□□■─────────────────────■□□
ダバオ通信 ヤン爺のラストライフ・ダバオ
Last Life Shift In Davao Philippine

フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
「団塊 百年の孤独 老いの抗い」
□□■─────────────────────■□□
潮風も季節も時も越えて/
紫の夕暮れの中/
都市が眠りにつく頃/
夜と海が混じり合う/
俺達だけの月へと泳いで行こう
おじいちゃんが
住宅地の路地を 歩いていき
バスケットコート(ゴミ回収場)に
ゴミ袋を 置いてきた
月曜日の朝が 始まる
中途半端な 寝不足で迎える
無気力な朝
空は 青っぽくなっていき
気温が むくむくと 上がって
昼に なったら
どれだけ 暑くなるのか
なんとなく想像のつく 朝だ
朝陽が まぶしくて だるい
空気が 青く染められている場所
「山・里・川・海・空」水の循環
自然環境の保全どうなって いる
ダバオの 病的に明るい風土に浸る
寝ても 覚めても

◇◆◇ ─────────────────────
齢70を超えた 人間の発言
「自分の死を 自然死の中で
迎えることが できる方は 幸せ」
交通事故 紛争や自然災害など
予期しない死を 迎える人も 多い
幸せな死に方を
どういうふうに 自分の中で
受け入れられることが できる
「生ききる こと」それか
自分に 与えられた 生を
一生懸命 生ききる
それしか 手は なさそう
「死ぬ」 と いうことを
日常的に考える 年齢に なった
どう命を たためるのか
そのことを 考えている
夜 寝る前は
『あした 死んでいたら
どうしよう かな』と 戯言を・・
そんな人生 なんか 幸せだな
いずれ 終わりは くるけれど
『今』が ずうっと つづくと いいね

◇◆◇ ─────────────────────
大切にしたい 経験は
履歴書になんか 書けないような
ことばかり
紙のノートを 使っていた ころ
喫茶店で
Macを 使っている人が いた
自慢したがり屋 なんだ
なんだよ なんだよ
リンゴ光らせ ちゃって
自分で
Mac 買ってみて 気づいた
薄いし 軽いし
カバーを開けば すぐ使える
本とノートを 持ち出すのと
同じくらいの 気軽さで
何処でも パソコン作業が できる
そうと 知ってからは
旅にも 持ち運ぶように なった
誰かと 同じ物事について
話して いても
見ている風景が 違うことって
珍しくない
一枚のコインに ついて
話して いても
表を 見ている人と
裏を 見ている人とでは
話が 食い違う ように
自分が ダバオから
アジア旅行に 出掛けるとき
たいていは ひとり
気になる場所が あって
初めて見るものが あって
そこに 赴く
それが 目的なので
「誰かと行く」と いうのは
選択肢に ない
現地で 友人と落ち合うのは
新鮮で 楽しい経験だった
ひとりで あることは
ごく自然な ことで
思い切って ひとりに「なる」
そんなこと じゃない
ひとり旅について 話すとき
「なんで ひとりで 海外へ?」
そう聞かれることも 少なくない
「どうして ひとりで 行こうと
決めたん ですか?」と
自分の感覚では
「わざわざ決断した」という
重たい感覚も なければ
「ひとりを 選んだ」とも
思って いない
興味を持って
話を聞いてくれている 相手に
うまく伝えられない もどかしさ
その もどかしさの正体
映画「私をくいとめて」を
観ているとき だった
主人公・みつ子が
初めてローマへ行こうと
決意するシーン
ひとり海外旅行は
「おひとり様の総本山」と 言った
ふ~む と 腑に落ちた気がした
ひとりカルチャースクール
ひとり焼肉 ひとり温泉を経て
満を持しての ひとり海外旅行
ひとり旅とは
ひとりを極めし者の 到達点……
ひとり海外旅行を 大上段に
そう捉える人も いるんだ
異国 初めての街角を 歩けば
その場所の においが した
何かの 音が 聞こえたし
初めての景色が 見えた
二股の路地なら どっちを歩こうか
食堂に出会えば 美味しいかな?
美味しければ ラッキー
いくつに なっても
初めての経験は ドキドキするもの
知らない場所を 歩く
知ると どんどん自分が 新しくなる
知らないことを 学問として じゃなく
自分の 興味の発露の先に
横たわっているものとして 知る
街角散歩は 思いついた 冒険
旅先で 小さな勇気を出したのって
忘れられない 経験
全く見知らぬ土地にいる 自分に
ふと気付いた時の不安を 知っている
そして 気づく
これが ぜんぶ 自分だなって
続きの風景が 見たくなる
コインの裏側を
初めて ちゃんと見ることが
できた気がして すこし嬉しい
世の中に 無数のコインが あって
当たり前だと 思っている ことでも
くるりと向きを 変えて みると
まったく 違うように見える
気づいていないものも あれば
見て見ぬフリを していたものも ある
Macを 買うだけで
向こう側が 見えるときも あるし
一生かけても わからないことも ある
それでも 生きている限りは
向こう側の景色を 探している
多くの日本人に とっては
自分ひとりの 中心が
自分のなかに あるよりも
集団のなかに ある
しっかりした 自分を
確立することが ないので
自分を ひとりぼっちの
人間として 意識して いない
自分が 属している
集団の一部分として みている
人々が 中心を 探り合ううに
合意の 中心として
得体が しれない ものが
集団の中に 生まれてしまう
学校のクラスメートや
地域のサークルの仲間
職場 直接的な関係で
つながった人が「世間」
「社会」は
道ですれ違った 電車で隣り合った
直接は 知らない人を 指す
日本人は 「世間」に 生きている
自分とは 関係ない
「社会」に生きる 人たちは
無視しても 平気だが
「世間」にいる 関係の深い人は
とても 意識している
ただ「世間」は
皆と同じに なることを 求める
同調圧力も 強まりがち
人間生活では あらゆるものが
流動しているから
状況に合わせて ゆかねば ならない
『空気』を 読んでも
従わなくても よい
従うに 苦しむなら
極力 一人で いることだ
自分を 自分で守る 一人旅

◇◆◇ ─────────────────────
「おかえりモネ」で
気象予報士を目指す 主人公が
雨が降る仕組みについて
学ぶ場面が あり
「飽和水蒸気量」という
単語が 出てきた 懐かしい
中学校で 習った ような
目に見えないが
空気には 水蒸気が含まれている
飽和水蒸気量は 空気が蓄えきれる
水蒸気量の最大値
空と海は 水で 繋がっている
「数十年に一度の 大雨」
毎年 起きるのだと
覚悟しなければ ならなく なった
「備えるための時間を
つくるのが 気象予報」
と 語られた
社会の「一時停止ボタン」
押し続けていた『日常生活ボタン』
日本は 地震や自然災害が 多い
危機管理に 長けている
丁寧に予測し 早い段階で
危機の芽を 摘もうと するのは
日本人の強み
みんなで 対応する力が ある
『まいったな』という 言葉に
込められている
もう 後戻りは できず
何ごとも 自分で判断しなければ
いけない と 自覚する気持ち
それでも 災害は 起きた
なんて ことだ「まいったな」
◇◆◇ ─────────────────────
種籾(たねもみ)を 浸し
牛で 田を うない 苗を植え
刈り取りの後は 石臼で籾殻を取って
蔵に入れる
「御飯」という 言葉
お百姓が 丹精を込めて育てた
1000年以上に わたって 込められた
重い意味が ある
「ライス」と いうと
食べ残して 捨てても 心が 痛まない
日本語まで 捨てられている
クラスター リバウンド
ソシアル・ ディスタンス
キャスター アスリート
サポートセンターと いう ように
カタカナ外国語の洪水に 溺れる
新聞は 高齢者だけが 読んでいる
カタカナ外国語では 理解できない
政府や テレビが
日本語離れを 推し進めている
現行憲法は 正しい国語で
書かれていない だけでも
日本国憲法の名に 価しない
原文が 外国語で あるから
セックス ライスなどの
軽薄な外来語で
書かれているのと 変わらない
◇◆◇ ─────────────────────
親が 子を育て
やがては 子が 成人になり
老親の世話をする という
大昔からの 家族的
社会的な 循環が 先進国では
「個人主義 個性 多様性」の
名のもとに 急速に希薄化した
社会的福祉と いう
「赤の他人が
老いた赤の他人の 面倒を見る」
という方向が 進んでいる
老いる者の不安は つきないが
受け入れるより 仕方ない 諦め
貧困 介護 子育て 福祉政治の混迷
笑えない 老人たちの介護の問題
孤独感を 浮き彫りにし
心の叫びが 直接響く
こうして 自助頼み
家族依存が 日常化すると
税や福祉制度への不信が 募り
さらに 新自由主義の
潮流を強める 負の循環が 始まり
「社会民主主義」の 理念は
一層 薄れていくことに なる
子供を産み 育てるという
意欲が 小さくなるのも 当然
すべての根底にある 人口の転換
長期的に見れば 人口動態は 国の運命
大きな転換は 非常に ゆっくり進行
変化は 絶えず 目の前で 起きていても
転換が 終わって から その事態に
はじめて 対処することが しばしば
日本は「行き着くところまで 行かないと」
何も 変わらない!? 何も 手を打たない
1980年代
日本は世界から「Japan as No.1」と 称賛
今の日本は 人口減少と高齢化で
「Japan as No.1」の道を 進んでいる
人間は 天地の恵みを 受け
両親のもとに 生まれてくる
この身は
自分だけの ものでは ない
天地と両親から いただいた
尊いからだで あるから
つつしんで 大切にして
天寿を まっとうできるように
こころがけなければ ならない
『養生訓』は このように始まる
なのに その短い命を
自分の不養生で さらに短くするのは
あまりに もったい ない
では 人は なんのために
長生きを するのだろう か?
この問いに 養生訓は 主張している
真に人生を 味わうには 長生きが 必要
若い頃は 智慧もなく 言動に間違いも多く
後悔する生き方を して しまいがち
人生の道理や 楽しみにも 気づきません
ようやく 50歳を超え
60代に なれば 楽しみも
よいことも 多くなる
日々 知らないことを 学び
知識も 増えていく
無駄に活力を 消費すれば
短命になり 人生が なんたるかを
知らないまま 人生を 終えてしまう
大切なのは ゆっくり衰え
いい年の とりかたを すること
それが 養生の目的
不安や 不満は
瞑想や睡眠で 安息したり
お酒や たばこなど
個々の好みで 解消すれば いい
その人から 平和な空気が 出てきて
周囲に対しても いい影響を 与える
一個の受精卵が 二個に
二個が四個に 四個が八個に
八個が 十六個に……と
細胞が 次々に分裂を 繰り返し
途中からは
「おまえは 手になれ」
「おまえは 足になれ」
「俺は 脳にいく」
「俺は 肝臓になる」
と それぞれ 手分けして
母親の体内で
どん どん分裂を 続け・・
十月十日で
細胞数 三兆個の
赤ちゃんの姿に なって
この世に 誕生する
3兆 それだけの数の細胞が
役割分担して
手や足や脳や肝臓の細胞と なって
一人の人間 赤ちゃんを 形作る
その設計図が 遺伝子
細胞1個1個の中には
手にも 足にも 脳にも
肝臓にも なれるよう
すべての情報が 書き込まれた
遺伝子が ある
これだけ精巧な 生命の設計図
いったい だれが どのようにして
書いたのか
これら遺伝子の 構造と原理は
すべての生物に 共通している
二百万種以上の生物が いる
カビも大腸菌も植物も動物も人間も
すべて 同じ原理
あらゆる生物が 同じ起源を 持つ
チンパンジーと 人間の遺伝子は
98.8%が同じ 両者は 見た目も
知能水準も 全く違う
1.2%の 遺伝子の違いが
それを 生んでいる
植物のイネと 人間の間でも
遺伝子は 40%が 同じ
人間の遺伝子の なかには
昔の魚や 爬虫類などの遺伝子も
入っており
受精してから 誕生するまでに
胎児は 母親の胎内で
過去の進化の歴史を
もう一度 大急ぎで 再現する
その生物が 生きている限り
一分一秒も 休みなく働いている
人間の赤血球は
一日に 数千億個も壊れ
新たに 作り直されている
その 一個 一個の赤血球を
形成する際に 遺伝子の情報が
使われている
このサイクルを 制御する
仕組みに 異常が起き
際限なく分裂し続けるのが がん細胞
そうして 生まれてきた人間
平等では ない
個性がある 大きい人 小さい人
できる人 できない人
美しい人 不細工な人
人望のある人 ダメな人・・・
努力すれば 一流に なれるが
努力も 能力だから
努力が できない する気 もない
ナイナイ坊主も いる
一本の トマトの苗から
1万数千個の実が ついた
遺伝子を 操作した結果では ない
20個から30個の 実しかつけない
普通の種 違いは 土を使わず
太陽光と栄養を含んだ
水だけで 育てられた
普通の トマトにも
1万数千個もの実を つける
潜在能力が ある
土の中に 植えられて
他の植物とともに 生きている と
その潜在能力は 発現しない
これは「つつしみ」だと
考えられるて いる
それぞれの トマトが
潜在能力を フルに生かして
1万数千個も 実をつけようと したら
畑は 激烈な生存競争の場に
なってしまう
それぞれの生物の 遺伝子が
潜在能力を制限して 生きている
それは 何者かが 各生物に与えた
「つつしみ」なのでしょう か
人類は どうでしょう?
石炭でも 石油でも
好きなだけ 掘り出し
必要なだけ 燃やして
エネルギーを 得ている
他の生物を 隅に 追いやり
人間どうしも 欲に駆られて
戦争が 絶えません
何者かが 与えた「つつしみ」の心を
人類は 忘れ去って おり
それが ために
自分自身をも 不幸にしている
「つつしみ」と ともに
何者かが 生物に 利他心も 与えた
利他的な働きをする 遺伝子も ある
毒をもった ある種の蛾の場合は
産卵を終えると じっとして
わざと 外敵に食べられる機会を増やす
わざと 食べられて「まずい」ことを
覚えさせる ことで
若い蛾が 襲われる機会を
減らす努力を している
こうした利他的な 行動によって
自分は 犠牲になっても
種としての 生き残りの可能性は 高まる
各自が 利己心ばかり 発揮していたら
お互いの 足の引っ張り合いに なって
種としての存続は 難しくなる
各個体が 利他心をもって
種の存続と繁栄のために 行動する
つつしみを 遺伝子に刷り込んだ
何者かの 期待の ようだ
みんなで
食べること・消費すること を
地球に 食べさせて もらっている
つつしみの意識を どこかで
みんなで 分かち合わないと
「消費者として 当たり前だし
当然の権利」という 言葉を 振り回す
消費者保護は 大事なのですが
提供者側に なんでも求めてしまう関係を
助長するような 保護では なく
自ら判断できる 消費者に
なって もらうことも 大事
地球に 食べさせてもらっている
その 感謝が ない
いただきます という 気持ち
自然界から いただいている
みんなで 分かち合う気持ちを
持たないと
これから未来は 作れない
人間の遺伝子の中には
笑いによって 働きが
大きく変化するものが ある
人間を 健康状態に近づけている
古来から「病は気から」と 言う
笑いのない 陰気な心持ちで いると
病気がちに なり
逆に 明るく前向きに 生きていると
病気とは 縁遠くなる
人間の心理が 遺伝子に影響し
それによって 身体も影響を受ける
つつしみ深く 他人のことを 思い
明るく 前向きに生きていく
それは 宮沢賢治が
「雨にも負けず」で 描いた
生き方では ないか
雨にも負けず 風にも負けず
雪にも夏の暑さにも 負けない
丈夫な体を持ち
欲はなく 決して怒らず
いつも 静かに笑っている
1日に玄米4合と味噌と
少しの野菜を食べ
あらゆることを
自分を 勘定に入れず・・・
東に 病気の子供が いれば
行って 看病してやり
西に疲れた母が いれば
行って その稲の束を背負い・・・
そんな愚直な生き方をしている人を
求めていているのでは ないか
愚直な精神性は
「ありがとう」「いただきます」
「もったいない」「おかげさま」
日本語のなかに 残っている
「ありがとう」は
「有り」「難い」
ありえないものが あることに対して
深い畏敬と感謝の念から 生まれた 言葉
生命現象そのものが「有り難い」もの
「いただきます」
その有り難い食材の「いのち」を
食事として いただく際の 感謝の言葉
「おかげさま」
「お陰」は 光で 太陽の日の光で
我々が 生かされている 感謝の思い
「もったいない」は
「物体(もったい)無い」で
物本来の姿が 失われる ことへの
申し訳ない という感情
食べ物として いただいた
命を 食べ残したら
それは その食材の いのちを
全うさせて やれなかった
申し訳ない こと
自然を敬い
その中に 溶け込むようにして
自然と ともに 何千年も 暮らしてきた
日本人の おだやかで
調和的な 精神や文化
この混乱と不安に満ちた世界に
必要な ようだ
持続可能な 開発目標が
世界中で 叫ばれて いるのも
人類が 自分の利益だけを
利己的に追求してきたが ゆえに
世界の環境が もはや
持続可能性を 失いつつある
危機感からでしょう
人類が 必要と しているのは
「ありがとう」「いただきます」
「もったいない」「おかげさま」
「つつしみ」の精神
日本の古代縄文人は
こういう「つつしみ」の精神を
持っていた ようです
古代の 先人たちは
万物を神の「分け命」だと 見ていた
その世界観は 現代科学が
すべての生物が 同じ遺伝子の構造と
原理を持つと 見いだした 生命観に
きわめて近い
そういう世界観を もっていたのは
古代日本人だけでは ない
キリスト教が 広まる前から
ヨーロッパに 住んでいた
ゲルマン人や ケルト人も
同様の世界観を 抱いていた
農耕・牧畜が 始まる前の
豊かな自然の中で
人間が 自然に生かされている と
感じるのは ごく素直な感情
しかし 農耕と牧畜を 始める と
人間は「自力」で 食糧を 得たことに
自信を持ち「つつしみ」の 心を
忘れて いった
そして 人間が 世界を支配し
自らの欲望を 満たすために
好きなように 使って良い と いう
世界観を 持ち始めた
次の旧約聖書の 一節は
その世界観を 表している
__________
神は また 言われた
われわれの かたちに
われわれに かたどって 人を造り
これに 海の魚と 空の鳥と 家畜と
地のすべての 獣と
地のすべての 這うものとを
治めさせよう」(『旧約聖書』創世記)
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
人間だけが
神にかたどられて 作られた
特別な存在であり
すべての生物を 治めるべき
役割を持っている という
傲慢な世界観
この自然観を持った
西洋文明が 物質文明を 生み出し
地球を 好きなように 使って
現在 持続可能性の危機が
訴えられるまでに なった
この危機を 打開するには
人類は再び
自らを 自然の一員と 見なす
「つつしみ」の 自然観を
取り戻さなければ ならない
ここに「つつしみ」の
自然観を 持ち続けながら
近代物質文明も マスターした
日本人の出番が ある 地球維新
持続可能に 取り組むにしても
西洋の後追いでは なく
「つつしみ」の 自然観から
独自な提案が できるだろう
◇◆◇ ─────────────────────
自分の人生 ずっと不満だらけ
こんな生き方が 正しいのか?
自分の人生を 憎みながら
生きるのが いい人生か?
それでは つまらない
せめて 自分くらい
自分自身を 好きになるべき
なんじゃ ないか?
日本は 若いことに
価値があるという一面が あり
老いていくことを 恐れて
若作りを したりするけど
年齢を 重ねることで
よりかっこよく 生きていきたいよね
それから
自分が楽しめる 幸せを探して
生きようと 思うようになった
そうしたら 移住を 決行していた
他人との比較も しなく なった
餃子を包む作業は 面倒だが 好き
あの細かなひだを 自分の指で寄せ
トレーに ひとつ ひとつ
均等に餃子が 置かれていく さまは
達成感と比例する
4人前の餃子を 包み終わって
その大半を パックに入れ冷凍庫にしまう
そして 気づく 冷凍庫に以前
包んだ餃子が 眠っていた ことに
また やってしまった……
それを 見ないフリして
冷凍庫に ストックだもの、と
言い聞かせて 餃子を
「半永久凍土」に してしまう
「ひとりぶんだけの自炊」が
難しいと いう こと
その日 カレーライスが できるまで
「今年も 自分の誕生日のため
カレーを 作っている」
三日後が 誕生日
「色々あって 今年は ひとり」
外は どしゃぶりの雨
一人の くたびれた男が
カレーを 仕込み
コンロで ぐつぐつと 音をたてる
三日目のカレー
日本の 一家団欒の象徴
家庭の味=カレーライス
『カレーの味が するね』」と
自信なげに 回答
「美味しい! ご飯に合うね!」
誰かが 言う





