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           ダバオ通信  ヤン爺のラストライフ・ダバオ 
              Last Life Shift In Davao Philippine 

       
          
            フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
                  「団塊 百年の孤独 老いの抗い」  
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キャロル・キング
アルバム「つづれおり」の
歌声が 部屋に流れている
 
分数コードが 小気味 いい
「It's Too Late」は
耳に馴染んできた曲
懐かしく 染みてくる

真面目に 
頑張りすぎなくて いい!? よ 
正しいアイロン掛けで 
暮らしをきれいに 仕上げる
ぶあいそうな娘に
笑顔を 向ける

気だての良い いい娘だよ
「時々通って会うくらいが
   丁度 よろしい」
新鮮な感動を もたらす

女ちうもんは
気の毒なもんじゃ
女は男の気持ちになって
いたわってくれるが
男は女の気持ちになって
かわいがる者が
めったに ないけえのう

とにかく 女だけは
いたわって あげなされ

人生の目標って
立てたことが ない

ただ「縁」だけは 大事にして
いつも それに精いっぱい
報いてきた

「今日只今」生きてるんだから
それで よかったんじゃ ないか


◇◆◇ ─────────
「惚(ほ)れる」と
「惚(ぼ)ける」は 同じ漢字
どちらも 理性が薄れた状態
そうと 思えば
うなずけ なくも ない

物忘れ・・ の徴候
老化なんだろう
忘れたいことを 
思い出すこともある
忸怩たる思いの 老い 
まま ならない

黄昏時に 
無性に 寂しくなる
そして
「これから
   どうしたら いいのか」
わからなくなる

人と話そう
外に目を向けよう
夕暮れの 空ばかり
見ていないで・・
灯りを つけて
部屋を明るくしよう

お酒も食事も
自由に楽しめるように
なったら
誰とめしを 食おうか
どこに 行こうかとか
この先 やりたいことを
あれこれ 考えていると
やがて 心が弾んでくる



一方で
人間関係を諦め
一人で 生きていく
一人でも 楽しめる
そんな生活信条の人だって
大勢いる 

老いたのだ この先
誰にも迷惑をかけずに
生きるのは 難しい
これからは
あまり「早くしなさい」と
言われないように
暮らしていきたいと思う

そう言えば
言われたことは あっても
「早くして」と 誰かに
言ったことは ないかも
今では 言う相手が いないもの


◇◆◇ ─────────
見たくない
聞きたくない
考えたくない
それが「老い」の実態

なぜ 
老いを 自覚することが 
難しいのか

9月15日は 老人の日
で20日は 敬老の日
15日から21日までが
老人週間なんですって

 

老人の日や老人週間は
知らなかった
祝日で なくなった からか
老人の響きに
違和感が あるからか
あまり定着して いない

ボーッと のんびりしてる
昔の老人像は
今や当人も周りも否定的な社会
60歳から 年金もらって
ボーッとすることを 許されぬ

令和の老人は
解放されない牢人か
生気を失った蝋人かも
しれませんね

「人生の
   あらゆる現象の中で
   老いは われわれが
   もっとも 長い間
   抽象的な 概念しか
   もっていない 現実」

抽象的な概念で
あると いうことは
自分は 年取るんだと
思っては いるが
あえて 避けている

ちょうど 老いの境目に
入った ときでした
生に 対応するものは
死では なく
老いに ほかならない と
思い至った

フィリピン社会の場合
子供を親が 大切にして
教育し 愛し 育てている
子どもが 大きくなって
老人が 家族にも
社会でも 尊重 敬愛
大切にされている

日本には
『楢山節考』という
作品がある
母親をおぶって 山にいき
おいおい泣きながら
山に棄ててくる
その事が 書かれている

同じようなこと
現代社会にも
あるのじゃ ないか
私たち 自体 親に 
そういうことを 現に 
やっていないだろうか
これから 自分自身が
そうされるかも しれない

老いることの悲劇は
未来が ますます
少なくなって 
未来に対する 
企ての可能性が 之しくなる

人間の老熟というのは
常に社会の中で
生ずるもので あって
社会の性質に よって
良くも 悪くも 
老いが 左右される

老年期において
尊厳ある 一人の人間で
あり続けたい ためには
社会は いかなるもので
あるべきかと質問
自問自答している

答えは簡単だ 老人が
それまでの生活を通じて
常に 一人の人間として
扱われて きたか どうか

老人問題を
扱う仕方によって
その国の 社会の質が
決定される

老人問題こそが
その国の 社会をはかる
もっともいい 鏡になる

『老人が 幸せに 
   なれるシステム』

日本の 
一番の基礎となっているもの
それは 我々の持つ 思い遣り
真面目さや 勤勉さ
しかし 今
それが こわれつつある

自分は
北欧の福祉国家に関して
好意的

それ以外の
フランスも含めて
先進国福祉に 関しては
非常に批判的

現在の先進国は
老人に取って
文明国では
ないのじゃ ないか



老年と いうのは 心も躰も
健康で なければ ならない
美しい老年とは
その年齢に ふさわしい
心の豊さを 所有する
老いのことで
病弱であっては ならない

体が 弱ってくると
精神も 弱ってくる

そして 老いるとは
好奇心の衰えに
ほかなら ない

老人の若さというのが
あると すると
好奇心の豊かさによる
のでは ない か

隠居後は
女子学生のいっぱいいる
大学に いくのも いい
不純な動機も
ないでは ないが
好奇心の 強いことは
よいことだと思う

10代や20代が
ピークなのは
動物的な特徴として
仕方ありません
老いても アタマを使えば
ピークを更新し続けられる

どこかで「これで十分だ」
という天井を 見極めるのも
老いには あるかもしれない
  
多くの老人が
虫けらのごときものに
なることを 拒否して
戦っている姿勢の中に
英雄的なものを 感じる

これから 虫けらのように
取り扱われる可能性が
無い訳では ない だろ
そのさいにも 何か いつも
英雄的なものを 身につけて
生きて いたいと
ひそかに 考えている

キレイゴト抜きに
「老い」の現実を暴く

老いの足音が
ヒタヒタと迫り来る
大きな音で 聞こえてきて
他人事では なくなってきた

So What?
(だからどうした?)と
反抗している ものの

「まだ まだ 頑張って
   いるじゃないか」と
自分を褒める事もする

いったん
老いを 受け入れると
楽になると 言われるが
簡単な ことじゃない

役に立たなきゃ
生きてちゃ いかんか!
老人が
社会から 疎外される

65歳以上は 人口の3割
4人にひとりは 高齢者
そんな社会を
私たちは 今 生きている
人類 初めての事態

資本主義社会が 到来し
老人は 増え続けた
生産性の低い者たちとして
蔑視され続けている

「人間にとって老いとは何か」
「老いを 疎外しない社会は
   どうしたら 作れるのか」

結局 ひるむことなく
「老い」を さらけ出して
生きていくことの
覚悟を覚える

人間が尊厳をもって 老い
死ぬことが できるには
何が 必要かを
徹底的に 考えぬく

「老いは文明が
   引き受けるべき課題」

老いても なお
尊厳ある 生き方が
できる社会とは
どんな社会なのか

結婚も就職も
できないまま
五十代になった子どもが
八十代の親の
年金を頼って生きていく
そんな 現実もある

〈生きづらいのは
   自分の せい?〉

そうした あらわな不安は
〈不安を そのままに
   しないための 政治〉
信頼すべき政治を
どのように 私たち自身が
創るべきなのか
という課題へと昇華する

「老いの 現実は
   こういうものだ
   だから どうした?」
という 潔いまでの
「老いへの向き合い方」が
できるか?

老人は 性から解脱した
人間としてとらえられてきた
「老人は 純潔であるべき」
そういう 道徳に対し
自分は 異議申し立てを行う

老人の性に
情欲から解放された
清らかな 存在という
老人像のレッテル 
容赦なく 打ち砕きたい

老人に対する
決めつけを 否定する

老いても 人間は
性から 解放されない
きちんと 向き合う道
「老人の性」のあり方

「性的な 自由ほど
   大事はものは ない」

歳をとり
髪の毛を染める人がいる
私の流儀では 無いな

自然な 老いに逆らい
嘘をつくのは 嫌だ

今だって
若い女子を 口説けるぞ

人間偽りは ダメだ
恋愛には 禁じ手
歳を取れば 人間賢くなる
歳をとるだけ 賢くなる

若い女性が
考えている事ぐらいは
手にとる様に解る
そんな ズル賢さぐらいは 
持っている

口説くのは いいが
それに どんな意味を
見出すのか

まだ経験も 何も無い
その程度の 若い女性と
長く暮らせるのか

若い人同士で
お互いが 成長経験を
積んで行くのは 良いが

自分は
今から 若い女の子を
育てるのでは 疲れる

フィリピンに来る
オジさんが 髪染めて
若い女の子を求めて
結婚する

日本の女性では 
口説けないので
海外の低開発国に来る



言葉も習慣も違う
大きな障害と歳の差 
疲れるだろうな
自分には 怖くて出来ない

健康で いられるのは 
70歳半ば まで 年取って
身体にガタがきてから
それでは 遅すぎる

残りの 10年は
「好きなことしか
   やらない人生」に
しないと
いまわの際で 後悔する


◇◆◇ ─────────
子育ては 終えた 
金は なくても
食うには 困らない
毎日が 日曜日で
時間は ある
まだ知力 体力は 
少し残っている・・

憂国ヂヂイが 2万人で
日比谷で集会・デモをし
国会議事堂を 取り巻けば 
政府も 多少は目覚めるか? 

築地あたりに 乗り込んで
暴れるヂヂイも いそうだから
「火つけはダメ!」と
教えておく必要がある

ヂヂイは興奮して
脳卒中で倒れたりするから 
医療チームや
パクられたヂヂイを
支援するチームも必要だ
このあたり のノウハウは
イベント屋をしていた
ヂヂイが精通しているだろう

人民戦線のような「愛国戦線」
小異を捨てて
大同につくという 連合体と
その司令塔が まずは必要だ
象徴的なリーダー
誰もが納得できる 
看板が あれば いいが・・
そのうち 見つかるだろう
時代が 人材をあぶり出す

日本での 大デモは
1970年の安保騒動
130万人の 反対デモ
それが フィナーレだった
“怒り心頭”の本物の
大デモンスト レーションは
半世紀ぶりになるか

国家は 
物理的な敗北からは
やがて復興する
しかし精神的亡国の
状況からの復興ほど
困難を極めることはない

「後に続くを信ず」・・
如何にせん
紅顔の青年は
厚顔のヂヂイになった
老いたりとは言え
最初で最後の滅私奉公
ここで奮起せねば
ご先祖様に合わせる顔がない

ヂヂイ 団結せよ!  
歴史の大転換に立ち会い
参画し 行動し
時代の空気と波を
体感したいなあ

このままでは 未練が残る
死に切れん・・・ハハン
老人 の長生き願望は
そういうことか
複雑な気分では あるね


◇◆◇ ─────────