□□■─────────────────────■□□
ダバオ通信 ヤン爺のラストライフ・ダバオ
Last Life Shift In Davao Philippine

フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
「団塊 百年の孤独 老いの抗い」
□□■─────────────────────■□□
朝 起きられること
起きて 小鳥の声が
聞こえる こと
顔を洗い
朝食をいただけること
その日
行く場所が あること
これらは 決して
当たり前の事では ない
様々な よき条件が
偶然 重なり合って
初めて その喜びを
味わっている
一日に 一回
スマホ カメラの
シャッターを 押すことを
日課にした人が いた
写真管理するアプリに
毎日「思い出」として
過去の 同じ日に
撮った 写真が
自動で出てくる
例年 今ごろの休日は
地元の祭りだった
そうだった
神輿 法被姿で 想い出す
平日で 多いのは
酒場の風景だ
顔を赤くした 老年男の
記念写真や 料理の記録
記憶が あやふやで
初めて見た光景のように
驚くことも ある
懐かしさと 同時に
違う世界の
出来事にも 思える
昨年まで 多くの知人と
交わすあいさつは
「コロナが 落ち着いたら
一杯やりましょう」が
決まり文句だった
いつからか
「なかなか 収まらない
ですね」に なり
近頃は 家飲みが 話題で
おもしろくも ない
飲食店の不安も
以前と様子が 違う
なじみの店 おかみさん
「もう 外食なんて
忘れられちゃったんじゃ
ないかしら」と こぼす
長いトンネルを
抜けたと 信じたい
コロナが 日常となり
私たちは あまりに
我慢する生活に 慣れた
感染 注意を払いつつ
そろそろ 動きだす時か
フィリピンが 遅いとしても
来年の夏くらいには
コロナは 終わってる
どうか・・
欧州だと
マスクをしてない人が
普通に道を 歩いていて
今の時点で 外を見て
コロナだと わかる
シーンって あまり ない
マスクしている人は
少し いるんだけど
コロナは 終わった
そう 思ってるのだ
もう ロックダウンに
なることは 多分なくて
『コロナは 終わった』
12歳以上の85%が
ワクチンを打って いて
重症化して
死ぬ人は 死ぬけど
ワクチンを 打ったら
死なないよねって
コロナとか
知ったこっちゃないって
経済を再開しよう
普通の日常に 戻した
欧州は そうなりつつある
シカシ いいモンですなあ!
外で 酒だメシだってのは
何か ウキウキして
いい歳のせいで
ワクワクしたりして
何ンなんですかネー!
スマホにある
昨年の写真は
極端に少ないが
来年の今ごろは
笑顔の「思い出」で
あふれていると いい
「今」が
何も 出来ないで
あっという間に
過ぎ去っていく
たまんないネ
◇◆◇ ─────────
55歳半ばに なった頃だった
早期退職を 迫られていた
返事しなければと 苦慮した
だが 愚痴らず 腐らず
受け入れる か と・・
定年後は 好きなことして
のんびり暮らそう なんて
バカみたいに 思ってた
矢先だった
ゴール手前で これか
もう誰も 頼れない
自分と 向き合うしか ない
まいったな 旅に出た
阿蘇くまもと空港近くの
空き地に ポツンと佇む
錆びた廃車……を 見た
タクシーの窓から見え
自分と重なり 気になった
タクシー運転手は
この廃車 現在も営業する
ホットドッグ屋だという
ただのホットドッグ屋
ではなく 伝説レベルに
おいしいの だとか!?
いったい こんな場所で
どんな ホットドッグが
売られているのか
店主は どんな方なのか
数日たって 立ち寄ってみた
かなりの人気店
ひっきりなしに
客が 買いに来ていた
びっくりするほど
美味しいよ
注文してみた
廃車の雰囲気に気圧され
不安を 感じる
心配は 杞憂
注文すると 気さくに
話しかけてくれる 店主
熊本弁の柔らかい語り口
白い帽子と制服を
身に着けていて
錆びた車の雰囲気とは
裏腹に きちんとしていた
メニューは 7種類
一番 シンプルな
ホットドックを 注文
その味は……
単純な故 うまかった
変わった素材を
使うでも なく
プレーンなホットドッグ
パンと具材 ケチャップ
マスタード…
すべての味が 完璧に
調和していた
錆びた廃車と
ホットドッグの
不思議な 組み合わせ
いったい このお店は
どうして
ホットドッグを
売り始めた ものか
謎に満ちた この店
日産チェリーキャブともに
ホットドッグ一筋 40数年
店主:こんなのに
感動したって
しょうが ないよ
マズかったら
つぶれとるけん
あとは お客さんの好み
好きっちゅう人も おれば
好かんっちゅう人も
おるかもしれんね
ひっきりなしに
お客が 来ていますよね
店主:昔は 適当に
お客さん 来とって
行列なんて なかったよ
今は 土日は もう行列たい
みんな Twitter見てくる
──ホットドッグ屋を
始めた きっかけは?
店主:中卒で就職して
学歴がなかった から
飲料会社の生産ラインで
働いとった けど
後から入ってきた 高卒や
大卒の人が 出世していく
このまま働く人生は
つまらんと思って
じゃぁ 何かしようかと
だが 起業するには
資金も人脈も足らん
でも 屋台ならやれる
奥さんに 相談したら
「私もやってみたい」
ちゅうから
車2台買って 2人で始めたよ
そして 購入したのが
この移動販売車の
日産チェリーキャブ
10年前までは
動いた そうだが
車検を受けても
部品が手に入らなかった
この空き地に置いて
通って営業することに
──どうして
屋台のメニューに
ホットドッグを
選んだのですか
店主:
どぎゃんしようか と
嫁と相談して
嫁が パン屋に
勤めていたから
パンに手を加えて
何かしようと
ホットドッグを
売ることに
それまで
サンドイッチは
よう食べよったけど
ホットドッグは 経験ない
ホットドッグは
当時 珍しくて
熊本にも 2~3軒しかなく
食べに行って みたけど
好みの味と 違っていた
だから
自分の味を 作り出そうと
いろいろ試したよ
当時アメリカから
日本に入ってきていた
ホットドッグは
ケチャップとマスタードが
たっぷり のったもの
一方で この四つ葉の
ホットドッグは
マスタードは
うすくパンに 塗られて
ケチャップの量も
ほどほど ひと味違う
店主:マスタードは
ピリッとするけど
飲み込んだ時
すーっと消えるよう
特別にして あるけんね
アメリカそのままの
味だったら
日本人の口には 合わんとよ
口の裏に ケチャップと
マスタードが
べちゃっと くっつくから
その時は おいしくても
毎日は 食べられんでしょ
だから飽きのこない味を
作ろうと思うてね
毎日食べても
おいしい味を 追求した
──パンが サクサク
注文を受けてから
焼いていた
──営業し始めて
順調にお客さんが
増えていったのですか?
店主:初日から
お客さんが 来たけど
珍しさも あるとたい
だけん
「自分が 客なら
こうして欲しい」
ちゅうことを
考えてやろうと
続けてきた
1年過ぎても
お客さんが減らん
これならやっていけると
思うたね
店主:まあ
いろいろ あったけど
ぼちぼち やってきて
楽しい商売やった
この仕事は
人に束縛されないのが
いい
屋台で食べた
ロールパンに
ソーセージを 挟んだ
シンプルな ホッドドック
美味しさに 驚いた
何個でも イケちゃう
自分が 好きなのは
イタリアン・ソーセージ
ピリッと辛くて
噛んだ時に カリッてくる
で 中はジューシー
「ピリッ カリッ」の
ジューシーな
食感なんだけど
小腹 空いてたら
お腹 満たしていけよ
安い値段で
美味しい食べ物を
提供していた
そんな事が
旅の 印象になった
ホッドドックは
世界の何処にでもある
ニューヨークは むろん
「トロントを
代表する食べ物は?」って
聞かれたら
皆さんは 迷わず
街角の ホット・ドッグ
スタンドで 売っている
「ホット・ドッグ」と 答える
リストラ後
フードトラックで
ホットドックの移動販売を
単純な自分は 思いついた
何やら 良いことを
思いついたと ソワソワした
知人は
反対した はずなのに
原価計算を始め
他に 一緒に売るものは
ないかと 考えだす
それでも
ナニ考えてるの と
周りは 大反対
初の販売場所を 聞かれた
聞いて 知人は 呆れ返った
その場所は クビになった
社屋前だった
いきなり 後ろから
肩を 叩かれたのだ
早期退職勧告なんて
ヘコんだなぁ あの時は
そして そのときに
果てしない
自己崩壊を 感じた
自分が リーダーだと
思っていたのに
気がつけば 無用の存在
なんてこった
自分は 交換可能な存在
そんなこと
愚痴って いたら
どんどん自分で
自分を ダメにしちゃう
人生は やったもん勝ち
自分を 叱咤する
こんなときに
自分を救う力は
自由になる学問しか ない
55歳で
会社員から 離れる か
怒りより
まだ 世の中に興味津々
好奇心は 尽きて いない
そこで なにかに 気付いた
新たに 何かを 始める
「早すぎる」とか
「遅すぎる」ことも ない
自らが求めないと 何事も
なかなか 出逢えない
これまでの
とりあえず ビール的な
自分を 深く反省した
だが 後悔は していない
中古のキャンピングカーに
フードトラック装備を加え
改造する
ゆっくりと
日本全国 車旅しながら
売り走る
ホットドックの美味しさで
人々に 喜んでもらう
楽しくて 元気になれて
自分も 頑張ろうと
生きる活力に なるだろう
単純な 思いつき だった
計画した 移動販売
1年の予定で 実行に移す
準備行動を 開始した
旅しながら フードトラックで
チョッと旨い ホッドドックを
街 街を 売りながら 走る
移動販売 キッチンカー
宣伝は SNSで やる
時間や
行き先に 縛られない
一人でも いいし
友人と乗り込めば
ひと味違った 楽しみ
普通免許で 運転でき
ソファーベッド クーラー
シャワーを 備える
軽トラックの荷台に
自ら小屋を建てただけで
国内を旅するつわものもいる
専用の駐車場や 道の駅で
車中泊をしながらの移動で
財布にも 優しい
予定に 縛られず
冒険心に 身を委ねてみる
思いがけない 発見がある
◇◆◇ ─────────
強気な顔 してるが
おまえ リストラ宣言されて
落ち込んで 脳疲労だろ と
知人からフィリピンに
気晴らしに行こう 誘われた
有給休暇を 使い切る
初めての アジアへの旅
南国に かき立てられた
マニラの
ヘリテイジ ホテル
昨夜は 若い娘が
伽をしてくれた
早朝 外に 一人散歩に出た
明日は ダバオに 入る
5月の空は 晴れていた
そこで 深呼吸をする
大きく吸い込んだ
その空気から感じるのは
フィリピン特有の香り
街の 甘い匂いがした
遠くから 聞いた事ない
音が 風に乗って 聞こえる
まだ 空気は ひんやりして
風が 殊の外 心地よかった
人の流れは 少なく
日が昇り 見える景色は
淡い 南国のフィルターを
かけているかのよう 霞む
週の初めの 明るい太陽が
やる気と ともに
運んでくれる 清々しい香り
もう一度 深呼吸をした
大きく吸い込んだ空気
南国特有の 気だるさと
明日への憂鬱も
少しばかり 感じながら
吹く風に 背中を押され
心の準備が できた
『時間』という資産が
これから 圧倒的に増える
その時間を どう使うか
この国で 使ってみるか
哀愁と
日常が 混ざった香りが
懐かしい 気持ちを
呼び起こしていた
心に抱えていた
モヤモヤは 薄くなった
そんな『自分』が いた
ときめきは
前ぶれもなく 訪れた
旅の結果として 残った
束縛は なく
自由に 生きられる
そのことを 意味した
このまま 日本で
死んで しまったら
たまった もんじゃない
後悔 するな……
フィリピンに 惚れた?
日本にいる 必要性が
なくなっていた
気ばかりが 焦って
あくせく働いていた
そんな緊張感が ふと
フィリピンで 途切れた
「のんびり 行こう」
ガス欠で 動かなくなった
自動車を押す ジーンズ姿の
フィリピンの 若者たちが
遠くに見えた
のんびりと
モタモタは 違う
体力 気力 お金 能力など
「そのときの 自分」に
合った ペースで
一歩ずつ 進めば いい
のんびりが いい
自分だけの 景色
フィリピンで
見て 見たくなった
なんとも 言えない
おかしみと 温かさが魅力
そんな フィリピン
「フィリピンの
娘は うまかった」と
目を細めた 笑顔
なんだか ふっきれそうだ
◇◆◇ ─────────
「自分の ことなんか
誰も 見てない」異国
何にも 縛られることなく
南国で 生きていくことを
決意していた
身一つで
フィリピンの
好きな場所で
好きな時間
誰にも縛られないを
実現させて みるか
「名の知れた
世界規模の会社で
働いていた」という
自尊心を 捨てた
これまで
必死に それを 守ってきた
身につけた鎧は
立派で あるほど
捨てるのに 勇気がいる
捨ててしまえば
ただの 鉄の塊
清々した 心と体が軽い
自分じゃ
考えもしなかった
フィリピン移住
実行に 移してしまえば
意外と なんとか なるかも
不便さの 度合いが
自分には ちょうど いい
追い越されない からね
自分の世界とか
限られた中で
生きていった ほうが
幸せか・・
「消えた人 終わった人」
それで いいじゃないか
権威とか
空気とかを 気にせず
「お前 裸じゃん?」って
言われる人 それが いい
そこが 面白い
地に足をつけて
豊かに生きる人たちの姿
フィリピンに 親近感
「世の中
こんなもんだろう」と
安易には 思い込まない
自分自身の視点で
物事を見ている
ホットドック 売る旅を
スタートさせる 計画だった
だが 止めた フィリピンに
渡る事を 考えぬき 決めた
何もかも 忘れて
フィリピンに 隠れ住む
のんびり しかも
心 優雅に生きてやる
自分が
やりたいことだけ して
生活しながら 世の中が
どう変わって行くか
見たいと思う
もっと 自由になりたい
読みたい本を読んだり
映画を見たり
音楽を聴いたり
空を見つめていたり したい
そういう
気持ちに なっていた
生きる力を 与えてくれた
フィリピンだと 言える
死ぬまで 毎日
愉快に 生きられたら
それで いい
一日 一日を 大事にして
ある時は 真剣になり
ある時は 楽しく遊んで
その日 その日を
面白く感じて 生きられれば
その連続が 楽しい人生になる
◇◆◇ ─────────
フィリピンで
たっぷりな 時間が 過ぎた
だが 時間は まだ
タップリ残してある
70歳が 手にした
年金とダバオと女
『こんな女と
酒を酌み交わしたい』
幸せの定義てのが
何なのか ハッキリしない
幸せで あるとは
どういう ことですか
「何が 幸せ」
なの でしょう?
1時間
幸せになりたかったら
酒を 飲みなさい
それで 酒 飲んでみた
3日間
幸せになりたかったら
結婚しなさい
同棲して うつつを
ぬかしてみた
男女 互いの欲望を
みたしあい
それを さらに
生活に 一致させてみた
8日間
幸せになりたかったら
豚を殺して食べなさい
豚のBBQ 食べたよ
永遠に
幸せになりたかったら
釣りを覚えなさい
釣り人に 知られた
中国の古い格言
自分は
戦後2年目に 生まれた
自分の家も周りも
みな 貧乏だった
それが 不幸だった
か と いえば
そうは おもって
いなかった
はなたれの 少年が
からかわれる
「アカ(銅線)でも 拾って
売ってこい」
昔の記憶 曖昧に 思い出す
傍から 見ると
不幸だと 思うことが
意外と 当人は
幸せだったり する
老いた男と 若い女
二人を 決して
肯定しようとは
だれも 思わない
でも 否定も できない
「自分たちは
自分たちで いいだろう」
そんな 勝手なことには
ならない
老いてからの ほうが
幸せを 感じやすくなった
そうでは ないだろうか
快適な環境が 続いたら
どれだけ 生きるのだろう
と 考えては
長いなぁと しみじみ思う
『うまいこと
齢を取ったなあ』
そう 自負している
若い頃は 気が短くて
喧嘩っぱやかった けど
齢の功って やつかな
ずいぶん 丸くなった
加齢とともに
自分も 人がましくなってきた
穏やかなヂヂイになった なあ
老化も いい面がある
好々爺とは そういうことか
まだ 過去を
振り返って浸るのは
早い気が するが
ここで 自分は 少し満足
明日も 愉快に過ごそう
歳を重ねるごとに
理解出来る事は増え
感じ方だって
過去よりも 未来の方が
敏感になるのだと思う
あれも書きたい
これも書きたい
あれもしたい
これもしたい と
色々なことを 考えながら
過ごしている
脳みその許容量が
限界を越えている
老後の人生は
愚痴や つぶやき
独り言の類で おおかた
出来上がっている
愚痴や独り言
そのままにしておくのも
何だか もったいない
始めて みた
パソコンに 向かって
カタコトカタコト
医者も メモでも 日記でも
備忘録でも 何でもいいから
書くのは いいですよって
やたら 勧めてくる
それで そうそう
こいつは 先週の分だけど
えーと 順番は
これで いいのかな
「入れ歯は 冷蔵庫に
バナナは 1日3本が正解」
「金曜日のメイドさんは
バームクーヘンが好き」
……うーん
週刊誌の
記事のタイトルみたいな
気も するけど
ブログを 書いている
アホみたいに
自分が 楽しんでるな
楽しいことは
誰も見つけて
くれないですよ
自分で 見つけないと
こんな時代だもの
無理してでも
楽しいことを
見つけてみる
◇◆◇ ─────────
「昔々 ひとりの老人が
王国をつくったんじゃ
誰にも 邪魔されない
いつでも
好き勝手に 振舞える
自分の王国じゃ
老人は
さほど ぜいたくでは
なかった から
朝食は
ベーコン2枚に 目玉焼き
白米にみそ汁
漬物の 一つ二つで
満足していた
昼は 牛丼か カツ丼
夕食は 肉と旬の副菜で
一杯やるのが
至上の喜び じゃった
ある日
老人が 自分の領土内にある
「記憶の回廊」と 名付けた
トイレに続く廊下を
家来である 歩行器を
お供に散歩をしていると
どこから ともなく
声がする
聞き覚えがある
その声のする城壁に
目をやると
そこには
リストラされた頃の
自分が 絵画のような
写真の中に 立っていて
老人に
こう語りかけて
きたんじゃ
「あんたが望んだ王国の
住み心地は どうだい」
ってね
何とも 怖い話じゃないか
老人は 自分が望んだ王国が
そもそもどんな感じだったか
すっかり 忘れていた からね
もっと もっと人々が
行き交い 活気があって
にぎやかなものだった
ような 気もするし
外交面でも
自分自身が 先頭に立って
多忙な日々を送っている
はずだったような
気がしたからね
◇◆◇ ─────────




