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ダバオ通信 ヤン爺のラストライフ・ダバオ
Last Life Shift In Davao Philippines 
フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
「団塊 百年の孤独 老いの抗い」
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マスクをしている人は
「怪しい」という
そう言われてみれば
あったなぁ と

「怪しさ」には
2つのイメージが
1つは
とんでもないことを
やらかしそうなイメージ
それから もう1つは
なまめかしいという怪しさ

社会学者の
上野千鶴子さんが
そんな言い方してました
スカートの下の劇場
ひとはどうして
パンティに
こだわるのか と
「下着は なぜあるのか」
ということも論じている
下着はもちろん
性器を隠すためにある
もっと言えば
「その下に性器がある」
ということを
アピールするためにも
あるのでは ないか

JACの未来を託そうと
考えていたのが
志穂美悦子だった と
千葉真一は 語っていた
素直な性格が いい
努力家で 天真爛漫
危険なアクションを
こなす抜群の運動能力も
しかし
デビュー当時の彼女には
足りないものが あった
「女らしさ」だ
千葉は 一計を案じ
「悦っちゃん
パンツ脱いできなさい」
と 指示した

パンツをはかなければ
恥じらいが生まれる
敵を倒すだけでなく
女性らしい
立ち居ふるまいが
自然に表現できた
客の共感を呼んだ
そして 志穂美悦子は
スターになった
既存の裸体画に
下着を上描きして
脱構築する
穿かせたろう など
そこに触れると
妙に恥じらい
ついには謝り出す
境は常に曖昧で幅がある

生物的に 唇自体も
もともと性器の
続きのような所がある
どんな色の
口紅を塗るかというのは
どんな下着をつけるか
ということにも
ちょっと 似ている
マスクをしているのが
普通の状態になると
マスクをとった瞬間の
女性の姿に
色気を感じる男も
出るように
なるのでは ないか
はたまた
マスク美人だったか と
早とちりしたり
エロスへの苦情は
また飲みに行った
ときにでも
ゆっくり伺うので
この場は ひとつ
お目こぼしを願いたい

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年齢のことを
意識しないのであれば
自分の年が
70でも 80であっても
実感がない
え! 何?
自分の年を
探しだせば
『えっ! 平均寿命まで
10年を 切ってる』
いきなり 驚いてみたり
足がかったるくなり
長く歩けないことも
あるな とか
急に老人になったな と
考え 落ち込み始める
老いを感じるのは
そんなときなんですね

絶好調の日がない
10代の頃なんかは
毎日絶好調だった
逆に 今は
朝起きればだるいし
どこかしら
こわばっている
たまーに
食事中 誤嚥の
一歩手前で むせたり
だがね 己の躰は
己のみが わきまえて
いるもの

「無責任=デタラメ=箸休め」
そういう部分が
老いを豊かにしてる
できるだけ 大きく広げて
それを 自分で全部抱えて
その一連の流れが 理想

「100歳まで生きて
なにしたいんですか?」
「100歳まで
生きられるんだったら
生きてみたい」
みんな 勝手な事言ってる

体力 気力は
個人差もあるから
老化の一番の要因は
自分の年齢を意識する
そのことでは ないかな
年齢に合わせて
『演技をする』ことで
人は 老け込む
人は 己の変わり身に
気付かぬもの
なれど 余人の変化は
見逃さぬ
女は 歳をとることでも
美しくなる
年齢って積み重ねてきた
時間だからね
若い頃より
歳を重ねてからのほうが
断然いいもんね

女は歳をとらないと
本物の美に到達できないと
思っていれば いいんだよ
若い頃より増えた
顔のシワだって
悲観するんじゃなくて
「このシワのおかげで
いい顔になってきたな」って
思えばいいんだよ

おじいちゃんになった?
なんでもないときに
パッと出る笑いとかが
いいなぁ~と思って
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フィリピン ダバオ市
今日も ここに 暮らしている
誇張ではなく 本当に
人生で 一番 自分らしく
老いたからできる
いい時間を過ごしている

母国語が使えない
家族もいない
アウェーの環境なのに
なぜか信じられない程
自由になれた
居心地が 良かった
外から見ると
平々凡々たる
ジジイの生活だけれど
自分の頭の中では
若き日の自分と
女との甘い思い出
暮らした都市の風景
図鑑で調べた
古代生物と地球の歴史……
そうしたものたちが
ぐるぐる渦巻いて
とっても にぎやか
脳内にいる
人たちが 話し合う
対話する時間が好き
外から見ると
ただ ぼーっと
しているだけにしか
見えないの ですが
でも 頭の中で
ああでもない
こうでもないって
自分を掘り下げて
ああ 自分は
こういうことを
考えていたのか と
考える時間
それが 楽しく尊い

どうしようもない
寂しさというのは
あるけれど
一方で 今は
誰からも 指示されず
自由に自分と向き合える
という喜びも あって
どこにでも
誰にでもある
寂しさと豊かさ

隅々にまで
質素の工夫が
行き届きながら
それでいてフィリピン人は
結構楽しげな 日々を送る
そんなジェスを
傍から眺めている

すべて
おふざけにしてしまえ~
みたいな空気を感じますね
だから 酔って騒いで
刹那的な華やかさに生きて
最後に
「すべて茶番でした」
ということが 成り立つ
フィリピン人は
たっぷりある暇と
その暇を潰す楽しみを
持っている
十分な余暇さえあ れば
フィリピン人は
何でも試みる

蒸し魚に
醤油を掛けようとすると
止めろとの叱責
醤油 の使い方を
レモンを絞り
小皿に少し垂らした
醤油を箸の先に付け
それを崩した魚に
付けて食べる
そうすれば
醤油がムダにならない
あんたのような使い方を
醤油のムダ使いと言うんだ
そう教えられた
ハイ ハイ
今後は そうする
昔 上海で
働いていたことがあると
言っているだけに
ジェスは なかなかの
お洒落だった
ある日
赤いエプロンなどをして
なにやら いつもとは
数段も華やいだ雰囲気だった
部屋の様子も
どことなく明るい
ハテサテ
これから何が起こるのやら

その日から
何処の誰だか知らないが
小柄でジェスよりか
はるかに年上 で
力仕事で 汗臭い人生を
送ってきたとは思えない
ジイサンが 住み始めた
朝は2人で
イソイソと買い物に
昼は仲良く食卓を・・・
甲斐甲斐しく動く合間に
こっちの顔を見ては
なにやらテレ気味
これも たっぷりある暇と
その暇を潰す楽しみの
ひとつだったろうか

あんな男が あんな美人と
ハン?
あの美人のジェスが
どうってことない老男と!?
これが 世の中なんですね
二枚目同士のほうが
ユメがあるんでしょうなあ
しかしで ありんす!
ここでは美人と
ジイサンですぜ
どうですリアルでしょ

ダバオでは
自分の価値観や物の見方が
社会と 一致している
その実感があった
自分や 自分自身の選択を
いつも肯定して
もらえているように
感じている
いいジイさんの
歳になったら
恥ずかしさが
追いついてくる前に
行動しなきゃ
と 言う事なのかな
この先は
好奇心とかも減ってくる
ですから 思いつきを
そのまま行動に移す

自分が時間を忘れて
楽しいと思ったり
理屈じゃなくても
これは 好きだ
そんな事を見つける
それが
義務になるとなお いい
義務になるほうが いい
好きなものが
義務化されたら
途端に自分の中での
面白味が半減することは
ないですか?
そこですよね
義務になっても
びくともしない
本当に好きなことに
辿り着かないと難しい
自分は
これが好きなんだって
いうのを見極めながら
齢をとっていくのが
理想かな
本当に好きなことを
見極めながら
歳をとっていく
加齢とは 自分に
死が近づくだけでなく
周囲の親しい人たちにも
死が 近づくこと
気付いている 事実だが
なんとも 残酷
過ぎ去ってしまった人に
本当は 逢いたいし
よく生きるってことは
なかなか難しい
日本から
ダバオに来たジジイ
社会では
一番 弱者だろうに
記憶にある限り
誰も自分を そんな風に
扱わなかった
自分を
一人の意志のある
命短い 老人として
優しく 接してくれた
それは ただ単に
自分が出会った人たちが
そうで あっただけ
なのかも しれない

自分に起きた変化は
ダバオ かぶれではなく
そのままで
生きていいという
自由な お墨付き
日本には 海外経験を経て
変化した人を 揶揄する
『海外かぶれ』という
言葉がある
この時代にそぐわない
島国コンプレックス
丸出しの そんな言葉が
馴染まない
移住を経た 今
きっと自分も
この『海外かぶれ』と
レッテルを貼られる側の
人間になっているだろう
『かぶれる』ことが
なんら笑われるような
恥ずかしい事でも ない
自分自身の感覚としては
南国生活をしながら
自分に起こった変化は
この『かぶれる』とは
微妙に違う事のように思う
それは
どちらかというと
『お墨付きをもらった』
という感覚に 近い
自分の感覚を信じて
進めばいい
誰に何と言われようと
自分は 自分の流儀で
生きていけば いい
そうした『お墨付き』
顔相も 肌の色も 髪の色も
一人として同じ人が いない
圧倒的 自分肯定の
『お墨付き』だった

異国だから
今だにクヨクヨ悩み
情けなくなったりもする
でも それで いい
ダバオで そんな
『お墨付き』をもらった
自分は パンデミックに
見舞われたり
紆余曲折ありながらも
老後を 今日も
ここで養生してる
日本での
便利な人生を 捨てた
自分の選択に
全く後悔が ないか?
そう 問われると
後悔はしないけれど
違う生き方も あったかも
そう思う
自分は
社会生活用の実名のほかに
個人生活用の名前を
一つ持っている
名前 二つ作ることを
勧める

今だにクヨクヨ悩み
壁にぶち当たる度に
やはり 自分には
無理なのかもしれない
寂しくなったりもする
でも それで いい
そんな風に真正面から
ぶち当たっていく生き方が
今の自分に合っている
わきまえないジジイの冒険
自分が住めるような環境に
進出して来た だけ だ
鼻歌を歌いながら
自分が運転する車に
ひとりで乗っているような
老後を送っている
「自分の人生の舵は
誰にも渡すな!」
声を張り上げている
ずいぶん派手に
ハンドルを切ったなと
我ながら思う

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ほんのちょっぴり
口角を上げて微笑んでみる
娘さんが
微笑み返してくれる

微笑みを忘れずにいると
次の一歩を踏み出す
きっかけに出会える

車いすに乗って
暴走しながらの
「介護食ミシュラン」
それならできるかなって

なかなかいい表情が
つくれないというなら
明るい色の服を着る
ピンクや淡いイエローなど
人をウキウキさせる色
気持ちも明るくなる

好感を持たれ
福も舞い込んでくる
そんな ところにも
戦争地 ウクライナ
世界各地に出稼ぎに出てる
国際ニュースを見る度
そこには フィリピン人
笑っていられない 恐怖
命の危険 帰国してきた










