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ダバオ通信 ヤン爺のラストライフ・ダバオ
Last Life Shift In Davao Philippines
フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
「団塊 百年の孤独 老いの抗い」
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月曜日ウンジャラゲ
火曜日ハンジャラゲ
水曜日スイスイスイ
木曜日も~り もり
金曜日キンキラキン
土曜日ギンギラギンのギン
日曜日ランララのラン
で 一週間 ご苦労様
心身ともに健康で
余裕があって
『機嫌がよい』状態である
今年も お疲れさん
そう 言おうと思った 矢先
唖然となった
当初 ダバオに上陸か?
気をもんだ 台風オデッテ
フィリピン中部 セブ直撃
大きな被害 酷い惨状を晒した
コロナでやられ
クリスマス前に
季節外れの台風に
やられるなど
たまったもんじゃない
でも
これがフィリピノ
苦難を経験しても
悲しみを笑いに変える
方法を知っている
いつどんなときも
「ご飯を食べてるか」と
気にするのが フィリピン人
食料支援が始る
愛する人のためにご飯を作り
愛する人のためにご飯を食べる
なにかが おかしい
12月の台風なんて
あきらかに 異常
地球は 狂っている
地球も 生き物なのだな
痛めつけたから 怒ってる
気候変動を修復しないと
台風の影響で
ダバオ 17日 全ての
インターネット回線が
一日中 不通になった
翌日回復
今日 円為替は
4千円を切りそうな気配
来年は 米国の影響を受け
円安 更に 加速するだろう
明るくなるニュースは
なに ひとつない
大晦日には 厄払い
紅白を見て酒飲んで
鼻歌を歌いながら
年を越したいと
思っている人が
大勢いるのに
今年の紅白って
どうなんですかね
初めて聞く
歌手の名前ばかりで
年寄りには
チンプンカンプン
「知らんがな」で チーン
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こんにちは
今日 お話しするのは
老いと若さにまつわる物語
泣くなり 笑うなり
足を組むなり
どうぞご自由に
何でも 好きなように
楽にしてください
皆さん もう うんざりですか
急いで退席しなくても大丈夫
どうぞ座ってて ください
ダバオの道沿いで
ドラム缶を2つに割ったものに
網をかけ 鶏や豚肉
ソーセージを焼く
店からの煙と匂いが
一帯を覆っている
雑貨店や床屋や
一角には露天食堂があり
大音量の音楽が流れ
賑やかさは 一際色濃い
買ったソーセージを頬張り
ビールを立ち飲み
瓶から直接ゴクリと飲んだ
焼いた肉とビールと
人の賑わい
フィリピンの多くの町で
楽しんできた至福のひとときを
ダバオのダウンタウンにも
見つけることが できる
フィリピンなら
こちらにおいでと
声がかかるところだが
周囲の人々は
遠目に自分の様子を
伺うばかり
隣り合った人に
こちらから声をかけ
言葉を交わすことを
繰り返すうちに
やっと 少しずつ
警戒心が解かれてきた
しばらくして
ひとりの女性が
声をかけてきた
「困っていることはない?
大丈夫?」
ここにいる限り
何も問題はないから
あたし この店の店主なの
何かあったら
私に話すように
私が一緒だったら 大丈夫
ここで出会った
ほとんどの人たちが
自分にかけてくれた言葉には
いくつかの共通点があった
「ここにいる限り問題ない」
「ここ」が この食堂を指すのか
ダウンタウン全体を
指しているのかは わからない
ただ 裏を返せば
「ここ」以外の場所では
安全を保証できないとも
聞こえる
「自分と一緒にいれば 大丈夫」
とも頻繁に言われたが
大丈夫ではない人も
いるのだから
気をつけなさいと
言われているようにも
感じられた
そして誰もが
「問題ない」
「安全だ」と繰り返す
ダウンタウンのすべてが
安全だと断言できるわけでは
ないことも よくわかっている
視力を失いつつある
78歳日本人の老人が
若い娘に振り回され
嬉しさに 思わず
そわそわする姿が 可愛い
そんな タフな老人たち
ダバオの入管に
出入りする度に
よく見かける光景
老人と若い娘
もったいないおじさん
やっちゃったなおじさん
しまったちゃおじさん
ゆるふわ系おじさん
なんちゃらおじさん
変なおじさん
女たちと そのときどき
熱烈に愛しあったり
憎みあったり 出会ったり
別離したり
ゆっくりと 丁寧に
カラダに 触れる
老人は この娘の
体をこすると
甘い花のような
香りがすることに気付いた
昼より夜のほうが
香りが強くなる
香りが 離れがちな
老人と若い娘の
心とカラダを 繋ぐ
嬢との交渉については
体の匂いや お尻の形
長い足 愛撫の仕草や
性交以外のことなら
どんなこともやった
愛しあっているかと
おもうと瞬時に
女が苛立って
憎悪を吐き散らし
感情も行為も
ゆき違ったとおもうと
また激しく抱き合い
ほんろうされて
自失の状態に陥ち込む
老人の気持
ごく普通の男女と
同じように怒ったり
機嫌を直したり
憎み合ったかとおもうと
抱き合って寝ることで
仲直りになったりといった
ありふれた場面が繰返される
この奇妙な
並外れたカップルは
男女のあいだに
性愛をめぐって
惹き起される
トラブルについて
心理的な陰影から
社会的な通念にいたるまで
たぶん徹底して 老男は
考えつくしていただろう
珍しいという意味は
やや 変態的な性愛
という含みも 存在している
ただ この変態には
病的な意味は ない
およそ〈知〉自体が
エロティックで
ありうることを
提起しているといった意味
男女の性愛にまつわる
あらゆる陰影を
体験によってではなく
〈知〉によって
知りつくすこと
この稀にみる領域を
老人と若い女は
はじめて新たに提起している
人間の男女のあいだの性愛は
肉体愛や精神の官能愛のほかに
〈知〉としての性愛という項目を
つけ加えなくては いけない
知的な女たちは
それで 嫌にもならず 歳を気にせず
すんなりと受け入れるものなのか
これが 第二番目の馬鹿らしい謎だ
壊れかかった官能
(本能)の代りに
〈知〉としての性愛という
範疇をもってこなければ
謎は解けないし
好意的にもなれない
老いと若さの出会いから
生まれたささやかな幸せ
でも
長年生きてきた老男には
自分の行く道は
わかっているという結末
ならば
毎日を一生懸命生きて
娘と酒を吞み 心から笑い
娘や自分を精一杯愛しぬこう
大まかにいえば 誰かには
真似のできない人生を
送っているといえる
老人に共通しているのは
老後の時間を
大いに楽しんでいる
という点だ
勝海舟風に言えば
「さすがの俺もビックリさ」
まあ 男と女は いろいろ
人生 いろいろだなあ
「だいじょうぶだぁ」
いとおしく
抱き寄せたくなる感覚
男女関係に必要なお金は
継続して使うべきだろう
それで
大きな花を咲かせられる
まとまらない感情が
まとまらないままで
存在している
その間合いが
老人は どうしようもなく
好きだった
ああ
こういう 男と女の世界で
生きてもいいんだと・・
「…明日に 気をつけて」
「うん」
「………」
距離を
少しずつ近づけていく速度
行ったり来たり 迷いながら
複雑な気持ちを
まとまらないまま伝える
その遠回りな 老い人の
やりとりの愛おしさ
器用に生きなくても いい
目の前の
娘が背負うものを
半分持つことも出来ない
「俺はそーゆーのやです!」
そう言う方も いる事だろう
でも「ああすれば こうなる」
そればかりの
きまった人生というのは
面白くないでしょう











