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           ダバオ通信  ヤン爺のラストライフ・ダバオ 
              Last Life Shift In Davao Philippines  

            フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
                  「団塊 百年の孤独 老いの抗い」  
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「一緒に お風呂 入ろう か」

フィリピン なら
一緒に シャワー する?

日本語資格 レベル3の女



 

綺麗と言われる 時は 短すぎて
フィリピン特有の 褐色の肌色
水を 瞬時に 弾き返す はち切れる 躰 
腰と尻に みっしりした 肉を まとう

 


 

むしゃぶり 誘う 色香を 漂わせる
たまらん 良い女の 肉置(ししお)き 
片手で支え 洗い上げて いると

ぼそっ と 

あなた
「ひとりって おおきい だね」

そして その すぐ後に
「ふたりって てんごく だね」

突然 何を 言い出したの だ
ドキッ と した が
別の意味を 想像して いた

一に 人と書いて「大」

二に 人と書いて「天」

浴室の くもった鏡に 
女が 指を なぞり 書いた

この ことを 伝えたかった ようだ

「何だよ その 哲学な コメント」
深いこと 言う もんだ

「え なにが? どこが? 
   どういう ところ が? 
   どこが よかった?」
しつこく 聞いて きた

「ん〜  一人で いろんな ことを
   出来るように なるのが
   大きくなるっ て ことだし
   大切な 誰かと 二人で いたら
   天国みたいに 楽しいだろ
   こうして 洗いっこ した ほうが
   シャワーも 楽しい 天国だろ?」

 

漢字って その通りだなあ と 思って ネ

満面の笑みで
「そう だねー 
   かんじって おもしろい よねー」



 

あなた ひとり くのいちこき?

いや そこは 素直に
「あなた 大好き」の ほうが 
よかった かな

睦み合う いや「結びあう」

「今年 どうする」 と 聞か れれば
「生きる!」精一杯 生き抜く

天下国家を 無理して 考えない
この地域で 楽しく 生きていく
この地域を 侵すものとは 戦う
それで いいんだ

 


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「丑(うし)」はじめ と 読んだ
事を 始めようとする 義
出た芽が 伸びよう と  
構え 養っている 様(さま)

「丑」 説文字から 言うと
母の お腹の中にいた 胎児が
体外へ 出て 右手を 伸ばした 

象形文字

胎内で 曲がっていた 腕を 
生まれて 初めて 伸ばし
指先に 力を入れて 強く 物を握る



 

「おめでとう」で 溢れて いた
新たな命の 誕生と は
これほどに 感動的 なの か



 

糸偏の紐は「紐は 束ぬる なり」
「紐は 結なり」束ねる 統率する
生命体の 様々な要素を 結びあわせ
結合させ 結束させる

日本は 漢字と かなを
混ぜることに よって
漢字の毒を 薄めた

漢字は 便利
日本人は 女王卑弥の 時代から
漢字に 接してきた にも かか わらず
漢字は 日本人の 心から 
遠いところに ある

異性を 口説く「憧憬」
国士「国家のために 生命を・・」
そんな事 言っても 胸を 打たない

一途(いちず)な 思いを 伝えるため
「あこがれ」「くに」「いのち」
そう いわねば 伝わらない だろ

カラオケルームで 演歌を うたう
画面に 漢字を 組み合わせた
漢語が でてくると
理由(わけ) 別離(わかれ) 運命(さだめ)
放浪(さすらい) 冷酒(ひやざけ)
現実(うつつ) 夫婦(めおと)
と いった ように
漢語 に 大和語の ルビが ふられる
しばし 万葉 美の世界に 浸れる



 

「結ぶ」 美しい文化

帯を結ぶ まげを結ぶ
赤い糸で むすばれる

お弁当には むすび



 

むすぶ の「むす」
君が代の 苔(こけ)の むす まで
あの「むす」

生す(むす)男女が 出会い
子供が 生まれ 育っていく

男の子なら 息子(むすこ)
女の子なら 娘(むすめ)
「むす」が ついて いる

ひらがなの力は 大きい
言葉に 出して 褒め合う
ほめて もらえる ほめる
人間の あるべき姿
キラ キラ 笑顔

「笑う門には 福来たる」

決して 攻め すぎず
ユーモアと包容力 
大人の余裕で 笑顔を 引き出す

結び合う
「籍より 暮らし 一緒に いよう」
自分の心情を 自然に 演じ切れる
「酒と涙と男と女」

 


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フグを 食べる 前に
「ソッコーショ」と となえよ

他愛も ない おまじない
どこか で 聞いた・・ 憶えが

呪文 するのは
「測候所(そっこうしょ)」

かつて 列島の要地に あって
天気予報に 活躍した 測候所

往時の予報 は
結構 外れた から
「ソッコーショ」は
「当たらぬ」の 代名詞

フグの毒にも 当たる まい

呪文を 何度も 唱え
「外れろ」と しつこく 願う



 

何を 言うか と 一喝された

最悪の事態を 想定して 
備えを 怠るな と 説教を 食らう

お説 ごもっとも なれど
悲しい ことに
何が「最悪」で
どうすれば「万全」なのか

コロナ専門家や 外野席からの
「百家争鳴(ひゃっかそうめい)」
戸惑い ばかり が 膨らむ

 

何も かもが わかって しまう

今日の化学と専門家

騒が ないと 自分の権威が 保てない

人の命を 奪うものは

コロナしか ないような 煽り方

国民も医療現場を も 混乱させている

 

 

日本に おける

コロナの累計感染者は 24万人

累計死亡者は 3500人

累計回復者は 20万人

昨年の がん罹患数は 100万人

がん死亡者は 39万人

心疾患死亡者は 21万人

だから コロナは 怖くない

そんな事 言いたいのでは ない

 

人間は コロナ以外で 

死ぬ可能性の ほうが

何百倍も高く 死は 変わらぬ日常

体には ウイルスを 退治する

免疫などのしくみが 備わっている

感染しても 症状が 出ない まま

治ってしまう 若い人が いる

 

高齢の方や 持病を 抱えている方は

ウイルスを 退治する力が 弱まっている

亡くなってしまう おそれが ある
 

亡くなった方の 中味が 知らされ ない
コロナに 感染しなく ても 

持病や寿命で 亡くなるの が 

コロナで 少し 早まった
そんな高齢者が コロナ死亡者数の
大半に 含まれる のでは ないか と 疑う

 

知ったかぶりで 大騒ぎした 専門家

もう 後には 引けない と 大袈裟に した

正しい治験 普通の衛生予防で

なんなく 対処できた はず・・・?

 

この冬

インフルエンザは 大流行しな かった

コロナにより 衛生管理が 徹底された から



 

生きてれば 苦しいのも 痛いのも

生きている なれば こそ 

己の 免疫の働きに 頼る

死は 日常 されど 命は 一度きり

精一杯 生き延びるしか ない
 

質素な 粥に 
見向きも しなかった が
悪疫に 苦しんだ 
先人の 祈り が 託された 
大事な 新春の養生薬 粥

今年は 実感する
徒(あだ)や 疎(おろそ)か には
粥を いただけ まい

 


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テレビ には
♪「あかるいナショナル」流れを り 

あぁ あの頃の「明日」の あかるさ

高度経済成長の 頃
家電メーカーの
希望に満ちた コマーシャル
電気洗濯機 テレビ 冷蔵庫
文明の利器は 人々の暮らしを
豊かな気分で いろ どった

昭和40年代の
大型板 チョコのCM
♪大きいことは いい ことだ 
軽妙な歌が 流れた

「大きい」は「豊かな」

便利な物に 囲まれた
贅沢な「明日」を 思わせる



 

それから 60年ほど たち
人々の望みは 変わった

「無駄 不要なものを 減らし
   生活の質を 高める」志向が 
うかがわ れる

トラブルの不安を 減らし
安心を 増す「ドライブ レコーダー」

慣習という 衣を 
人々が 1枚 2枚と 脱ぎ捨てる
軽装社会へと 向かうの か・・ 

まばゆい ほど 
明日が 明るくなくて いい
安定した 安心できる 明日に
人々の ささやかな 願いごと
沢山の神様が 聞き届けた 年初め

 


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はなを 垂らした
貧乏な 子供だらけの 昭和30年代
テレビは 電器店にしか なかった

少年が からかわれる
「アカでも 拾って こい」

電信柱で 電線工事が 有ると
下で 落ちて来る銅線(アカ)を 拾い
くず屋に 売って 小遣いを 得た

日本の食生活は
 「米の飯が 食えれば 御の字」
「粗衣粗食」時代が ずーっと 続いた



 

江戸時代
人口の 7割を占めた 農民
「米=納税物資」
めったに 口に できなかった
生産性が 低くて 万年 食糧難

250年間 人口は 
2500万前後と 低迷して いた

自分が 小学生の 頃
学校から 帰ると
残りメシで「味噌にぎり」
作って もらって 食べ
遊びに 飛び出して いった

ごく たまに
ふかした サツマイモや
トウモ ロコシが あれば ご馳走

夕食で さえ
ご飯 味噌汁 漬物 佃煮
メインは ガンモと 野菜の煮付け

たまに ライスカレー
焼き魚 煮魚に なった が
煮物が ほぼ 定番 だった



 

卵 1個10円
コロッケと 同じで
今なら 100~150円の 高級品
病気の 時には 卵と牛乳が 
出された うれしかった 

父親が 公務員で
給料日前の 3日 4日は 金欠で
煮込み うどんが 続き
子供ながら「またか・・」と

「腹減って なきゃ 食べなくて いい
   食ってくれ なんて 頼んじぁ ない」
父親の 怒鳴り声



 

何処の家庭も 大体 こんな もの
着る物は 兄の お下がり
「貧しい」なんて 思って なかった

今の フィリピンも 同じだろ
貧しい 後進国 だなんて 言われても
自分たちが 心貧しい なんて
誰も 思っちゃ いない



 

友達の家では 豚肉入りの カレー
我が家では 肉の代わりに 鯖缶! 
初めて 食べた 豚の薄切り肉
脂身が 甘く びっくり した 小3 

開きでは ない 本物?の 秋刀魚 1本
食べたのは 小5で これまた びっくり

庶民とは 言え
当時でも そこそこ 格差は あった

友達から
「君んちは いいもん 食ってる」
そう 言われて また また びっくり

そんな 筈は ない 
学校での 弁当時間は 苦痛だった
中味を 覗かれ ない よう 
弁当の蓋で 隠して 素早く 食べ
校庭に 出ていった

1か月 くらい
ご飯と 福神漬け だけで
暮らしていた お兄さんが いた
就職したの だろう
 「パリッとした 背広を着て 挨拶に来た」
母が びっくり していた

戦争末期や 
戦後の食糧難の 頃の
「ひもじさ」「貧しさ」「惨めさ」
今は なく 明るい未来を
信じられる時代に なった



 

1960年の 安保騒動後に
池田総理は「所得倍増計画」を 唱えた
1962年頃には 学校給食が 始った 

1964年の 東京五輪前後から
食生活は かなり 変わった

それまでは 寄生虫を 恐れて
生では 食べない 
生野菜サラダが 登場

焼きそば スパゲティ 肉野菜炒め
開きでは ない 丸ごとサンマ
すき焼き おでん ステー キ・・

食卓革命 
三種の神器 生活革命
凄い勢いで 進んだ



 

「衣食足りて 礼節を知る」で なく
色キチ〇イ 肥満 貪欲 拝金主義 が 蔓延
ポンペイ ソドム&ゴモラの 世界
これが 人類の初期設定なの だろう

先進国から 始まり
今や 後進国も その道を 辿っている

中国で 開発会社のブルドーザーが
密林の木々を 倒し まくり
コウモリの群れが
豚小屋に 飛んで 逃げ
一匹の豚に ウイルスが 宿り
その豚が 上海の 料理屋まで……と
極めてリアルな 伝染経路

偶然が 偶然を 呼んで いくのでは ない
人間社会 すべての偶然は すべて 必然

ウイルスは 人間より 昔からいる
人間は 無知のまま
やつらを 揺り起こし 目覚めさせ
育てて 運んで ばらまいて しまう

自由で 熱かった 昭和時代を
楽しんでもらっている 最中 なのに
年明け 早々から また しても
「臥薪嘗胆」の 不自由な 日々とは

クソったれが「ねちょりんこ ダメ」

 


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米俵を 担いで
沖の船まで 運ぶ 
仲士として 働いていた
富山の女性たち

日銭で 米を買い
家族の食事を 作って いたのに
米が不足し 価格も上がり
日銭で 買えなく なってた

「米を 旅に 出すな~」と
声を 上げた 女性たちのリーダー
清んさの おばば



映画「大(だい)コメ騒動」

何かと 鬱陶しい マスク越しでも 

クスッと 笑えて スカッと した 

1918(大正7)年
富山で 起こった「米騒動」
家族に 米を 食べさせる ために
奮起する 漁師町の 女たちを 描いた



 

映画は 100年前を 描いて 
いるにも かか わら ず 
社会の 混迷ぶりは
現代と ソックリ・・

富山の米騒動
貧しい生活を 強いられて いる
おカカ(女房)たちに よる 嘆願運動

地方紙は もちろん
大阪朝日新聞 大阪毎日新聞
大手メディアが
〈越中の 女一揆 勃発〉
キャッチーな 見出しを つけて
取り上げた



 

インフレや 貧困格差に 苦しむ
庶民の怒りの 導火線に 火をつけた

騒動や暴動は 
瞬く間に 全国へと連鎖

時の 寺内内閣を 総辞職に 

追い込むまでに 発展した

米騒動を 題材に
今 この映画を 撮るのは
必然 だったの だろう

米騒動を 映像化した 作品は
過去にも いくつか あった

いずれも 深刻な 社会状況
格差 貧困問題を 真正面から
取り上げた ものが 多い

それは それで
意義あること です が
映画の 興行面を 考えれば
広がりを 期待できない 題材

米騒動の真意は 保った まま
エンターテインメントと して
面白く描くには どうしたら いいか

その課題を クリアに したのは
おカカたちの リーダー姿
『清(きよ)んさ おばば』の 造形



 

観客が
『主人公たちは つらい生活を
   強い られて いる』

『歴史を 勉強しなきゃ いけないな』
構え 始める ところ で
おばばが 登場し 流れを 変える
破壊力のある キャラクター

キャラ×ベテラン女優の怪演

おばばに 扮する
女優 室井滋の風貌は
見る者の心を ざわつか せる

髪を 振り乱し
金歯 むき出しで
富山弁を まくし立てる 姿



 

一瞬 見ては 
いけない ものを 見て しまった 
その 気持ちにも させる
その 鬼気こそ が・・ 

度重なる 米の価格高騰や
不当な 扱いに苦しむ 立場の 
庶民の リアルな 叫び として
見る側に 訴えかけて くる

ベテラン女優の怪演は
「想像を はるかに 凌駕した」
振り返る ほど 強烈



 

100年前から 変わらない
貧困 階級間格差…
米騒動が 起こった 当時
社会が 抱えていた
貧困や 男女差別の問題
階級間格差は 100年が 経った
現代にも 根強く残る

当時 スペイン風邪が 大流行
当時の 内地人口5600万人の うち
45万人が 亡くなって いた

その辺の ことは 
スカッと 忘れて しまって
100年後に 別のパンデミックに 直面
慌て ふためいている われわれが いる

その後 日本は 
大正デモクラシー 言論弾圧
そして 無謀な戦争へと
向かって いった

先人たち は
『勇ましい 言葉やスローガンは 
   疑った ほうが いい」

それが 破滅や悲劇を 生んで きた

『大コメ騒動』は
混迷する時代は 女性の ネットワークに
委ねた ほうが いいと いう事を 教える



 

いまの 政治を 見ていても そう
老いた男が しゃ しゃり 出て
地位や 名誉や 権力を 振りかざす
大抵 よからぬことが 起こる

その点 女性は 
コミュニケーション能力に
たけて いる

いったん 本音や 本心を
さらけ出した うえで
力を 合わせる から
強いパワーを 秘めた 連帯を 作る
最強じゃ ないかって 思う



 

映画は エンタメ
「繰り返される 歴史が
   教えてくれる 人間の 愚かさ」
むなしいと 思うだけで なく
面白いと いう 感情ともに 鑑賞したい

受け手となる 観客は
作り手の 思いを それぞれに 受け取り
行動を 起こす 原動力に すれば いい

どうしょうも ない 自分だって
「本当に そうだな」と
頷ける言葉が 映画の中には ある

あぁ そう だっ たら
自分も まんざら 
間違った 大人 では
なかった かなぁ なんて

励まされて 襟を 正す

そこだけを 切り出された 言葉
前後の文脈を 失って いるから
前後の文脈を 失った 言葉 だから
言葉を 聞いた その人の文脈に
カチリと 繋がって しまう

世界は
おまえの 思うように など ならない
それでも おまえの 人生は
おまえが 信じる ところ から しか
始まら ないん だよ

 


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カカアが 家に いると
明るい あたたかい 安心する

江戸長屋の 住人
「うちの カカアが な・・」
自慢や 愚痴 与太話が 
そこから はじまる



 

世間は 女房に 対して
「日身(カミ)」に「さん」を つけ
「日身(カミ)さん」と 呼んだ

丁寧な ところ では
これに「お」を つけて
「お日身(カミ)さん」

「日身(カミ)」という 語

「カ」は 古い言い方 では
「カカ」と いった

もっと 古い言い方 では
「カアカア」だった

さらに 古い言い方 では
「カッカッ」と いった

「カカ」「カアカア」「カッカッ」
これが「日身」の「カ」と なった

「日身(カミ)」の「ミ」は 躰

人の身体は「カカ」の 躰
「カアカア」の 身体
「カッカッ」の 身体

古代で「カッカッ」は
太陽が 燃えている 擬態語

「カッカッ」は 太陽を 指した
「カアカア」「カカ」も 同様

女たちの 体
女たちの 命は
太陽の 命の躰

「日身(カミ)」太陽の躰

「カミ」の「カ」に
「日」という 漢字を 当てた
「カ」は 太陽を 指した
その ことが わかる

「日身(カミ)」とは 太陽の躰



 

おカミさん お母さん 女房は 
明るくて あたたかくて
朝 昼 晩と 食事を つくって くださって
わたくしたちの 生命を 育てて くださる
わたくしたちの身体を 産んで くださる
その上 私たちを 育てて くれる

母親は
太陽のような 恵みの力に よって
わたくしたちを 世話して くれる

紅白歌合戦

氷川きよしさんが 熱唱した

『母』という曲が 耳に 残っている
 

世界を 敵に 回しても

私は お前の味方だと 涙で 誓ってくれた人
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昨今は 
大学の部活ですら 母親がかり

引退式で
僕が 感謝を したい人は……
お母さんです と 言って
熱いハグを 交わす親子も 
珍しくない とか

友達化した 父と息子や
ママっ子男子の 存在に
いち いち 驚く方が 
おかしいの だと

それ やめろよ おかしか ないか

腹を 立てる前に 
自らを 省みる
その驚きや ムカツキで 
口に 糊している

今 人は 普通の家族を 求め
手に入らない 場合は
飲み屋のママ と いった
代替家族に 愛情が 向かう

非婚化や 少子高齢化が 進む 今
家族の存在は 贅沢品な 希少

歌舞伎界や 皇室が
注目を 集めるのも
継承物語が 虚構に 近いから 
では ない か

何々屋に 誰が 嫁いだ とか
眞子様の お相手が 
どうと いった話
皆の 大好物

ただし 自分が「家」の 中に 
取り込まれ そうに なれば
家嫌い している 
他人事 だから 楽しんでいる

都会で 暮らす 子供たちの 
家族への 傲慢

昔の 家制度は
誰かの 我慢の上に 成立した
もう そんな 我慢が できる人は
少なく なっている

年寄りの 言う事も
誰も 聞かなく なった

「絶縁する」──

親や きょうだいに 叫んでも
離婚の ように 
紙一枚で 縁は 切れない
一度 入ったら 抜けられない
それが 家族

父親が 怒鳴る
「誰の おかげで
   飯が 食えると 思って いるんだ」

親に 子供が 口答え
「産んでくれ と 頼んだわけじゃ ない!」

そんな セリフを よく 聞く だけどネ
生まれる前に 自分で 選んで いるんだよ

家族 捨てても いいです か?
一緒に 生きていく 人は
自分で 決めます から

ふと 顔を上げ 鏡を覗き込む
鏡には 父にも 似ているし
母にも 似てる 自分が 映ってる

「仲は 悪くても 
   忘れきる ことが できない」
それが 家族

『死んでも できる 親孝行』

楽しく笑って 日々 過ごす
親は 天から 我が子が 
人生の どんな時に あっても
笑顔が その顔から 消えることの ない
日々を 生きて欲しい と 
願っている もの

家族という 概念に とらわれず
人生を 自分の足で 生きる

日本は 家族主義が 強い
欧米など 家族の つながりは
成人 すれば 
自立した 大人同士の関係

どこまでも 母親が
ついて くる と いうのは
現代の日本的で その価値観に
押しつぶされて しまう 
子供だって いる だろう

いい加減に しろ よ

国民が 幼児化して いる
このような国は
世界のなかで 日本しか ない

本当に 大事な事 大切な事が
日本人の眼には 見えなく なった

「軽やかに 柔軟に」
まあ まあ なんて 言われても
なか なか 筋を曲げない「昭和ボーイ」
やさしく支え 励まして くれるのは 
ダバオの風 おまえ だけ か・・

異国 南国の地で 老いていく
ぼけることは 老いの 自然な流れ
終(しま)いの 仕度を

脳が はじめて ゆく

もし 体ばかり 老いて
脳だけ が 若い ままなら
死を 許せないかも しれません

ダイジョーブと 思う 自分は
オオザッパーズ(株)の 頭と して 
しっかり 勤めて いきたい

 


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