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ダバオ通信 ヤン爺のラストライフ・ダバオ
Last Life Shift In Davao Philippines

フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
「団塊 百年の孤独 老いの抗い」
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どんより シトシト ピッチャン
南国なのに この寒さは どうだ
日本の初冬を 想い起こされる
鼻水が 出て「うー たまらん」
一日に 震えた
寒い夜
タカは 小鳥を 捕らえ その体温で
冷えた 自分の足を 温める
夜が 明けると 小鳥を 放ち
飛び去った 方角を 見て
一日 その小鳥を 襲うことは しない
そんな 言い伝えを もとに した
「暖鳥(ぬくめどり)」冬の季語
「暖鳥」は「温め鳥」と
書き 表される こと も・・
こちらは 親鳥が ひなを
羽根の下に抱いて あたた める
震える ひなたちが
親鳥の ぬくもりに 包まれる
〈寒き世に 泪そなへて 生れ来し〉
いつか 笑顔に なるために
生まれて きたの だから・・
石油ストーブを 使っていた時代
ストーブの上に ヤカンを 置いて
シュン シュンと 湯気が わき上がる
湯気 立ち上っては 消えての
振り返しな だけ でした が
湯気の ゆらゆら が
色々な方向に 動いて 行くので
見ていて 飽きなかった なぁ…
子供の頃から ぼ〜ッと していて
今も それは 変わらない
体力が ないから 無理できない
散歩も いつ まで できるやら・・
なんて ちょっと 弱気
周りの 70歳に
合わせることを 意識して しまう と
途端に 何かが 崩れて
いきなり 腰が 痛くなったり
一般的な 基準に 合わせる 必要は ない
自分に 自信を 持って
自分が 信じたことを 追求して いくと
意外と 年齢を 超越した
魅力を 保てるんじゃ ないかな
『バカだな』とか
『勘違い野郎だな』など と
思われても いいから
自分に とって大事な ものを
大事にしようとする 意志の力が
人生の 全てを
変えて いくのは 間違いない
自分自身も 実感
ドイツの メルケル首相
テレビで 両手を 振り回して
死者を 受け入れる事が 出来ない
コロナ危機を 自制警告
そのかわり 結果が 出たら
もとの 社会生活へと・・
メリハリが 利いた 話しかけ
日本の 国民を 脅かす だけの
コロナに関する 呼び掛け
誰の 心にも 響いて こない
首相 閣僚から 議員まで
百貨店の高級品売場の 店員 か
バカ丁寧な 言葉を 使う
下手な事を 言えば 責めを 追う
その 言葉は つくりもの
心が こもって いない
日本人だ ベランメイで
自分の言葉で 話したら いい
語りの味は リーダーの条件
秋田弁が 聞きたい
『ギャー』
政治家は 自分に とって
大事なものを 守ろうと する時
平気で 身の周りの者を 殺したり も
権力者は 自分の 政治的地位を 守る
誰で あろうと 犠牲に する
天の秩序から カッコ悪い 大人が
「はみ出し過ぎ」て しまった
でたらめな 不健康で
不道徳な 欲望だらけの
奇妙奇天烈で 傲慢な 空っぽの人間
その社会を 生んで 後悔は ないのか

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エジソンが
白熱電球を 発明する
1年半 前の 日本
明治初期の 1878年
東大工学部の前身 工部大学校で
まばゆい光が あたりを 照らしだした
日本で 初めて 電灯が ついた 瞬間
寒さの 暗がりから 人を 救い出す
灯りは あたたかい 空間を 生む
初めて 目の当たりにした 灯り
電灯を 作った 日本人たち 凄いんだぞ
驚きは どれほど だった ろう―と
寒い日に 想像して みたくも なる
新しい生活の 幕開け 告げる光
電灯により 人々は
「生活時間」
「働ける時間」を
新たに 生み出した
「時間って」
とっても とっても 大事
ふとした 瞬間に
すーっと 過ぎて いっちゃう から
昭和を 代表する 家庭消毒薬
「赤チン」70年に渡る 製造を終了
『母親が 塗ってくれた 記憶の時間』
時代から 消えていく 商品
生き延びて いる 時間の長さ
ふりかけに 手を 伸ばす
「ごはんの おとも」
手軽に 楽しめる「のりたま」
昭和35年から 60周年を 迎えた
昭和・平成・令和と のりたま は
長い時間を 生き抜いて いる 商品
日本の生活者に 愛され続けて いた
どんな お米にも 合う のりたま
フィリピンの お米でも おいしい
栄養不足の 子供たちを 喜ばせたい

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もーいーくつ寝ーるーとーおー正ー月~♪
綺麗な方は より美しく
そうじゃない 方は・・
そうじゃ ないかた は
それなりに 写ルンです
日本人には Xmas より お正月
子供の頃の お正月って 楽しみ
お年玉は もちろん
大晦日には いつも より
夜更かしできる 特別な時間
なか なか やって来ない お正月
子供に とって 一日 一日を
長く感じている 表れ
ぼーっと 過ごして いれば
一日が 一月が 一年が
あっという間に 感じる
もう いーくつ 寝る と~
数えたく なるほどの 楽しみ
子供心を 日々の中に 持ち
ドキ ドキ ワク ワクを 探す
一日の中で
新しい発見や 変化が
多いか 少ないか で
時間の長さの 感じ方に 差が
年を 重ねて いけば
経験値が 上がって いる
新鮮な体験には 出合い づらい
驚き 発見も 減って いく
動物番組で 知った
大きな象と 小さいネズミ
一生の 心拍数は
共に およそ 20億回で
同じという 話でした
他の哺乳類も ほぼ 20億回
心臓が 速く動くネズミは 早く死ぬ
心臓が ゆっくり動いてる象は 長生き
風に揺れて 目に入ってくる風景
息を のむような 美しさ
ゆったり ゆっくり過ぎる 時間
息を することも 忘れてる
無言の まま 美しさに 見惚れ
そこから 動けなく なる
体験している 豊かな ダバオ時間
その時 その場所
年代とか 年齢 状況での
豊かな時間の 過ごし方
時間が 全力で 身体に 染み渡り
『終わり たくない
終わらせ たくない』と
めくる ゆらめく
長生き だけど 心の貧乏 だけは
いただけ ない な
「自分の心と体が 喜ぶ」時間
ダバオに 自由時間を 欲す
海辺に 佇むと
「これまでの 道のりは
この海へ 帰ってくる ための
ものだった の だろうか?」
自問を さまよう
人生 と いうものは
結局は そういう脚本に
沿うもの なの だろうか・・
心が 喜ぶものを 我慢 しない
誰の 言いなりにも ならない
持たされた 限りある 時間
余さず 楽しみ 尽くし たい
自分を いたわって いる
それじゃ なきゃ 踏ん張れ ない
相手にも 優しさを 持てなく なる
20代の頃
名前の字画を 調べて もらった
「いい字画」と 太鼓判を 押された
「ただ あなたは 大器晩成型で
還暦を 過ぎてから
本当に 面白くなりますよ」って
そう 言われて 時間が 経った
いま 70でしょう
いつ それが くるの やら・・
いや きている きている じゃない か
ダバオに いたから 大器晩成
それに 気付いて いなかった

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♪幸せだなあ
オレは 酒を呑んでる 時が
一番 幸せ なんだ ほんと だよ
オレは 死ぬまで 酒を 離さないぞ
いいだろ
カフカ去れ 一茶は 来れ
急流の ごとき 世なれど おでん酒
「小鍋立て」と 呼ばれる
座敷に置いた 火鉢に
小さな鍋をかけ 1人や 少人数で
湯豆腐や ドジョウなどを 食して
心身を温めた 鍋文化の原型
座敷で 小鍋を 引き寄せ
中岡と 酒を 吞んで いた ところを
刺客に襲われ 絶命 坂本龍馬の最期
「鍋奉行」や
ひたすら あくを取る「あく代官」
コロナで 活躍の場が 減った
酒と鍋の 相合い傘
「こなべ」で
女を 引き寄せる バカ殿さま
世間が 騒がしい のう と
年末を 静かに 過ごす アホウ鳥鍋
自分を 喜ばせ
相手を 喜ばせる ことは
何の罪でも ない

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日本では 知る人も いない ダバオ
ふつうの暮らしを するの にも
お金が かかる が
どんな 生き方を しようと
放っておいてくれる 懐の深い街
20世紀 初頭
需要が 増加した マニラ麻 栽培で
富を 得ようと 日本人移民が 増加
2万人規模の 日本人街が できた
第二次世界大戦が はじまると
日本人は 戦に 踏みにじ られた
ダバオの街から 日本人が 消滅
戦死者の 墓だけが 残った
物事の 始まりを 知るのは 優しい
終わりが いつだったかを 知るのは 難しい
ダバオ市 今でも 発展途上
日本人が 思う「大都会」では ない
英語が通じ 物価も マニラ程 高くない
都市で 殺人事件は 多発しても
東南アジアで 最高レベルで 治安良好
気候は 安定し
一年を 通じ 25~32℃
フィリピンは 台風の 生まれる国
だが ダバオに 台風は きません!
ダバオ市は 沿岸部で
風が通るため 風と果物が ご馳走
大規模ショッピングモールや
繁華街なども あるが 田舎街
自分で 探した 平屋の貸家
ベッドと カウチを 部屋に 入れると
あとは 猫の遊び場に するのに
ちょうど いいほどの 広さ
ダバオには いつまでも
社会的に 内側に 入れない街
しかし 疎外感は 覚えない
それは この街が
自分の 好きなように
生きていけば いい と
どう生きても 知らんぷりで
人を 放って おいてくれる
これは 人間に とって 大切な こと
健康で 文化的な 最低限度の生活
蟹を 食べたことが あれば
カニカマを 食べても
本物の蟹の味を 思い出す もの
食べたことが なければ わからない

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70に なって お釈迦様の ように
もっと 落ち着く と 思ったら
意外に 煩悩の 深まる
お年ごろ なんです よ ね
加齢を 何とか 前向きに
明るく とらえよう と
必死に アピールする TV
年を とるって
誰にでも 訪れる 自然な こと
もっと 普通に 受け取った 方が
楽なん じゃ ないか な
煩悩 欲深が くすぶる
〈恋は 今は あらじと 我は 思へるを
いづくの恋ぞ つかみ かかれる〉
今と なっては/
恋とは 無縁だと 思って いたのに/
いったい どこの どいつの 恋心/
つかみ かかって きやがる のは/
誰か から 突然激しく
恋心を ぶつけられ
その恋に 困惑しつつ
でも 心揺れる この感覚
万葉の 滑稽味のある 恋歌なら
千数百年前の 人々の 生の息吹が
伝わってくる こんな 感じ・・
アナタの来る日は 今日だった のね/
鼻は くしゃみが 連発で/
なぜか 眉も かゆい と 思ったわ/
それが あなたに逢える 前触れ だった/
万葉びと は
〈くしゃみが 出〉たり
〈眉毛が かゆくな〉ったり
〈結んでおいた 紐が
自然に ほどける と
恋人が やって来る〉と 信じた
万事 連絡が 簡単な 昨今では
こういう 風情の歌は 作れない
2つの 動詞が ある
「さわる」と「ふれる」
経験した「ふれ・あう」
記憶のフラッシュバック
今すぐ 誰かに 手を 伸ばしたく なった
小津安二郎 映画
作品は 女性の結婚問題
小津監督のテーマ
戦後に なると
経済復興の ために
社会で働く男たちの 周辺には
《片付けたい》対象の 女性 が
『秋日和』では
お年頃の ひとり ものの
女性のみ ならず 亡き友の 妻も
男たちの《片付け》欲求を
そそる対象 と なっている
「いやあ 片付けたい ねえ」
「片付けたいです なあ」
日本語は 主語を 端折る
まるで 掃除の話でも
しているように 聞こえる 会話
当時は こんな言葉が 横行しても
「女性に対する侮辱だ」など と
声を あげる人も いなかった
ある 女に とっては そうだ
結婚という 形で
《片付けられる》のは
受け入れ がたい
子供を もうける 目的の もと
交わされた 絆である 結婚
聖化された 領域と
情欲で のぼせ あがる ことで
生じる 結びつきは 異なる
女は 理解するよう 求められる
男と女は 契り
それを あえぎ 求めながら
心の力 全体を要する 一突きで
ほんの かすかに それに 触れた
共有した エクスタシーの瞬間
人生で 最も 強烈な経験
それは 思い起こされた 出来事史上
最も強烈な 経験
性的成熟の 芽生えよりも
性欲の 落ち着きの なさ
「意に反して動く 特性」
経験のなかで 決定的
女は 理解できるように なった
身体の ほかの部位は
健康で あれば 権能の もとに あり
望むように 動かしたり
動かさなかったり できる
子供を 生むための
男の 偉大な機能について 言えば
明らかに この目的のために
つくられた 肢体
それは 意志の向かう方向に 従わず
情欲が これらの 肢体を 動かすのに
合法的権利を 持っていた
情欲が その肢体を 動かすのを
女は 待たねば ならない
その 全てを 理解した 女は
「結婚なんか あてにするな
まずは ひとりで 生きて
いけるように なりなさい」
夢も希望もない 結婚観を
理解し続け 持ち続けた
シングルマザーと なった 女が
のちに 再婚を 決めた 時も
「精神的にも 経済的にも
ひとりで 生きていける
自信が ついた
その後の 再婚のほうが 気楽
理想や妄想に 頼らない分
うまく いく はず」
日本で 女の自立や 強さが
フィリピン娘では どうか
馴染む日が 来るのか
理解しづらい話を したとき
「変な人」と 分類されたら ラク
自分は たいてい「変な人」として
処理されて いる
「人生は 思い通りに ならない」
自分は そう 思いきった
「不条理」を はじめ
「失敗」も「屈辱」も
生きていく うえで そんなもの
必要 ないもの だって? あなた・・
そう なのか
そんな 社会環境に なった だって
そりゃ ないだろ
人間が 本来 もっている
強さや 臨機応変
適応能力を 脆弱化させた うえ
全てを 捨てれば どう なるのだ
「人生とは 目的を 掲げ
それを 成就するための 計画を練り
全うできる ように 頑張るのが
正しい生き方」
「希望に むかって 突き進む人は 美しい」
誰もが そんな 常識に 囚われている
夢や 理想に 努力しても
様々な 事情で
そう ならなかった とき
大きな失望を 抱く
家族の期待に 応えることも
喜ばすことも できない 自分を 恥じ
社会に 適応できない 自分を 恨み
自らを 追い詰めて しまう 自決
人間の人生とは
思い通りに ならない もの
どんな顛末も 現象も 起こり 得る
そのこと 予め 承知して おけば
楽に 普通に 生きて いかれる
今日 日 人々は
小さな ことに 深く悩み
簡単に 人を 傷つけたり
殺したり する
切羽 詰りそうに なったとき
社会も 人間も
思い通りに ならないのが 普通
そう 思って 生きて ないと
自滅 するしか ない
勝った 負けた なんて 関係無い
「人生は 思い通りに ならない」
強調して いる
素敵な 出来事が あっても
疑念を 抱き 斜めから 見ている
両手を 挙げて 喜んで いて
いいの か なって
目出たい ことが あれば
素直に 喜んで いる が
「いや いや これは
何かが おかしい
いつまでも 喜んで じゃ いけない
こんな 幸せが 長く続く訳が 無い」
やっぱり な・・
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年を とれば
恥じらいが すり減って いく
世の中の 恥の感覚も
変わって きて いる
「自慢」と「恥」
古来 日本には「自慢」を
恥じ 嫌う 文化が あった
恥の 上塗り行為
レジで 商品を スキャンする際
ペットボトルの
ふたの部分を 持った ところ
『汚い手で 触るん じゃねえ!』
怒鳴られた
ドラッグストア 店員の証言
従業員が 客から
理不尽な 嫌がらせを 受ける
お客様は 神様じゃない
三波春夫さん 訂正して よ
アクション映画の ような 暴走
人身事故を 起こし
アクセルを 踏み込んで いたくせに
「車が 勝手に 動いた」
そう 主張する 元上級官僚
病院で マスクを していないと
注意されたら
「しゃべって ないから いらないんだ
この 若造が!」
自分の検体を 投げつけた 老市議会議員
なぜ 彼らは
「おまえたちは やるな
俺たちは これぐらい なら
やっても いいんだ」
そう 思えるの だろうか
タモリさんに
大声で ツッコんで もらいたい
なぜ あんた だけは 特別
あんたのすることは なんで 大丈夫
あんたは なぜ 許される
いいとも! じゃ ないだろ
「老害」という 嫌な 言葉
耳当たりの いい 言葉では ない
よかれと 思って 言った ことが
「老害」などと 言われれば 愕然
「怒り・恐怖・不安・羞恥心
情動を つかさどる
脳内の扁桃体が 衰えると 老害化」
加齢による 症状
年寄りが 皆「老害」で
あるわけでは ないが
ある程度 納得は いく
「正義中毒者」
スーパーで お惣菜に 手を伸ばしたら
見知らぬ おじさんから
「母親なら ポテトサラダ くらい
自分で 作ったら どうだ」
おじさんに とっては
母親が お惣菜を 買うのは 手抜き
些細な ことだが 不正義
冷凍餃子を 使う ことは
「手抜き」では なく
「手間抜き」です よ!
工場という
大きな台所で 野菜を 切って
お肉を こねて 皮に 餡を 包んで
大変な「手間」を
お母さんに 代わって
丁寧に 準備して くれる
下ごしらえの「手間」を
代わる ことで 生まれた
お母さんの 時間
目の前で ダダをこねる
お子さんを 抱き しめたり
勉強を 頑張る お子さんの
宿題を みて あげたり
遠くの ご家族と 電話したり
誰かのために 使って いる
「手抜き」じゃ なく「手間抜き」
惣菜ポテサラも
冷凍餃子を 使うことも
不正義では ない
罪悪感も 待つことは ない
なんで そんなに 他人を
嫌な気持ちに させたいん だろ
忠告の内容が
正当だった と しても
そんな わざわざ 他人に
嫌な気持ちに なって ほしい なんて
誰が 思う
正当な 忠告だから
別に いいだろう
と 言う人も いる
道端で 擦れ違う
知らない人 から
いきなり「あんた こうでしょ」
そんな こと 言われたら
相手が 嫌な 気持ちに なると
思わ ないの か
正義は 重要
そこだけを 強調して しまう と
過剰に 自責的になる者が 出る
心のド貧乏な
自分世界に 浸ること さえ
無自覚な やつらが 増えた
正面から「バカモン!」と
怒鳴れる人も いなく なった
声を 上げれば
すぐ はじかれる「ベーゴマ」社会
寛容でない 社会を 生きている
自分より ちょっと
得をしている だけで
他人が 許せない 世間 か・・
野花は 決して 嫉妬しない
隣に どれほど 立派な花が
咲いて いて
人々の賞賛を 浴びて いよう と
自らは 小さな 目立たぬ花を 咲かせ
文句を 言わず 僻まず 妬まず
与えられた命を 淡々と まっとうし
そして 人知れず 静かに 朽ちていく
自分だけが 損を しているとか
あの人の ほうが
たくさん 褒められて いるとか
どうせ 私には 才能が ないとか
小さな 嫉妬心が 芽生えた とき
そうだ そうだ
淡々と していなくては いかんぞ
妬んだ あとで 反省する が
妬む癖は なかなか 直らない
だから 野花の話は
いつまでも 心に残り 続けている
電車の乗客たちが
ほぼ じゃなく
お婆さんと 我ら 2人を除く 全員が
マスクを しながら うつむいて
黙々と「スマホ」を いじっている
黙々と ひたすら
世間や 人の様子を うかがい 見ていた
窓から 空を見て 沈思黙考する 若者は
誰ひとり おらず
まるで サナトリウムの病棟
中年の ひとり ぐらい
単行本でも 広げていて ほしかった
お婆さんの 隣では
若い女が ゲームに没頭
その隣の 女は スマホに顔を 寄せて
動画を のぞいてる
この先 何世代か 時を経ると
人間の首は 前に 折れっぱなし
目は 乾きっぱなし
景色は スマホで 写しっぱなし で
記憶力も 失った 新人種に進化
いや 退化して そうだ
車内に いるのが 耐えられず
こっちは 除外されたく なって
次の駅で ホームに 飛び出した
降り立つと 空に向かって
深呼吸を して 気を取り直す
世間を 覆う 閉塞感は
いつまで 続くのか
10年以上 続いてきた 冷たい世間
もう 人は 世間すら感じる 余裕も ない
中年も 学生も 対人 対物
すべては スマホを 頼って
「いいね」と 合わせて くれる
相手だけと 通じ
いつも 首を うつむけて 道を歩き
車が 突っ込んできても 気づかず
マスクの中で 息を ひそめている
なんて 冷たい 光景だろう
昔は どれだけ 傍若無人な ヤツも
人の ふりを見て 我がふりを
直して 生きた
社会を よく観察し 人を よく見て
自分を 実感した
携帯電話なんて 無用だった
いつもの 喫茶店に 行けば
誰か 仲間が いて
ザ・バンドの歌「ザ・ウエイト」が
その 荷物を 下ろしなよ
自由に なりな
オレが 運んで やるから
なんて いい感じで
コーヒーの香りと 流れて いて
気が 安らいだ
あほらしやの鐘が 鳴る
あなたに 聞こえている か
狂って いる この社会に
誰も 気付いて いない

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「言葉は お金のように 大事に 使う」
「自己批判」を 自らせぬ 人は
「寛容」には なり切れ ないし
「寛容」の 何たるかを 知らぬ 人は
「自己批判」を 他人に 強要する
何気なく 発した 言葉で
人を 傷つけた経験 誰にも ある
「舌を 制御できる人は 一人も いない
舌は 疲れを 知らない 悪で
死を もたらす毒に 満ちている」
目上の人に 意見することは 難しい
今も 昔も それは 変わらない
勇気が 要るし そもそも 気が重い
意見する のが
専門の お役所が 中国に あった
「諫院(かんいん)」
千年ほど 前の こと だ
「諫(いさ)める」
その語を 冠した 官庁
意気盛んな 者たちを 任用
大臣さえ 批判するのも 仕事
いさめられた 側は
いさめに 正面から 向き合った
庶民でも 大臣でも
言葉の暴走を 抑える 仕事
今 諫める人の 姿が 見えない
「忠言は 耳に逆らえ ども 行いに 利あり」
大きな器に あなたが ならな ければ
忠言する者も 出て こない
「勝負の 3週間」どころ か
「勝負の 1年」を 耐えて きた
気分転換の 忘年会さえ まま ならぬ
だれだって 余計な いらだちを
胸に 抱えたくは ないが・・
誰も 経験が ない
雰囲気で 迎える 年末年始
気ぜわしさが 増す 時季
わが心は ささくれ立って いないか
胸に 手を 当ててみた

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大掃除は 年末と 相場が 決まっている
江戸時代
江戸城の すす払いが 12月13日
この日を もって 武家は
年末に 向けての 準備に 突入
それに 合わせて
町民たちも 一斉に すす払い
当時の江戸は
埋め立てが まだ されて いない
海岸線が 内陸に あった
海から 強い風が 吹き込み
ホコリっ ぽ かった
江戸の大掃除 規模も 大きい
前日の 12日には
「明日は よろしく お願いします」
挨拶回りも しっかり と 行われた
全員参加 だから
今年は 掃除が できなかった な
などと いうこと は ない
庶民に とっては 結構な 重労働
終わった 後は 楽しみも ある
すす払いの 後の 胴上げ
頑張って 働いた人を
胴上げする 習慣
すす払いで 頑張る のは
若い女性が 多い
ご苦労だった ネ
胴上げする ことで 労を イタワル
着物の裾が 割れ
生足が さらされる
今と 違って
ストッキングは もちろん
股間を カバーする 下着すら
なかった 江戸時代
刺激的な 眺め だった
江戸時代の下着は ちりめん
腰の周りを 覆っては くれる が
胴上げで 着物の裾が 割れれば
股の ところは 丸見え
胴上げ される娘は
たまった もんじゃ ない
この日 ばかりは
若くて 可愛い娘が 歩いている と
ご苦労様 お疲れさま と 捕まって
胴上げ されて しまう
今なら 大問題
何と いっても 江戸市中が
みんな そういう気持ち だから
どうにも なりは しない
若い娘に できるのは
見られても 恥ずかしく ないよう
大事な ところの
手入れを する ぐらい
江戸時代にも
下の毛の 手入れは あった
軽石を2つ こすり 合わせて
毛の先を ふわ ふわに する
江戸時代の 娘の たしなみ
もっとも
毛の手入れを したから
どうぞ 見て ください という
娘が いたとは 思え ない から
一方的に 男だけの 楽しみ だった
胴上げが 終わると
そばが 振る舞われる
手伝って もらった 店の側が
準備をして そばを 振る舞う
江戸の冬は 今と違って 寒いから
温かい そばは 何よりの ごちそう
そうして そばを 食べ終わる と
いよ いよ
年末 年始に向けての 準備が 始まる
掛け取りは 晦日だから 金策に走る
江戸の すす払い
町民全員が 参加する
それと いうのは いい ものだ
現代は 個人主義だが こんな こと
ひとつ くらい あっても いい
フィリピンで
年末の大掃除など 行われ ない
9月から 準備してきた
盛り上りに欠ける 今年の クリスマス
終わって 疲れはて 金も 使い切った
ただ 新年を 静かに 迎えるしか ない
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江戸の人口
武士 町民 合わせて 100万人
感染症に 何度も 見舞われて いた
知識も 薬も ワクチンも マスクも
無い 無い づくしの 時代
多くの人が 疫病で 亡くなった
治まるのを 待つしか ない
手立ては なにも 無かった
自然の摂理に 従う
洞察に 慰めがある と すれば
疫病や パンデミックは
終息する と いうこと
必ず 終息する
ワクチンで 対処する前に
終息したことも ある
病が 流行している あいだ
人々は 信心深さを 増し
自制的に なり お金を 貯め
リスク回避を する
どれも いま 自分たちが
目の当たりに している こと
これは 何百年も 前から 同じ
社会に ワクチンが 行き渡る
2021年を 経て
経済の悪化から 回復できる
2023年を 経なければ
未来は 訪れない
2024年以降に ついて
示す 見通しの なかには
自粛中に 人々が 思い 焦がれた
経験が 盛り だくさん──
超満員のスタジアム
人が ひしめき合う ナイトクラブ
花開く アートの世界
2024年には
パンデミック中の 傾向が
すべて 逆になる
人々は 社会的交流を
絶え間なく 求める
「性的放縦」気前よい消費
「信心深さの 減退」
どんちゃん 騒ぎ したい なら
来年も 人々が 引き続き
ソーシャルディスタンスを 順守するか
しない かに かかって いる
来年は 世界の耐久力が 問われる
引き続き
ソーシャルディスタンスを とり
手を洗い マスクを着け 人混みを 避ける
14世紀と 同じ疫病対策を
とれるか どうか
社会維持として この度
地球人たちは 非常に 未熟だった
地球人は もっと 上手く やれた はず
地球人たちには この先
多くのことが 求められる
そのためには 大人に なって
いか なきゃ いけない
他の動物も 感染症に かかる
別に あらがわ ない
屠殺され 深く土に埋められる
なぜ 人間だけが
長生き しないと いけない
人間は 特別な 生き物だから か
地球で 一番 えらい 顔を して
知性が あるから 長生きは 当然?
人間は 温暖化の要因を つくった
地球に とって 人間と いうもの
むしろ ウイルスみたいな 存在
人類が 滅びても
地球は 変わりなく 残り続ける
その事を みんな 忘れてる
46億年の 地球の歴史を 思えば
人間の時間なんて ちっぽけ
恐竜の時間よりも 圧倒的に 短い
昔 人間って いう
生物が 生息していた らしい ね
「来年のことを 言えば 鬼が笑う」
真面目な顔で 言った 後・・
「マスクを して いたら
後は 全裸でも OKと いう
その時代が 来るとは
思いません でした よ ネ」
或る日を 境に
プッツリと 感染が 止まった
キツネに 化かされて いた かの よう
コロナは 何だったの か?
悪い夢から 人類は 覚めた
やっぱり お釈迦様の 悪戯だった か
鬼に 笑われても いい
「きっと 来年 良い年に なりますよ」
「もう寝んかい」宴席は 短めに
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