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ダバオ通信 ヤン爺のラストライフ・ダバオ
Last Life Shift In Davao Philippines
フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
「団塊 百年の孤独 老いの抗い」
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「ええ あんたは
わかっちゃいない」
煮え切らない年末だ
誰かが 何かに
「イライラしている」
ゆっくりまぶたを閉じて
深く息を吐いた
そこで「おーい」と
自分の胸に 声をかけて
「1年 大丈夫だったか?」
なんて 聞いてみる
えいっと
蹴飛ばしたい1年だったよ
2022の自分へ声をかける
かけがえのない1日を
積み重ねるしか ないよな
自分本来のリズムを取り戻す
師走も下旬
南国だから
季節感のないこと
甚だしいが
色鮮やかな光の装飾が
店内を明るく彩っている
大型モールは
クリスマスに華やいでいた
それどころではない 惨状
台風被害 セブの復旧 復興
生活するのが 一苦労で
毎日絶望を味わっている
クルシミマスじゃ
洒落にもならない
フィリピン人は
何度も逆境に遭遇してきた
こんな事では へこたれない

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この季節に想い出す
「♪雨は夜更け過ぎに
雪へと変わるだろう」
で 始まる 山下達郎の
「クリスマス・イブ」
この歌を起用した JR東海
「クリスマス・エクスプレス」
あの CMで
「恋人たちの夜」という
愛と狂瀾のクリスマス
赤プリの輝き
もう 40年も
前になるんだな
バブル崩壊以降
ゴージャズだった
クリスマス
恋人たちの夜
そのイメージは
本来のクリスマス
家族で楽しむものに
戻っていった
南国であっても
気温が下がる師走
肌寒い日が続く
気ぜわしくなるけれど
日は短い
日本にいたら
寒さにふるえて
今頃は 死んでいたと思う
今年 亡くなった方
残念に思う人が いた
91歳の巨匠が 生きている
クリント・イーストウッド
半世紀以上に渡り
ハリウッドの第一線で
人気俳優として活躍し
監督としても
50年のキャリアの中で
2度のアカデミー賞を受賞
最初に知ったのは
TVシリーズ『ローハイド』
クリント・イーストウッドの
いい老い方を見て 元気をだす
彼の人生が 未完であるから
老い先を 見つめている
人間が 人間らしく
崇高であることが
できるのは
この世が いい加減な
ものだからだ
正義は行われず 弱肉強食で
誰もが 容易に権力や
金銭に釣られるから
私たちは それに抵抗して
人間であり続ける余地を
残されている
人間は 長い歴史の中で
たまたま 自分が
生まれ合わせた時代の
たまたま そこに
居合わせた場所で
最善を尽くして
生きれば いいだけ
それ以上
小さな一人の人間に
何ができるでしょうか
カッコイイ生き方
老い方を 自分に示すのは
クリント・イーストウッド
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もう
自分は じいさんですが
年を取れば取るほど
若返って 生きたい
ですが
自分にも やってきた
「時間」という怪物と
どう立ち向かうのか
あるいは 負けるのか
フィリピンとちがって
日本は忙しい国だから
隣近所の付き合いも ない
ダバオは
のんびりしてるから
自分も 今日まで無事
生きられたんでしょう
フィリピンさまさまですね
品を保つということは
一人で 人生を戦うこと
それは別に お高くとまる
ということでは ない
自分を失わずに
誰とでも穏やかに
心を開いて会話ができ
相手と同感するところ
拒否すべき点とを
明確に見極め
その中にあって 決して
流されない
自分もいい加減だけど
あいつもいい加減だよな
と仲良くなる そう考えると
いろんなことは
そんなに難しいことじゃない
どんぶりに顔を埋めて
暮(くれ)早し

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悩みが
セクシュアリティだった
青年期から
性的指向に悩み
葛藤し続けていた自身
青春時代からの
生きづらさや 苦しみは
置かれた環境
年齢にかかわらず
いまでも普遍
性愛が
社会での役割として
際立ってくる前の
原初的な男女の「あり方」の
違いみたいな ものが
ダバオで暮らすうちに
どんどんとあぶり出された
まるで
青春時代の教室での会話
70歳 80歳になっても
今の高齢者は 元気だから
恋愛もしたいし 性欲もある
自分は
年の離れた小さな親友
フィリピン娘との
たわいもない時間や
娘との出会いを通じ
生きていく中での
ささやかな活力を
ダバオで見つけている
あらゆる物質は
こちらが取れば
相手の取り分は減る
食料でも 酸素でも
すべてこの原則を元に
与えられている
しかし 愛だけは
この法則を受付けない
与えても 減らないし
双方が満たされる
人が いつまでも 性愛の
現役でいるというのは
こういうことなんだなと
ダバオが教えてくれた
人生は短い だが
ひとりで生きるには永すぎる
人生の基本は一人
それ故に こそ
他人に与え
係わるという行為が
比類ない 香気を持つ
しかし 原則としては
あくまで 生きることは一人
擁(いだ)きあうとき
あなたから匂い立つ
雌雄それぞれ
わたしのものだ
淡桃(うすもも)の
笑顔とろりとこぼしたる君と
くだれば南国 なまぬるい

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フィリピンは亜熱帯で
原色の世界
住む借家の外壁は
レモンイエロー
常緑の島で 花が咲き
果実が実って鮮やかで
そういうものが 好き
お酒?
飲みますよ
寝そべっているのは
いいことだ
寝そべっているのは
素晴らしい
寝そべるのは正しい
寝そべっていれば
倒れることもない
人の本質とは
なんなんだ?
物欲がない
意地汚くない
物にこだわらない
そのような
自然な生き方の こと
そうなんですか?
そうなのか
自分の本質は いくら
隠そうとしても
性格は顔に出るし
生活は体型に出る
本音は仕草に出る
感情は声に出る
センスは服に出る
美意識は爪に出る
清潔感は髪に出る
落ち着きのなさは足に出る
そうなんだな あぁ〜

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今を 生きてる 現代は
わたしたちが
息苦しい共同体を捨てて
モノやサービスを
貨幣と交換する
ドライな関係を望んだから
でき上がってしまった社会
自分は貧しく育ったけれど
いやしくは育っていない
でき上がった 社会は
健康に神経質過ぎる不健康さ
健康的で清潔で
道徳的な秩序ある社会の
不自由さ しんどさの根
この時代に 蝕まれた者が
かってない 暴挙に出る
厳しい社会環境は
人々を餓鬼にした
不幸とか 幸せを
決めようとするから
人間 おかしくなった
ヤバい人
雑然とした
フィリピンのような街に比べ
東京や大阪 清潔すぎる都会
秩序にふさわしくない
振る舞いや人物に
大衆は 眉をひそめ
厳しい視線を向ける
「ヤバい人」は
どこにでも現れる
ある日突然
あなたが日常で乗る
電車や立ち寄るビルに
火をつける人間が
いるかもしれない
「普通の人」が
「ヤバい人」に変貌する
相手がいつ「ヤバい人」に
なるかわからないし
その人が「ヤバい人」か すら
わからない
フィリピンでの 危険は日常
日本も十分に穏やかではない
命を脅かされる危険にしても
突然 誰かから斬りつけられたり
放火されたりする可能性も
なきにしもあらず
今日日の日本を考えると
果たして 治安の良い国だと
言い切れるのかどうかは
正直 眉唾
人々は 自身を振り返り
状況を見つめ直すことが
おろそかになってきては
いないでしょうか
意識(アタマ)だけが
先行してしまうと
意味のあるものにのみ
価値を置くことに
なってしまう
そしていつの間にか
自分にとって意味がないと
思える存在が許せなくなる
あの犯人は
そういう人間だった?
すべてのものに
意味があるという
都市と呼ばれる世界を
作ってしまい
その中で暮らすようにしたから
意味のあるものしか
経験したことがない
山に行って
虫でも見ていれば
世界は意味に
満ちているなんて
誤解するわけが ない
なんでこんな変な虫が
いなきゃならないんだ
そう思うことなんて
日常茶飯事
「どうすればいいか」を
安易に聞く前に
まずは体を動かす
感覚を磨く 外に出る
自然と触れ合う
それで自分が
どう変わるかを
経験してみる
それが大切だ
「常に女性を守ること」
そして「人に優しく」








