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           ダバオ通信  ヤン爺のラストライフ・ダバオ 
              Last Life Shift In Davao Philippine 

         
            フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
                  「団塊 百年の孤独 老いの抗い」  
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カツ丼という 食べ物は

「今日の昼は
   カツ丼でも 食べるか」
というような 軽い気持ちで
食べては いけない

「よし 今日の昼は カツ丼」と
気合を入れてから 
食べなくては いけない
そういう 元気になる 丼料理

暑い日

揚げ物は 少々重い感じがあり

ともすれば 敬遠されてしまう

そこで「冷やし中華」のような

とんかつを使った「冷やしかつ丼」が ある

 


 

揚げたてのとんかつを

かつお節などから取った

しょうゆ味の冷たいだし汁がかかったご飯と一緒に食べる

オクラ キュウリ ミョウガなど 夏野菜のほかに

梅やとろろも 彩りとなり 見た目にも涼しげ

 



とりとめのない話
これすなわち 雑談
色んな考え方
捉え方に 触れられる点で
雑談は 面白く 楽しい
今は 仲間が集まって  

飲み食いしながら 雑談もできない

 



雑談では
『相手も同じことを思ってたんだ』
という喜びを 感じることが ある
どうでもよさげで
どうでもよくない長話-雑談

大将は
肉のおいしさは
焼き方だと 言い切る
その大将の焼き方を見てみると
実に優しい ほぼ肉を 触らない
眺めに来たのかと 思うくらい 
じっと 見ている

「どのタイミングで
   肉をひっくり返すのですか?」
そう聞くと

「肉がひっくり返してと 求めたら」と
言った

肉が そんなこと しますか
宇宙人と 出会ってしまったような
表情を してたら

「人間も 背中が熱ければ
   寝返りを うつでしょ? 
   そのタイミングですよ」と
かなりハードに 例えてきた

そうすれば 安い肉でも
家庭でおいしく食べられる
それは 肉を冷蔵庫から取り出して
常温に 戻す そして お好みで 焼く

大事なのは ここから
焼き上がったら
しばらく肉を 休ませる
すぐに食べるより
しばらく休ませることで
肉汁が 全体に行き届いて
うまさが増す

どれくらい 休ませたら いいのか
 
休ませる時間は
焼いた時間と同じが ベストで
最低でも 焼いた時間の
半分が よろしいようで

そんな事 どうでも良いから
腹減ってるんだ 早く食わせろ

 



人間の真面目さ 悩み 悲しみ
怒りの先 というか
生きるということ 自体に
笑いの種が たくさんある
それを 教えてくれる雑談
 
相手と雑談しながらの酒は
心の中の笑い袋のヒモを
緩めてくれる
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「お言葉ですが…」

みんな こうすると いいよ
とまでは 言って いなくて
人それぞれ 向き 不向きが ある
向いてないことは なるべく
やらないほうが 
いいんじゃ ないかな 

それぞれに 合った
暮らしの ペースが あるから
速いのが 得意な人に
南国で ゆっくりしなよ とは 
言えないし 人 それぞれ

便利すぎる
世の中に なってきた
便利は 自分のものでは ない
それなのに 自分の能力だと
勘違いして しまっている

 

便利さを 省いた場所 ダバオ

日本の中に いると 
便利なものや 
安い物に 取り囲まれ 
動かされて いや しないか

便利なものが 何もない場所

一見 無駄に見える場所に
自分を 置いて みた

どんな毎日にも
生きている限り 無駄な日は ない
焦りも 後悔も 人間の貴重な栄養
そう思って いたい

不便に 過ぎ去った 一日 一日
積み重なって いつしか
「遠きむかし」に なっていた

 


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「フィリピン」に 集った
いわくありげな 住人たち

知人から 転居の知らせは
ジャマイカから 届いた

うわぁ ジャマイカ だって
いい 響きだな

知らない国を 知る
楽しんでる だろうな

 

異国だもの 楽しいだけじゃない
現実が のしかかってくる
でも 楽しいんです
そんな言葉が 
エアメールに 書き添えられていた

彼は 移民と なった

通常の 居住地以外の国に移動
1年間 当該国に居住する人は 移民

社会から 切り離された
不法移民という者も いる

国際法では 自分も 移民

大量の 移民たちで
混乱してる フランス

街の市場や
一部の地域に 行ってみれば
フランス語が 聞こえて こない

彼ら アラブ人は
フランス人を 侵入者のように 見る
不安感に怯える フランス人

そういう状態が
どん どん ひどく なっている

フランスは フランス人の
ものであるべき 国家

国が ある民族  
移民によっ て
奪われてしまうのか

フランス人の 
移民への 恐怖の感情が
何らかの契機を 得て
集団的 暴力 排外
自国主義へと 繋がっていく

日本は 海に囲まれた島国
単一民族が 暮らしている

だが 昨今 他民族が 増えた

フランスと同じ状況が
新大久保に 現れていた
通りを歩いて いて
日本語が 聞こえて こない

学生街として知られる
東京・高田馬場には 

近年 大勢のミャンマー人が 暮らし
「リトルヤンゴン」の異名をとる

地方都市では
人口の1/4は 外国人が しめるなど
珍しく なくなった

日本では
失業や 貧困 少子高齢化といった
社会構造が持つ問題を 隠蔽する形で
そのほころびを 覆い隠す存在として
移民の受け入れが 進められている

日本は 移民社会に
移行する途上にある
「多文化共生」を うたう日本
それも 表面的なものに 過ぎない

人権が 守られているようで
移民は 保護されて いない

京都の町屋の人は
どうして 皆 何代にも渡り
商いを 続けられたのでしょう?

徹底した 個人主義に基づく
合理主義であり そこが
近代以降のフランス人と 似ている

そして 象徴として
パリを中心とした フランス料理と
京都を中心とした 京料理が
完成したのであろう
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食堂に入ったら
「とりあえず ビールちょうだい」
となる フィリピンだって 同じ

一口飲んで「ぶはぁ~」と うなる

店の奥の冷蔵庫には
ビール瓶が 見えているの だが
出してもらえない お上の禁酒令
お預けを食らって「もう 地獄」



 

自由を奪われて
1年半以上も経つ
どこにでも 出歩いて
何処にでも 旅行していた
そんな 日々が 懐かしい

自由というのが いかに大事か
今 誰もが 思い知った
生きているリアリティーも なく
社会が 崩壊している

何でも「いいね」で
すぐに だまされてしまう 現代
何もかも 狂っているよね

自由を生きる 
人間どもに 異議なし!

感染症の指定を 大転換
2類から5類に改めたら どうか

それに よって
感染者は 保健所を経由せずに
近くのクリニックや
病院で診てもらえるようになる
必要なら「イベルメクチン」も
処方してもらえる だろう

U TUBEで
ドラマ「孤独のグルメ」を 見た
松重豊さん演じる 輸入雑貨商が
商用で訪れた町々で
美味を 堪能する

今でいう「孤食」「黙食」だが
コロナ前から この人は そうだった 
実に 食べっぷりが いい

ただし この人 酒を吞まない

ドラマは 台湾でも 人気らしい
題名は「美食不孤単」

日本語で
「おいしいものが あれば
   一人でも 孤独で ない」
その自由な気分は よく分かる

人間は 昔から
誰かと一緒に同じものを食べる
「共食」を してきた

「同じ釜の飯を食った」
そんな言い方もする

子どものころは 
家族はもちろん 
学校で給食も みんな一緒に食べた
大人に なれば
職場の宴会や 気の合う仲間との会食
さらに恋人や 配偶者と食卓につく

誰と どう 食事をしてきたかは
「その人の 人生そのもの」
その言に 従えば
コロナ禍で求められる
「黙食」や 会食の人数制限は
いかに人々に 我慢と窮屈さを
強いているか・・

食を 永年提供してきた
食堂が コロナで 店を閉めた 
なんとも やるせないね
「いつだって 失ってから気づく」

こんなときだから こそ
長年親しんできた 飲食店を
応援する気持ちを 持ち併せたい

コロナでは 
国に何重にも 裏切られたと
感じている人は 少なく ない

最後まで
守ってもらえるという信頼も
薄れているのでは ないか

何度 緊急事態宣言が
繰り返し発令されても
ウイルスの感染拡大を
食い止められなかった

どうやら コロナは 
消滅は しない ようだ
なら 共に暮らすしか ない

国に対し
「諦める」覚悟をするよう説く
「諦める」とは
「明らかに究める」ということで
期待や不安に 目を曇らせず
事実を正面から 受け止める

コロナ対応で
国に過度の期待を持つのは
禁物という事実を 受け止めよう
これ以上の感染拡大は 許されないが
国にも 国民にも諦めてもらう

対策など とっても 取らなくても 

何も変わらなかった
感染は なくならない
衛生管理は 個人に任せ
油断せず 普通の生活に戻したら いい

 



千葉真一さん82歳 
当然 ワクチン接種は
済ませていると 思ったが…
「オレは 大丈夫だから打たない」と
打っていなかった

政府は 国民の7〜8割 まで
ワクチン バンバン 打つことだ
抗体が低下したら 何回も打つ
感染しても 重症化は 防げる
それしか ウイルスと共に暮らす
有効策は ないだろう

宗教的拘束 日本には ない 
代わりに 世間体の戒律が
ここまで浸透している 社会にとって
コロナ流行への 危機感には
どんな対策が 本当は 向いている?
その事 しっかりと 振り返ったほうが
いいのでは ないか

過去の失敗も欠点も反省点も
踏まえたうえで
文化人類学的な視点も借りながら
客観的に 見直す目を
もっと養うべき時が きたなと
自分は 感じている

フィリピンでも 同様に
ワクチン接種しか 対策は ない
ロックダウンしても 禁酒令出しても
なにも 変化していないの だから

 



ウイルスの戦いに
かわす そらすなどして
日常性 新しい生活を
確保すること など
国は 考えもしないの だろう・・



 

「コロナの バカヤロー」
叫ばずに いられるか
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