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           ダバオ通信  ヤン爺のラストライフ・ダバオ 
              Last Life Shift In Davao Philippines
   
 
            フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
                  「団塊 百年の孤独 老いの抗い」  
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魚屋の亭主が表に耳を澄まし
「おっ 雪が降って
   きたんじゃねえか」と 聞く

雪じゃないよ と女房が答える

「門松のササがね
   風でさらさら
   触れ合ってるんだよ」

落語「芝浜」
静まり返った夜の
大みそかの会話

テレビもサッシ窓もない
そんな昔だからこそ
あれは雪の降る音か
風の音かと
耳をそばだてるのが
習いだったのだろう

南国 フィリピンに
雪が降る!
なんてこと無いけれど
冷たい風が吹いている

江戸時代は
長屋の住人が当番の家に集い
年末の宴に興じたという
調子が出過ぎて
新年用の酒樽にも
手を付けてしまった

「来年の樽に手のつく年忘れ」



 

あらゆることに
余裕が 無駄が
なくなりつつある昨今
世知辛い時代の流れに
今年もあらがってきた

 



時代とズレていても構わない

 


◇◆◇ ───────────
短い言葉では
説明しにくい言葉の力
いまの社会では
短くわかりやすいフレーズに
収まらないものは
そもそも「存在しない」と
見做されてしまう

ああそうかと 思いもするが
強引に 短く整えるよりも
ただ 言葉が並んでいる状態が
自分のブログらしい

何より まとめなくていい
ずっと言ってほしかった
その言葉でも あった

誰の人生も要約させない
あなたのも わたしのも
まさに 今この社会に
必要な言葉では ないか

 


◇◆◇ ───────────
今年も終わるねぇ
暮れてゆく
そば屋の店頭に
年越しそばの張り紙を
見かけましたか

また ひとつだけ年をとり
老人力が増し 老眼が進み
うまくいかないことも
たくさんあったけど
どうにか 元気
静かな年の瀬 ダバオ

年越し蕎麦でなく
なぜか 突然 思い出した
無性に食べたくなった
かた焼きそば
「五目アゲ焼きそば」

10分でしあがった
あんにしっかりと
覆われた焼きそば

太麺を揚げた
香ばしく ただしい
「かた焼きそば」を
年越しソバとして 
いただこう



 

褐色に輝く
正しいかた焼きそば
箸を入れると
しっかり揚った太麺が
その存在を主張する

 

揚げた麺が 

ダバオでは 売られている

からしをのせ
酢を4から5回り
あんは褐色系だけに味も濃く
しっかりとしている上に
野菜のシャキシャキ感も楽しく
期待を裏切らない アッチチー



 

ビールで 口の中

さまし 落ち着かせる

食べ進めていくうちに
だんだんとあんと酢により
しっとりと柔らかくなった麺も
かた焼きそばの醍醐味

自分の関心が
食物の味ではなく
食べるという行為に
向かっている

 

食べて寝て健康

そんなかた焼きそばに
たまにしか思い出さない
都合のいい存在なのね と
叱られそう



 

ゆったりとした
正月になりそう
◇◆◇ ───────────
不安定なコロナに
フルスイングできなかった
欲求不満
私たちの行動は
その時代の「空気」に
大きく左右されてしまう

今 断末魔のきわどい時代に
生きているのだろうか



 

「来年は
   どんな年になるでしょう」
そう 聞かれても・・な
預言者じゃ ないから

でも
「どんな年になりそうか」と
受け身で待ってても
何も変わらない
「こんな年にしよう」という
意志を持ち 前を向いて
自らの力で
歩くことしか できない 
それさえ大変な こと

平凡だが
「何とかなる」さぁ



 

あちら こちら
さまざまな方向へと人が走る
人々の動きに巻き込まれず
自分は 自分の正道を
歩いているのだと信じる
おのれを高めも 低めもせず
つねに平坦な道を歩む

もし
悲嘆に暮れている
未亡人がいるならば
酒の一献でもすすめて
故人の思い出話など
しんみり聞いてやる 
大みそか

 


◇◆◇ ───────────
来年も重なる 自分の「老い」
50代 60代の頃と比べると
動きも以前のように
テキパキとは いきません
大変のろま

70を過ぎて
世間からもズレを感じる
ズレているんじゃ

ないかなって

『効率のいいところだけ
   取りましょう』という
そんな 人生になっちゃったら
やることをやって
早死にしろって
ことになりますよね

『オジいサン』
「え~ッ こんなに
   なっちゃったの?」と
言われるようになる

健康であるにもかかわらず
大げさに医者に訴える
健康でないのではなく
ただ健康に慣れていないだけ
自分を攻め立ててはいけない
自信のないことが 自分の健康

でも
動きの少ない地味な日常が
なぜこんなに面白いのだろう
歩ける 見える 聞こえる
口がきける 今できることが
あるというのは
ありがたいでは ないか

 


◇◆◇ ───────────
何十年も
いろいろなルール 常識に
とらわれて生きてきた

でも その向こうに
違う生き方が
あるんじゃないか
そう思い ダバオに来た

ダバオには 居たい
自分は事情があって
家族がないようなもの
なので 日本にも帰れない
仕方が なかった

それなら ダバオにいる間
少しでも楽しく
過ごしたいなと思った



 

都会マニラて生活するより
人のいない田舎
ダバオの街の方が
安全かなという考えもあった

しかし 南国への
大胆な引っ越しの決断が
あっさりできてしまうなんて
自分でも 驚いていた

生まれた町で生きて
死んでいくんだろうなって
思っていたから
町を出たいとも思わなかったし
何かを変えたいという気力も
なかった

それが
退職後反抗期だったのか
やったことのないことを
してしまった

それで
急に自由になった
どこまでが
自由のラインなのか
今も模索している



 

治安が悪そうな所は
本能的に長居しなかったので
人の悪意には
あまり触れなかった

一見 貧乏な しかし ゆったりと
時間を楽しめる ダバオの居候
現地の人
人との触れ合いの数々には
心ひかれた

ダバオで長年生きてきて
日本にいるときよりも
自由だと感じる反面
あらゆる局面で
自分はここでは単なる
移民だと思ってしまう

永年住み着いてから
土地と繋がって
ようやく異邦人として
自分の居場所ができた

一人になって
このままダバオに
住み続けるのだなと
思っていた

 


◇◆◇ ───────────
ダバオ 男と女の20年は
なんだったのか?

女がいると
つまんないことを話せたり
しなくてもいい失敗をしたり
逆のこともある
それが経験になったり
後の材料になったりする

女に迷惑を掛けたり
泣かされたりしている
そんな時間も人生
それをちゃんと味わうことが
女の気持ちを
わかることにもなる

そんな仲の 男と女でも
一緒にもつ鍋を食べた
笑顔で写真も撮った
それだけでいいじゃないか
いつか 全て忘れる
いつか みんな死ぬ
薬師如来は 全てを見ているよ

言葉 伝わらないのは あたりまえ!? 
身体を通して言葉の奥行きを探る



 

フィリピーナから
いつもの質問が
「アサワは
 フィリピーナですか?」

いや シングル

ヒヤー ここで ひとり!なの

 



楽しい時間を
女と ともに過ごす
イヤな面だけ見て
離れてしまうのは
もったいない



 

男と女 それでいいのだ
人生の最期
記憶が薄れて行く中で
誰の名前を呼ぶのか

愛する事と感謝
女のために
なっていただろうか
女のために 何か
してあげたことがあるか
真摯に愛情を傾けた事が
あるのかを 問うてみた

パワフルな女のお陰 
つられて元気になった
女と向かい合ってるとき
上機嫌でいられる

男と女の出会い
自分は 楽しくやれればいい
そう 思っていますから
先のことはわかりませんし
あまり考えないようにしている

そして 
自分を大事にしてくれた
女に感謝する
生かされていることに感謝して
そこから 新しい何かが始まる
来年も何とかなるから
ボチボチ行きましょ
今を楽しむセンスを忘れずにね

さぁ 元気出して

2022年を迎えましょう

 

 


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