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           ダバオ通信  ヤン爺のラストライフ・ダバオ 
              Last Life Shift In Davao Philippine 

         
            フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
                  「団塊 百年の孤独 老いの抗い」  
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ある日 キリギリスの店に
カゲロウが やって来た

「あと 一日だけ ほしいんだ」

キリギリスが 在庫棚から
「一日」を 取り出して 手渡すと

カゲロウは 喜び勇んで 飛んでいく
一度も 言ったことの ない
「また明日」を 
みんなに 言うために

この店の 
キリギリスは とても働き者
太陽と月と星以外は
あらゆる品を 取りそろえ
動物たちを 出迎える

アリは 無論「働き者」だが
全てが 勤勉なわけでは ない
働くのは 全体の8割
残り2割は あまり働かない

全員が 全力で 仕事すると
不測の事態に 対応できなくなる
「怠け者」は 予備軍

常に 世話の必要な
卵の管理などに 疲れて
働き者が 休む 

する と

「腰の軽い」順から
怠け者が 動きだす
浜ちゃん みたいな
無駄に見える 存在が
集団存続の鍵を 握っていた

人間は 全身の細胞が
常に 少しずつ壊されて
新しく 入れ替わることで
生き延びて いくように
国家もまた 古くなって
機能しない ところは
恐れずに壊して 作り変えないと
生き延びられない

生物が 絶えず
細胞を壊しながら 新しく作って
生き延びる 存在だと したら
組織や 国だって同じ

日本政府は これまでの
戦略全体を 練り直したら どうか

もしも 今
何でも 売っている
キリギリスの店へ 行ったなら

あなたなら 何を 買うだろう

 


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老いの 暮らしに 
自分が たどり つけたのは
間違いなく 東京を離れ 
ダバオに 引っ越した から

もし あのまま自分が 
日本に いたら
こんな 自分には 
なって いなかった

その辺の マーケットで買った
古着を 自分で洗濯し 清潔に着る
「お金を かけずに
   カッコよく なるのが
   庶民階級の知性よ」と 威張ってる
そういう地で 生きてる おかげで
自分は 自分で いられる

納得する 老いを 過ごしたい
その「手がかり」を 掴むため 
ダバオに 暮らし
老いの生活を 整えていった

物価上昇で 生活は 楽では ない

ダバオ庶民は
夜更かしも 時に 好きだが
朝の時間を 大事に生活してる

朝早くから 賑わう市場
3、4時から 店は開いている
各家庭では 涼しい5時から
洗濯を しだす

自然と 朝日と共に 
目が覚めるように なった
きれいな青空を 見たくて
朝が 待ち遠しくなる 経験もする

朝日を浴びて 1日が スタート
こんなに 気持ちのいい生活が
あるの かって

夜遊びも 好きだが
朝型人間に なった

ダバオって どんな街かって?

大事な ものが
たくさんつくられる場所

生まれ育った 東京に対しては
抱けなかった 愛着を 持てた
風や 空気や 土や 緑
この風土なら 気持ちが 楽く

自分のことだけで 言えば
東京には 何もない
大事なものを つくれなかった

30後半で 東京で 家を買った
リッチな家に 住むことが
人生の勝ち組と 信じていた

だが 人生とは 
なか なかの もので
様々な出来事が あり 
時代も 変わって しまった

自分自身も あれ これ
試行錯誤を 繰り返す中で
都会での 残虜なる価値観
すっかり 変わった

都会に 住むこと 
広い家に 住むこと
いずれも 自分には
幸せの条件では なくなった

東京の家を 売却
自分なりの「卒業」だ
支配から 脱却した

老いへの ビジョンなど ない
居心地が いいなぁ~ とか
いい風が吹いて 気持ちが いい
そういうことで 機嫌よく 生きたい
その場 その瞬間の 気持ちよさ

家を捨て 家族を捨て
身の回りの物も捨て
身一つで 移住することで
ドン詰まりの 老後から
脱出しようと 試みた
そういう 老いの無茶苦茶

小さな家で コソ コソ 暮らす
島の田舎での 一人暮らし
少し狭いけれど 住みやすく
自分なりに整理した 部屋は
自分に とっての 安息空間

住む環境が 変わる と
苦労の方が 多い
だが 新しい環境の中には
まだ 知らない世界へ
興味で つながっている扉が 
たくさん あった

自分で食べて 暮らして評価する
求める生活や質が 満たされるなら
ダバオの評判の高低は 二の次
信じるのは 自分の評価だけ
移住の根っこは この姿勢にある



 

まだ まだ 半人前だが
自分の足で 立てている
毎日 過ごせているから
大丈夫だろう

ダバオを取り巻く環境や
やってきたこと
選んできたものが
今の老いを つくった

そして これからの 自分が
これからの自分を つくっていく

実際の移住は
簡単で素朴な話では なくて 
自分に 都合のいい場 なんて
そこらに あるもんじゃ ないが
人間万事塞翁が馬
なにが いい方に 転ぶかは
やってみなけりゃ わかりません

遠回りしてきた が
フィリピンで 暮らしている
ダバオの 今日 この頃

人間 変われば 変わるもの
自分に 驚いている

こんなに 土地に根づいて
暮らせたのは 初めて
ダバオで 老いて死のう と 
大仰な物言いだが 決めた

ここで 死ぬと 決めてから
死ぬまでの 日々を
どう生きていくのだろう
そんな こと よく考える

人間は
いろんな瞬間で できている
だから その場の全てを 
楽しもうとする 心の豊かさ

些末な出来事を
繰り返し 反芻する自分の
動きの少ない 地味な日常に
なぜ 飽きないの だろう
そう 思うことが 
単純に 面白がれる

豊かな自然に囲まれ
生活を 送るように なって
自然に生きる 心地よさ 
覚えてしまった

ダバオ なかりせば
老いぼれた 自分の この身 
絶望的な 自分の姿を 
日本で 晒すとこ だった

老人福祉事業所や病院は
「競争」「生産性」を 意識した
過度な 営利事業者に なっていた
金 金 金で 動く えげつない 世間
貧乏人 利用者に とっては
満足なサービスは 提供されない

代金を入れる牛乳箱
アルバイト先の 近くで 
年老いた おじさんが
喫茶店みたいなものを やっていた

もう年だから ランチのとき とかに
レジに 自動精算機って書いて 置いていた
それの なにが すごいかって いう と
牛乳箱に 代金を 入れるだけじゃ なく
横に おつりが 準備してある ところ
そうしたら 普通 盗られる じゃない

『これ 金額が 合わないことが
   あるでしょう』って 聞いたら

『あるよ』って

でも
『減ったことは ない
   増えているんだよ いつも』と

『もし 減ったと しても
   ほしい人が 持って行ったなら
   お金は そのほうが 喜ぶからね』と
言っていた

自由な競争の中で
努力することを 怠った
その老後に対する 責任は
本人にある という 社会通念

国が 担うべき 
高齢社会への福祉
自由度の少ない弱者である 
高齢者に 責任転嫁した
それを強いる 政治は 不健全

純粋と調和 相互愛の神秘
社会秩序を じゅんじゅんと
教えられて きたのが
日本人では なかった か
平和的で 内省的な文化に こそ
日本精神の神髄が あった

弱肉強食の 
新自由主義の中で
勝者に なりうるのは
ほんの 一握り 5%の人間
かつては 勝者の妄想を
自分も 東京で 追いかけた
思い上がりが 恥ずかしい

人を押しのけて 蹴落としてでも
取りに行きたいものは 何だったのか?
くだらない 見栄を張ったりを
やめないのは ナゼだったのか?

競争社会に おいては
「持てる者」も 簡単に
「持たざる者」へと 
転落してしまう 弱肉強食

行き過ぎた「自助」を 迫る国
自己責任を求める 新自由主義と
自分の老い 無関係な 話では ない

家族の世話が 優先か
自分の人生が 優先か という
残酷な二択を 自己責任で
決定せよと 言われても な

これから 10年
政治 社会の状況では
老人の ほとんどが 
日本で とどめを 刺される

日本で老いを暮らす
イメージ 描けなかった

「こんな日本に 誰がした?」

果たして 誰なのか? 

有権者である 私たち・・

米国は
社会保障が ゼロといった
イメージを 持っているが
それは 日本人の勝手な想像
生活保護など 各種社会保障は
日本よりも むしろ充実している

自分の 最期に
不機嫌な顔 作りたくない

ダバオで 老いの道を 歩く
いつか 誰かと 手を携えて
一緒に 生きていける ような
出会いだって 無くは ない

自分が 大切にできる人と
出会える 時とは
共感できる人との 偶然

見事な老衰 ダバオの借家で
ゆったりと ベットに横たわり
大切な人に
風を送ってもらい 手を握られ 
背中を 擦って もらいながら
静かに 息を細め 逝きたい

大切な人に
看取って もらいながら
死の恐怖を シェアして
もらえたら 理想の「自由死」



 

自分にとって 
大切なコト 人  時間
などを 思いつく順に 書き出すと
うしろの方は、もうコレ
いらないかも…と 気付いたり

「大切リスト」を
目の前に置き 他人のような
クールな目で ながめる と
自分を 冷静に見てる
自分のねがい 欲望は
××したい人って ことだ と わかる

自分の 水面下にある欲望?
自分の行動 言葉 しぐさ
着るもの 暮らしの全てに
欲望は だだもれしている

5年後 10年後
もっと 先のことなの か
自分には わからない・・
ダバオでなら 微笑んで 
人生を 締め切れる 気がする

後悔なんて してないよ
嫌なこと 全て 忘れかけてる もの
老いてから 知らない事
随分知ったし

今日の余生が 最高
そのことに 気付いてる

そこに 至る ために
時間をかけ 大切な人と
酒を吞みながら
メシを食いながら 話を した
少しは 互いの人生を 知れた



 

大切な人は 褐色の肌
黒い瞳が輝く ダバオ娘
胸乳が大きく 足が長い
腰の豊かさには 圧倒される
ダバオ生まれ ダバオ育ちが 
功を奏してか 根明で おしゃべり
人を楽しませることが 大好き

嫌なこと 言われたこと ない
いつも本音の話を するから
時に やり込められる

家事にも キビキビと 動きが いい
セックスは 悦んで もらいたい 
精神が 強い

おんなのまるみに
ふれていたい
やわらかさに
ふれていたい
やはり 男で あるな

自分と 一緒に 
住み暮らしては いない

一人のようで ひとりでは ない



 

生のエネルギーに満ちた 存在が
家に出入りするように なり
家の中の空気が 微妙に変化する

人のために 生きる
それが 自分のためでも ある
自分の ためだけで ないと
さらにエネルギーが 湧き
生き抜く力が 生まれた

大切に思う人が
いることによって
これまで以上の力が出る

年の離れた世代の
交流と見えるものの
危うさが 見え隠れする

誰かには 正しくなくても
自分に とっては 正しい選択
正欲は 少数派の視点に立つ

フィリピン社会に 受け入れられ
男と女の 新たな常識が 生まれる…
その 流れが スムーズに 営まれていく

フィリピン
「外国のひとつ」では なく
「大切な人が 暮らす国」に 成った 

まとわりつく
それぞれの人生を 持ち寄って
国境を越え 違いを認め
傷みに寄り添い
優しさに転換して 笑い合う

ダバオで 気付くのです が
日本人としての 自分って
あまり意味を なさない

次に なにが起こるか 分からない
不安や緊張感を 保った まま
不思議なくらい 疲れない

人生の先行きって
見えてたほうが いいのかな
見えてたら 面白くないよね?

面白がる方法は 人それぞれ違い
それは 教えてもらったり
与えられたりする ものじゃない
自分で探すから 未来につながる
自分の人生を 豊かにできるのは
誰でもない 自分・・

自分の幸せは 自分で決める
幸せの種類は 個人の数だけ ある
最後に 手渡されたのは 普遍



 

誰もが 命かけて 
仕上げようとしている 老い
自分の人生を 要約させない
簡単に まとめて しまわない
それは 自分の人生を
雑に扱わないことに 近い

思い通りになんか ならない
たくさん 経験して きた
理想だけでは 生きていけない 世の中
誰でも 葛藤を抱えながら 生きている

困難や事実に 直面した とき
『じゃあ どうしたら いい』
絶望だけ 恐怖だけに おののいて
終わらせては いけない だろう

なんでも
「やってみなければ わからない」

   ジイさん「バッチリっす!」
   Vサインに 励まされた
   一瞬にして 何かが はじけ 
   消え失せた かの よう

それで いいな 

嫌なことは 考えない
めんどうくさい から

ダバオに暮らし 
老いに対して 強くなれた
今日も ドンと 向かって こい 

若い頃は かっこつけて
弱い部分を 見せられない
そんなところが あるもんだ

今は 心の甲冑が 外れて
自分自身が 軽やかになった

70歳の 現在の心境とは――
かかってこい 人生

自分の 生き方は
自分が 生み出していく
誰かの影響を 受けて
お手本のように やっていては
ずうずうしすぎるし 横着すぎる
自分で 苦しんで 自分で摑む

自由は 気ままに
やりたい放題するのでは なく
自分というものを 立てて
自分の行動で 自分を生かしていく

自分の行動を 考え 自分でやる 自由
自らに由る(よる=因る、依る)
という字を書く

これは簡単に できそうで
心が強くないと できない



 

興味が あるものも
自分が 何を 好きなのか
いまでは 全て 分かっている
こういう風に 老いていきたい とか
想像する気力も 心の余裕も ある
若いうちは 考えられなかったこと
老いて ずいぶん色々 感じたり
知ることが できたから
今日まで 生きて よかった

これからは どうでも いいやと
自然のなりゆき まかせ
でなきゃ 長く生きられません

いちいち
あー大変だあ ー不安だ
あー憎らしいって やって いたら
忙しすぎて 生きて いられない
たいていのことは
ああ そうですかで 済ましちゃう

日本を 抜け出して
今のように 生きられるように なった
自分に いいと思うものを 選ぶことで
自分が こんなにも 満たされる

死ぬ間際まで 
自分が 機嫌良くして いたい
ただ 大切に生きる ことが
どれだけ 豊かなことかと 知れた
自分が 思うままに
ダバオで 生きて 大丈夫

日本は 豊かになった はずなのに…
高齢者に見る 光と影 情けないよね

終わらない人は
エンドマークを 憎んでいる
まだ この先が あるのに と

立ち上がってビールを 飲み始める

何事も 終えたくないのだ
何かを 終えることなど
誰にとっても 不可能だと 思い
ビールを 飲み終える

終わりが そのまま 始まりになる
それが 時間の掟だ そう言うと

女は 嬉しそ…うに
ビールを 出してきた

大人になれよ じいちゃん
うん もう物欲が ないから
のんびり やってるよ

あなたは いま
素敵な じいちゃんに 
なっている だろうか

なりたかった じいちゃんに・・
『おんりい・いえすたでい ’60s』

 

◇◆◇ ─────────────────────
専門家が テレビなどで語る
『コロナは 相変わらず危険』
『まだ 気を緩めるな』と いった
煽りには 辟易している

メディアや 専門家は
いつまで国民を ビビらせれば
気が 済むのか



 

昨年5月
米紙ニューヨーク・タイムズが
異例の紙面を 作った

コロナウイルス感染で
命を落とした 千人の氏名を 載せ
それぞれに 人となりを 紹介する
一文を 添えた

「第2次世界大戦の退役軍人」
「6人の息子の母親」
「教会の聖歌隊で 42年間歌った」
「黒人女性として初めて
   ハーバード・ロースクールを卒業」…

米国での 60万人の死者 
単なる数字で表せる 存在では ない
ニューヨーク・タイムズが そう伝えた

日本での コロナ死者数
フィリピンでの 死者数

その 一人 一人の 名前は 
知らなくても
懸命に生きた 人生が あり
誰かの 大切な人で あった

死に方では なく
明るく周りを
照らしてきた 生き方を 
覚えていて あげたいと 掲載

1人の死者の周りには
数倍 さらに それ以上の
悲しみに 耐える人々が いる

連日 感染者の数と ともに
伝えられる 死者の数
高齢の方 だったのか
長く闘病 されたのか
数字の向こう側を 想像し
心の中で 手を合わせる

「人流」なんて 下品な 言葉
使うなよ

「物流」とは 違うだろ
人を 物扱いするもんじゃ ない

釈然と しない 日本語の使い方

日本も 含めた
先進7カ国が 発展途上国への
ワクチン10億回分の 支援する
フィリピンも 恩恵を受ける

治療薬も 含めた
世界的な「薬流」こそ
流行語に すれば いい

 


◇◆◇ ─────────────────────
できない こと
日に日に 増えていく

でも できないことは
できないの だから しょうが ない
ならば 今の自分に  無理させ ない
今に見合った 生活を してれば いい
老いの暮らし 少しずつ 調整

明日 迷子にならないように
人生 全て 笑える方向を 向く

ニヤつく 腹を抱えて笑う
ニコニコする 嬉し泣きする
笑いに費やす時間の 長い人が
良く 生きられそう



 

お金が あれば 何でも できるし
何でも できると いう ことは
この世にある
「一番 笑えそうなこと」に
触れる機会も 多そう

そうだネ そうだと 思うよ

でも それ 本当でしょうか?

たくさんの
お金を 持っている人は
どれだけ 笑っている だろう

金持ちは
「お金のない人たち」の 中の
「笑える人」に 比べて
どれくらいの 割合なの だろう

鉢植えのレモンの葉に
チョウの幼虫が いた
庭にいる アリの動き
ただ じっと 眺めている
ミミズに アリが 群がる
引っ張ったり ちぎろうと したり

アリの動きを 観察していて
凄いなと思ったり 可笑しかったり 
日中ずっと 笑って いられる
お金は その性質には 勝りません

「笑える人」に
大したお金は 必要ない
懐かしい CMソングを
久しぶりに 口ずさんで みれば 
不思議と 笑い顔が 
どこからか 沸き出してくる

笑う能力が 高ければ 高いだけ
「笑える」ことに 対して
払うコストは ほとんど ない

安く笑える人は 最高にお得

笑っていれば  忘れてる
死なないような 気がしてしまう

今日まで 生きた
生きてる だけで すごい

守るべきなのは
「金」なんかじゃ なくて「命」
◇◆◇ ─────────────────────
日本が 息苦しく 寛容じゃない

「人に迷惑を かけちゃ いけない」
   みんなが そう思っている から

まとわりつく 優しさ
嫌ってるんで しょうか

「わたしが わたし自身を生きる」
そんな素朴な ことが
是程 難しくなった社会
その亡霊の 最たるものは
「日本的空気」

それは 最近の社会通念で
江戸の 付き合いには なかった
係わり 合わなければ 
生きていけなかった 江戸庶民

「助け合う本能」の輝きが
人を想いやる 核心
社会の様々な「亡霊」から
人間を解放する道筋

フィリピン人は
平気で ウソつくし 適当だし
時間も約束も 守らない けど
迷惑をかけて 生きてる から
人の迷惑も 受け入れる

「困っている人が いたら
   手助けしてあげる」という
些細な 当たり前を
当たり前に している人が 
ダバオには いて ほっと した

ジープに乗っている時
母子が 乗ってくれば
転ばないよう 客が 子の手を引くし
重い荷物を持ってれば 順送りで
車内に入れてあげる

「日本人は 見知らぬ他人に 冷たい」

「役に立ちたい」思いが
「苦情」に転じる 現実に呆れる

「自己責任」と「迷惑」の国
「人様に 迷惑かけては いけない」
「自分で 責任取れ」
「誰かに頼るな」を 刷り込まれ
人の厚意を 素直に受け取ることが
できない人も 少なく ない

生きてれば
迷惑を かけないのは 不可能
お互いに 迷惑を かけたり
迷惑かけられたり お互いさま

それが いいんじゃ ないか

自分の存在を 認め
手を差し伸べようと してくれる人
ダバオでの「何気ない会話」や
「小さなつながり」の中で
心癒やされたり 励まされたり
生きる支えに なる

他人のことは どうでも いいと
思っているかも しれない けど
それじゃ 味気ない 人情味が ないね
妊婦にも 老人にも優しい街 ダバオだよ
◇◆◇ ─────────────────────
ビッグシルエットのシャツと
パンツを だらしなく着てる
自分は みんなと 動きが 合わず
それでも 気にすることなく
TV体操に 参加する

パッと見た だけで
日中 何をしているジジイ なのか
誰も 想像も できない のに
顔が合うと ヘラッと笑って
話せる気軽さ その隙の多さ

誰にでも 優くしたい
そして 微笑みかけるのは
自分が 優しくされたいから
優しくするのに 金は いらない
笑顔を 見せるのも 一緒 
金が かからないん だから
出し惜しみするな 教えられた

人に 優しくする 気持ち
言葉や 行動にでる いたわり

大半の人は 優しさに
理由を つけたがる
理由を つける それでは
優しさ 警戒されて しまう

温かくて 懐かしいもの
欲しかったんじゃ ない
何か して欲しかったら 口の出す
「お世話に なります」

困った ことに
優しさは 自分を救う
◇◆◇ ─────────────────────
何事も ゆっくり
道路横断 もはや 走らない

ビートルズの名盤
「アビイ・ロード」は
メンバー4人が 縦一列に並んで
横断歩道を渡る ジャケット

信号機のない 横断歩道で
歩行者が 待っていても
一時停止しない 車が 多く
無理に渡ろうと するのは 
危険極まりない フィリピン

日本の 警察庁は 
歩行者の マナーとして
「手上げ横断」を 
43年ぶりに 復活させた

「車が 近づいている ときは
   通り過ぎるまで 待つ」
そう定めた 交通安全の教則を 改正

「手を上げる などして
   運転者に 横断の意思を
   明確に伝える」を 加えた

手を上げれば 目に付きやすい
自分も フィリピンでは している
横断の際 大袈裟に 意思表示
 
横断歩道を
手を上げ 渡り終えた 子どもが
停車した運転者に 頭を下げる姿
感心な礼儀



 

自分の身を 守るために
右左を確かめ 
手を上げて 横断するよう
フィリピンでも 心掛けている

ビートルズの4人が
等間隔で 横断する姿は
コロナ感染防止のため
人との距離を 取るよう
啓発する例えにも 紹介された
なんだ かんだ と こじつけるな

フィリピンでの 道路横断
信号の無い所では 危険と勝負

「いま走れば 渡れるかも しれない!」
   そう 思っても

   それで 転んだら
「やっぱ ジジイだから……」と
   落ち込むのが 人間

年齢と ともに 動作は 
余裕を持って ていねいに
優雅なジジイを 見せつける

家では
同時に いろいろする
ながらを 止めた

テレビ観ながら 夕食作り
台所から しばしの時間 離れ
メールチェック していた
強烈な 匂いが漂い 鍋空焚き
気付いたが 既に 真っ黒焦げ 
炭化した鍋 ひとつ 駄目にした

朝ごはん 食べるときは 
朝ごはんに 集中し
テレビを観るなら TVに集中

食事中 窓越しに
庭に干してある 洗濯物が
風に そよいでいた
それだけのことに 気づいた
満ち足りた気持ちに なれた

   自分が着たい服を 着る
「年相応か どうか」
「似合うか どうか」
   他人の目は 気にならない
   誰も 自分なんか 見ていない もの

年甲斐も無く
好きな服を 着ていれば
自ずと 気分が 明るくなる

年齢の分だけ
自力で戦うホルモンが
出にくくなって いるので
服が 持っている パワーに
助けてもらうのが 手っ取り早い

「衣食住」の「衣」
生活の延長線上にある

おいしいものは 一瞬だけど
服は 一日の気分を 左右する

女性なら メイクが 
それに あたるかも しれない
今日の 私 最高だ
お守りメイクを
身につけたことを 確認して
家を 出る

自分は「70代は とんがる」で
意識して 奇抜な服で 外出する

戦後 間もなくの
1947 48 49年生まれは 団塊世代 

われわれの世代は
中学 高校時代に 世界を席巻した
「ビートルズ」に ちなんで
ビートルズ世代とも 称された

みんなが 同じ曲を聴いていた

そこから 
グループサウンズブームが 到来
当時 GS そして長髪は
不良の象徴 我ら世代の 
ほとんどは 髪を 伸ばした

長髪には 古い価値観への
ささやかな抵抗
その意味が こめられていた

「長いのは なぜ いけないのですか」

「不潔だ」

「長いのが 不潔なら
   女性は どうなるのですか」

「男と女は 別だ」

「女は長くていいが 男はダメだ」

「戦中の軍国主義者ですか」

「黙れ こいつ!」

 一触即発の状況
   そこに 割って入ってきた
   古参の女性社員 御局様

「あなたの ヘアスタイル
   清潔だし オシャレですよ」

   それで 終わり

 鶴の一声で 終戦
   おかげで 七三分けの危機から
   脱出できた

 悔しそうに その場を 去っていく
   持田係長 濃紺の 背広の肩には
   白いフケが 落ちていた

今では 白髪 坊主頭の団塊ジジイ あぁ~

 


◇◆◇ ─────────────────────