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           ダバオ通信  ヤン爺のラストライフ・ダバオ 
              Last Life Shift In Davao Philippine 


            フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
                  「団塊 百年の孤独 老いの抗い」  
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未来は もちろん 見えやしない

異国で 変化を求め 体験した
この20年あまり それは 既に
自分に とって 過ぎ去った経験

老齢期の人生という 未来
長いスパンを 俯瞰すると
ダバオに 老いを 踊らせられて いる 

飛行機のトランジット
乗り換えの間が ちょっと長いから
その街に 降り立って みたら
すっかり 気に入って
ちょっと 名残惜しい気持ちで
居残ってしまった みたいな ダバオ

とりあえず
仮住まいぐらいの 気持ちで
いつでも 越せるように
荷物は 極力 持たない

地元と 楽しく愉快に
全く 縁のなかった ダバオに
じわ じわ 惹かれて いった
あっという間に 時が過ぎた
気づいたら ダバオ大好き



 

東京は どこまで行っても 東京
壊しては 作り 作っては 壊す

東京の街全体が
ガラスと鉄鋼で ピカピカ
よそよそしい街に 変わってしまった

なのに みんなは 何も 感じて ない
この国の趣を 保って いくことに
国民は 鈍感すぎるんじゃ ないか



 

自炊を するように なって
外食の高さを 痛感
生活コストが わかるように なり
自分の力で 暮らしを 
小さく コントロール

料理は 正しく作りさえ すれば
ちゃんと おいしくできる



 

餃子って どう作っても
たいがい おいしくできる
おおらかな料理だなあと 
感じ入って しまう

たまに 
外で食べる ごはんは 楽しい
ひとりで来た 客には
アルコールも 出すとか

永い期間 酒類禁止に しても
状況は ちっとも 良くならない
原因が 見えないのに
同じ規制だけ かけ続けても
何も 変わらない

ネぇ サラ ダバオ市長さん 
酒 解禁に できませんか
酒は 悪者じゃ ないから

 

ワインで 大切な人の
少し遅い 誕生日を 
祝って あげたってって いいでしよ

 


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「てまえどり」の 表示
出している コンビニも あるらしい

すぐに 食べるなら
陳列商品は 手前の物から
購入してという 店側の お願い
消費期限が 切れてしまうと
廃棄処分になって しまう

食品ロスを 減らす取り組み
手前も 奥も 
おにぎりは 変わらず うまい



 

コンビニで おにぎりを 買い
手に持って 店を出る
すっかり 慣れた

 

レジ袋 有料化で
経済 環境の両面から
「みっともない」より
「もったいない」

さらに意識が 高まれば
レジ袋を下げた姿が
「みっともない」時代に なるのか
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めがさめる
 どこもいたくない
 かゆいところもない
 からだはしずかだ
 だがこころは
 うごく

平等は 優しくは ない
意味を追わず 文字と余白の動きを
ただ ながめたりも していた

意味が ほどけて とけて
水になって こちらにむかって
流れ出してくる ようだ

生活のなかに 溶け込んでいた

 

湯をわかす お茶を飲む

TVニュースでは ひっきりなしに
感染者数とか 死者の数
「死」を おそろしく 言い立てて いて
憂鬱に なった

脅かされる死と
自分が とりあえず
生きてる ことには 
おおきな隔たりが ある
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みえないものを 
とりかわして 生きている
誰かと向きあって 話している とき
いくばくかの菌を 交換している

自家製の味噌や ぬか漬けは
かき混ぜている ひとの手の
常在菌が 乳酸菌と むすびついて
発酵しているから できあがる

宮地さんの ぬか漬け おいしい
ほんと おいしい

 

そう言いながら 食べている とき
そのひとを 食べた とは 思わない
でも 宮地さんを 構成している
なにがしかを 食べている

キスだって 常在菌の交換
相手のなんらかを 食べあっている
菌の交換は みえないから
ふだん 意識は しない

菌と個人とが 
結びついて いないからで
それが とてつもない嫌悪感に
繫がったり してるんじゃ ないだろうか

 


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強烈に照らす 南国 太陽の下
日陰で 風に当たる 気持ちよさ
夜間 雨に洗われた緑が 鮮やか

 

日陰を伝って 散歩だなんて
贅沢だと 思い込んでいた
自然が くれる
美味しい空気を 感じる時間
なんにも 考えず ただ空を 眺める

きょうの調子は どうだい?

ふむ ふむ

 

そうなんだね

じゃあね また
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本の中に しまわれて
じっと 動かない 物語り

風の通り道 自宅のテラスで 
読みかけていた 本 
挟んでおいた しおりを 外し
ページを 開く

1ページずつ 捲っていく
なんとも言えない 快感
たった 1ページ捲る だけで
紙の上に 留まらない 物語りが 

動きだし 展開が 変わる

頭の中に
空間が 広がっていく 不思議

本が 与えてくれる
モノの大きさを 愛おしさを 
求めてしまう

物語りの主人公「オレ」と
友達に なったような 気がした
「オレ」その人の ことを
誰かと 話したく なる

こうした 小説を
十代で 読む人も いるのか
そう思うと うらやましい

古びた本 
人の手から 手へと 
めぐり めぐって
いまは ダバオで暮らす
自分の 手もとに ある

小説が 海を泳いで 境界を越す
いろんな場所へと 回遊する

今 家族の形だって
昔に比べると 境界が あいまい
必ずしも 血縁関係だけでは
語られなくなって きている

ダバオの家族

 


◇◆◇ ─────────────────────
「死ぬこと以外 かすり傷」など と
豪語 できるはずも なく

「生きる ために
   目的など 必要ないですよ」

 

考えても 分からない事 でしょ
思い悩んで 考えても 仕方ない

人生に おいて すべてが 単純に
答えを 得られる ことなんて 
ありえない ですから

「人間は 何のために 生まれてきたのか」
それなら わかる 人を 愛するため

そして
「人間は 遊ぶために 生まれてきた

戦国時代じゃねぇわと ぼやきながら
日々を 生きるだけで 気分は 精一杯

目標を 持ちたかったら 目的のように
ピタッとピントを合わす 必要は ない

目標なんて ぼんやりで いい
目標にピントを 合わすと
目標が 目的に 変って
何とか達成をと 自分を 追いつめる

すると 結果ばかり 考える
それは シンドイですよ
自由が 奪われて しまう

自由が 奪われるのは
遊びが ない と いうこと

 

生きる核に なるものは 遊び

結果の構図に ガンジガラメ
遊びが ないと いうことは
快楽も ないと いうこと

人生に 目的など ないと 思う
もしあるとすれば 遊び

人間は 人生を通し 遊ぶために 
この世に 生まれてきた
遊びを 忘れてしまうと
わけも わからない
目的達成のために 苦しむ

人生は そのくらい 気軽に
タカが ナントカ位に
軽く考えた方が
思いもしない面白い 生き方に
遊べるんじゃ ないかな

そんな いい加減な生き方 

悔しいと 歯嚙みしますか?

どう あがいた ところで
生まれながらに 体格・財力
能力・容姿等に 恵まれた超人と
それらを 持たない 凡人では 

その差は 厳然として ある

いいえ それでも「やれば できる!」

「オレの4畳半の部屋は 10畳にできる!」
「だから 10畳分の欲求も 実現できる!」

もし それが 簡単に できるなら
ビジネススキルや 自己啓発を 謳うような
セミナーに 参加した人は
みんな事業で 成功していないと いけないし

 

心理学を 学んだ人は 誰しもが
感情を コントロールできてないと いけない

でも 現実が 

そんなに うまく いって いないことは
ある程度 人生経験が あれば わかる

それは 生まれつき
すべてを 手に入れた ような 

人間だけに 与えられた 特権だと 

割り切って しまった ほうが
自分を 責めたり
誰かに 責められたり せず
苦しまなくて 済む

 

先のある オレに 諦めろって か

人生 投げ出せ 気に入らないネ

開き直って お金と見栄を
「あきらめる」ことは 何より 強い

「あきらめる」
変化への 安易な期待を 捨てる
変わらない 自分を 受け入れつつ
それでも なお 前進していく

若い世代で
人生しんどそうな 人は
壮大な「何者か」を 目指そうと 

しすぎている

「好きなことで 稼いで 成功しなきゃ」
「死ぬほど 熱狂して 取り組まなきゃ」
「平凡な 自分は 生きる価値が ない」
そうしたこと 思いすぎてる から 

理想と現実のギャップで 苦しむ

「お金と見栄を あきらめられない」
そこには 世間に 評価されたい
いい暮らしが したいが ある

お金と見栄に 生きたい人は それでOK

そんな 大金や 

世間的評価を 得られるのは
ランキングバトルを 勝ち抜いた者や
生まれながらの 圧倒的実力者 だけ

 

厳しい現実 

その他大勢には ハードルが 高い

「何者か」を 目指して
自分の能力じゃ できない ものに
手を出して 疲弊しに いかなくても

 

その他大勢な 人生で
ほど ほどに 楽しむのでは 

よくないです かね?  

自分なら むしろ そっちが いい

ダバオくんだりまで 来て 隠居した

表舞台に 登場するのは
権力者や 有名人の話ばかり
その陰には 名もなき民衆が いっぱい

 

ダバオの民衆らは 

別に 高望みは しない
足ることを 知って
自分の階級の中で
それなりの楽しみを 見つけて
毎日を 生きていた

10畳になることを 目指すんじゃ なくて
4畳半のキャパに合わせた 

楽しみ方 見つけるほうが 人生は 豊か

「餃子を焼くことが 無上の喜び」って
   そう言った 女性が いて

「餃子の店を 出して
   それで 稼がなきゃ いけないかな……」と
   悩んで いた

「餃子で稼ごうと 思わずに
   ラクなバイトで 
   生活費と餃子の材料費 稼いで
   家で 好きなだけ 餃子焼けば よくない?」
   そう言ったら スッキリした顔を して
   帰っていきました

いまは 餃子偏愛に なって
生活に困らない程度に 稼いで
幸せに 餃子に狂ってる みたい

 

無理に「何者か」に なろうと して
自分を 脅迫し続けなくて いい

どれだけ 目標を大きく 持っても
その人には その人なりの キャパ

「なんで この俺が
   こんな しょぼいポジションに……」
   なんて 思っている人は
   自分を 過大評価してる だけ

派手な活躍をして
お金も名誉も 手に入れている 人が
幸せで 豊かだとは 限らない

こんな話 いい加減に しろよ

イラ イラしてきた 挑発してるの か
負け犬の ただの 負惜しみ だろが

大社会から 距離をとって 生きる
目の前の小社会から 安息を 手に入れる
誰もが 得られる「あきらめ」による 利得

手取り14万の 女性の不見識
こんな 生きづらい日本
終わってますよね そう言った

果たして そうでしょうか? 

月14万円の稼ぎは 高収入とは 言えない
しかし 問いたい いくらなら 満足なの? 

月に 140万円が あれば 満足?

本当 だろうか?

たくさん稼いだ ところで
まだ あれが 足りないとか
これが できない など
満たされない状況が 増える

   その時も また

「日本 終わってますよね」と
   嘆くのでは ないか?

14万円ならば 飢えることは ない
ひとまず 生きて いける

ジムに通って 健康管理したい
趣味を 増やしたい
嗜好品や ブランド品も 持ちたい
遠くに 旅行したい
だから お金が もっと必要
という意見も ある

最低限の 暮らしでは なく
少しの贅沢と 文化的生活は
誰でも受ける権利が ある
そうした 意見も あった

14万円の稼ぎが
あまりにも 少ないと いうなら
人権とか 大きな問題を 持ち出さず
自分の満足値を 理解した うえで
日本に 文句を 言うべき


少しの贅沢を 楽しみたい
経済的な不安を 軽くしたい
そういう欲を 持つのは 結構だが
贅沢なんか しなくても

幸せには なれる

成熟した 大人として
当たり前の ことを
思い出さなくては いけない

 

時間を活用して
情報を狩りながら 自由に生きる
すべてが 遊ぶことに 通じている

   大切にされていることは 何ですか? 
   そう 聞かれたら
「人生を 遊び尽くす」ことだと 応える

どうせ皆んな 死ぬんやから
ほど ほどで エエノンチャウか
誰にも いつかは 暗い夜が 訪れる
最後まで 自分らしさを 失わずに
遊んで 生きたら いい

 


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パンにバター そしてフルーツ

南国の 甘いコーヒー
ダバオの 朝ごはん

時間に縛られず 生活してる
自分の気持ちに 正直に 生きてる

激しいスコールの雨音 
切り裂く稲妻の 強烈な閃光
後を追う 地に響く轟音に ドキ
脅え ながら
カップラーメンを すすった夜……

日本を飛び出し ダバオに
特別 何かをする!という 訳では なく
自然に 囲まれ 風に吹かれ ながら
のんびりした 隠居時間を 過ごしてる

肩の凝らない 日常の あちこちに
ひとさじの 抒情的な エピソードが
毎日 顔をのぞかせ 重なって いく

70年を 超えた躰は
刻々と 変化していて
いまだから こその 一瞬が
とらえられて いるのも 感じている

 


◇◆◇ ─────────────────────
ダバオで「ねんきん定期便」を 
確かめてしまう せつなさ

   もう ちょっと
「大丈夫な人」に なりたい

 

いまさら なれない だろ 

「大丈夫な人」って?

道端の鳩が
ちゃんと どいて くれるとか
立派なゴキブリが
家の真ん前で ひっくり返ってる
とかでは なく

容姿端麗? 頭脳明晰? 実家が太い? 
暮らしに 何の不安も ない? 
結婚? 出産? 老後二千万? 
それら 全てのカードが 揃っていたら
ロイヤルストレートフラッシュな 大丈夫

自分は 果たして 大丈夫なのか
ぴんとこない フルコンプレックス
大丈夫な わけが ない

 

何もなくて「大丈夫な人」も
いるかも しれない

そんなわけ ない 

そんな 大丈夫 いるわけが ない

「大丈夫そうな人」の
「大丈夫じゃ なさ」を 見た

「大丈夫じゃ なさそうな人」の
「大丈夫さ」を 見くびった

自分は 自分の まだ見ぬ
「大丈夫」を 模索してる
未だ「大丈夫」の 確信は ない

「大丈夫」って
三文字で 計十画という 簡単さが
信用ならないと 前々から気になった

 

幼稚園の子でも 書けるじゃん
「大丈夫」って

 

結構重い意味が あるはず なのに
そんな スッカ スカで どうする

「ひょうきん」の 漢字表記が
「剽軽」なのと 同程度の違和感

言葉の中身と 釣り合って いない
間抜けな印象すら ある

もっと どっしりした 
堅牢な漢字で あって ほしかった

   こうして何度となく
「大丈夫」という 文字と
   じっと 向き合って いると

人が 連れ立って
歩いている さまに 見えてきた

まさに 大手を振って
真ん中の やつなんか
勢い余って スキップ気味だし
最後尾は 両腕を ぶん ぶん
上下に振って やる気 満々

そうか そうか 大丈夫なんだな

泊まった マニラのホテルが
ビルの高層階に あった
人間が 米粒くらいに 見えた

高いところに 行くと
途端に 神さまに なっていた

 

遠くまで 空が 見渡せ
雲やビルの影が どんなふうに 

下界に落ちているのか 一目瞭然

   豆粒大の車や 人を 見下ろして
「みんな 生きとるのう」

 

ひどい荒天の日で
刻々と模様を 変えながら
激しく流れていく雲を
稲妻が 何度も 縦に細く切り裂く

   わたしは「すまんの」
「早う屋根の下に行けよ」と
   高階層にいて 申し訳なく なる

   一緒にいた 女が

「じゃがりこは
   容器に比べて 中身が 少ない
   もったいなくて 買えない」と 言い

自分は 神さまなので 買ってあげた

 

   女は 雷雨を 鑑賞しながら
   ぼり ぼりと じゃがりこを 食べ
「案外 お腹に溜まるから
   この量で いいことが わかった」
そんな 納得を していた

   女は これで
   じゃがりこに 関して
「大丈夫」に なった

翌朝は 見事な晴天で
起きた時は 忘れ物みたいな雲が
朝陽を浴びて 輝き
そのうち 一面に 真っ青な
グラデーションに なった

世界が 解像度を 上げた ように
色も光も 鮮やかで 鮮明
前日の雨と雲が 大気を洗い
濁りを 持ち去っていって くれた

「きのうの ぶんの ご褒美じゃよ」

自分は 下界を眺めて 満足げに頷く
嵐も たまには ええもんじゃろ
女は 自分が 多少ラリった発言をしても 

引かない ズッ友

この空の下を歩く すべての人に
「大丈夫だよ」と 声をかけたく なった

 

約束も ご利益も ないけど
ただ「大丈夫」と
こんなに どこまでも
晴れ渡って いるんだから

出会いや 別れや

迷いや 行き詰まり なら
誰の上にも 等しく あるから

「大丈夫」も こんな 感じだった
自分を支えるための「大丈夫」じゃなく
誰でもない 誰かに投げかける「大丈夫」

 

祈りでも 祝福でも ない
もっと儚くて 頼りないもの

 

上から目線は

肌に ちくちく刺さるけど
天空目線なら 地上に到達するまでに
揮発するから 気づかれない

だから 何も 知らずに
ただ 歩いていれば いい 大丈夫
腕を広げて 振って スキップして

肉体は 老人

精神年齢は 幼児の人!!

お嬢さん スカートの後ろ
パンツに巻き込んでいますよ 気をつけて

 


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