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           ダバオ通信  ヤン爺のラストライフ・ダバオ 
              Last Life Shift In Davao Philippines
           
  
            フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
                  「団塊 百年の孤独 老いの抗い」  
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自分は 根が

ノー天気な人間らしい
今では 毎日を嘆くとか
悲しむとかとは 無縁
孤独では あるが
後悔が 残っても
そこから得るものはある

男と女は いや 人は
同じ気持ちを共有しても
永遠には続かない
それはたしかにあったこと
人生のはかなさと
きらめきが同居

 



強烈な太陽に シワが増え
顔がたるんでくるのは
やはりイヤなもの
そんな変化
「おもしろがれるか」よ

年相応の清潔感が
あれば いい

 



朝を迎える
「さぁ 元気出せ」
負惜しみの励まし

 



朝の希望は
午後には
埋葬されている

みんな 一所懸命に
生きているのだな と
いつも思う

それなりに生きてる
この「それなりに」
という ところが
面白いんですよ

 



貧しくても
逆境にあっても
卑屈にならず
陽気に笑う
大らかで洒落た
ダバオ庶民の力

 



心まで貧乏すなよ
気の持ちようや ないか 

気で気を養う

全ては
心の持ちよう
そこんとこを

笑顔で 教えてくれる

 



老いたのだから
自分本位で

人生をトボトボ
 

今を楽しみ
今を生きる

「今」に 集中する
「今」を 楽しみ
精神的に満足する

ダバオの文化を
暮らしながら学んだ
実体験で
資本主義が顕著な
日本文化との違いに
驚きながらも 

ダバオ 居ごごち 悪くない



 

優しい世間
堕落した人々を
明るくたくましく描き
優しく温かい空気で
包んでいる

その堕落した姿に
自分を重ねて
共に 笑い 泣き
共感し 惹きつけられ
救われる

未来は ない
未来に重点を
置くのでは なく
「今」に集中する
暮らし「楽しむ」
そのための工夫

6時ころ 目が覚めて
1時間ぐらい
ベッドで考え事をして
7時に起きる
早く起きたって
することないんだもの

 



散歩とかは?

散歩って コレという
目的が見出せないから
歩きまわっても
いつ戻れば いいのか
それが わからない
際限なく歩けば
ヘトヘトになる

よく 健康のために
歩けって言いますけど

健康のためと
いわれることは
しないですね
じっと座ってる

テレビは?

今 この家に越してから
TVは 廃品回収に出した

人と会ったりしないと
ボケるって言いますよ

うん ボケますね
もう大分きてる
だから たまに 狂気な女と
あってる

 



料理は 自分で?

自分でね
食べたあとの
茶わんも洗ってる

ちょっと寂しいな
なんて思ったり
しないですか

いや 気楽で いい
一人が好きなんだね
わがままモンは
一人が いちばん いい
気に障ることがないから

自分の母 最期のときは
もう寝たきりでしたよ
101歳まで生きましたけど
「バチが当たって長生きした」
そんな事言って 逝った

自分にも
バチが当たったと思う
生きてるだけで
なんにもできないもの

101歳は
大変だったろう
「ご苦労さま」と言いたい

自分なんか
70超えて ヘトヘトだもの

すごく食べますか?

食べなきゃダメだよ

 



若いうちは
自分の好きなように
いろんなことができるから
この世にいたいわけだけど
老いて何にもできないのに
いてもしょうがない

それで 
少しずつ諦めていく
そうやって
だんだん死を容認し
迎え入れる気に
なるんだと思う

人間 だから死ねる
うまくできてる
衰えなければ
なかなか死ぬ気に
なれないもん? 

そう考えると
死ぬのが嫌では
なくなってきた・・

 

90まで生きたって
すべてつかの間の戯言

 



SNSで霊界通信ができる
そのうち そんな時代に

 

今日は
うまく生きられなくて
すみませんでした って
ご先祖さまに謝ると

お前は 
うまく生きるとか
言ってるけど まだ
そんな年頃じゃないだろ
とば口 とば口って
言われた
母方祖父の声でしたね

近ごろは 祖母にも
話しかけてみるんですが
あちらの世界では
まだ口が
きけないんですって
言いたいけど 
言えないよ って
修行が足りてない
らしいんですね

 



生きよ 堕ちよ
ただ それだけか

時代は まわるよ
中島みゆきも70だって ふん
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世間では
年収が 高ければ
「幸福」と感じる 
妄想が 加熱膨張してる

よせよ

人間には 
現実のすべてが
見えているわけではない
多くの人間は
見たいと欲する現実しか
見ていない

コロナで
精神が脆弱になると
その傾向が強くなった

 



人間の生き方も
社会のあり方も
思い通りにはならない
という心算を 誰も
しなくなってきている

少しでも
「見たいもの」以外の
ものを 提示されると
容赦ない手段で
弾圧や制圧をしてくる
そんな人も増えている

自分の思い通りに
ならないことへの
不満や怨嗟

「こうあるべき」
「こうであってほしい」
という予定調和への
信念は確固たるものと
なっている

望んでいること以外の
事態の展開や現象を
目の当たりにすることを
許さず 視野を
自ら狭窄的にしていく

 



自分に
あれこれ言えた
筋合いは ないが
見たくもない現実と
向き合わずして
人は成熟もしなければ
どんな苦境にも
向き合うことはできなくなる
それだけは 間違いない

2022年初頭の今
悪夢のただなかにいる

 



感染症が世界を覆い
 

ロシアが
ウクライナに攻め込む
アフガニスタンの人々が
タリバンの支配下で
とんでもない苦境に
追い込まれている

常識では 推し量れない
独裁者たちが人権を侵害し
民主主義を踏みにじる

突如として
人類が 忘れかけていた
インフレが鎌首をもたげ
国々の中央銀行を
翻弄している

悪夢の中の
悪夢の中のまた悪夢
果てしない悪夢の
重箱の中に 
閉じ込められた

出口など
全く見当たらない
見渡す限り 世界は
怖くて不条理な
ものだらけ

そんな世界に
迷い込んで
しまっている時
そこに ひょこっと
普通な何かが
顔を出したら
どんなにか

ほっとすることだろう

どんなに救われる
ことだろう

 



我々は今
普通なものの
出現を待っている

普通なものとは
どんなものか それは
良識に裏打ちされた常識

ドーピング疑惑が
かかっている
スポーツ選手が
競技に参加し続けることを
「それって変でしょ」
と思える 当たり前の感覚

政治家が「敵は移民だ」
などと叫ぶ時
「それってウソでしょ」と
一蹴できる平静さ

悪夢の中の
バケモノどもが
迫ってきた時
「ちょっとそこどいて」と
こともなげに
やり過ごせる平常心

普通は いい
今の世の中
何かにつけて
刺激にあふれ過ぎている
ネットの炎上やら
フェイクやらが
刺激の強さを
いやがうえにも煽る

振り向けば
そこにある普通
それを頼りに
悪夢に打ち勝つ

悪夢の
まっただなかにいる時
頼りになるのは
普通な ものだけ

 


◇◆◇ ───────────
誰かのためにお金を使う
それは 一方的でも
使った人に「喜び」が
芽生える ものだろう

貧乏人でもしてるよ
ダバオでは よくある
ちょっとした贈り物
楽しく生きようと

僅かな お金を
生き金にするのも
死に金にするのも
使い方次第

もらった人間よりも
与えた人間の方が
喜びは持続する



 

でも ケチであるから
人に何か贈り物を
するときには
安い金額でも
いかに相手に
喜こんでもらうか
感激させられるかを
工夫していた

例えば 
日本でのお年玉
1万円札の凄みを
1枚渡すよりも
100円札を
100枚 ドンと渡した方が
感激させられるんじゃ
ないかって

同じ「価格」でも
手渡しかたひとつで
「価値」が 変わる

そんな 贈り物は
物語性のある「演出」
人の心を 揺さぶる……

東京だと
なかなか感じにくい
ダバオの 
ちょっとした贈り物 
日本でいう
「お裾分け」文化かな

「あげる」ではなく
「わける」という
その言葉が いい
分かち合うシェア文化

「贈り物」誰かに
喜んでもらいたい
誰かが 喜ぶのを
嬉しいと思う
その気持ちって
人の本能のひとつ

見返りを期待しない
貢献をしたとき
人間力は鍛えられる

貢献活動には
愛から発するものと
哀れみから発する
両方がある

哀れみの感情では
自尊心や虚栄心との
すり替えが 起こる

対し 愛には本能的に
ただ 与えるだけの喜び 

 



茶道具に関する話で・・

茶の湯の世界では
良い茶道具を
持っている人は
「持っている」
というより
「お預かりしている」
という言葉を使うそうだ

これまでの茶器が 
300年 400年と
受け継がれてきて
そして 更に この先に
つなげていく文化

持ち主は 死んでも
器や道具は残る

貴重な 茶碗や道具
「これは 
   俺だけのものだ」
「どんな物も
   買った人のものだ」
という感覚で あっては
絶えてしまう

茶道具は
次の代が手放しても
どんどん所有者が
入れ替わって残っていく

自分が お金を払って
「いまは
   お預かりしている」
と思えるのって 凄い

年齢を重ねたなら
そこに 感心できる

日常生活の中だと
そういう感覚は
なかなか出てこない
お茶の世界の奥

茶の湯の世界
金銭的に
余裕のある方々が
パトロンに

お金持ちが お金を
使ってくれることで
次の世代に
お茶の文化が
つながってきた

文化のバトン
文化や芸術は
浪費や余白の中で
生まれてきて
継承されてきた

「浪費」って言葉
悪いように
聞こえますけど
そうとは限らない

歴史を見ても
芸術はパトロン精神で
生まれてくる
お金持ちほど
「浪費」してほしい

傍から見たら浪費でも
その人や
社会の未来につながる
良いお金の使い方

みんなが
「自分のためだけ」
という感覚で 
お金をつかったり
必要なものにしか
お金を使わなくなったら
世の中は
つまらない社会に
なってしまう

ぜひ 拍手になる
無駄遣いをしてほしい    

簡単に言うな って
怒りたくなりますか

 


◇◆◇ ───────────
腹が減っているとき
茶色い食事は 救世主

茶色い食事には
唐揚げ トンカツ
カレーライス 鰻丼
ラーメンと あるけど

 



天丼は ちょっと別格
黄金色のエビ天
外はサクッと
中はふっくらな絶品
うまみたっぷり
大きめの車海老を
堪能できる

先ず その香りで
五感が 貪欲をかき立て
運ばれてきたときに
飛び込む 見た目で
腹のエンジン始動

口に入れたときの
サクッという音で
ギアチェンして
甘辛いタレと海老の香り
口中への広がりを楽しむ
うまみと甘さが混在して
トップギアに入る

こんな一連の展開が
楽しめるのは天丼だけ
10分少々の 醍醐味
ごちそうさま

 



天丼ばかりは
家で作るのは難しい
食べに行くぞ と言う
堂々たる外食

ポルトガルから
教えられた天婦羅
天丼で 料理王国日本

「腹減ってから来い!」と
店主が ニヤリ 

たまにおいしいものを
食べにいけば
心は貧しくならないよ

 



日本食を持て余す異邦人
チョッと振り向いてみただけ