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ダバオ通信 ヤン爺のラストライフ・ダバオ
Last Life Shift In Davao Philippine
フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
「団塊 百年の孤独 老いの抗い」
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♪南の島の大王は
その名も偉大なハメハメハ
誰でも 名前がハメハメハ
自分は元気で
自分が選んだ南国の島
ダバオという街で
自分は 自分の意志で
ハメハメハしてる
そんな自己紹介をすると
「老後に よくそんな
リスクをとりましたね」
そう言われることがある
ただ 自分としては
勇気を出して
リスクをとった感覚
などありません
どちらかといえば
リスクを避けに
ダバオに向かった
日本が 嫌いだった
わけでもないのですが
人々が おかしくなって
いたからね
濁りきった 東京の混沌に
嫌気を感じてしまって
結局 東京に負けて
逃げ出したということだ
会社から
早期退職を迫られていた
仕事を辞めるのに
勇気は 必要なかった
もう 20年も前の出来事
記憶も おぼろげだが
話してみたい
日本以外に もっと
自分にフィットする国が
あるかもしれない
という考えが
頭に浮かんでいた
自分にとって
最大のリスクとは
やりたいことをやれずに
死ぬことなので・・
一日 一日
刻々と死に向かっている中
むしろ 日本を出なければ
リスクが 上がると感じていた
アジアを
転々と旅して
食べ物が美味しい国
自然が美しい国
魅力的な国は
たくさんあったが
日本を離れてまで
住んでみたいと
心から思える国は
見つからなかった
帰国後
NPOの会合に参加した
自己紹介で する話じゃ
なかったんだ けれど
この前
永年一緒だった
妻と別れた
そんな話をしたら
「ウヒャヒャヒャヒャ!」
会に参加していた
フィリピン人女性が
いきなり大笑いしはじめた
すると その高らかな
笑いに釣られて
ほかの人たちからも
笑いが起きた
おかげで場の空気が
湿った状態に
なることはなく
なごやかなになった
みんなの
自己紹介タイムが終わり
休憩時間になった時
自分は その
フィリピン人女性に
話しかけた
自分の離婚の話
何が そんなに
おもしろかった?
フィリピン人女性は言った
「ん? まったく
おもしろくないで
ただ 悲しい時こそ
笑っとかんとな
ウヒャヒャヒャヒャ」
悲しい時こそ
笑えばいいという哲学に
感銘を受けたのではなく
その哲学を自然に
実行できている
そのことに対して驚いた
NPOの会合をとおして
自分はフィリピン人が持つ
特性に気がついた
目が合えば笑顔
目が合うとすぐに
最高の笑顔を見せ
話しかけてきてくれる
なぜか 話がつながった
NPOは 日本の事業なので
時間管理もきっちりしている
しかし マイペースを
崩さないフィリピン人
「のんびりいこう
そんなに セカ セカしてたら
大事なモノ 見逃してしまうよ」
という無言のメッセージなのか
よくフィリピン人に
話を聞いてもらっていた
大自然に包まれた気分になり
くだらないことで
ウジウジしてる自分に
開き直るパワーが 出てきた
今まで出会ってきた
人たちの中で
フィリピン人ほど
幸せそうに
生きている人たちは
いないのでは ないか
そんな人が 山ほどいる
フィリピンという国で
一緒に生活をしたら
何が起きるのだろう
自分の価値観なんて
丸ごとひっくり返って
しまうのでは ないか

殺人 強盗 強姦等の犯罪
そしてテロ 日常茶飯事の国
自分の運は
ダバオに任せた
多くを諦め
捨てることで
自分の歩む道を
明らかに究める

◇◆◇ ─────────
年齢の若い
ガールフレンドが
はたしてできるものか
この女性王国において
老齢の男をお世辞抜きに
魅力的と思ってくれる
若い女性に出会うなど
困難なことだろうか
互いの利害関係が
一致すれば成立する
自分は 資産家でもない
金は 一文もない
それでも
近づいてくる女が
いるかもしれない
お金目当てとわかっても
ここまで大事にしてくれる
まあ いっか と
そういう心境に
なるか どうか
いずれ
空しくなるにちがいない
そして早晩
その若い女は
もっと 若い男に
心を移すにちがいない
そういう恐怖心と
猜疑心にかられて
残る短い人生を過ごすのは
まっぴらご免
サガンの小説じゃあるまいし
やっぱり やめておこか

しかし
やきもちを焼くほどの
深い仲にならずとも
ときどき
食事につき合って
家事を手伝ってくれたり

あるいは
「パソコンが動かなくなった!」
「天井の電球が切れた!」とか
SOSを求めた際に
嫌な顔一つしないで
飛んできてくれるような
気の置けない 女フレンドを
作っておくことは 理想
だから 歳をとっても
おしゃれな人でいないとね
しょぼくれた老人は
みっともないから
誰も 近付かない

偶然 そのものは
すごくニュートラル
よく働くこともあるし
悪く働くこともある
フィリピンに
住んでみたい…
そんな考えが
頭をよぎった
自分にとって
最大のリスクとは
「やりたいことを
やれずに死ぬこと」
そして 57歳のとき
フィリピンへ渡った
人生の隠し扉を開いた

フィリピンは
世界幸福度調査で
幸福国として
「無冠の帝王」だった
大多数が 貧困だし
社会基盤も脆弱
とにかく不便 不潔
しつこいですが
自分にとっての
最大のリスクは
「やりたいことを
やれずに死ぬこと」
これだけが あることで
決断に迷うことはなかった
まずは好き
束縛されず自由
楽しそう
というところから
始めてみようと・・
自分が 自分らしく
いられるところで
自由に暮らす
「リスク」よりも
「リスクをとらないリスク」
逆説的かな
リスクをとらない
リスクをとることで
チャレンジする
信念なんて
何もないですよ
そんなもの何もない
人はそんなものを感じて
生きていませんよ
行動あるのみ
好みの問題なんですけど
街を歩いていても
パッと惹かれる女が多くて
楽しいなって

生活は 日本より
ダバオの方が過ごしやすい
出鱈目ばっかりだけど
時間を守らないとか
計画通りにやらないとか
ダバオは いい加減だが
寛容で 生きやすかった
ダバオでも
心が 解放されることは
なかった
自分の心に巣食っている
じんわりとした感情
全てを捨ててきた罪悪感
ひょっとしたら
一生つきまとうのかも
しれない
ずっと残っている
捨てきれない カラカラの
どうしても潤うことのない
一点みたいな感情がある
ひょっとしたら
もう潤いつつあるのかも
しれないけれど
でも そこまで
潤っちゃったら
恵みの雨に溺れて死ぬ
ということだな と
面白いって
そういうところにある
逸脱していくのが面白い
逸脱が いずれ
本物になったりする
そういうのは よくある
うなぎ・カニ・ウニなどを
初めて食べたひとは 偉い
まさに! と 思えるから
おかしさがある
食わず嫌いでは なかった
フィリピン先達者の経験
どれほど暮らしの安全を
広げてもらえた ことか
老いたのか
ひとりが長くなったせいか
長時間 女と一緒にいると
逆にひとりになりたいと
思ってまう
人と会うことは
自分を元気にさせる
誰かと会うのは
エネルギーが いるけど
それ以上に
自分もエネルギーを貰って
帰る気がする
家で好きなことをして
それは それで いい
ただ それだけじゃなく
誰かと会って
何かをするということも
欠かしちゃ いけない
馬には乗ってみよ
人には添うてみよ
この箴言の興りは古い
自分も
「フィリピン女にも
添うてみよ」と 思い
面倒見て貰っているが
依存症は 願い下げだ
尊敬と
愛情があってこそ
その辺は乗り越えられる
おひとりさま
といっても
自分ひとりで
生きているわけではない
どれだけ周りに
支えてくれる人がいるか
有り難い
そんな宝のような人が
いてくれる国に
住んでいる

◇◆◇ ─────────
心臓が動き
全身を血液がめぐる
食べたものが
体をうごかす
エネ ルギーに変わる
たった一つの受精卵が
立派な体に成長する
親の特徴が 子に遺伝する
人体は本当によくできていて
美しく 神秘的
寿命は
長ければ 長いほど良い
そういう時代は
終わっているのかも
しれませんよ
世界でいちばん
寿命が長い日本人

老後二千万円必要だ
そんな言い草が 巷を
どうすんだよ!
日本人を覆う
不安の主犯格は「お金」
「お金」というものによって
不安を煽られまくる人生から
脱することを 考えてみたい
57歳でフィリピンに移住
収入は 年金だけになった
人生は お金じゃない
当時は
そう言い聞かせるべく
お金のことを なるべく
考えないようにしていたが
それで 不安は拭えません
フィリピンに移住した理由は
様々あった
東京暮らしに疲れていたし
満員電車 家賃の高さ
どこへ行っても並ぶし
人も情報も多い
60を前に
自分をかまいたくなった
というか
大切にしたくなった
「幸せに生きる秘訣を学びたい」
「寒いのが苦手なので
常夏の場所で住みたい」
「英語環境で生活したい」など
ある時
これらの欲求を
実現できているという
「無形の価値」を
お金で換算してみたら
いくらぐらいに
なるのだろう
・幸せに生きる秘訣が学べる
→ 100万円/年の価値
・常夏で暮らせる
→ 80万円/年の価値
・英語環境で生活できる
→ 130万円/年の価値
・見知らぬ人たちが
すれ違いざまに
気持ちの良い挨拶を
してくれる
→ 500円/回の価値
年収は フィリピンで
下がったのでは なく
「何倍にも跳ね上がった」
無理にも そう解釈した
そう捉え直すことで
心の平静を取り戻せた
お金への執着を解くために
「お金がすべてじゃない」と
否定するのでは なく
逆に敢えて
「すべてをお金化してみる」
という アプローチのほうが
フィットする
満足が得られる財
愛情・自由・自主性・絆・
社会との関わり・健康など
嫉妬という厄介な感情からも
揺さぶられることもなくなる
こうしたものから
得られる幸福感は
長期的だと言われる
「無形の価値」に
意識を向ける
「お金」という存在に
翻弄されにくくなる
言うまでもなく
「お金」は 大切
ただ 必要以上に
お金を過大評価しない
皆さんにとって
お金よりも
価値があるものって
なにが ありますか?
お金よりも
大事なものがあれば
もう少し冷静に
お金のポジションを
把握できるのでは
ないだろうか
自分にとって
お金よりも価値があると
感じているものは
以下のようなものがある
「身体的健康」
「精神的健康」
「思い出」
「自由」
「成長・学び」
「つながり・仲間」
「変化ある生活」
「趣味・遊び」
「後悔がない状態」
手段にすぎないはずの
「お金」が
気づけば人生の目的に
なっていたりする
そうならない ためにも
お金以上に大切なものを
見えるようにしておくと
いいのでは ないかな
人の力を信じている
フィリピン 笑顔の底力を
信じている

◇◆◇ ─────────
世界中が 閑散としている
こんな感じで
いいんだろうか?
感染予防対策としては
いいのだろうが
寂しいと思うだけでなく
不安な気持ちにすらなる
ワクチン打ったら 普通に
旅行できるのかと思って
早めに接種したけど
なんだかなぁ
おかげさまで
感染しないし
周りの人も
誰もコロナじゃないし
元気にやってきたけど
まことしやかな
さまざまな情報があって
誰が 本当のことを
言ってるのかも
もうわからなくなった

自分の中で 無数の
「こんなはずじゃなかった」
が 生まれた
悲しいより 悲しいのは
ぬか喜び
時が止まってしまった
そんなような感覚は
常に通奏低音として
横たわっていた
その状態の中では
自分の中の喜怒哀楽の
振り幅が 狭くなった
先の未来に期待する
何かを「楽しみだ」と思う
期待すれば するほど
ぬか喜びの辛さを味わう
楽しいのに
どこか他人事のよう
悲しくても
どこか麻痺しているようで
真正面から捉えられない
目の前の景色が
綺麗だなと思っていても
カメラを構える気力など
どうにも 湧いてこない
こんなことを言える自分は
まだ まだ 大丈夫だなって
不思議と前向きな気持ちに
なっているんですがね

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このまま 一生
ダバオに住み続けるのか
尋ねられたが
返事に迷わなかった

大切にしたい経験は
履歴書になんか
書けないことばかり
ダバオと暮らす
自分が 長く住むのに
ダバオは多くの条件を
満たしているけれど
ここが 本当に
最良の土地か どうかは
わからない
色んな不都合 不便だらけ
めちゃくちゃなことを
やってくれるよな
そんなヤケクソな思いが
体内をかきむしっている

ただ 自分に「自由」を
実感させてくれたのが
フィリピンだった
これから何かが
始まりそうな旺盛な空気
そこには なんとなく
自分が追い求めている
理想があるような気がした
フィリピンは
日本が かつて
そうであった
そうで あったかも
しれないを体現する国
貧しい人たちの街で
道が舗装されて 少しは
きれいになったけど
やっぱりデコボコ道の
路地でね
雨が降るんだ
路地が坂になってるから
水が流れるんだね
パーッて
街中では雨水が溢れる
状況はまったく
以前のままなの

ダバオは
生の街だって思った
バイタリティあふれる
生活のスタイルが魅力
生きてるっていう
強さを感じた ものなあ
「センセ センセ」
「シャチョウサン
シャチョウサン」て
誰が教えたか 呼ぶんだよ
ポン引きがね

「そこが いいんじゃない!」
という呪文もずいぶん昔から
自分には かけてきた
もし フィリピン
つまらないですねって
言われたときも
「そこがいいんじゃない!」
と唱えれば
そのつまらないことも
肯定できて さらに
つまんないから いいと
言葉の意味合いも変わる
フィリピンで
漢字と英語の
二つの人生を送ってみる
芸名とかじゃなくてね
自分の中に
もう一つの英語キャラを
作ってしまえば
ずいぶん面白いことも多い
フィリピンから
貧困が無く慣れば
人々の優しさも
日本のように
消えていくのだろう
ほんとに人間って
愚かだから
みんな失ってみないと
何が 大切かを気付かない
失う前に
それを感じられたらば
恋人でも 親でも
もっと人に優しく
しているんだろうな
日本での
ボタンの掛け違いを
正常に戻すヒントは
フィリピンにあった
そんなことを思いながら
自分は 今日もなんとか
自由に この社会を生きてる

今の時代は
自分の選択と努力次第で
どんな生活だって送れる
毎日が未知との遭遇だという
人生に対して
計画を持つということ?
計画のない生き方を
批判するのは
社会の側の人間の発想
人生って
計画通りに行くもんですかね
大方は現実が計画をつぶしていく
だったら 計画など立てない
計画を立てない生き方は
運命に従う生き方だから
明日何が起こるかわからない
「これがワタシの選んだ道」
受け入れるしかない
その方が 自分には
便利がいい
余計な努力も必要ない
相手と環境が自然に
自分をしかるべき路に
導いてくれる
老齢に達すると
計画は立てにくい
立ててもそれを壊すのは肉体
老齢の生き方は
自然のなるように
まかせるしかない
死に抵抗して
若返ろうとしても
自然の摂理が許さない
「ほっとく」生き方
運命におまかせしかない



