□□■─────────────────────■□□
           ダバオ通信  ヤン爺のラストライフ・ダバオ 
              Last Life Shift In Davao Philippine 


            フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
                  「団塊 百年の孤独 老いの抗い」  
□□■─────────────────────■□□
来年の 今ごろ
まだ 同じことを ワクチンでウロウロ
繰り返している 可能性だって ある

1年半以上続いている コロナは
どういう終焉を 迎えるのか

(1) スペイン風邪のように 

     集団免疫が 成立する
(2) 集団免疫は 成立せず
     社会全体で 永遠に

     ワクチンを 打ち続ける
(3) ワクチンに 大きな効果が 無くなり
     収束しないまま 死者が多く出続ける
     その状況を 甘受する

〈リモコンが 明るいニュース探してる〉
この気分 よく分かる 

「座り込んでいた母を」が 心に残った
認知症で 入院先から 出て行った母が
無事に保護された

路上で 座り込む母に 声をかけ
交番まで 一緒に行ったのは 女子高校生
神戸からのニュース版

しばらく前の 社会学者の寄稿
冬 調べもので行った
沖縄の図書館は 寒かった
この建物は 暖房が ないという
そうか ここは 南国…
と 思って席を空け 戻ってみたら 
小さな電気ストーブが 足元に

職員が 少し笑って
「私が使っているもので よければ」

重い話題が 目立つ日々
ホッとする話は 心のビタミン剤

また また 緊急事態宣言ですか

意味が よく分からんから
放っておけば いい
普通に考えたら おかしい?

コロナに対する 認識って
人それぞれ 結構まちまち

 

ワクチン余っていたら
通りすがりの人にも 声をかけ
バンバン打てば 良い
整理券などと 言ってないで

人口の7割 ワクチン接種で沈静化 
それが 行き着く所かな
それも 成って見ないと 分からん

このわずらわしき生活から
いつ解放されるのかと
途方に暮れつつ 過ごすうち
いつのまにか マスクをつけるのは
車に乗るとき シートベルトを装着する
同じぐらいの「つけなきゃね」レベルに 
なってきた

シートベルトも
義務化された当初は
面倒だと 思っていたが
気づいてみたら 習慣化されていた
人間の順応力というのは 侮れない

当たり前の日常は
当たり前ではない 
わかっていながら人は
つい 当たり前の毎日に
何もない毎日を 重ねてしまう

それが また 焦りにつながる
人生という 一日 一日
時間に対する考え方が 

自分を 大きく変えた
◇◆◇ ─────────────────────
気が つけば 世の中は
『わけの わからんこと』だらけ

少しの肴で 酒をのんでいる

老人は 店主フェルナンデスと 
口の悪い やり取りを交わし
大声で 笑い出す

普段は ふてくされている老人が
子どものように 楽しそうに笑う
その顔を 見ていると
こちらまで無性に 嬉しくなる

世の中では
無垢な 子どもたちの笑顔が
平和と幸せの象徴のように
形容される が

何十年もの 人生において
酸いも 甘いも
さまざまな経験を経てきた 老人の
人生を 謳歌しているかの ような
天真爛漫な笑顔は
少なくとも 自分にとっては
同じ老人として 安堵を 与えてくれる
圧倒的な効果が あった

どんな つらさや 苦しみを 経ても
人というのは 人生の終盤において
こんなふうに 笑える ものなの か

結局最後は
自分が どう生きたか
どう 道を 歩いてきたか
周りから 笑われても
自分にとって 最善の道を
みんなが 選んで 生きてきた

嫌々働いた 30年間
自分には つまらない時間だった
出社し 退社し 家に帰り
同じことを 繰り返す

50歳を 過ぎたら 見えていた
肩の力を抜いた 守りの姿勢で
意図的に 消極的な選択を した
「積極的消極主義」 
それが 自分を 助けてきた

いま 巷にあふれる
50歳以降や

定年後の人たちに 対する
メッセージには
「まだまだやれる がんばろう!」
という話が 多すぎる
体が動く限り がんばって
働き続けないと いけない

言われなくても みんなわかっている
でも もうこの先は がんばりすぎても
積極的に「新しい挑戦」に
打って 出たりしても
ろくなことは ありません

 

出来る人は 挑戦したら いい

同世代「ジュリー」こと
沢田研二(73才)の存在
この人が 生きているだけで
気持ちが ウキウキ
華やかに なれますから

 


◇◆◇ ─────────────────────
自分は ついに
自由の味を 知った
それを 今 味わっている

東南アジアは
気候が すばらしいだけで なく
物価も程々で 暮らしていける

フィリピンのダバオでは
新築の貸家で 2万円で 
平屋を借り 住んでいる



 

熟練の暮らし人に なれば
少ない金で ヤリクリできる

物質的な 豊かさよりも
精神的な豊かさを 求める
そういう価値観を 持つ人が
多くなってきている ようだ

「移住」の根幹は 自由な時間
それは 支出の最適化
モノを買う 得られる 幸福感は 
一瞬のもので 持続的では ない
それで 人は 幸せになれ ない

どうしたら 幸せになれるか
自由に 好きなように
自分の時間を 使うことが できる
その実感を 得られること だろう

自分の好きな人たちと
時間を 過ごすとか
自分の好きなことをやる時間が
十分に あるなど
そういう生き方に 自由の根幹が ある

それを 実現するための 手段
自分には「移住」だった

―― たくさんの お金で
ぜいたくに暮らすことでは なく
無論 そんな金は 持ち合わせていない
支出を 最適化することで
自由な時間を 手に入れられた

簡素な生活 その考え方に 近い
たくさんモノを買って
自分が欲しいと思ったものに
囲まれていても 結局は虚しい
幸福感を 感じられない

そういう生活を 目指すのでは なく
むしろ もっと簡素に暮 らそう

「仕事だけの 人生に
   満足していて いいんだろう か」

 

「もっと 自分のやりたいことに
   時間を 使えないだろう か」

 

「もっと 自分の好きな人と
   過ごせる時間を 作れないだろう か」

自分の人生の時間を 見直す
そんな人は 多いと思う

なぜなら
その場所は 自分が
いるべき場所では ないから
自分の居場所は
自分にとって 心地よい場所であるべき
そして そんな心地よい場所で こそ
「本来の自分」に なれる

「格好いい年の取り方」
「格好ええオッサン」への これから
◇◆◇ ──────────────────────
生まれ育った国を 離れて
自分は フィリピンにいた

ジジイに なって 知らない国で
新鮮な気持ちで 暮らして 気づいた 
自分物語の中では
冒険に出るのも 喧嘩するのも
旅するのも 若者だけの特権では ない

「わずかだけど 残りは まだある」
   心にうつりゆく よしなし事」を
書き 綴っている

老いて 
様々な困難に ぶつかりながら
感謝して 楽しみながら
ゆっくり 進んで いくしか ない

「何のために 働いているのか」
「何のために 生きているのか」など
悩む人が 増えた 自分も 悩んできた

アジア諸国が どんどん 台頭して
かつては どこか
「上から目線」で 見ていた 国々を
いつの間にか 日本は 見上げてる
でも それを 決して 認めたく ない
空気感に 日本は 満ちている
 
さきの戦争で
コテンパンに 叩きのめされた
見事に 立ち上がり 豊かになった 日本
その後の「空白の数十年」を 経た 今
団塊が軸の 高齢社会に直面

戦後生まれ団塊は 記憶にある
小学生の頃 どの家も 貧しくて
目の前の仕事に
懸命に打ち込んでいる 両親
生きること 食べることに 精一杯
「何のために 働いているのか」
「何のために 生きているのか」など 
悩む暇すら なかっただろう

明治初年の 庶民の生活ぶりを
当時の 米国の女性旅行家
イライザ・シッドモアが
ある漁村の光景として
活き活きと 描いている
__________
日の輝く春の朝
大人は 男も女も 子供らまで加わって
海藻を採集し 砂浜に広げて干す

漁師のむすめたちが
脛(すね)を丸出しにして
浜辺を歩き回る
藍色の木綿の布きれを
あねさんかぶりにし
背中に籠を しょっている

子供らは
泡立つ白波に立ち向ったりして戯れ
幼児は砂の上で 楽しそうにころげ回る

婦人たちは 海藻の山を 選別したり
ぬれねずみになった ご亭主に 時々
ご馳走を 差し入れる
あたたかいお茶と ご飯
おかずは 細かにむしった魚

こうした光景すべてが 陽気で美しい
だれも かれも 心浮き浮きと

うれしそうだ
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
幕末に来日した
米国の初代駐日公使
タウンゼント・ハリスも
同様に庶民の
幸福な暮らしぶりを見てでしょう
「私は時として 日本を開国して
   外国の影響を受けさせることが
   果して この人々の普遍的な幸福を
   増進する所以で あるか どうか
   疑わしくなる」と 日記に記した

この光景には 登場しませんが
お年寄りも 家で子守をしたり
裏の畑を耕しているのでしょう

幼児から お年寄りまで
家族と地域に包まれ
その中で 支え合って 生活していく
そのような 共同体の中での 和が
幕末までの 日本社会には
豊かに あった

「何のために 働いているのか」
「何のために 生きているのか」など
悩みが 生じるのは 物質に囲まれ
命の危険が なくなり
余裕が 出てきたから だろう

生きる意味と いうのは
深く考えるものでは ないかも しれない
生まれてきた そのこと 自体が
奇跡的で 尊いこと だから

ただ ただ 感謝して 生ききる
「ちょうどよい ぶんだけ」
「ほど ほど」を 重んじ 生きる
中心的質問に対する 回答

『できる限りの 最良の生活』
抑制された 願望
なにより「ええ 加減が いい」
期待値を 下げる
それが 自分を もっと幸せに
してくれる かも しれない
 
難しい言葉じゃ なくて
お互いに 生きていて
「ありがとう」の ひと言の
感謝で 十分だと思う

だから『明日に向かって笑え!』

フィリピンには

私が生まれた 昭和当時の

日本とまるで同じ風景が まだ あった

自分も 高齢者

老いを 感じるけれど

自然現象だから それで いい

 

いまの時代

いつまでも 若々しくいることに

重きを置く人も 多いけれど

それは 自分を 苦しめるだけ

老いを受け入れながら

人生を 楽しむ方が いい

貯金はゼロ

文字通り 老後の資金は ありません

もうすぐ 20年ほど

ひとりで 暮らしていますが

そりゃぁ いろいろ 大変な事が 多い

でも ぶつかっていくと なんとか なった



 

飯炊きも 上手になった

米は ボウルに溜めた水の中で

やさしく泳がせるように洗い

1時間以上 浸水する

ざるにあげ 水を切る
土鍋に米2合と水360mlを 入れる

最初は蓋を開けたまま 強火で加熱

4分半~5分くらいで沸騰しはじめる

その煮えはじめを 逃さない

鍋縁だけで なく ふつふつと

中心まで沸騰してきたら

鍋の中で対流が おきやすいように

木ベラやお玉などで 鍋底からお米をすくい

かき混ぜる

蓋をして 5分弱火にかける

炊き上がったご飯は

しゃもじで 混ぜず ご飯をすくいとって

お茶碗に スライドさせ よそう

 


◇◆◇ ──────────────────────
ブログの話題は 縦横無尽 融通無碍
正確さは さて措きと 宣言する
「好き嫌い」を 頼りに キーを 叩く
「文句 受付けません」と 言いつつ

自分は 何者にも なれなかった
地味と言えば 地味

日本とアジアの国の 老後生活

経済発展が著しい アジア各国は
文化的にも 距離的にも 日本に近い
日本に 似て来はじめた?

ただ 老後の生活に ついては
大きな隔たりが ある



 

団塊世代も 70代に突入
高齢社会で 70歳近くまで
会社員生活を続け
90代の親の介護を したりする
そんな人も 増えて いく

アジアの人だけで なく
欧米の訪日観光客も 驚くのは
日本で 高齢者が 
沢山 働いている ことだ

働いている 高齢者も 
子に迷惑を 掛けたくない と
自分の生活を 維持するため
働いて 稼ぐほかは ない

夏の炎天下 冬の寒さに耐え
交通誘導員として 働けば
1日9000円は もらえる
決して多い額では ないが
飢えることも ない
偉いところは
それで 老後を 楽しんでいる?

アジア各国では 様子が 違う
65歳以上で 働いている人など まれ
隠居して 家で孫の面倒を見たり
旅行に出かけたり と 気ままで自由
「日本と比べると ずっと幸せ?」

安心して 隠居暮らし
平和と いえるだろう
自分は いまは 半分平和

日本の老後生活には さまざまな
「巨大な圧力」が 存在する

高齢フィリピン人で
働いている人 まず 見かけ ない

若者までも 
働かないフィリピン人は 多い

フィリピン 今でも 大家族主義
子供らが 働いていれば 親は働かない
また 親族が 海外で 働いていれば
送金に頼るケースが 普通

フィリピンにも
脆弱ながら 年金制度が ある
お小遣い程度の額が 支給される
老後の資金などの 蓄えは ない
2,000万円 とんでも ない
10万円の貯金も ない

日本では 嫌々でも
「死ぬまで 働かざるを 得ない」
と 言うほうが 現実を 表している

フィリピンは 日本社会のような 
高齢者への 圧迫感は なく 貧しくも
明るく家族に見守られ 暮らしている

現役の頃 定年になる先輩に
第二の人生について 聞くと
9割がた「非常に楽しみ」と
おっしゃった

自分が40代 50代と年齢を重ねて
あるとき ふっと 思った
あのとき 楽しみだと言って いたのは
辞めていく 男たちの見栄
だったんじゃ ないか と

自分が ダバオで 隠居していても
世間の眼は 気にならない
自身の今を 言い表せば 金は 無いが
「人間らしい老いを 暮らしている」

そして 初老から 本物の老人への
過渡期にあり 心身ともに
その移行と適応に てこずっている
だけども 下を向かず
生き生きと カッコイイ 老いで
ありたい

自分に正直に いまを 生きる
そのことでは ないでしょうか
人間ですから 欲に惑わされることも
昔は できたことが うまくできなくて
もどかしいこともある
でも そんな自分を 受け入れて
いまを見つめて生きる
わたくしは 少なくとも

そう生きている

人間の 一生って やっぱり運だなあ
そう思うことって たくさんある
努力だけじゃない
ラッキーな人もいるし
運の悪い人も
健康ひとつ とっても
その人間の持って生まれた 体質がある
放ったらかしても
100歳以上生きる人も いるしね

人生や世の中も そういうもの
平等でもないし
楽しくも 明るくもないし
希望に満ちているものでも
幸福なものでも なんでもない

若い時に 流さなかった汗は

年老いて 涙と変わる

 

ドキッと するじゃ ないか

そして 人が 生きていくことは
悲しみや つらいことや
不条理とか 納得のいかないことに
充ち満ちている

 

一日二杯の 酒を飲み
さかなは特に こだわらず
マイクが来たなら 微笑んで
十八番を一つ 歌うだけ

妻には涙を 見せないで
子供に愚痴を きかせずに
男の嘆きは ほろ酔いで
酒場の隅に置いて行く

目立たぬように はしゃがぬように
似合わぬことは 無理をせず
人の心を見つめつづける
時代おくれの男になりたい

不器用だけれど しらけずに
純粋だけど 野暮じゃなく
上手なお酒を 飲みながら
一年一度 酔っぱらう

昔の友には やさしくて
変わらぬ友と 信じ込み
あれこれ仕事も あるくせに
自分のことは 後にする

ねたまぬように あせらぬように
飾った世界に流されず
好きな誰かを思いつづける
時代おくれの男になりたい

目立たぬように はしゃがぬように
似合わぬことは 無理をせず
人の心を 見つめつづける
時代おくれの男になりたい

いいヤツは 死んじまった

 


◇◆◇ ──────────────────────