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ダバオ通信 ヤン爺のラストライフ・ダバオ
Last Life Shift In Davao Philippine

フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
「団塊 百年の孤独 老いの抗い」
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「お尻だって
洗ってほしい」
TOTOのCM
食事時に流れるのは
どうか という
ためらいも
ウォシュレットは
製品というよりも
日本の生活スタイルを
変えた
そうですよね
洗うという習慣は
日本には なかった
フィリピンでは
水を使って左手で洗う
という習慣がある が
トイレットペーパーは
売られている
ヨーロッパには
ビデがある
合わない 女友達との
付き合いを やめた
腹ん中が スッキリした
「嫌なことは スルー!」
彼女から
不幸の気配は
一切排除されている
『じゃあ さよなら』
そう言って
彼女は 歩いていった
女を好きには なりたい
でも 過度な期待はしない
この女と
一緒にいたらあきない
いつも 笑っていられる
嫌な顔も見せない
おまけに仕草も面白い
いるんだろうな
◇◆◇ ─────────
全裸で
カップ麺 すすりながら
老いを嘆く
自分が枯れていく恐怖
己の惨めさまで
さらしてしまおうと
あらがう

でき上がるまでの
3分の間に
ジイさんもいい感じに
蒸された
顔に汗して食べる
頬が紅潮した
ジイさんの表情は
もう とにかく
幸せそうだ

そこに
「ダバオの風が吹けば」
もう 移住地の境地
日本で
自分が 生きてきた生活と
ダバオの人が ダバオで
生きている生活とは
「一見 全然違うけど
わかる」
ここに暮らす人々と
同じ空気を吸い
同じものを食べ
同じ景色を見ている

街を歩いていても
自分のことを
誰も知らない
言葉が通じれば
直接に伝わるだろうが
心や感性で通じれば
大丈夫だろう
英語が できないから
できるまでやめておこう
ではなく
話せない自分も
個性だと 捉えることで
考え方が変わっていった
テーブルは 4卓だけ
ゆでた鶏肉と
揚げた鶏肉を半々
ご飯の山に
両方のせてくれる

鶏肉には
しっかりと
味が染みていて
硬すぎず
軟らかすぎない
ご飯との
バランスが絶妙
肉 丸ごとかじって
ビール飲む

少しずつ 自分の
笑顔が増えていった
食欲があるから
生きていかれる
この頃 そう思う
生きるエネルギーを
支えていた 食欲
ひと口目から
自分の日常では ない
味を感じる 何かの方が
フィリピンを
イメージしやすい
ダバオにいるんだぞ
という気分
食堂は
程よい清潔さとにぎわい
何を話しているのかは
わからないが
楽しそうに
笑っている人たちを
眺めていると
穏やかな 気分になる
会計は 200円ほど
このお得感がアジア
想像を裏切るような
体験をさせてくれる
いい感じに
力が抜けている
ダバオの街にしても
ダバオの女に関しても
自分の知識は
恥ずかしながら
非常に乏しい

悟りの 第一歩
差取り(さとり)は
心という
世界にある差を
取り払えば いい
人は差によって
快楽を味わい
苦難を味わってる
他人と自分に
差を感じることが
心を苦しませる
差を握っている
人にとって
世界は 勝ち負けの
基準でできている
いつも
誰かと 自分を比べ
優劣の差をはかる
自分と相手の差を
なくしていき
自分と同じように
相手のことを
大切に思う
それが「悟り」かな
ふと苦しくなった時は
海風で深呼吸をしよう
ゆっくり歩こう
それによって ダバオと
偏見を超えてつながれる

何て云いますかネー
やっぱり 人生ってのは
無駄な時間は ないなあと
シミジミ思った
◇◆◇ ─────────
コロナだけじゃない
先輩が 後輩を連れてきて
後輩が また来てくれる
そのサイクルが
酒場に なくなった時代
それでは
居酒屋の暖簾が
守りきれない
外から見れば
勝ち組の街 新橋でも
冷たい風が 吹く
特別な日に 騒ぐよりも
特に 何もない日に
何もせずに 家の中で
だらだらしている ほうが
好きだ
何も起こらない
普通の日常が 一番尊い
なんてことのない日常で
心を満たすほうが 穏やか

胃痛のときに
はじめて胃の存在が
意識されると同じで
政治なんてものは
立派に動いていれば
存在を意識される
はずのものでは なく
まして 政治が
食卓の話題なんかに
なるべきものでは ない
政治家が
ちゃんと政治を
していれば
カジ屋は ちゃんと
カジ屋の仕事に
専念していられる
現実主義者は
みてくれのいい言葉に
とらわれない
たくましい現実主義
政治が 本当のことを
話しているか どうか
庶民を
「見くびるな!」
政治家は 庶民がいて
初めて成立する職業
夢想も抱かず
絶望もしない
立派な実際家
そのような人物に
政治を任せたい
だれだって
自分の家政を
任せる人物を
雇おうと思ったら
そうせずには
いられないだろう

◇◆◇ ─────────
書いている意味を
理解出来た時
誰かと 繋がっている
この文を
読んでいる人が
世界のどこかにいて
何か 考えている
それぞれの
受け取り方をしている
生きてきた世界は
全く違うのに
対面したら
仲良く話せないのに
文字を読んでいる
その瞬間だけは
同じ階を踏みしめてる
孤独感を
消してくれた
一緒だぜって!
同じ階層に連れ出す
自分が 階段になれたら
いいよなぁ
人間やってるのも
なかなかに 大変だが
面白い
自分の人生だもの
他人には
舵取り 任せられないよ
◇◆◇ ─────────
何ものも
「自分のもの」では ない
若さも 金も 家族も・・ネ
断捨離だって!
自分の 老いなんて
捨てたいんだが
老いを 捨てる
できないんだなぁ
老化は 初体験
一寸先は 闇
なれど 知らぬが仏
明るく行こう
老いらくの道
意識したって 駄目で
『一切なりゆき』
なるようにしか
ならないだろう 諦観
だから 老い?なんて
考えても わからない
考えても 仕方ないよ
そう自覚すれば
老いという煩悩から
放たれるだろう
それは 自分を
捨てることでは ない
自分を 捨てちやぁ
そこで おしまいだ
そして 老いて
身なりをかまわないのは
自分で自分を見限ること
老いても きれいに
おしゃれは するもんだ
若いときには 容姿
『かっこよさ』は
姿形によるものだと
思ってた
ただ 今くらいの
年齢になってくると
外見的なものには
限界もありますし
内面が満たされている
大人が『かっこいい』
芯に かっこよさを
持っている人で あれば
時間がたてば たつほど
そのかっこよさが
深くなって
いくんじゃないか
あるけれど
大人としては
内面の豊かさを
持っている人が
かっこいいのでは
ないか
カッコ良く
老いを 受け入れる
それは 容易じゃない
長生きするって
難しいいよネ
でも 長生きするって
楽しそうでもある
「自分の年齢は
自分で決めよう!」
死ぬまで 生きる限り
健康に留意しながら
面白いと感じること
見つけていこうでは
ないか
女性に対して
モヤ モヤッと
することがあるけど
それは 生きる力
そのものだと
思わない? ・・
だから
エロスは 生命力だと
憚(はばか)ら ない
73歳の自分は
いま独り身ですが
今年に入ってから
電話で仲間と話すなかで
死ぬまでに
もう 一人くらい
彼女を作れ と
自分 今
そんな気力は 出ない
そう返すと
新しい彼女が
できないから
元気が出ないんだろ
あんたから
色気をとったら
あんたでは なくなる
死んだも 同然だ と
戒められた
11月に入っての
最後のやりとりでも
彼女は
まだできないのか
なんで 無理なんだ
頑張れ と 言われた
男も女も エロス
色気の漂う人って
いうのは
年齢を重ねても
魅力的な 大人
恋愛って 歳は関係ない
そして 人生って
なぜ 生きているか
といったら ひとつは
恋愛するためじゃないか
もっとも
恋愛の方法は
若いころとは違う
プラトニックだって
いいだろう
ワクワクドキドキ
そんな恋だって ある
ただ そういう関係って
長くは 続きませんね
そうして
ときめき続けたことが
長寿の秘訣に なるのか
しかも
女性に迷惑をかけない
まだ そういう恋が
できる自信は ある
狂老だからね
女のエロスも 生命力
己の生命力に取り込む
女への迷惑にならない
エロス
女を引っ張り出して
一緒に住もうなんて
思わないんですよ
だが 同時に
こう考えることも
男と女は
「成るようにしか
成らない」
「成るようにしか
成らない」は
運命の要求に従う行為
自分は 運命に逆らう
行動をしている
運命に逆らう
「成るようにしか
成らない」とは
反対の行為
従って
「成るようになる」
いい女の育ちは
母親を見極めれば
わかる
つい「いいカッコ」して
しまうのが
おじさんのサガ
無理に背伸びをすると
自分の首を絞める
「引き下がる勇気」の
大切さを胸に刻んでいる
◇◆◇ ─────────
古い阪神ファンによる
定番ギャグに
「代打・川藤 出さんかい!」
ヤジったものの
本当に川藤幸三が
代打で出てきたら
「ほんまに出して
どないすんねん!」と
ツッコむネタがある
なんだか
新庄監督の就任も
そんな感じが した
「ほんまに監督にして
どないすんねん」
新庄剛志監督が
誕生してしまった
そのくせ 新庄監督が
どんな采配をするのか
いや 全局面において
どんなこと やらかすのか
怖いもの見たさな
興味は 尽きない
92年 無名の若虎
新庄剛志を
いきなりスタメンに抜擢
その年の大フィーバーと
後に続く 新庄物語の
きっかけをつくったのは
当時の阪神監督 中村勝広
新庄に関しては
中村監督が
表舞台に引っ張り出した
その後に
伸び悩みを経て
99年に就任した
野村監督によって
息を吹き返した
軽佻浮薄 道化と
バカにされた人が
日本ハムの監督に就任
新庄剛志(49)
新庄の
スター性を思い知る
今はまだ 理性的に
考えるのは ヤボ
今は ワクワク感が
理性を凌駕している
『新庄は 口だけじゃない
結果を出さないと
バカだと 笑われる
誰よりも わかっている」
新庄は どんな 凡打でも
一塁に全力疾走するから
周りから信頼されていた
目立つことを やっても
結果を出せなければ
ただの バカですから
そんなことを言った
プロ野球の存在意義は
そこの街に住む人達の
暮らしが
少しだけ彩られたり
単調な生活を
少しだけ豊かにする事に
他なりません と
つぶやいていた 新庄監督
現役時代同様
信念と覚悟を持った上で
突拍子もない采配を
やってくれそうである
なかなかの 大人だな
新鮮味のある野球
新しいプロ野球の姿
お客さんを
どうやって楽しませるか
それでいて
強いチームをつくる
可能性も充分にある
ファンならずとも
期待してるんじゃ
ないですか?
何が起きるんだろうって
ちょっと楽しみ
笑みが こぼれた
天衣無縫(てんいむほう)
天人の衣服には
縫い目のあとが ない
そこから 転じて
技巧のあとが見えず
自然でありながらも
完全無欠で
美しい様を表現する言葉
野球にも 常識を
ぶち破る
きっとそのような
プレーの仕方がある
よし! これで
フィリピンにも 行ける
日本は 元気になれるぞ!




