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           ダバオ通信  ヤン爺のラストライフ・ダバオ 
              Last Life Shift In Davao Philippines
    

            フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
                  「団塊 百年の孤独 老いの抗い」  
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めがさめる
どこもいたくない
かゆいところもない
からだはしずかだ
だが こころは
うごく あさ

朝起きて
自分の男性器が
なくなっていたら……

 

ない ないぞ

自分のアレが
家出をしていた

探しに行かなくちゃ

 



人生の 8割の日々は
おおむね いつもと 同じ
何もない 地味な 毎日
その事が 有り難い

頑張って!

ハイ ハイ 
いつも 頑張って ますよ
 
ベストを 尽くせ!

すでに ベスト なんですが・・
 
我慢しろ!

ずっと 耐えて我慢して 
きましたけど・・

探し物は なんですか

自分のイチモツ

見つけましたか

まだ まだ見つからない
どうしたら いいんだ あぁ

 


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「健常者」の
一人 ひとりにすら
いまや「うつ病」に
近いともいえる傾向が
忍び寄っている

コロナ「感染者数」への
異様な注目の高まり
それこそが 無意識に
まさに うつの症状

2年超えて この間ずっと
メディアが トップニュースに
「今日の感染者数」を掲げ
もっと自粛が 必要だ
減ってきても 油断するなと
あおり続けてきた

その結果として
「数値過敏症」のような
状態に置かれている

 

「人にうつすかも
   しれないじゃないか」
といった 脅し方で
自粛を強要した

 



「このくらいなら
   問題なかろう」
といった 節度 注意
自らの感覚を
多くの人が 見失った

独り歩きした
数値目標に従わない限り
どこまでも 叩かれる
無限責任社会

主観的な安心を
自らの身体で
つかみ取ることが
できない 

むしろ
「客観的」だと称する
数値に 自身の感覚を
乗っ取られている



 

そうした
「コロナうつ」が
昨年末の
オミクロン株パニックで
息を吹き返した

脱炭素運動の影響から
エネルギー価格が急騰し
欧米を中心に
インフレが 起きてる
結果として
ますます 数値で不安にさせて
言うことを 聞かせる風潮が
日本でも 広まる

コロナ以前から
ずっと続いてきた
不安で人を動かす
社会の末路が 目下の
「一億総 コロナうつ病」

 



私たちが 
そこから立ち直るには
逆に
「安心で人を動かす社会」の
実現が 欠かせない

第一歩は まず
どうしても数字が気になり
いつしか依存してしまう
生き方自体が 強い不安に
さらされたが ゆえの
「症状」で あると
その事に 気づくこと

自分の生活が
充実しているとき
人は 何も数えてなんか
いません

ついつい
数えてしまうのは
不安にとりつかれ
孤独感の虜になったとき

SNSで フォロワーや
「いいね」の数を 気にかけ
「アイツよりは多くないと」と
競う人が 増えたのは
孤独が深まったから

人間関係を「数値」にして
可視化した ことで
かえってうつ症状が 悪化

数字を気にかけなくても
「まぁなんとか
   やっていけてる
   じゃないの」
という その状態が
はじめて安心感を作る



 

数値化とは 本来
その状態に達するための

補助具
「俺にだって〇人は
   フォロワーが
   いるじゃないか」
それで いいじゃありませんか

数値に こだわる営みは
「不安から安心へ」の
過渡期にのみ 行われる

対症療法として 捉える

ゼロコロナ幻想とともに
数値化信仰の破局を見たいま
私たちは発想を 安心へ
転換してゆける時だと思う

自分で 
注意していれば 大丈夫

だからネ

 


◇◆◇ ───────────
女性ロックシンガー
カルメン・マキ
忘れちゃ いませんよね

 

雑誌

「ポパイ」「ブルータス」を
読みあさり 憧れた

 

新たな文化の胎動を感じ
新たな文化的なものが
どんどん街に あふれ出して
いった ころ

当時 懸命に
明日を生きていた
そんな 20代の頃に 
考えもしなかった
自分の老後



 

長寿化は 喜ばしい
同時に様々な課題を
個人と社会に突きつけた

金も無い もんが
日本で老いるのでは 
楽しさが 見えてこない
老後が 恐ろしくなった

異国で
「ひとり暮らしです」
などと 言おうものなら
「あら かわいそうに」と
同情してくれる

「大きなお世話」

「ひとりだから こそ
   無理をしなくて いい」

人間というものは
「群れたい」欲望と
「ひとりでいたい」欲求の
両方を併せ持つ存在



 

物事を 締めくくって
したいことを考える
一度「閉じる」ことで
これからの 
新しい扉を開く

エネルギーが 出てくる

自分勝手と言われても
老後の自己保身のため 
南国に移民したのだった



 

移民する 勇気なるものは
天から降ったり
地から湧いたり
するもので なく
勇気が出せる主体的
客観的条件が
自分には あった だけ

異国で 二つめの人生
老後を 生きてみようと ・・

その歳で いまさらって 
オイ オイ 冗談じゃない
まだ 一人で

外に出られるし
人にも会える

だから これからを
必死になんて 
生きないように する

誰しも 必死に 生きている
懸命には 生きない って
正気の沙汰では 
ありませんね?

そうかネ
だって そこまで 深刻に 
生きるもんじゃ ない だろ

健康で 生きてるだけで 
有り難い事 感謝してる 
それ以上 欲張らない
前向きな 行動だろ

若いアジアの国
異国で 二つめの人生
選択が どんな結果を 
生むのか

これまで なんの ために 
頑張って きたん だっけ

忘れたな

これからの老後
「頑張らずに 生きる」
だからネ これは
「短く わかりやすく」の
キャッチフレーズ

日本社会から
こぼれ落ちた はなし 



 

生の実感を獲得するには
結局のところ
衣食住という生活の根幹を
自分の手に取り戻す こと

それが 得られるなら
生活の軸足を移したい と
思った

失敗に 終わっても
ボーッと 
生きてみる だけ だから
何かを 大きく 
失うことも ない

移民の正否を
すぐに判断しない
「いい」
「わるい」の判断が
早すぎませんか?

「もうちょっと考える」とか
「保留」とかが あって いい
なぜそんなに
瞬間的に 判断しなくちゃ
いけないのかなあって

あやうく 日本で
一生懸命 生きるところ 
だったんだよ

生きて いくって 
たいした事 じゃない
でも 今日まで生きてきて
これから 心動かす瞬間を 
味わえるなら よかった

自分を守る
そのことが出来るのは
自分だけという
危機感が ありながらも
現地で出会った人と話し
人々の生活を眺めながら
ダラダラと過ごしたい

「一緒に楽しく過ごせる
   女が いて」
楽しめるように なれば
自分自身の 本来の姿に
立ち返れる



 

素朴な都市や
音楽に心動かされ
この街 ダバオに恋して
自分は 何がしたいのか
どう生きたいかを
立ち止まって考える

 

それは つまり
「物事にひっかかり続ける」
そういう ことなんだな
そんな事 少しは 考えた

移民は 逃避 希望であり
瞑想なんだな
その贅沢を
味わい尽くすために
日々 夢を食ってる



 

一人で生まれ 一人で死ぬに 
なぜに 一人で生きられぬ
そんな 川柳があった

我々は この世に
一人でやってきて
一人で去っていく存在

星は やさしくいつも瞬き
あたたかく 雨に濡れず
眠れる場所が あれば
魂も心も奪い合わないで
人はいられるのでは ないか
国境の夜想

強気でいても 人は
いつも孤独を感じる生き物
誰かと つながっていないと
やって いけない

誰にも 答えのない 老後生活 
ただ 楽しんで 遊んでみる
それだけで 齢も 忘れてる

年齢って
経験を重ねてきた時間のこと
人の魅力に 年齢は関係ない

 



老いたのだから いいだろ 
ダバオで 遊んでみるのも

全てから 逃げ出したのに
不思議と 怖さはなかった
誰も知らない
誰にも干渉されない場所で
ひとり 自由になった

それぞれの事情を
安易に侵されない社会

自分は 同じ価値観を
他人に 強要していない



 

孤独は
自分が望む場所と
時間を自分で選ぶこと
そうした

「自立」した 人間が

孤独を得てる

「自立」は よく誤解される
何もかも すべて
自分の力で行うことではなく
本当に頼らなければ
ならないときに
頼れる相手がいる状態のこと

あくせく せず
流される まま 異国に 漂う
南国の カラッとした気分で 
フィリピン人の ように
悠々と生きてみたい



 

かくも短き 老後人生に
争い 謝罪し 傷心して
責任を追及している
そんな 時間などは ない

愛し合うための時間
それしかない
それが たとえ
一瞬にすぎなくても

良い老後は 良い女
良い人間関係で築かれる

濃厚接触 本能じゃないの



 

人が 実るも枯れるも
その人の「人間関係」

「なにを食べても

   美味しかった
   なにを見ても楽しかった
   気がつくと そんな時
   いつも 女が そばにいる」

 



他愛のない

話をしている瞬間に
女の体温が高まる
せめて女とだけは
「信頼」を柱に 生きたい

やさしさとは こうだから
こっちへ進んでいけ
そんな まとめ方は危険

自分以外の人の生活にも
思いを馳せ
たとえ自分の身に
起こらなかった ことでも
それをどう受け止めるのか
そういうことだと思う

老後人生なんて
お茶1杯分の休憩時間

日々の中で 
お茶1杯分の時間
ダバオのことを思うのだ

 


◇◆◇ ───────────
近所の顔見知りに
道ですれ違った時
決して 見て見ぬ振りをして
コソコソなど せず
正面から笑顔で「ハロー!」
「ムスタ ヵ?」
元気だったかと 一声かける



 

江戸の長屋文化に
象徴されるように
血縁よりも
同じ地域に住んでいることが
大きな意味を持っている社会

自分も そうだから
わかるんだけど
人は 人に存在を
認めてもらうだけで
元気が 湧いてくる



 

言葉のプレゼントの
いいところは
なんの元手も入らず
いつでも どこでも
いくらでも あげられる

そして
言っても 言っても
損することは ないばかりか
減る事も無い

先方が喜んでいると
こちらも たちまち
愉快な 笑顔になれる

これほど
効率的で 効果の高い
贈り物は なかなかない
そして やればやるほど
こちらのスキルが上達する

相手の置かれた
状況に合わせて
何気ない言葉を
パッと発する反射神経が
確実に磨かれてくる



 

すれ違う人に
にっこりするだけでも いい

南国の流儀
南国の事は 南国に聞け



 

笑顔でいることは 
一つの行
それだけで世の中を
変えられると
仏さまも教えている

ただ 意味もなく
ニコニコしているだけで
立派な「あげる」行為

何事もまずはやってみる
小さな心がけで
枯れ木に花が咲くように
自分の半径

3メートルの世界が
パッパッと明るくなる

これぞ まさに
「花さかじいさん」の世界
自分の半径3メールが
平和で笑顔に溢れる

 


◇◆◇ ───────────
一人もんだもん
部屋全部を 
いつも キレイに
なんて 思えば できない
「玄関とトイレだけ」は
綺麗を 心掛けている 

掃除が 終わった

あと
レシピなどまったく見ずに
その辺にある食材で
テキトー料理ばかり作って

食べている
 

一人分って 難しくて
ほぼ 毎日同じご飯に
なっちゃう ことも

自家製 大根の甘酢漬けを
ポリポリと 熱々ご飯を
軽くあぶった 海苔に 

くるんで パクリ



 

香りも ビールとの 
相性も いい

月は 満つとも
心は 満たぬ 今日 このごろ
鬱々とさせられる コロナ
自分の機嫌を 自分で直す



 

酒でも飲んで ないと
コロナを やり過ごせない
「ほろ酔い」という 言葉
お酒も おんなも
なかなかに 色っぽい
「君の瞳に乾杯」

舟唄を 聞いている
酒がどんどん滲みてくる



 

お酒を 飲めば リラックス
アルコールの 効果
それだけでは ない
日本酒は 香りでも 酔わせる

米の芯だけで 
酒を仕込む 吟醸酒
澄んだ キレイな 味わいで
ワインから 
甘味を 抜いたような
キリットした 味



 

吟醸酒は 低温で 
じっくり発酵させる
通常の作り方では 出ない
独特のフルーティーな香り
吟醸香が 出る

じっくり ゆっくり 
ほろ酔いに ひたる
そんな女が いれば
「自分にはとてもまぶしい」

病気自慢で
年寄りが 集まったりすれば
もう 終わりだよ
ただし ただし でーす!

 


◇◆◇ ───────────