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           ダバオ通信  ヤン爺のラストライフ・ダバオ 
              Last Life Shift In Davao Philippines
    

            フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
                  「団塊 百年の孤独 老いの抗い」  
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冷えたビールを
一杯 ぐっとのむと
それが食道を通るころ
丁度ヨットの白い帆を
見た時のような
いつでも
初めて気のついたような
ちょっと驚きに似た
快味をおぼえる

 



かつて日本には
「隠居」という
理想的な老後の
過ごし方があった

年老いて
体力の衰えを感じたら
長男に家督を譲って
第一線から引退

身の回りの世話なども
若い世代にまかせて
後は 悠々自適に過ごした

 



そんな「ご隠居さん」
そう呼ばれる人たちが
男女を問わず
近所に何人もいらした

でも
今は そうはいきません

フィリピンに呼ばれた訳では
ありませんが

そこには 隠居が
「なりたいジジイ」が いた
ジジイに
優しくしている人が いた



 

あの人たちと
同じ集落に住めば
なりたいジジイに
近づける気がした



 

相互扶助が
フィリピンの田舎の人々の
暮らしを支えているように

見えた
 

田舎においては
生まれてから死ぬまで
安心して生活できる
システムができている

記憶で過去を行き来する中
昭和ノスタルジーな情緒を
フィリピンに見ていた

 


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食に関して 日本は
世界の最先端を
狂ったように進んでいる

海外に 一定期間
住んだことのある方なら
全員が同意してくれる

「日本の食事 最高!」

 



外食産業は さておき
「家庭の食事」副菜の多さや
彩りが 圧倒的にすごい
日本の食事

 



また 海外の料理を
独自に取り入れて
家でできる範囲で再現する

その逆の動きもあり
一汁一菜という
昔の日本食の基本が
持ち上げられて いたり

フィリピン人からみたら
一汁一菜でも
「すごい 今日は3品もある!」
というご馳走感覚

場所が変われば
質素な食事も豪華

日本で よく聞くセリフ
「今日は焼きそばだけだわ~」
「カレーの副菜に悩むわ~」
「パスタの時ってほかに何あわせる?」
なんて よく聞く会話

フィリピン人からは
絶対に出てこない台詞

「普通の食事」が
1皿で済ませられない
日本人の性質が如実

 



フィリピンの食事は質素
いや 欧州なんかでも

質素ですよね

 



フィリピンでは
伝統的には 4食
朝、昼(11時ごろ)
夕食(5時ごろ)
夜食(寝る数時間前)
各家庭で違うとは思いますが
朝と昼は 同じものを
食べることも 少なく ない



 

祝い事では
ご馳走を食べるけれど
普段の生活は本当に質素
同じメニューが 続いても
誰も何も文句いいません

 



食に関する意識は
フィリピン生活を経て
変わりました
栄養も1週間でバランスが
取れてれば

オッケーという程度

ランチや朝食で
様々な色や
小さな食器が並ぶ
日本の食文化は
誇らしいのですが
それを守っていくために
日々 食事に苦労を
強いられて いれば
どこかで調整ができる
思考も必要ではないか

食事の簡素化 してみた

自分が住む 貸家で
プライベートの
時間を過ごすのは
8畳スペースの
リビングキッチン

「ああ 生活って
   これで いいんだ!」
馴染んできた

食器も調理器具も
だいぶ 処分した
必要最低限の物が
残されている

探しものの
時間が なければ
3倍有効に使える 時間

まさしくそう
たまにしか使わないもの
なんでも しまいこむ
「あれどこだったか」と
あちこちの扉を開けたり
引き出しの中をのぞいたり
高いところにしまったものは
椅子を持ってきて
のぼって取り出す

棚の奥のほうに
置いてあるものを
取り出すために
手前のものを出して
またしまう

そんなことをしていたら
疲れるばかりで
時間の浪費 自炊自体が
おっくうになってしまう

面倒になって
料理をやらなくなるかも
同じ皿 器に盛っても
飽きることは ない

 



シニアになったんだから
自分を困らせないように
簡素な食生活にした

日本では
コンビニやスーパーなどで
簡単に 1人分の食べ物が
手に入るが
フィリピンでは 
そんな環境に
恵まれていない

材料を調達し 

切って 調理して食べる
人間の原点

 



では
何を「料理」しましょうか

まずは「ごはん」
炭水化物は まるで
目の敵かたきのような扱い
食事から「抜く」人が多い

それは 間違い
脳という司令塔が
通常使えるエネルギーは
ブドウ糖だけ
筋肉を動かすための
エネルギーもブドウ糖

その供給源である米や麺
パンなどの炭水化物は
食事の中でいちばん大切

 



誰も見ていなくても
「ひとりごはん」を
ちゃんとする

それが 人間らしい自分を
確立するための 必須条件

しっかり
ご飯を食べるためにも
1人分の料理にちょうど良い
マグカップを使った
副菜レシピなど 工夫してる

 

そして 丼物は 優れもの料理

 



次に
「肉」「魚」「卵」「大豆」
タンパク質食材

最後は 野菜 芋 海藻
これら 免疫力アップに貢献し
身体の老化を進めると言う
活性酸素を減らしてくれる

といっても
1年365日 1日3回
毎食料理をして

食べるためには
かなりの努力を要し 
続かないだろう

「簡単・手抜き料理を」一皿で
知恵で やるしかない

 


◇◆◇ ───────────
己が 年取った自覚がない

四十位の頃から
意識的に年のことを
思いながら生活してきた

ハー五十か
フーン還暦か
オッ古稀かなんてね

 

それでも
自分が 70を超えた
感覚は 薄い

感覚が なければ
歳に拘ることは ない

 



70になったと

そんな ことが
まず先に 頭にあれば

これを やろうとか
これは やめよう
ということになる
それは 意味ない

何が できるかは
自分の身体に聞けば
応えてくれる
自分の身体は70という
戸籍上の年齢よりも
ずっと若い
それに合わせて生きる

 



さし当って
痛い 悪いトコは 無い
有り難いなって
ノーテンキに生きている

人間ドックなるモノ
二十年程 行ってないし
先ず以て人間 病いは気から
気から病いが出る
昔の人は良い事仰る

 



年齢を気にするというより
己から 年齢の枠のなかに
入りたいのかもしれません
そんな人も いる

自分で枠を作って
安心したいのでは ないか
「もう70だから無理だ」とか
「もう70だから これでいい」
と言って おけば
そのほうが楽ですから
楽がしたいなら それも結構

それなら現役で
仕事をしている人を
うらやましいと
言うべきでは ない

誰かに迷惑を
掛けるようなこと以外は
歳 関係無く

もう好きにやれと
そういうことで
いいんじゃない

人間は年をとったら死ぬもの
医学が絶対的な正義だと
いうことは ない

 



この車のように

老いても 活発でありたい

 

だから 自分は
「人生100年時代」その言葉
好きになれない

普段の生活を 壊してまで
長生きする必要があります? 
長生きしたいと思うのは
普段真剣に生きていないから
だと思ってる

人生100年なんて
のんびり考えていたら
真面目に生きていけませんよ

 


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幅はうち コロナそと
家中に歓声が響く

コロナにね むかつきすぎて
おにのかお

できることなら
みんなで豆を投げて
追い出してしまいたい
「コロナ鬼」


 
 

感染したことが ないヤツは
何とでも 言える 

そうだな

もはや
陽性になってしまった方が
いいのでは ないかと…

「他人に起きることは
   自分に起きるとは限らない」
みんな そう思っている
そうして 感染した

マスクもワクチンも大事
でも 万能では ない
われわれ全員 知ってる

 



今までの経験からいうと
だんだん馴染んでいっちゃう

実際には
ウイルスって
野生動物から人間たちに
やって来る

でも 野生動物は何ともない
世の中にあるのは
何ともないウイルスばっかり
ということは
人間たちは
今ひどい目に遭っているけど
やがては どうってことも
なくなると いうことですよ

感染症医は
ウイルスと生命
自然とのやりとりを
人間がコントロールできる
そう思ってる
でも そんなわけは ない
絶対に 無理ですよ



 

コロナ「死者数」
これは 死因が 老衰や
他の病気で
あったとしても
事前検査で
コロナの陽性で あれば
コロナ死で計上される
厚生労働省のルール

おかしいよね

厚生労働省が
悪いのでは なく
メディアが速報のための
情報を要求しているからだ

厚労省が数字を出さなければ
今度は“隠している”と怒る

 



速報値で 死者数はこれだけ
客観的な事実では あるが
その裏に潜んでいる
物の見方や
視点が 抜け落ちている

それを
右から左に そのまま
流しては いけないだろ

その前提を理解した上で
報道しなければ
何も進捗しない

情報を 一般市民に
分かりやすく説明する
日本のメディアは
そこが 極めて弱く
ほとんど 努力してない

死者数というのは
それが「1」で
あったとしても
インパクトが 強いので
正確に伝えた方が 良いし

 

それを
どう見るべきなのか
勇気を持って
一歩踏み込まなければ
ならない

あのメディアには
こういう意図が
あるのではないか
ということを 恐れて
データだけを 発表する
逃げ腰になっている

おじいちゃんや
おばあちゃんにも
わかる言葉を使って
言ってもらいたい



 

コロナに
振り回されてちゃ
せっかくの人生 もったいない

コロナ対策 自分で考えた
ほうが 正しいんじゃない
なんたって
自分のことなんだから

 



世の中の常識
なんてものに縛られて
思うように
生きていない人より
自分の考え 自分の常識
というものを 持って
行動する人のほうが
ずっとストレスが ない

 



よからぬ風評に
躍らされては いけない

我慢していいことなんて
なにひとつない
それだけの話

まるで 子ども扱い
他人に無理強いすることでは
ないだろう

 


◇◆◇ ───────────