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ダバオ通信 ヤン爺のラストライフ・ダバオ
Last Life Shift In Davao Philippines
フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
「団塊 百年の孤独 老いの抗い」
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ダラダラ 長引くコロナ
自然界からのメッセージを
受け取るような体験を
人類が した ことで
また 人間が進歩したと
そう ならなければ
老い先短い者が
失った時間に
やりきれない
コロナが 通りすぎた後
どうなっているか
その姿が ぼんやりでも
見える年に なるのかな
そんな事 想っていたら
ダバオで 56年の歴史が消えた
アルデビンコ ロハス通りの
お土産屋街 封鎖のニュース
両替率の高い店が あった
コロナに 決して
尻込みすることなく
開き直って やる!!

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南国 実質 ひとり暮らし
それは 周囲に
お伺いをたてる必要が
まったく 無い生活
実生活を
生きているからこそ
日々の機微が 鮮やか
1日2食 カレーでも
誰にも怒られない
東京も南の島ダバオも
「人が生活する場」
その意味では
なんら違いは ない
決定的な違いが
あるとすれば
「選択肢の数」
大都会 東京には
買うものも 行く場所も
無限にありますが
南の島 ダバオでは
買うものも 行く場所も
ごく ごく限られている
「必要最低限
ちょっと未満」
故に ダバオでの生活を
楽しめるか どうかは
「限られた選択肢のなかで
いかに 楽しみを
創り出していくか」
制約のなかで こそ
何を選んで
どう組み合わせるかを
考えるのが 楽しいし
興奮するんじゃないか
人の情けや親切に触れ
たとえ懐は 寒くても
心は温かい
なおも この街で
生き続けていたい
「こんなに
のんびりしていて
いいのだろうか」と
時に感じる

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トラブルや 困り事に
真正面から
ぶつかっていたのでは
心の安定を 保ちにくい
適度に忘れたり
切り替えたりしていくには
ケ・セラ・セラ
なるようになるさの
精神も持ち合わせて
おきたい
なるように なって
今まで 生きてきた
これからも
なるように なるから
大丈夫
肛門を締め
同時に肩の力を抜いて
下腹部に力を充実させる
家のなかにいて
外の風を 感じる
ドアを 窓を開け放ち
家じゅうに風が流れる
空の雲が重たくなったり
風に湿り気を感じたりする
自然を感じて暮らしてる
人生の風通しは
風しだい
だからといって
おじけてばかりでは
物事が 進まない
誰にも 先は分からない
それぞれの 人生だから
今日の 一日なのか・・
ダバオで 人生の
最期のページを
開いている
今日もメシを食い 酒を飲む

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大人の男と女って
ご飯やお酒の場を通して
仲良くなる
食事中に 心が通じ合う
これまで 人に話したこと
なかった物語り なんか
なにげなく話したり してる
聞いてもらう という時間
食が 人を引き寄せ
食が 運を引き寄せる
ご飯を食べているときだったり
ご飯を一緒に食べる行為は
人と人が 仲良くなる 第一歩
「食べて 恋して 人は生きている」
おいしいものを食べ 満たされて
生きるを感じるのは 人間の原点
少し愛して 長~く愛してと
囁やかれても な・・
嬉しいんだけども
でもなぁ もう そんなに
長くは 生きられない
どんな女でも いい
心底から 自分を
有頂天にさせ
身も世も
忘れさせてくれれば
どんな女でも いい
人生最後に どうしても
手放せないものが残る
パートナー
それが 生きる理由
突然誘っても
喜んでついてきてくれる
誰かが いる
そんな大人で ありたい

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誰もが 気軽に情報を
発信できる現代
「とても クレイジー」
道を歩いている人も
レストランで 食事する
カップルも みんな
すべてを乗っ取られたように
携帯画面を見ている
周りの景色を
自分の目で見て楽しむ
自分は SNSも
携帯メールも しないし
たまに 電話するくらい
「いい女いるなぁ」
「いいケツだなぁ」と
思っても ついていかない
淡白なんだね

何歳まで 生きるかなんて
気にしても しょうがない
能天気な 人生を
ダバオで 楽しむだけ
ダバオは 田舎街だから
格好つけることなく
自分らしくいられる
時の流れが まるで違う
ゆっくり選んで
ゆっくり食べて
ゆっくり飲んで
体も心も温まる
ダバオの風と人生会議
ダバオでは
人を愛することって
濃厚接触って 肌合わせ
生活する上で 普通の行為
この世で
最も老いている人とは
生きる情熱を
完全に失った人
人生に対する
情熱を持っている限り
年齢に関係なく
若々しくいられる
ぴったりと当てはまる
それを 実現している
見本とする ジジイが いる

◇◆◇ ───────────
撮影中に 90歳を越え
ことし 5月には 92歳になる
こんな 長きにわたり
映画界の一線で活躍する
監督・役者は いない
ジジイながら
生きるが さまになってる
その気力 体力には感服する
健康の秘訣は
すしと緑茶 それと
グラス2杯程度のビール
深酒はしない
少年との旅映画と いえば
『グラン・トリノ』を思い出す
毎日ヴィンテージカーの
グラン・トリノを
ピカピカに磨き上げている
車も 亡くなった妻のことも
一途に愛していたなど
本物と認めたものを
愛し抜く性分は
大人として見習いたい
隣家に住む移民の少年に
男の生き方を実践してみせる
頑固な元自動車工の老人役

それから
警官に追われるシーンは
麻薬の運び屋をしてのける役
楽しそうに演じていた『運び屋』
気さくな未亡人
マルタとのロマンスもあり
『マディソン郡の橋』を連想
モテ爺な あたりは 彼の魅力
人として 一番大切なモノ
胸のどこかに
刻み込んでくる
過去の栄光に
未練はあるし
これまでの生きかたに
後悔もある
瞳がきらきらしている
この人を見よ
それは 91歳の
きらきらではない
イーストウッドの
イーストウッドだけの
きらきら
「やあ 元気だったかい」と
挨拶を交わす
とんでもない
会った事も
この目で たしかめた
ことも 無い
この人のように
年をとりたい
クリント ジイさんを……
自分は 模範としてきた
イーストウッドは
生き方 老い方の師匠
改めて 畏敬の念
人間の良心って
何なのかを
ずっと 見つけている
俳優や監督として
西部劇 戦争映画
ラブ・ストーリー
ヒューマン映画と
数々の名作を
世に送り出しきた
クリント・イーストウッド
日本では 新作が
『クライ・マッチョ』の邦題で
今月14日より劇場公開される

フィリピンでは いつか?
物語りは ロデオ界の元スター
マイク(イーストウッド)
その栄光は いまや過去のこと
落馬事故をきっかけに
家族も離散
競走馬の種付けで
細々と 一人で暮らしていた
だが ある日
マイクは 元雇用人から
メキシコにいる彼の息子
ラフォの誘拐を依頼される
メキシコから テキサスへ――
その危険で壮大な道のりは
予想外の困難と思いがけない
出会いが 待ち受けていた…
クリント・イーストウッドが
監督・主演・製作を兼任した
「クライ・マッチョ」
落ちぶれた
元ロデオスターのマイクに
イーストウッド
家族の愛を知らない少年ラフォに
新人のエドゥアルド・ミネットが
扮した本作
かつての雇い主から
別れた妻に引き取られた息子を
メキシコから
連れ戻してほしいと
依頼されたマイクは
マッチョと名付けた
闘鶏用のニワトリと
ストリートで生きる
ラフォを見つけ出し
2人で米国境への旅を始める
もっと老けろ
背を曲げてヨロヨロ歩け!と
叱りつける凛々しい監督と
穏やかに従う老俳優の姿が
目に浮かぶ 両方とも
クリント・イーストウッドだ
若いころに
ヤンチャをやった
年寄りを演じさせたら
イーストウッドの
右に出る者は いない
なんといっても
存在に説得力がある
こういう年寄りを
見せられたら
年を取るのも悪くないな と
思ってしまう
90歳のイーストウッドが
馬に乗って画面を横切る
ただ それだけで
そのぼんやりとした風景の中で
「永遠」という時間に直面する
イーストウッドの筋肉は
さらに削げ落ちて
骨格ばかりが目立つし
声もか細い
けれど 漂う人間に対する
肯定感はひたすら頑固で力強く
不思議なことに自分の未来にも
限界がないような気がして来る
人生に根気よく
向き合っている人なら
この映画の味わいが わかる
心の深い人 実のある人にも
イーストウッドの運転する車は
やはり 乗り心地がよい
“強さ”を こんなにも
優しく描けるのが
クリント・イーストウッド
老年を迎えても
変容を厭わぬ姿勢
イーストウッドには
死の匂いは しない
あるのは 愛!
渋い とか いぶし銀 とか
年輪 とか
そんなんじゃなく
彼だけの道を
彼ならではの速度で歩く
それが
このひとへの好奇心
古き良き英雄を
90代で衒いなく演じる
円熟とかそういう
レベルでは 無い
能や舞台劇の境地
静謐にして奥深い人間像を
打ち立てている
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無事 70年生きている
災害にも事故にも
今日まで 病にも冒されず
生きた それは 奇跡だろ
どんなに
いろいろな人が死のうが
自分にとって大事な人が
死ななければ いい
遺族は みんな
自分のいちばん
大事な人のことしか
考えられない
本当のことってそうでしょ
命って そういうことだと
自分は思いますね
日本の社会は
血縁を重視したがりますけど
フィリピンのように
血の繋がりより
どんなふうに濃密な時間を
共有してきたかのほうに
自分は 価値があると
ダバオに暮らし 思う
人の生き死にを
左右するのは
明らかにそっちだ
幸も不幸も
外から見て 本当のところは
わからない
















