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ダバオ通信 ヤン爺のラストライフ・ダバオ
Last Life Shift In Davao Philippine

フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
「団塊 百年の孤独 老いの抗い」
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日本は 貧しくなった
そんなこと 聞くけど
豊かすぎと ちゃう
金持ちトーキョー

コンビニや100均やら
「安いモノ天国」
日本の この幸せな生活
楽しそうに 暮らし
はしゃいでる じゃない
給料が上がらなくても
「安さ」の おかげで
耐えてこられた?
「安いモノ天国」
この幸せな生活が
いよいよ 終わる日が
近いようだ
日本の景気は
すこし 良い
世界の景気は
もっと 良い
でも 狭い日本で
ゴチョゴチョやってる
『そんなに 頑張るなよ
俺が 置いていかれそうで
不安になるから』と 焦り
頑張れる人と
頑張れない人の差なのか
もうひとつは
『頑張っても無駄なのに』
という 無力感
『努力したって 無駄なのに
何やってんの?』って いう
報われない
世の中に なっている
『あきらめちゃいけない』
それ 正しいけど
『いや いや
やっぱ厳しいでしょ』と
昔は
『無理に決まってる』は
冷ややかだったけど
今は そっちの方が
冷静な人と うつる
日本 とっくに 安定した
世の中じゃなくなった
若い人を育てるには
お金や機会が必要
社会は
それを 提供していない
それは
企業の中でも 同じこと
人を育てられなく
なっている
所得の差や
雇用形態の差も
進んでいる
明日が
見つけにくい社会
だがね 幻影が 消えて
正直者が バカを見ない
その世界に 必ず戻る
甘い汁を
吸っていた人たちが
吸えなくなる
その流れは
出てきている
地球の上の
すべての人が飢えず
すべての子供が
学校に行ける
そういう時代が来ないと
本当の平和とはいえない
自分自身は
前より優しくなってるん
だけどな
攻撃的な方向に
優しさを知らない
狂人の振る舞い
車内無差別襲撃 なぜだ?
沢山 殺したかった だと
これに なんの愉快が
あるのか?
なぜも なにも ない
馬鹿者は
いつもどこか不機嫌
幸福そうな他人を見ると
自分と同程度の
不機嫌 不幸せに
引きずり
下ろさなければ
気がすまない
そして馬鹿は 休まない
あとから あとから
わいてくる
馬鹿者に
打ち勝つことは
不可能なのである
何か 社会の危機感
国民が 自覚しないと
ダメだと思うよ

◇◆◇ ─────────
現役キャバクラ嬢の
シングルマザー芹沢小町が
衆院選に出馬し
国会に乗り込む
小説の話しだよ
「永田町小町バトル」
でも
現実の政治に対する
果たし状
祖父は首相
父は外務大臣という
典型的な世襲議員
庶民の実感で 小町が
永田町の常識を問い正す
この小説
書かれたのは 2019年
保育園の
入園審査に落ちた母親が
ブログで「日本死ね」と
国の育児政策を
批判してから 3年後だった
待機児童 賃金格差
社会の偏見と闘う芹沢小町
その姿に喝采を送ったのは
「お母さん カッコいい」と
目を輝かせる
小学6年生の娘 菓音(かおん)
働く女性の
子育て環境は厳しい
児童手当の拡充も
保育現場の労働環境の
改善も進まない
子供が熱を出せば
仕事にも支障が出る
職場の理解を得られずに
孤立する親子も
少なくない
政治を変えるなら
自分が声を上げればいい
こちらは 実話
今夏の
千葉県旭市議補選で
初当選した
崎山華英さん(32)は
母子家庭で 母親が倒れ
ヤングケアラーに
そして 自身の
シングルマザーの経験が
出馬を決意させた
政治の怠慢が
「小町」を 生んでいる
初登院の朝
報道陣から抱負を
問われた芹沢小町は言う
「私が国会に来たのは
法案のためです」
法律を作り 予算をつける
それができるのは
国会議員だけであると
かって
若い人たちの中から
「SEALDs」
シールズが 出てきた
彼らの言ってることは
正しかった
政治の方向を
変えることに なるか
わからない
それでも デモに
集まらなければ いけない
『SEALDs』は あの時
必要だった『緊急行動』
それで 自分は
「日本は まだいける」と
希望を持ち直した
彼らを応援していた
シールズは 国会前の
デモで注目されたが
2016年8月に解散した
「革命」っていうのは
「国をひっくり返す」
という 大きな
ことだけでは なくて
「自分の 今を変える」
「自分の生活を
変えること」も 革命
国会前デモが
盛り上がった2015年
実際 参加したのは
大半が 年配の方だった
学生は 時間的にも
金銭的にも 余裕がない
参加したくても
デモに加われなかった
学費や生活費を
捻出するため
日々アルバイトに
追われていた
生活に
困難を抱えていて
その原因を
社会や政治に見いだし
デモ活動するだけの
時間の余裕もなかった
これは
「政治への関心低下」の
一因となる
政治や社会問題などに
関心を抱くには
生活に余裕が必要
政治や社会問題に
関心を持つには
時間を確保しないと
できない
もっと
余裕がある社会を
作っていかないと
政治に 相対して
いけない

◇◆◇ ─────────
自分は 会社員で
57歳を過ぎた頃だった
いきなりだった 早期退職
勧告 強要された
個人として
リストアをどう感じるか
どう対処するか
1人のサラリーマンが
背景を失い“個”となる
「裸の自分」に
向き合う思考を持たないと
ダメになると 思った
別に過去を
捨てるわけでは ない
「方向転換」という意味
自分を 輝かせる方向に
転換していく
世の価値観が崩されていく
それでも魂は自由になった
「生きよ 堕(お)ちよ」
異国に 輝きを見い出す
ダバオ生活を 開始すべく
日本を あとにした
年がいも ないことを
すれば するほど
気持ちが 若々しくなる
自分は 即決した
深く考えても仕方ない
ウジウジ考えるのが
面倒くさかったし
異国なんて どうせ
『わからない』ん だから
もう 考えない
直感で パッと決めた
その先に 失敗が
待ち受けていることも
あるだろうが
自分の知る限り
失敗のない人生を
生きてる人なんて いない
うまくいくか
どうか なんて
やってみなくちゃ
わからないんですよ
その場所に立つ
本で調べただけでは ダメ
やはり そこに行かないと
いずれにしても
うまくいくだろうかと
悩んでいる 時間が
老いた者には ないのだ
大企業でも 中小企業でも
グズグズしていると
「あの時 ウチも
考えていたんだけど
結局
やらなかったんだよね」
という 存続さえ あぶなくなる
数年後を迎えることになる

この新しい組み合わせ
試してみませんか?と
声を出した
実行できないと
何も起こらない
「裸の自分力」
個の自分としての 試み
個で戦ってる人を
個で戦ったことのない
異国に
さらされて ない人が
ああだ こうだ
言ってるのって
不健全じゃ ない?
実際に会社を辞めて
個人として 異国に挑む
大袈裟だけど 清々しい
なんてね
それ位 陽気で いないと
やられちゃう
老いの人生を 楽しく
より快適に過ごせるよう
海の風に躰を乗せる

日々に起こる
ダバオの出来事から
人とのふれあい
感情をつづっていたら
南国 ミンダナオ島で
70を 超えていた
ダバオと自分の
組み合わせ
何も分からずの 試に
20年弱 費やしてきた
大地の力強さを
吸収して育ったような
明るいダバオの人々
人も水も食べ物も
生命のままに
存在している場所
自分も
あるがままでいられる
住んでみて
「自分が見たかった景色
求めていた世間は
やっぱりこれだった」と
後から 一つ 一つ
答え合わせしている
こうして 書いている
自分のブログが
たとえ 人に読まれなくても
自分の心を整理している
ブログを書くことで
これまでの南国の経験は
善しあしではなく
全部 愛に基づいていて
それによって
今の自分が
作られていることに
気付けた
ダバオへの
ラブレターだと思って
つづっている
これまであった
スワッツ! 一大事も
10年もたてば
どんな苦労も
みんな過去の笑い話
歳をとっても
自分に 手をかけると
新しくなる
「復活」の喜びを 慈しむ
南国が好き という
大前提が あったれば こそ
自分の知識と手間で
廃品寸前だった
老いた自分の精神が
昔の輝きを 取り戻す
その瞬間が たまらない
変えることができない
時間の流れに
少しだけ 威張って
あらがっている
「生活と人生」
南国で じっくり考えた
そんな時間を貰った
中満足! の 異国隠居生活
自慢に聞こえるかも
しれないけれど
これはもう 自慢だな
知らない街なのに
会ったこともない
人たちなのに
どうして こんなにも
懐かしく 愛しく
思えるのだろう
人が 生きるために
必要なのは
お金や ものや
地位や名誉
それも あるだろうが
人間関係に尽きる
信頼とか 尊敬
慈しみの心で
結ばれた人間関係
生きていくうえでは
情報が 宝だけれど
その情報を 齎して
くれるのも人
そこに年齢は
関係ないし
自分も年齢など
気にする必要は
なくなっている
老いを
『生き抜く力』そんな
大層なもんじゃ ない
「息を抜く力」という
意味だよ
生き抜く力に
必要なのは
健康と女なんですね
年齢で 自分の可能性を
せばめて しまっては
つまらない
心が ときめくことに
チャレンジできる
やれるのは
体力があり 健康なうち
恋愛だって
年齢 関係ありませんよ
どれだけ心を華やがせて
ワクワクできるか
そのことが 大切なの
やんちゃ 出来る
老人 最期の開花期
還暦を過ぎた人は
軽度肥満くらいが
理想的な体形だというよ
牛丼やハンバーガーなどは
ムシャムシャ 理想的な食事
渋さに 磨きをかけ
お洒落して
無理はせず
自然体で 過ごせば
心身ともに楽
狂った老人になれる
元気でいられる
それが すべてだと
そんな気がする
この先
どうなるのかは
《神のみぞ知る》だから
自分が できるのは
今を 精一杯に
生きるしかできない
そして
人に優しくできる
距離を探る
それが あり方だと
いつも寄り添って
一緒にいるばかりじゃなく
時には 相手の問題に
干渉しない 距離を取る
何かあったら
素直に人に助けを求める
それさえ できれば
いつ どこにいても
なんとかなる
日本に住む
団塊人たちも
自分自身の生活
周りの人々 住む場所
これからに
思いを馳せて
いるのでは ないか
政治は どうあれ
暮らしは 続くのだ
暮らしを みんなで
大事に作り上げて
いくところから
政治が 生まれる
投票したくらいで
世の中変わるものか
それでも 投票に行く
それが投票
そんな事 思っていたら
ちょっと 元気が出てきた

◇◆◇ ─────────
一人で 酒場に行って
まわりも みんな一人で
静かに 飲んでいれば
何も問題ないように
思うんだけど
まだ
ダバオの食堂では
酒は 販売禁止
馴染みの店では
外から ビールだと
分からないような
背の高い陶器製の
グラスで 秘密だと・・
言って 出してくれた
フィリピン人って
外出先で
アルコールを飲む習慣
あまり ない
彼らは 困らない
毎日 お酒は 欠かさない
楽しく 酒を飲む
それが 一番の栄養薬
酔うことの面白さ
アルコールで
肉体が だんだん
キツくなってくる
脳が おかしくなっていく
いろいろな 躰の
グラデーションが
目の前に そろい踏み
飲酒は 疲れた脳に
休息を与える時間

酒飲みすぎなければ
いい人なんだけどね
余計なこと いうな
主役は やはり
人では ないか
男でも 女でも
集まった人たちが
「人と会うのは いいな」
そう思うような 具合に
いかなければ
人が会う意味は 少ない
しつらえ 珍味佳肴は
あくまでも添えで
主役では ない
さて 今日は
女が 拙宅にやって来る
語り 飲み 食べる様は
さまざま あれど
本質は あまり変らない
女のかわいげが
あるから
男が 救われている
女に すうっと
寄り添うと思うような
時が あって
そういう形のないものを
かたちにしたいと希う
地上にいて
天上を渡って
来るものの
測りしれない
大きな胸に
つつまれたい
大それたことを思う
酷暑のほてりが
身心に残っていて
のぼせが醒めていない
そのせいかも しれない
女のいない風景は
やっぱり わびしい
そんな風に思うことも
自分の心のはたらきの
貧しさが 女に助けを
借りようとして
いるからで あろう
人を愛し
人に愛されたという
そのことだけが
最後に残るだけでいい
エロスの伝道師 壇蜜に
負けてなんか いられない
毎日 笑っていたら
ほら 笑顔が返ってきた
やさしくしたら
やさしさが 返ってきた

幸せの素人 独り言
◇◆◇ ─────────
老いの常識になんか
とらわれて いませんよ
軽やかに 生きてる
ひとりじゃ
ないよって!
あんた 嬉しい事
言ってくれるね
老い方を
教えてくれる先輩
師匠が 身近にいない
「Google先生」を
時々 呼び出す
味気ないが 心強い
独り 高齢者の
年金暮らしにも
維持費が それなりに
かかる
物価も上がっている
新しい家計節約
客間などない 借家
小さな家に 引っ越した

何か 作業に
集中していると 無に
今に 没頭して いれば
年なんか 気にならない
今の人は 髪も洗いすぎ
昔の人は 月に1回しか
洗わなかった くらい
お湯ですすぐだけで 十分

◇◆◇ ─────────
おかしなもので
マスクをつけた女の顔を
見慣れていると
外したときに
「おや こんな顔だったかな」
不思議な感覚にとらわれる
愛別離苦という言葉
どんな大好きな女でも
いつかは 離れなければ
ならない
だから人間は苦しむ
それを 恐れすぎても
どうにもならないから
その日まで 誠実に正直に
女と生きるしかない
フィリピン女性の
非を衝いて
行動を直させる
男の行動の真意を
女に 理解させる?
男が 女に
大切に考えていると
わからせること など
そうしたこと
一切を 諦める方が
男に とっては
自分の人間性を保ち
穏やかな気持で
いられる
誤解されることも
女と意思が
通じないことも
諦めてしまえば
どうということは ない

なにが あったのか
フィリピン女に怒り
ののしることは
自分自身を 受け入れ
られなく なった
己への 八つ当たり
女や
ものに怒ることも
ののしることも不必要
どうしても関心や
同感がもてなかったら
ただ静かに
女から 遠ざかる
無理に背伸びをすると
自分の首を絞める
「引き下がる勇気」
胸に刻みましょう
無理せず
あるがままで いい
きょうの ひとことは
「乗り越えるには
忘れること」
若い時に 自分は
女が いい人か 悪い人か
好きか 嫌いかで あった
しかし 今では
どんな変わった
フィリピン女も
おもしろい
会えてよかったと思う
優しさも また
女に要求したら
得られないもの
「女に愛してほしい」
そういう求愛の感情と
いっしょで
「私を愛してください」
そう 要求したら
まず 相手は
うんざりして逃げ出す
世の中には
追い求めたら
逃げていき
求めない時だけ
与えられるという
皮肉なものが
意外と多い
優しさも また同じ
優しくして
ほしかったら
自分が 優しくする
ほかない
あるいは 周囲の状況や
女の優しさに
敏感に気づき
感謝のできる人間に
なるほか ない
フィリピン娘の
いいところは
我が儘を言ってる
ように見えて
男に対して
まっすぐなところだ
日常の会話って
普通だと
割とぼんやりしていて
あんまり核心に
触れることが ないけど
女は
ストレートな 物言いで
敢えて 触れないで
いるような 核心に
グサグサ切り込んでくる
その場の空気を慮って
無理して
丸く収めようとせず
女が抱えている問題で
引っ掻き回すところは
人間ぽくて 好きですね
女は 傷つかないから
YES NOをハッキリ
そして 男と女が
食卓をともにする
そのことの意味
食べている時は
正直な気持ちしか
言葉にしない
とても好感が 持てる
男は いい人を やめる
女に 期待させない
話の白黒を つけない
このふたつ
いい人を やめたら
深く考えを
掘り下げることも
自分が抱えた問題を
解決することも できる
助言を聞いても 人間は
自分自身が 傷ついたり
追い込まれたりしないと
自分事として
受け止められない
いつも
無敵の笑顔でいよう

ちゃんと 自分に正直に
全力で ぶつかり合って
退路を絶ったから こそ
自立できる部分も
あるのかな なんて思う
自分の可能性を
試したい自分と
安定こそが幸せと
考える女
それは どこにでもある
普通の 錯覚平衡の風景
血のつながりのない
関係性の中で
「これからも ずっと
一緒にいるだろう」と
確信できるような
出会いは
あなたに ありましたか
自分は
東京で出会った人で
『これからも ずっと
一緒にいるんだろうな』
そう思った人は ごく僅か
人間というのは
どこかで
意見が すれ違う
年齢を重ねれば
目指す方向が
変わってきたりする
同級生のように
10年とか 長い月日を
共有している女が
ダバオに来てから
一人だけいる
ふとした時の
笑みも とっても魅力
今後10年で
自分の中の価値観も
女の生き様も
また 変わっていく
いろんな
わだかまりが
女にあっても
一緒に
食卓を囲みさえすれば
『美味しい』ってことを
無条件で共有して
心が繋がっていく
食卓で
礼儀のない女だけは
困る
街を歩いているときに
風を感じて『気持ちいい』
女とビールを
飲んでいるときとか
不意に『今 いいな』
なんて 瞬間 思い
ビールの泡のように 消える

ダバオには
そういうちょっとした
感情の震えが
丁寧に描かれる
どんなに
仲のいい男と女も
どんなに気の合う
カップルも
喧嘩する時はするし
亀裂が入る時は入る
人間の感情が
揺れるときって
若いからとか
年とったからとか
男だからとか
全然関係ない
男と女
どこかしら共感できて
一緒に食卓を囲むって
いいもんだ 無心で食べる
男と女が シェアできる
ありきたりな平和
それが ダバオ女の
魅力じゃ ないのかな
老齢になってから
出会った女は
前世からの 因縁だという
自分と女は
40違いで 自分が年上
女との邂逅は
未来から差してくる
青春の光
「OK OK 年下ね」
そんな ねたむなよ
ダバオで普通なんだから
自分の人生が
もうすぐ終わろうと
しているときに
走馬灯のように
いろんな 思い出が
現れては 過ぎていく
そういわれる
もし それが
本当だとしたら
最後に思い出したい
美しい瞬間を
積み重ねていきたい
あるとき女と
肩くんで 見た
夕日が綺麗だったとか
誕生日のお祝いで行った
レストランの料理が
とても美味しかったとか
人生の いい思い出って
だいたい そういう
ささいな ことなんじゃ
ないかな
普通に冗談も言え
女とアイスクリームを嘗め
いつもの 狂ったダバオに
戻りつつある













