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           ダバオ通信  ヤン爺のラストライフ・ダバオ 
              Last Life Shift In Davao Philippine 


            フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
                  「団塊 百年の孤独 老いの抗い」  
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老いた「困窮邦人」
久々に この言葉を 目にした

『元気に していますか
   どんな日々を
   過ごしていますか』

それぞれが
それぞれの理由で
フィリピンに来た男たちが
年老いた ある男たちは
ギリギリの暮らしで
ここに 住んでいる

あんたも 困窮しているのか
問われれば
そうかも しれない 

だが
日本で生きていくことを
拒んだ 男らが
なぜ フィリピンでなら
困窮しても
生きていけるのか? 

それは ハッピーだから
幸せとは 何か という
重い問いでは なかった か

フィリピンの
猥雑で臭くて 
喧騒に満ちた空間に
妖しげに 身をおく

隣近所の迷惑など考えず
フルボリュームで音楽を流し
カラオケを歌い
怒鳴り声や泣き声
笑い声の絶えない路地
そんな 違和感は 
しばらくすると 消え去り
当たり前のように なる

フィリピンでの日常に
身を委ね 気持ち良く
埋もれて いくのだ

この違和感 
心の豊かさ こそが
男たちが 
フィリピンで 生きるを
選択した理由だった のでは 
ないだろう か・・

全てが 便利で
整理された 日本ではなく
混沌とした フィリピンにこそ
彼らは 自分が 身を置く
隙間を見つけることが できた

金はなくとも
「心が 元気こそ 正義」
守るものが ない
という 自由が ある

かわいげのある
年寄りになるため
松尾さんは 今日も
フィリピンに 住む

住むという言葉は 重い
生きるというよりも 重い

世に あるのは
住むことに ほかならない
食べるのも 住むうちの こと

この 素朴な空間も 時間も所詮
いつ失せるとも 知れぬ
はかないもので あるに しても
眺める 男たちに くらべれば
はるかに永遠らしい相を 見せる

「その日暮らし」で 触れる
終りが 始めにかさなり
はてしもない 反復の気味を
ふくみは しないか

しかし 老年に至って
いつだか 
無限の境まで 抜けた心を
置き残された 身体が
ひそかに 慕って
声も立てずに泣く
そんなことも
あるのかも しれない

良いとか 悪いとか

ハッキリさせる
それ ばかりが 
いいわけでは ない
その事が わからないと
いつまで 経っても
フィリピン社会の仕組みを 
理解できない

物事は
完璧には ならない
互いの 曖昧さ
いい加減さを 受け入れて
どう楽しむか
そっちのほうが
人生も 楽しくなる はず

老人に なるというのは
曖昧とか 適当とか
いい加減とかいう状況を
どう 楽しめば いいかが 
少し 分かってくる

人間の曖昧は 面白さ
粋を感じる部分でも ある
完璧な人なんて いない
そんなの 無理ですから

あんたの 後始末で
年取ってくなんて まっぴら
そんな事言う 

フィリピン女性
自分の身の回りには いない
ハートが 強い人は
美しいと思う
その人の言葉は 信じられる
精神的な ものですね

 



だから 老いを 丁寧に
生きようと 思っている

シュガー・ダディー
若い女性のために
お金を使う 金持ちの
男には もう なれない

目の前で
お茶を飲んでいた オヤジが
携帯を持ちながら 立ち上がり
『タレントの●●●紀を
   ヤれば いいんですね?』

などと
危ない話を し始めた時・・
(なんの相談だよ!!)
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みんなで
菅総理を担いで おいて
最後は 菅じゃもう
衆院選 勝てないって
そんなの ないだろ?

なんだい 都合が 悪けりゃ
じゃんじゃん変えんじゃんって
それじゃ 誰が やったって 同じ
そうじゃ ないのか

首相の座が 視野に入ったか
自民党で“総裁候補”たちの
水面下の争いが かまびすしい

竹やぶから ゾンビみたいに
ゾロゾロ現れた 後釜候補
見るからに 無残な ものだ

誰一人 一国の主には
とても見えない 顔つき
この閉塞しきって
とげとげしく
ギスギスした社会を
どう変えようというんだ

時代の闇を
どう切り開くというのか

カネもない 職もない
夢も希望もない
閉じられた 狭い世界で
スマホをいじる
その日暮らしが 精いっぱいの
20代半ばから 40歳の男女が 今
どれほど 多いことか

彼ら世代に 与えなかった
「心の豊かさ」や 大切なもの
どこまで 取り戻せるんだ

 

後釜候補どもは
そんな 若者の未来より
目前の権力とカネと
ちゃちな名誉にしか
興味がない
よくも政治家などと
名乗れたもんだ

それみろ 失われた世代の
殺人事件が 続発だ
さまようしかない若者が
出口の見えないうつろな人生を
自ら シャットダウンしている
哀れで 憂鬱な世界を
誰が 吹き飛ばせると 言うのか

今日の日本は
戦後の惰性によって
夢遊病者のように
現状維持を 続けてゆく
そのことは 許されない

英国在住の著作家
ブレイディみかこさんは
「他者の靴を履く」で
「エンパシー」という
英語について 論じている

「他者の感情や
   経験などを理解する能力」

能力だから
訓練して 養うことができる
中でも 政治家には
しっかり身に付けてほしい

政策課題を巡り
国民の「感情や経験」を
よく理解できることは
政治家に 求められる
大切な資質の一つ

だが 今回の総裁選は
釈然としない
最大の争点である
コロナ対策を巡り
あなたに 知恵が あるなら
なぜ これまでも 隠さずに
党内で議論し 協力し
実際の対策に
生かせなかったのか

後だし ジャンケンだろ

他者の靴を履く
国会議員全員が
国民の靴を履いた気持ちに
なれるのか どうかな

田中角栄さんは
仕事もできたが
国民に人気があった
「この人になら
   政治を 任せてみたい」
そう思わせる 魅力があった

そして 角栄さんは
「日本列島改造」などの
わかりやすいビジョンを
国民に 打ち出し
国のかじ取りを 行った

サナエノミクス ですか? 
ネーミングから しても
有権者を バカにしている

国を率いる政治家は
哲学や理念を持つべき
「日本を こういう国に
   導いていきたい」と
国民に 明快に示し
国民の賛同を得る努力を
すべきだろう
そういう人には
おのずと魅力も 備わってくる

確固たる哲学や理念を持ち
公僕たることを 自任する
信頼できる政治家は
もはや この国には
出てこないのか

政治家と官僚とマスコミの
著しい劣化を 見ると
暗澹たる 気持ちになる

不安な現代を 救って欲しい

年老いて
くよくよするようにもなった
大したストレスでは
ないかも しれないけど
影響は 大きい
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長引くコロナ禍で収入が減り
苦境に立っている人は 多い
貸し付けは 緊急小口資金と
総合支援資金がある

貸付制度は いわば
当座しのぎの借金
借りざるを得ない人が
長い列を作る
◇◆◇ ──────── 
学校塀際に 列は なかった
本日 フィリピン人に混じって
2回目のワクチン接種を受けた
会場は 自宅から20分の距離
マビニ小学校 MATINA ダバオ
小学生は 遠隔授業で いない

この学校の周辺には 
貧しい地区も 多くある
端末もWIFIも 金がかかる
オンライン授業を 
受けられない子も
沢山居る事だろう

10時 長蛇の列も無く
校庭のバスケコートに
若者が 200人くらい
整然と椅子に座り
既に 待機していた



 

シニア優先で 
待機所を すり抜け
登録用紙に記入後 血圧測定
接種情報を PCに登録され
問診を受けた 

接種を 左腕に
ワクチンは ファイザー
15分 経過観察をして終了
接種証明カードを受け取り 
40分位で 済んだ 無料だった

ダバオ市のワクチン接種
1回目の接種を終えた割合が 

50%を突破した

出口に向かうと
弁当と飲料水が 用意されていて
頂いた フィリピンらしい接待

校庭に張られた テントに入り
花壇を 眺めながら 微風に吹かれ
チキン弁当を 食べる
ハイキング気分に 心が華やぐ

とやかく言わず 予約も必要なく
外人にも打ってくれた 有り難い

将来のフィリピンが
もっと よくなってほしい
その気持ちが 涌いてくる

収束のめどは
全く立っていない コロナ
ゴールの見えないマラソンを
走らされているような状態で
「疲れるな」と いう方に
無理がある

自力ではどうしようもない状況

あっちいけ シッシ
コロナは かかると
独り身には 面倒で やばい
ワクチンは 万一 感染した時に
重症化や 死亡を 低減させる



 

やはり ブースター接種は
これから 必要になる
担当大臣は
総裁選にかまけている
場合なのか

コロナウイルスは
残念ながら
当面いなく ならない
感染による
犠牲者の人数も考えた上
今後 経済活動の再開を
どのようにするかを
きちんと議論すべき
今が 時期だと 思う 
◇◆◇ ──────── 
マスクをした
店のおじちゃんは
「包んじゃっていいですか?」
そう言った

ということは
ここで買って
買い食いする人が
多いのだろう

作り置きは なく
注文されてから
揚げてくれる

肉屋で 昔よく見た
白い厚い紙に
二つの揚げ物を包み
それを新聞紙でくるんで
輪ゴムでパチンと止めてくれた
もう その一連の行為に
懐かしい お店やさんの
光景を 思い出していた

財布から 小銭で
220円払って 受け取ると
「レジ袋いりますか?」
「そんな しゃらくせえもん」
いらねえとは 言えないが
断った

新聞紙ごしの
コロッケの温かさを
手のひらに感じて
歩きたかったのさ

公園への道すがら
コンビニで缶ビールを買って
リュックに入れる

公園に ベンチが 
空いていた そこに座る
冷たくは ない
僅かに 温もっていた

曇りだが 空は明るい
平日の公園は 
人も 疎らで 静かだった

マスクを外す
新聞紙を開く
プーンと広がる揚げ物の香り
缶をプシュ まず グビリ

そんで
コロッケをつまんで ガブリ
カリカリ しっとり
うおー やっぱり うまい!
もちろん まだ温かい
あまりにも 素朴な味



 

これ以上 何がいるだろう
「良心」という言葉が
胃袋から 染み渡ってくる

あっという間に 平らげて
今度は 四角いハムカツ
こちらは 予想と違い
ハムが ずっしりと厚い
これが また うまい

大人味
いや育ち盛りも 狂喜か
いかにも ビールに合う
アルコールを
ガッチリ受け止めるハムカツ
ウケる 一品

いやぁ
こんな店に 出会えて
こんなコロッケを
こんな場所で食べられた

このご縁に 合掌の気持ち

「食足世平」
食が足りてこそ
世の中が 平和になる

人生80年
1日3食として 人は
一生に八万数千回食事をする

食は 人なり
お湯を注いでからの3分間
わが身を見つめ
世界を思ってみる

 


◇◆◇ ─────────