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ダバオ通信 ヤン爺のラストライフ・ダバオ
Last Life Shift In Davao Philippine

フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
「団塊 百年の孤独 老いの抗い」
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暑すぎず 涼しすぎず
気持ちが いい
フィリピンの季節 雨期
トタン屋根が 悲鳴を上げる
雨ふって ジジイかたまる
月日が どんどん泳いでゆく
今年も あっという間に後半戦
何事も たくさんありすぎた
もったいない 無駄な 2年
世の中で 二度と
同じ日はない 日々が
過ぎてゆく
過去は 過去
過ぎてしまったこと
生きてれば
いいことも
そうでないことも
多々 起こる
立ち止まっていては
時間に追い越される
時間は 人にとって
貴重な「資源」
好きなように
行動できる時間は
すでに 限られている
その日の
最善と思うことに
また 取り組めばいい
「もっと もっと
おもしろく生きよう」
いましか 考えない
「バカ」で いい
そうすれば
1日が 新鮮な気持ちと
驚きの 世の中と なる
70年超えて
生きて いられたから
そんなセリフが 言える
自分の顔の表情が物語る
元気に 生きてること
すごいじゃ ないかと
大感謝
日本にいた 生活とは
また 正反対の
ダバオの日常に 戻っていく
気持ちが
落ち込みがちな ときでも
なんとかして 自分を
奮い立たせる コツは
つかんできた つもり
ロックダウン
毎食 毎食 毎食 毎食 自炊で
だんだん 自分のご飯に
心底 飽き飽きしてくる
人の作った餃子を 食べたい
「焼きナス!」 あれは
人に作って もらいたい
自炊は
自分のためにしている
「自分が ラクで
つらくない」が 基本
外ごはんを
心から 欲している
また 食堂に行って
ぼんやりと
そこらを 眺めながら
嗅いだことのない匂いに
胸を ときめかせたい
老いたのだ 小さな貸家で
質素で 丁寧な 暮らし
自分で 決めたから
此処 ダバオに 居続ける
「ガラケー」の利点
小型で 軽かった 携帯電話
ボタンの接触不良で 寿命
15年以上 使ってきた 愛機
簡便な スマホを 求めたが
複雑で 使いこなせない
「手続き用紙をもらえないか」
「オンラインのみです」
「スマホが 使えない場合は」
「窓口に 電話してください」
「電話番号は?」
「サイトにあります」
かみ合わない会話が 続けば
頭が どうにか なってしまう
デジタル弱者 ジジイとスマホ
立ち往生している
「フゥー」と 嘆息
「役所は どこもデジタル派
俺は 鉛筆派だ」
スマホのバッテリーは
交換できないらしいね?

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相変わらず コロナの日々
年寄りは 在宅するのが
正しい生活
「地球生命圏」
地上と地下 合わせて
たった 数キロしかない
地球表層の皮膜
地球上の
あらゆる生き物が
この膜のなかにいる
人間もまた
この薄膜を 分かち合う
生命圏の一員
地球生命圏の異変は
人間の身体にも
そのまま侵入してくる
難民化したウイルスが
新たな宿主を 求めて
ヒト細胞へ 到達するのも
こうした 異変の一つ
森林は 破壊され
土壌は 汚染され
海洋は 酸性化し
都市に人口が 密集していた
ウイルスも バクテリアも
あらゆる生き物たちが
それぞれに「対処」を
始めている
その結果 表面化してきた
「症状」を 叩くだけでなく
「対処」しなければ
ならない状況を 生み出し
続けてきた
私たち自身の
生き方を 編み直していく
病いに 蓋をするのではなく
症状を 叩くだけでなく
病いが 何を語ろうと
しているかに
耳を傾けていくこと
病いとともに
生きていくことで
初めて 開ける道がある
あらゆる場所で
生命圏の深刻な病状が
表面化し始めている いま
症状を もたらしている
根本的な状況に
アプローチすることなく
短期的に 目前の症状を
つぶす対症療法 だけでは
病いの進行に 追いつかない
病いの声を
聞こうとしない対症療法は
短期的に問題を
先延ばしすることはできても
問題の全体に
アプローチしない限り
身体は 静かに蝕まれていく
どこかで 立ち止まり
目を開き 病いが
語ろうとしている声に
耳を傾け 始めなければ
根本的な対策――
それは 私たち自身の
生き方を 編み直していく
病いに 蓋をせず
堂々と 向き合いながら
「私たちは どう生きるか」
問い直して いく
気候が変動し
疫病が蔓延し
当たり前に いたはずの
生き物たちが
次々と滅びていく 世界で
心を壊さず しかも
感じることを やめないで
生きていくためには
小手先で
症状に応じるだけでは
間に合わない
専門家による コロナ対策は
実効性に 乏しかった
緊急事態 実施しても
うまく いかなかった
フィリピンも 同様なり
専門家と呼ばれる人々
自分たちの領域を
超えることへの 対応や
領域のゆらぎに 対して
乏しい対応力しか
持っていない ことは
さまざまな 対応で
明白に なった
「もう いい加減にしろ」
テレビを 中心とする
マスコミであり
デタラメを 言い続けてきた
専門家であり
それらに 引っ張られて
過剰な対策を
やり続けている 政府
テレビは毎日 毎日
「今日の検査陽性者は何人
過去最多」って
やり続けている
あんなの 毎日見ていたら
心を病んでも 不思議じゃない
前日より 減ったときでも
「火曜日としては 最多」
とか言って
なんとかして
多く見せようとしている
当てになるか
どうかわからない
PCR検査よりも
抗体値検査の方が
正確では ないのか?
ワクチンも
抗体値を 増やすためのモノ
感染しても
ウイルスが 増えなければ
感染者にも ならず
症状も 出ない
そんな人たちを
無理矢理 感染者にしてしまう
アホらしい
感染者が 増えなければ
ならないと言う 結論の元に
偏向メディアやテレビ
医師たちが 恐怖を煽っている
無症状感染者が 増えても
重症者や死亡者が 増えなければ
大きな問題では ない筈
そんな 領域まで
もう一息でしょうか?
また 経口治療薬も
年内には 実用化できる
可能性も あると 明るい
一日この世に生きておれば
一日の食物を食らい
一日の衣を着
一日の家に住む
いつも 上機嫌で
いたいじゃ ないか
自分自身を 上機嫌にして
老いを 楽しむ「老い楽」
同じような環境でも
上機嫌で 過ごしている人と
不機嫌で 過ごしている人に
分かれてしまう
不機嫌に 生きている人は
上機嫌で いられる
理由が わからない
間違った解釈をして
ただ 嫉妬したり
裏でなんかやってる
と言ったような
疑心暗鬼眼鏡で
見てしまいがち
同じ時代なのに
同じフィリピンに
住んでるのに
同じダバオで
同じ地域なのに
上機嫌な人から見えてる世間
不機嫌な人から見えてる世間
「不機嫌な人は
不機嫌にさせてくるものを
引き寄せている」
イライラしていると
表情が 固くなる
体も 固くなる
心は 固くなり 頑なになる
そして
「不満」を 探している
世の中の 粗探しをしている
マイナス点に 敏感になり
いつも イライラしている
イライラ波動を
出し続けているので
磁石のように
不機嫌な人を 引き寄せる
だから また
不機嫌になるという
負のループに入る
誰もが
不機嫌になりたくないのに
なぜ 不機嫌ループに
入るのでしょうか

人から「大丈夫?」と
聞かれたと する
「うん 大丈夫……」と
答えるより
「だいじょうぶだぁ〜」と
答える方が
何十倍も 大丈夫な感じ
心配を かけさせない
不思議な魔法が
この言葉には 宿っている

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フィリピンにいて思う
「豊かな社会」は
この国では 夢物語か
総理候補 野田さんの
「新生児70万人時代への危機感」
その主張は
正鵠(せ いこく)を 射ている
終戦直後に
年間270万人だった新生児が
いま 70万人台にまで
減ろうとしている
将来の国民なくして
国防も福祉もない ことは
火を見るより 明らか だが
この少子化への 危機感が
保守派に薄く
思い切った策も
出されないことは
反省に値する
日本では
「しょうがない」と
全員で 薄笑いを浮かべて
同時に 頭を掻く
特に大きな困難な
ヤバイ問題は
絶対に「スルー」する
ゆたかな社会
すべての人々が
先天的 後天的資質と能力を
充分に 生かし
それぞれの もっている
夢と念願の的が
最大限に 実現できるような
仕事に たずさわり
その 私的 社会的貢献に
相応しい所得を得て
幸福で 安定的な家庭を営み
できるだけ多様な
社会的接触をもち
文化的水準の高い
一生を おくる
それが 豊かな社会?
全世界に
あてはまるような
便利で 統一的な制度
経済システムの
モデルなどと
いうものは なく
その国 地域ごとに
その地域が 持つ
諸条件を 織り込んだ
適切な制度を 作りあげる
豊かな社会への 政策構築
この場合の 制度とは
地域ごとの 自然環境や
そこで発展した 文化や
歴史や産業に根ざした
ローカルな 性質に基づく
人間の知識 技能 好みなどの
思考習慣などを 内包し
その制度が 状況に応じて
変化することまでを 含む
フィリピンは そこに 向い
進んでいるの だろうか
自分だけでなく
多くの中高年の人々は
社会に出て 20年も たてば
「対話と協調」という
調整システムが
結局 何も決めることが できず
何も 実施 実現できないことと
同義だと 知って しまっている
たとえ 合議による
社会制度を
立案できたとしても
議論百出で いつまでたっても
何もきまらず 結局
合議の裏で 取引が行なわれ
特定の権力者たちが
自分たちに都合よくことを運ぶ
その方法は まさに最悪だが
ものごとを前に進めるためには
結局 このようなことに
なってしまうのでは ないか
私たちは 懸念してしまう
暮らしを 豊かにしようとは
思いませんか・・
「わしらは 貧しいか?」
ダバオの老人が 言った
そして 自分を
澄んだ目で 見つめた
そう 聞かれれば
返事に困った
「わしらは 貧しくない
豊かだ」
老人は 胸を張った
女たちは よく働き
食べるものに困らず
なに不自由して いない
なまじな 口出しだった
よくないな そう思った
平和ぼけ
白痴な日本人が
恥知らず だった
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