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ダバオ通信 ヤン爺のラストライフ・ダバオ
Last Life Shift In Davao Philippine

フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
「団塊 百年の孤独 老いの抗い」
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名も知らぬ遠き島より
流れ寄る椰子の実一つ

「限りの月」(かぎりのつき)
「の」を略して「限り月」
今年も この月限り……と
1年の終わりを惜しむ
心情にあふれた呼び名
さて 来年は
どんな年に なるのか
古い年を
リセットしたい
まっさらな気持ちに
させておくれ
よくないことが
あった年は
特に12月を「除月」と
呼びたい気持ち
いいことも
悪いことも
あふれるように
詰まった1年……
最後の月が
満ち足りた思いで
締めくくれると
いいんだが
年賀状のこと
いや 自分は
南国から だから
年賀メールのやり取り
そんなこと
考える季節になり
あの 大事だった人とは
年の初めのやりとりが
もう できないのだと
自分の人生が
一つであると同時に
他人の人生も 一つ
会いたい人は 空の上
火付盗賊改方長官の
長谷川平蔵の活躍を描く
池波正太郎小説原作
鬼平犯科帳 長谷川平蔵を
28年間にわたって演じてきた
中村吉右衛門さんが
亡くなった 77歳
今ここにいる人の命が
消えてしまう 寂しい――
誰でも人生の後半は
別ればかりが続く
ガックリくる
もう 繋がるはずは
ないのに
携帯の連絡先
削除する指先の
決断が 鈍る

自分と他人の
つきあいでもって
世の中は
成り立っている
人とは お互いに
日々入れ替わっている
今の自分という
「個」として
向き合おうとする
会うたびに
新しい関係が生まれる
思い出話では なく
新鮮な今の感性を分け合う
今の感性を 分け合って
新たな友人として
また 出会えば いい
人間関係は
熟すものじゃない
何度でもフレッシュに
生まれ変われるもの
自分と風とか
自分と川とか
自分と雲でも
あるいは 自分と
いろんなものは
釣り合うって いうかね
つい つい
自分が 相手より
偉いと思って
しまいがちだが
自然体でいることが
好きですね
昔だったら
大丈夫だったものが
ちょっとしんどくなったり
そんな部分はどうしてもある
「あまり
なんと 言いますか
見栄を張って
俺はまだまだ 大丈夫とは
言い切れない 相当 ダメ」
「チルい」気分で
年末をやり過ごしたい

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自分らしく 老後を生きたい
少し大変なことがあっても
いろいろな
バックグラウンドを
持った人たちと
日本の外で 生きる方が
幸せだと思い
ダバオに留まっている
連れてってぇ~と
叫ぶ人も いるけど
アジアだもの
外国に行った気分も
しないもんだよ
フィリピン人は
助けてくれますよ
気にしてくれますよ
人間関係で
ウジウジ悩んでるなら
勢いつけて いらっしゃい
あなたが
見下していた 世界にいる
フィリピン人の中身を
ちゃんと知ったとき
あなた自身も変わっている
気候が温暖な
東南アジアでの
セカンドライフを目指す
中高年は 来年も出てくる
既に 若い現地人妻
温かい家族と
豪邸で暮らす人も
少なくは ないが
言語や環境に
馴染めず
女性にも 捨てられ
金もつき
現地に取り残されたり
命からがら
帰国する人が いるのも
事実
そんな他人の不幸は
面白 可笑しく 興味本位で
トピックスに なる
大袈裟な見出しになって
多数派に 思われるが
ごく少数の者の 出来事
マイナスの情報が
比国に 数多くあっても
日本で
老後を送るよりは…と
移住を決意する 中高年達
それぞれが
語られるべきドラマが
来年も 比国で繰り返され
賑やかに 展開される

フィリピンで
最後の人生を
楽しもうとする
日本人の男たち
そんな男らが
フィリピンで
今を 生き抜く
強い芯のような覚悟を
持っている者たちだ
いい時も 悪い時も
腐らず 怨まず 嘆かず
どんな状況でも
平然としている
旅人
「意外と寒いですね」
「朝は 寒いでしょ?
1月は モッと 寒くなる」

ダバオでの暮らしは
自分がやれる範囲で
作り上げようとすれば
やれる
日本では
ありえないことが
フィリピンで できた
そう思えれば
余分な要求が なくなり
すーっと 楽になる
不便さも楽しみ
自分らしく暮らす
1人 ひとりが 比国で
新しい生き方を
切り開くことから
生活が 生まれる
自分の物差しで
わがままに生きる
誰もが 社会的開拓者
自分の好きに 正直に
やりたいことに邁進する人を
自分は 勝手に励ます
フィリピンでの日本人
社会的開拓者たちは
日々の生活の中で
どのように 比国の文化に
「適応」し
その中で自らの文化を
「保持」し
さらには
「融合」して いるのか
でも 考えても見なさい
比国の文化など
複雑すぎるため
根本的理解は困難
国の意識など
それほど重要ではない
他国に
長期滞在している
そのことを
想像してみると いい
最初は
自分の国籍のことを意識
比国と自分の中にある
「日本」とを 比較する
しかし 数カ月後 自分が
異邦人であることを忘れ
初対面の人に
「Where are you from?」を
聞かれるとき だけ
「そうだ!私は日本人だ」
それを 思い出す
外国の友人がいれば
時間が経つにつれて
相手の出身地を
意識しなくなる
国の理解は 人間関係に
あまり役に立たない
異文化コミュニケーション
その目標は 国だけではなく
相手の経験や
バックグラウンドにある
そのために
まず相手の話をしっかり聞き
自分との共通点と相違点を
区別する
その後
相手の気持ちを
できる限り受け入れる
しかし それは
無条件で受け入れる
という意味ではない
異文化コミュニケーション
のカギは何でも「Yes」を
言うことでは なく
「No」を言える力を
身につけること
異文化は 国境と関係なく
「他者」との出会いが
繰り返されている
比国でのパターンを
探すと言うよりも
新しい出会いは
「一期一会」として
いいのでは ないか
相手が大事にしている
文化について 耳を傾ける
異文化コミュニケーションが
楽しいことであり
相手だけではなく
自分を理解するための
すばらしい経験だと
思えることが 醍醐味
そっちえは 行かない方が
いいよ
そんな周囲の囁き
当たり前のことですが
朝普通に起きられて
食べるご飯があって
周りの人に支えられて
1日を普通に
送ることができる

過度に他人に依存せず
自立して 素の自分を
さらけ出して生きる
一人で生きるのが
当たり前の時代
肩肘を貼らず
自分に期待し
颯爽と人生を楽しむ
小さなことだと
普段は思っている
普通の感謝こそが
大切なんだと
フィリピンでは
気付かされる
生かされている
自由に生きている
この現実が人生
見た目は
怖かった日本人だけど
直(じき)に
優しい人だと分かった
フィリピンの女が言った
よく冗談も言ってくれた
年齢差は 特に
気にならなかったわ
彼はいつも
世話をやいてくれる上
自分がどんな生活を
送ってきたのか
話をすれば
耳を傾けてくれた
逆に彼も
自分の話をするし
彼といると楽しいわ
フィリピン娘の話
半信半疑で
文を読んでいるだろう
だが 何度 尋ねても
フィリピン娘は
同じことを言う
中高年の日本人男性と
若いフィリピン人女性
その関係=お金 という
従来の方程式を
根底から覆すような
普通の生活のほうが
現実には 現地に多くある
そこそこ みんな
うまくやっている
性格も良い
我も強くない
そんな女がいる
「さもあらん(そうであろう)」
実際に そんな女が 存在する
長らく
フィリピン ダバオに
居続けてきた
自分には 普通のこと
そんな 男女のいい関係
多く見てきた
地域密着型の男
その生活スタイルや
フィリピン人に対する
接し方には
見習うべき点があった
◇◆◇ ─────────
東京が怖い 金稼げるけど
金をとられていくのも東京
すこし前は
東京に勝ったと思ったけど
手強くて
なんか 東京に負けたと思って
東京に やっつけられた人の
絵を描く
自分は 独り身で
ダバオで生活している
一人暮らしは
「一人」暮らしではない
一人暮らしというのは
「自分」との二人暮らし
「自分」と向き合って
時に寄り添い受け止め
時に厳しく指摘する
一生涯の付き合い
自分と向き合う
この一人暮らし期間を
自分は 大切にしている
あんたは
来年のビジョンの話を
よくするけれど・・
今日 何を着て
誰と食事をし
誰と寝るか それこそが
人生で一番大事なことだ
そういう考え方は
知っては いたけれど
そこまで実践して
生きている人たち
自分にとって
女の人を選ぶ基準
女は 愛嬌 心意気
それ以外ないでしょ
人生は 自分のもの
人間である以上
いくつになっても
恋はあるが
若い時とは 恋の質が違う
年をとったら終わり?
みっともない? だって
そんなの 関係ない
人生は誰のものでもない
自分のものだから
「もう年だから」って
ホント つまんないセリフ
年齢を 意識はするけれど
そんなの気にしてたら
恋もできない
年齢制限のある
世の中なんて
まっぴら ごめん

◇◆◇ ─────────
瀬戸内寂聴さんは
亡くなる直前まで
とことん 自分を
使い果たして旅立った
命を 余さず使い切った
自分なんか 話にならん
馬力の次元が 全く違う
やって やって
やりきった からこその
見事なゴール
全てを 捨てて
仏にすがった理由を
数え切れぬほど
聞かれただろう
その理由を
ああ答え こう答え
結局は 自分でも
説明できないのだと
寂聴さんは語っている
人生の転機は
合理的な理由や
周到な計画の果てに
行われるものではなく
ただ 目の前のことと
格闘するうちに
あれこれの疑問や
タイミングが
一気に集中して
気づけば目の前に
一本道ができている
自分のダバオ移住も
そんな道 だった
出家は
それまで寂聴さんを
支えてきたもの全て
捨てることだった
長年かけて培った
価値観を根本から
変えて生き直すという
人生をかけたチャレンジ
恋愛と不倫の果てに
「煩悩地獄」に陥った
寂聴さん 欲を捨てて
生き直そうと 仏門に
でも後年
欲のない人生は
つまらないとも
語っている
それほど
欲を捨てるとは難しい
でも 寂聴さんは
仏の視線を獲得した
欲は捨てられずとも
苦しんでいる赤の他人を
助けることを
人生の中軸に置いた
そのことが
寂聴さんを
地獄から救い
新たなエネルギーで
人生を満たした
長い老後に
立ち向かう身として
それは大きなヒント
希望である
居酒屋へ行ったら
酒を 一本頼んで
それを飲みながら
寂聴さんのこと
ゆっくり考えればいい

◇◆◇ ─────────
常識に負けない
まっすぐな 心を持つ
女の方が
男より ずっと強く
男は 女たちの前で
ドキマギするだけ
寂聴さんの
影響を受けちゃって
激しく道を
踏み外していた
道を踏み外すって
いったい なんだよ
「本能のままに
生きて いい!」
それで いろんな女を
振り回してきたような
気がする
寂聴さんのように
恋や愛や性に
どっぷり身を浸して
生きてきたただろうか?
これまでを 振り返った
そして 一瞬
「あ!そうか
いまからでも
遅くないか」と
思ったりもした
いやはや
あぶない あぶない
寂聴さん
麻薬のような人だ
いや そもそも
あぶないなんて
思わなくても
いいのか?
ブレーキなんか
かけずに 死ぬまで
女を楽しめば
よいのだろうか
なんか ちょっと よく
わからなくなってくる
それくらい
人柄が濃密で
言葉が触手のように
のびてきて
全身をまさぐられた
感覚になる
高齢になろうと
女性たちにも 男にも
「恋愛」や「性愛」は
ちゃんと ある
自分も いっそく飛びに
70代になった
わけじゃないから
徐々に それを
受け入れていった
「恋愛」や「性愛」は
歳をとったからといって
消滅するものじゃない
熟した 男と女なのだ
若い恋だけではない
一生を通して
逃れられない性(さが)
「うわ そうか
まだ まだ こういう
激情にかられる瞬間が
この先にも
ありえるのか」って
覗いてみたいような
なんだか
むずむずした気持ち
どれだけ
周囲を慌てさせるだろう
寂聴さんの墓碑には
「愛した 書いた 祈った」
そう刻まれるらしい
書いたのは『人間』で
『性』は 人間の
ひとつの特性である と
発言をされていた
彼女が書いていたのは
一貫して人間の話で
それは畢竟 愛の話
今 ちょうど
彼女の作品を読むのに
適した年齢に
なったのかもしれない
影響受けすぎて
自分 これから
ブレイクしちゃったら
どうしよう

◇◆◇ ─────────
サービス料が
ある場合は
チップは いらない
それは 理屈です
だけどね
かたちに出さなきゃ
わからないんだよ
気持ちというものは
ダバオでも
客の心を敏感に
読みとってくれる店や
タクシー運転手
これが 最高である
そして そういう食堂の
出してくれる食べものが
まずかろうはずは ない
荷物を運ぶのを
笑顔で手伝ってくれた
タクシー運転手
そうだとすれば
その人たちが
気持ちよく働けるものを
こっちのほうでも
提供しなければならない
お金では(チップ)
失礼だけれど
もっとも
サッパリとしていて
便利なものが金
人間と人間の
オツキアイと
いうものではなかろうか

















