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ダバオ通信 ヤン爺のラストライフ・ダバオ
Last Life Shift In Davao Philippines
フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
「団塊 百年の孤独 老いの抗い」
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異国の空港に 着いてから
外に出て その国の地に 立つ
風の肌触り 空気の臭い 雑踏の音
さあ どこに行こうか と 考える――
土地の物を 食べよう 腹が へった
旅先で 1人 店を 探そう
飛び込みで 店に 入った
店が 居心地が いいか どうか
それは「人」
お店の方が そういう空間を
作って いるか どうか
話しかけて ほしい
そういう わけでは ない
目配り・気配りを してる とか
ちょうど いい タイミングで
ビール もうひとつ いかが
そんな 声を 掛けて くれる とか
あるいは
寡黙なんだ けれども
ものすごい 職人技の
料理人で あるとか
案内も無く テーブルに付き
職人の 手際を 見たり
土地の客の 会話も肴に 楽しむ
ビールでも
いろんな種類を 飲んで みたい
同じ 銘柄だった と しても
どこで 誰と どんな 時間に
どんな 状況で 飲むか で
全く違う 味に なる
そういう 初めての こと
やったこと の ないこと
やってみたい 性分
直前に買う チケットは
高いに 違いない が
行動の自由さは 手に入る
空港は 旅が 終われば
そこを 経由して
フィリピンに帰る 場所
空港は 祝祭的な
旅行好きの人に とって
異次元を 誘う 場所
異国と フィリピンの間
時と土地の 記憶に なる
空の旅は 身近に なった
各国が 国境を 開けば
すぐにでも 飛び出す

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よいことも 悪いことも
まったく 何も 起こらない のは
非常に 運が いい 日常
ひとり 自炊の食事
「ひとり膳」の 習慣
自分で 自分を もてなす
ちょっぴり 心地 いい 気分
「今 ダウンタウンに いるの
これから 会わない」と いう
女の電話を 受けた
「用事が あるから」
用事など ないのに 断った
「そう いいわよ いいの」
また 会える から・・
女に 対して
自分が 最後にかけた 言葉に
なって しまった の か・・
その人も その物も その時も
生涯に 一度の ものと 思えば
相手に 誠意を 尽くす
一生に この 一時だけ
生涯に この 一回しかない 瞬間
疎かに 逃せば その時 その機会は
二度と 訪れない 摂理
一会の機会に 専念すべき だった
なぜ あの時 女の申し出を
受けなかった の か・・
一期一会 その機会だった
誰からも 愛されていない 感覚は
最も 残酷な形の 貧困
誰と 時を 共有できる か
そのことに 気づく べきだった
「何のために 生きるのか」では なく
「誰のために 生きるのか」だった
そこに フォーカスすべき なのに・・
自分に 問うた
「自分は 何のために 生きるのか」
では なく
「誰のために 生きるのか」
「自分は 誰と 時を 共有するのか」
どん どん 過ぎ去ってゆく 時間
その時 その瞬間は 二度と
再現でき ない
同じ時を 共に過ごす 大事
その機会 その時
軽んじ 間違って いた
自分にとって 大切な 人を
優先させる べきだった
ある日 突然
腕に 痛みを 感じて
そのことに 思い至った
大病や 大けがを すれば
無意識で 平凡だった
当たり前の 日常の営み
その 有り難みを 感じてる
誰れしもが 経験した
コロナで 死者が 出る前
意識さえ しなかった 日常
人類の 日常が 破壊された
自由な 生活の 繰り返しが
貴重で 有り難た かった
地球規模で 思い 知らされた
死者が 重なろう が
普通 そこまで 想像しない
70年も 生きてきた
人生の 最後の部分が
これほど 制約される のは
時間の無駄 不満で 且つ 残念
高齢の身に 感染は 死に直行
不自由な 生活を
強いられる のは 愉快では ない
これまでの 人生で 今ほど
頻繁に 手を洗った ことは ない
暑く 息苦しい思いを して
マスクをして 外出した事など
なかった
西洋諸国では マスクの着用を
強制しているのに 対して
多くの人が「個人の自由」を 奪う
そう いって 着用に 抵抗する
国柄が フィリピンや 日本と
大きく 違うということだ
日本人は
心を 分かち合う「和」の 社会
ーーえ! そうなの か
世界一 他人に冷たい日本
だから 率先して マスクを する
自分の命だけ 守れれば いいとネ
他人との違いを 強調する
EUは 個人社会
フィリピン 命令を 無視すれば
罰金や逮捕 拘束される 強制社会
マスクに フェイスシールドまで
言われた通り 着用 従っている
「あちらを立てれば こちらが立たず」
感染は 拡げたくない 経済は どうする
だから 悩む
「こうすれば 万事 まるく収まる」
その正解が どこにも ない
経済が 回らない とか いう 前に
人間が 壊れて しまうだろう
ロックダウン
「もっとも やぼで 単純すぎる愚策」
ーー感染拡大を 防ぐ
最善の措置 だろう が
いや この不自由な 状態から
一日も早く 脱出したい なら
国民全員が 感染し 免疫を 得る
死者は 重なり 10%は 重篤化
だが 90%は 軽症で 回復
最善 可及 速やかに 終わる
他に 打つ手なんか ないんだよ
ーーまた そんな バカなこと 言う
バカだと 非難された スウエーデン
今 集団免疫を得 終息の きざし
戦略は「ウイルスと生きる」
EUで コロナ勝者に なった
感染数が 機械的に報道される
症状が 出ない 陽性者
90%が 軽症のフィリピン国民
この国の コロナ重症感染者は
一体 どこに いるのか・・
この国の人は バイ菌には 慣れっこ
もはや 集団免疫!?
ワクチンを 待っても
終息となる 万能薬では ない
ウイルスも 殺られて たまるか と
変異して 生き延びようと する
免疫人体の 中に おいて こそ
コロナは 増殖できず 死滅する
自然減少の 一途を たどり
やがて 消滅
大多数の国民が 免疫を 得て
コロナは 終わりを 迎える
ロックダウンで コロナが 長引く
人は 毎日が 退屈で つまらない と
なんか おもしろいこと ないの
コロナを 怖れず 愚痴を こぼし
人ごみを 動き廻る
つい 油断
コロナの総攻撃を くらって いる
ウイルスも しぶといが
医者も 案外 しぶといよ
ウイルスは 型を変え いなく ならない
だったら 人間が そのつど
勝ち続ければ いい
コロナは 自分の頭に
ウジウジと 居座っている

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15年で 5か所
わりと 動いている方 だろう
貸家に あっては
前に住んでいた人の 気配を 感じる
孤独死など この国では ありえない
その 不気味さとは 無関係な 気配
家も 借りられない 晩年 日本
生涯 お一人様を待つ 厳しい現実
高齢者が 住宅を 借りることは
簡単では なくなった と 聞いた
フィリピンでは 何の 制約も無く
高齢者でも なんなく 借りられる
幸せか どうか なんて
なんで 気にする・・
人生の方が 自分を選び
フィリピンに この身を 運んだ
「何も考えず この場に いろ」
自我や自意識は 邪魔だった
空っぽの 自分に なるしか ない
「年寄り だろ・・」って
世間が 思う 老いの イメージに
とらわれて しまうと
そこから 先に いけない
新しい者に なれ ない
「自分は こういう人間 だから」
言い切って しまう と
それが 老いの 邪魔に なっちゃう
老いイメージから どう 抜け出すか
逸脱するか それこそ 考えない と
自分は 何を 目指しているのか
自分でも わからない って いうのが
一番 精神的に バランスが とれる
安定している状態な 気が する
「あなた なんで
フィリピン なんだろう?」って
そう言う 人も いる と 思う が
それで いい それが いいん ですよ!
「何が やりたいんだろう? この人」
そう 思われて いるの が いい
現在に 満ち足りる
それ以上 望まない
現実と 自分の気持ちとの 間で
折り合いが ついて いれば
幸せなんて 考えなくて いい
世の中には
本人次第で 解決できない問題
辛抱が 必要な ものも ある
お釈迦様は
死を 身近に 感じながら
生きていく こと を
人間が 抱える
根源的な「苦」で ある と
根源的な 哲学を
突き つけられる のは
77歳以降 だと 勝手に 思う
百年って
人が 体感できる 長さの時間
千年と いうと 遠すぎて
把握 しかねる
百年だと
祖父母や その前の世代
自分との関係を 想像できる
百年に 対して
一日は 生活に 根ざした
生きている時間の 基本の単位
その 一日 一日が
積み重なって 百年に
正しい道を 歩んで いると
自然に 悟った人に なって いく
ーー修行も せず
正しい道を 歩くだけ で
それで 悟れるって ほんと かな?
そう だとも ただ 歩くだけでも
大変な こと 誰にでも できない
あるが ままの 今を
受け入れて みる
それで 悟れる
自分を コントロールしない
自分の ままで いる ことを
受け止めて いれば
心は 波立たなく なった
自分の いまの
呼吸に だけ 注意を 向ける
時間と場所は 生きる主題
人は ひとつ場所や
今 この時間に しか
存在でき ない
ワープする ことも
同時に 2つの場所に
いることも でき ない
今の場所が 嫌なら
別の場所を 思うことや
感じることは できる
過去の人や 出来事を
身近に 感じたり
未来は こうなれば いいと
思ったり
自分の ことだけで なく
遠くにいる 誰かの ことを
つい 考えて しまったり
それが 人間なの かな と
今 ここに しか
いられない 自分が
別の時間や 別の場所に いる
誰かの存在を 感じられる
何故「幸せで なければ いけない」
自分なりに 快適に 過ごしていく
「うまいこと やっている」に なる
時間と居場所が あって
食べられるように なって
余裕が あれば
「生きがい」や「老い」を
77歳から ボチボチ 哲学する

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隠居に あこがれた
できる ことなら
浮世離れした 人間に なりたい
宿場町で 問屋を営む
「夢屋」の 主人・雲(くも)
その 生き様は 自由の 一言
世間を 達観した 姿は
自分に とっての 理想像
「色即是空 空即是色」

どこに あったら 隠居に なれる
浮世ばなれ なれば
世の中の 動きと 噛み合ず
どこに 行っても 場違いな
居心地の わるさを おもいしる
自分は 周囲からは
おとなしそうな 人だと
おとなしそうに 見えて
不義理かつ 不精だから
酔えば よく 喧嘩と なる
「オリ(俺)の 名前を 言って みろ」
それが 口グセ 品なく 粗暴な 振る舞い
ーーあんたの名前 知る訳 ないヤロ
金と暴力で 男が 女を 支配しよう と
フィリピンの日々に 虚しさを 感じた
『銭ゲバ』の 風太郎を
コミカルに した 小悪党な 自分
日本に 居る ときから
今風に いえば「ダメおやじ」
フィリピンでは「変なおじさん」
世の中と そりが あわず
ただ ブラ ブラ 浮世離れ して
周囲からは 変人と 見られてる
フィリピンに 運ばれても
自分のペースで 生きている
世過ぎ 見過ぎにも なっている
ここで なら 隠居に なれる
日本では そうだった
小悪党が よれよれと 古本屋と 自宅と
居酒屋を まわる風景が 目に 浮かぶ
古本 誰かの本を 自分に つなぐ
「さあ こちらの世界へ 来てごらん」
言わんばかりに 両手を 広げてくれる
本屋に 一歩足を 踏み いれれば
そうやって 本たちが 迎えて くれる
本棚には 限りが ある
本も カップラーメンも 同じ
コンビニの カップラーメンの棚
中央には ベストセラー ヌードル
威風堂々 と 立ち並ぶ
ずっと 客に 愛されてきた 味
食べるのに 不安も ない
その脇や 下には 新商品が 置かれる
「パクチー味です!」
「カレー味です!」
特徴が なければ
「とりあえず 増量です!」
可愛い 店員さんが 書いた
「おすすめ!」ポップ
ナニ買うか 迷ったら
アニマル浜口に なる
「気合だ 気合だ 気合だ」
買ったばかりの 自転車が
盗難に 遭い 仕方なく また
同じ 自転車を 買った
買ったばかりの 自転車で
いつもの コンビニに 行くと
え! 目の前に 盗まれた はずの
自分の 自転車が・・
ーーなぜ!? ここに
そこで ふと 思い出した
先日 その自転車で ここに来て
あまりにも カップラーメンに
興奮し 夢中に なり過ぎ
帰りは 自転車のことを すっかり忘れ
置きっぱなしで 歩いて 帰った のだ
「わらしべ長者」や 怠け者
小悪党なのに いいことが 起きる
「三年寝太郎」とか
特に 何も してない のに
夢が叶う 昔話が 好き だ
現代の 社会では
財宝が ザクザク
夢物語が 叶う はず ない が
どうすれば そんな 昔話を
実現 できるか 小悪党の頭で
ずっと 遊考していた
黴臭い 古本屋の棚を 仰視する愉楽
財宝 ザクザク その話が 書いてある
欲しかった本を 見つけたときの 悦び
新刊や ベストセラーの 棚は
やたらと「がんばり」を 賞賛する
自己啓発本 ばっかり
生活の無駄を 排除する ことを
勧める本 だらけ
古本は
今どきの 本の群と 対極に ある
頁を めくり ながら
「そうなん だよ なあ~」と
つぶやいて しまう
暮らしが ととのう 魔法は
ほんの ひとさじの 古本の余白
誰にでも かけられる 魔法
日常の機微 本と 楽しんでる
余分な金など ない フィリピンで
相変わらず 質素倹約な 極楽生活
わかり やすく
まとめて しまうと
こぼれ落ちて しまう
ミレーの「落ち穂拾い」
もう ひとりの 自分の人生
フィリピンで 老いて みた
フィリピン体育系「独り合宿中」

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自分自身なのに 自分の ことを
全部 わかっている わけでも ない
人の心の うちに ついても
想像すること しか できない
知ることが できるのは
人の 行動だけで
人の 行動を 見て
自分を 見ている
寂しく 孤独
金なのか 愛情なのか
女にも それが わからない
男は 女を通して 混じり 合って
自分の老いを つくり あげている
感情って 自分の 考えが
表れている とは 限ら ない
やった ことを 納得するため
理由を つくることも ある
自分にも 自分が わからない
悪いことを して しまっても
良い行いで 挽回できる
人は 柔軟性を 兼ね備えていた
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食欲 物欲 性欲に 関しても
節度が あるから こその 快楽
日常的に
セックスに 励んでいる 高齢者は
認知症に なりにくい!? って
ーーまた~ ご都合の エセ情報 か
エッチな ことを 想像する ことは
老け込んで いくのとは 真逆の 行為
ストレイシープの おジイさん
ようこそ お出で くんな ました
憂き世を 忘れて 一緒に 楽しみん しょ
汗を かくような 有酸素運動と
想像力・記憶力・深く考えるなど
高次の脳を 二元で 同時に 使う
ボーゼンジシツ エクスタシー
1時間ほどは ただ ただ ウットリ
「また 来てくんな まし」・・
短い逢瀬 老いらくの 遊び
汚辱に満ちた 悲惨な晩年に
わずかながら 儚い色を 添えた
スペ系童顔×足長のプロポーション
美乳×美尻と「ギャップ萌え 全部乗せ」
フィリピン花魁 妄想では なく
ゲットする 価値あり
「ご先祖様 日本人は
裸には 興味が なかった」?
いまの 感覚から すれば
驚く人も いるかも しれない
歴史を 遡れば その 事実
裸は 日常だった
江戸時代の 浮世絵
幕末・明治、大正の 古写真
裸が 日常で あったことが わかる
労働者は ふんどし一丁で 仕事
銭湯は 混浴
洗濯仕事で 着物の胸元が くつろぎ
乳房が ポロリ こぼれる
足元は 裸足に 草履や下駄
夏場の行水
人前で 赤ん坊に 乳をやる など
自分も 子供時代は 目にした
フィリピンでは 今でも 目にする
浮世絵には 乳吸いや 口吸いは
ほとんど 描かれて なく
そこが 性の対象では なかった
明治政府は 明治4年に なって
「裸体禁止令」を 出し
以後 公衆の面前で
裸を さらすことは 違法と された
そこから 徐々に
「裸は 隠すべきもの」という
思想 文化が 広まり
見せない・ 見えない ことが
想像で 裸体を かきたてた
フィリピンでは 洗った下着を
平気で 外に 干す
恥ずかしい ので
やめるように 言うと
女は たいそう 不思議な顔
女に すれば
下着は 単なるモノで あり
性を 連想させる 対象では なく
それを 恥ずかしがる のは
日本人 あなた ぐらい だと
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「老人と子供のポルカ」
この歌を 覚えて いるだろうか
黒沢映画などで
名脇役で あった
左卜全さんと 子供たちが
世の中の 怖いものに 対して
「やめてけれ」と 歌い
「助けてー」と 叫ぶ
コミック・プロテスト・ソング
お爺ちゃんの 可愛さと
子供たちの 純真無垢な 歌声が
ウケて かなり ヒットした
時代は 1970年
当時 はやっていた スキャットを
「ズビ ズバー」
「パパ パヤー」と 取り入れて いた
1番は「やめてけれ ゲバゲバ」と 歌う
「ゲバ」と は「ゲバルト」の ことで
当時 社会問題だった
学生運動を 指している
これは かなりの 流行語に なり
ギャグ番組「ゲバゲバ90分」の
タイトルに なって 一般化した
全学連は
道路の敷石を はがして 投石したり
火炎瓶 投げたり 過激だった
当時 東京が予定地の 修学旅行は
危険だと いうことに なり
富士山に 変更に なった ぐらい
2番の歌詞は「ジコジコ」
皆が 自家用車を 買い
交通量が 増え ジコ ジコ
事故多発が 社会問題に なった
犠牲に なるのは 子供が 多かった
家の前を ダンプカーが
ビュン ビュン 走るような 道が
たくさん あった
3番は「ストスト」
「ストライキ」の こと
当時 JRは まだ 国鉄で
私鉄も 含めて 電鉄会社は
よく ストライキを していた
電車が 動かなかったり
遅れて 走ったり して
国民には「やめてけれ」だった
現代版と なれば
「オレオレ」「コビコビ」
コロナウイルスで「コビ コビ」
オレオレ詐欺の「オレ オレ」
今の時代を 歌える
いつの時代も 何か 起これば
真っ先に 犠牲に なるのは
老人と子供
それは 50年経っても 変わらない
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