完全で
だからこそ 与えあい
受け取りあって ともに
生きていこうとする責任

男は 誰もが
一人では満たせない
欲を抱えているから
女と生きる

そこには
「女の欲を知ろうとし」
それを満たそうとし
男が 満たして
もらいたければ
適切な依頼をし
それが
満たされれば感謝する
その責任が含まれる

異なる人同士が
共に生きる以上
完全にわかりあうことは
難しく

共に生きたいと願うなら
女を理解しようとし
より愛し合える関係に
なろうとする責任

わかりあおうとすることは
永遠にわかりあえないことを
認めるところから しか
始められない

わかりあえない男と女が
わかりあおうとする
ケアしあおうとすることを
「愛し合う」と 呼ぶ

女と「ともに生きる」とは
どういうことなのか

男と女が 納得してるなら
どんな形でも
一緒に生きていけば いい

男と女が 
一緒に生きるためには
それぞれが 1人で立つこと
足元が ぐらぐらしてちゃ
だめだ

1人で立てない男は
女と一緒にいても
共倒れになるだけ

一人でも十分
楽しく生きていけるけど
人生に もっと潤いを
増やすために
女と一緒にいることを選ぶ

欲求を満たす ためだけに
二人でいることを選ぶのは
とても 危うい

人生で初めて
真の意味で女のために
そして それが
自分のためにも
なるような形で
生きることを
ダバオで できた

女を幸福に
することを通して
だからこそ
自分も幸福になれる

それが 自分がダバオで
生きることの意味に
つながった



 

だが 女との距離を保ち
孤独な時間を過ごすことが
空白を埋めるための術

一人で過ごす時間も充実
孤独の中でしか 人生を
記憶できないことがある

男は眠り込み
目が覚めると
「りんごが好き」
という以外の記憶を
すべて失っていた

男に出された医師の指示
「自転車に乗る」
「酒を飲み
   踊っている女を探す」
「ホラー映画を見る」
「運転して車をぶつける」
といった 何の脈略も
ないものだった

寡黙で記憶を失った男が
与えられた医師の指示を
淡々とこなしていく

そこはかとない
ユーモアと もの悲しさ

男は 古い記憶を
取り戻すことは 諦めた
新たな経験と記憶を重ねて
いちから人生を築き直す
「新しい自分」と呼ばれる
ダバオ回復プログラム

男は本当に
記憶喪失なのか? 
医師の指示の効果は? 

そもそも
記憶とは 何なのか

温かい記憶
消してしまいたい記憶

孤独な男が
りんごの皮をむく姿
記憶を葬った
明るさが滲み出ていた



 

記憶にない
それでオーケー
子どものときの思い出と
いっしょで 忘れても
それが ちゃんと
栄養になってる
そういう食物を食べて
育ちましたっていう

記憶をうしなっても
躰が記憶し
憶えていてくれる

うん うん

原作 松本清張の短編
「駅路」という
定年男の映画を観た
その直後に 誰かと
感想を共有し合うよりも
まずは 一人で 
じっくりと定年後の男を
反芻して受け止めたい

誰かの心を癒す
観た人は
癒されたことにさえ
あまり気づかない

あれ? 
観たら 少しだけ
心が静かになった
息がしやすい
あの映画のせいかな? 

まさかね
そんな感じが いい

誰かといることで
逆に自分の記憶思考が
分断されてしまう

記憶に苦しさを
感じる人もいる
感じ方は違うが
好むと好まざるとに
かかわらず
よき 孤独な時間が
求められる

好きだけど
ずっと一緒は
ちょっと しんどい

男と女には
そんな関係が少なくない
ずっと一緒とは ちがう
「適切な距離」

 


◇◆◇ ───────────
深夜になると
台所からときどき
音がする

「怖い 怖い」って
騒ぎながら 
顔は笑ってる

ジョージという幽霊が
夜中に豚丼を
作っているのだ そうだ

 



「あまりにも
   居心地がいいから
   自分が死んでいること
   忘れちゃうのよね」

隣家の

大家の奥さんが 
ジョージは
先祖だと 話してくれた

この人が 死んだなら
自分も もう死んで いい
そんなふうに思える
人がいるのは 幸せ

今日 突然死で
自分が 死ぬ日かも
そう考える人が
どれほどいるかな

毎日 そんなことを
恐れて生きるほうが
よほど 心臓に悪い

悔やまれる
余地もないほど
あっぱれな最期
それが いちばん
気持ちが いい

自身の死をデザイン
辛く悲しい終わりか
おしゃれで優美な
最期と捉えるか
自分次第

自らの死を想像し
描き出すことは
自然と残りの人生を
脳内で再構築できる

余生が 
5秒後か 100年かも
わからない中で
老後の不安を
完全に無視して
遊んで暮らせるほど
タフでは ないけれど

『死のデザイン』は
南の果て 駄馬尾で 
描いてみた

 


◇◆◇ ───────────