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ダバオ通信 ヤン爺のラストライフ・ダバオ
Last Life Shift In Davao Philippines 
フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
「団塊 百年の孤独 老いの抗い」
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誰も 起こす者の いない 朝
ダバオの暮らしも 長くなった
自分のことを 知らない人 だらけ
その環境に いるっていうのは 新鮮
いいことも 悪いことも あった
当たり前 だけれど 今 自由
「世間の手前
こういうふうに 振る舞おうって」
自分が 日本に いた
気持ちが 落ち込みがちな ときでも
なんとかして 自分を 奮い立たせる
此処で コツを つかんできた つもり
それでも 年に 数回
モヤモヤして しまう
理由は 自分でも わからない
日々の 小さなことの 積み重ねで
それが 或る日 一気に
溢れ出てしまう タイミング
今年も 今月の初めに
そんな時期が 巡って きて
知人と にぎやかに 食事を しても
どこか 霧が 晴れない 気分
運を開く 拭き掃除
時間かけて 煮込みを 作ったり
手間ひま かかる カレー作ったり
鍋の前を 離れず 調味料の配合に
神経を 集中している
モヤモヤは その瞬間だけ 消えていた
無駄なことを 考える 余裕なんて ない
頭の中を
ぐるぐる 回っている 答えのない 問い
比べたって 仕方のない 誰かとの差
どうしたって 見通せない 老いへの不安
そんな一切を 棚上げして
無になれる 調理時間に 逃げ込む
自分の人生を 肯定する ため・・
こんなもんで いいん だよな
他人の人生って うらやましい
隣の芝生は 青く見える
でも 隣の人にも 悩みが あったり する
内心では『ろくでもない 世の中だな』
ちょっと 悲観的に 思ったり
でも 多くの人は 普通に 生活してる
ああ それで いいんだな と
そこに 自分の気持ちを 落とし込む
そのとき 不意に 頭の中に
場違いな言葉が 浮かんだ
「これで いいのだ!」
そう 口にすると
「本当に これで いいのだ」
天才バカボンが 大口で 笑ってる
あの中に 入って しまいたい
人生は そんなに かっこいい もんじゃない
それに 気づき 自分が 受け入れる まで
時間が かかるもの
団塊人には もう 時間が 無いと いうのに
人の一生は
淡々と始まり 淡々と終わる
ありふれた 日常を
さも 達観して とらえたような
清々しさを 無理に 感じながら
ルイ・アームストロングの
「What A Wonderful World」を
聴けば 己の人生を 俯瞰してる
これまでを 振り返って みると
人生で 起こった あらゆることは
無駄じゃ なかった な そう思える
無駄な ことなんて もの なかった
生活を つまんなく してるのは
自分自身なんだ と 気付いていた
半径 5メートル以内で
毎日している 生活の 中にある
面白がれる こと それを 見つける
一人前の 小さな鉄鍋
コメ1合に ちょうど よかった
炊きたての 熱々に バターを のせ
頃合いに 醤油をかけ 海苔で はさむ
そうして 食べれば ごちそう
どん どん 留まるところを 知らず
便利に なっちゃってる 世の中
自分が 本来 やるべき生活や 人生を
何かに 誰かに 肩代わりして
もらって ない?
日本は 生活に便利で 快適な国
国民のマナーは 良く 静か
コンビニは 生活の全てを 支援
四季と共にある 日本文化の美しさ
日本の生活は 心地よ過ぎるよ
異国での生活は 寂しく 感じる
いつしか 人は
自分で 動こうと しなく なり
携帯電話だけを 相手に していた
そこで 何か
面白い事が 見つかった かい

◇◆◇ ──────────────────────
不安な ときでも
バカみたいに 笑って いる
江戸 長屋の住人たち
武士は 別だが
庶民は 隣近所や 大家まで入れて 家族
孤独死も無い つながりが 強かった
夫婦喧嘩でも しよう ものなら
すぐ 近所が 介入する
夫が 悪ければ 説教する
失業が 原因なら
仕事の世話まで する
そうやって 長屋が 回って いた
百相場という 買い物を した
100文単位で 醤油や 味噌を 買う
そうやって 生活を 割安に した
いまと 違って 音も 筒抜け
夫婦喧嘩も だが
夜の生活の音も 筒抜け
秘密のない 生活が
長屋の密着を 生んだ
餅つきも 地域総出で やる
大掃除も 日時が 決まって いた
大掃除の あとには ふるまい蕎麦が 出る
頑張った ひとは 胴上げも した
そうやって
「長屋の 一員」と しての
役割を 心に 刻む
東京に 住むと 密着感は ない
隣近所の顔など 知らなく ても
生活に 支障は ない
だから 孤独死も 生まれるし
家庭内暴力も 悪化する
地域の つながりを
再び 強化すれば いいじゃ ないか?
そんな事 もう できない
だって 子供の頃から
周りの人間を 不審者として
教えこまれて 育つのだ
地域の輪など 出来ようが ない
報道の情報にも 問題が ある
ツイッターなど メディアに あおられ
ストレスを ためてしまう 現代世間
家庭の空気が ぎすぎすした ときこそ
ストレスを 抜く方法を 江戸に教わる
金が かからず 甘える「ひざまくら」
江戸時代は
狭い長屋で 正座していた から
ひざまくらも 多かった
抱きしめても いい
互いの ぬくもりを
感じるのが 一番の 安心
不安は 暴力衝動を 呼び起こす
仕事が 休みのときは
ひざまくらを してもらって 昼寝
うっとうしいと 拒絶されたら
手をつなぐ ところ から でも
いいじゃ ないか
なんと いっても 夫婦なの だから
昔の気持ちを 思い出したら・・
52歳で 28歳の妻を娶った 小林一茶
それでも 農村で起きた 赤子の認知訴訟
名医が 手がけた助産や 堕胎
各地の公娼私娼の売買など
多種多様な史料を紐解いての 江戸期の史実
江戸の性は 野放図で おおらかだった とか
現在の性こそ 自由で放埓だとか という 思い込み
頭の固さ 欲の強さ 世の貧しさ
その他 いろいろに より
女だけで なく 人総体が セックスを 通じて
抑えつけられている
社会が息苦しく 低迷している
昔も 今も 変わりません
女も学者も 性の自由も 毛嫌いするのに
少子化は 嘆くという 倒錯
あのオバさん あのジイさんたちに アドバイス
せめて 代表を 押し込んで みたら
日本学術会議と やらに

◇◆◇ ──────────────────────
時代が 変わろうと
男を 突き動かすのは “欲“ という 情熱
欲するものが あれば
男は いくつに なっても 走り続ける
自分も まだ 自身の情熱を 欲を
捨てきることが できない
その無謀さ がむしゃらさ
セックスと いう もの
人間に とって 根源的な 欲求行動
恥ずかし がって
蓋をして しまう ものでは ない
日本人は 情報に 振り回され やすく
平均○○と いうの が とても 好き
特異というの が 苦手
人間のセックスは
繁殖だけで なく
素敵で 気高い 温もりの交換
夫婦間の セックスレス
恋人のいる若者は 減少し
童貞率は 上昇した
日本人の 性文化の変化
日本人は もう セックスしなく なる?
性交は「世間の 嫌な感情を 忘却」
忘却を 目的とした 養生術の ひとつ
インド人は 神と接するために 性を営み
日本人は 神から離れて
娑婆の英気を 養うために 性を営む
日本には 古くから「好き」と いう
「数寄」に 通じる 文化の基盤が あった
色道に かぎらず この特異な 概念に よって
文化が 成り立って きたことを 知って
ちょっと 安心させられた

◇◆◇ ──────────────────────
こんな 性の話し
ケーシー高峰くらいしか 応援して くれません
この時代 だから こそ「セックス万歳」
時速40キロで 向かって いく
軽乗用車みたいに ぶつかっていく 恋
再起不能 とまでは なりませんが
2週間ばかり 病院のベッドの上で
ぶつかって 行ったときの 衝撃を
思い返して 色々思いを 巡らすような
そんな感触の 恋
フィリピンの手に かかっても
情けない三枚目としか 描かれない
濃厚な色気と 老い人の スケベさ
狡(ずる)さ
でも 憎めない 実らぬ 不毛な恋
この話し 聞くだけでも 価値ありますけど
クールの 裏に秘める
脆(もろ)さを 持つ 危うさも イイ!
七十を 超えた 団塊たち
それなりに 人生経験も積み
大人としての自制心も 分別も おありかと
リアルに体験し 感じている
団塊人から出る言葉や 行動には
到底 かなわない だろ
70歳過ぎてからの 恋なんて
小説を 超えるような フィリピンの性

改めて 団塊人に 必要なのは
「愛」なのでは ないか
愛とは 生きるを 肯定し
全うしようとする ことの 表れ
経済的な 豊かさが
幸せの 豊かさに なるかと 言ったら
必ずしも そうでは ない
愛する人との 関係性が
お金以上に 大きい
愛する人の 幸せが
自分に とって 最高の幸せになる
愛が必要な 理由は
人は 1人で 生きられない から
最も強い欲求は 孤独から 逃れること
攻撃本能の まま 殺し合って
自分だけ 生き残ったと したら
そんな世界は 地獄
愛することで 他者と合一し
孤独を 克服して 人類は 滅びずに きた
人から 愛されることも 大事ですが
それだと いつまで経っても 成長できない
愛するほうに ならないと
人間として 成長できない
それに 尽きる
愛する ことは
誰もが 簡単に 浸れるものでは なく
成熟した 大人にしか できない
自分ファーストでは なく
相手の立場に 立って 想像力を 働かせる
そのうえで 物事を 判断するか
何も 考えずに 判断するか では
大きな 違いが 出る

「ヒューマンズ」海外ドラマが 描く
近未来の 社会では
どこの家にも アンドロイドが いて
性行為の相手も してくれる
ロボットや 人形で あれば
相手のことを 考える必要が ない
生身の人間よりも いい
そうした人が 増えている
愛が 育ちづらい社会
団塊人は
実体験からも 周囲の人たちの 実例からも
セックスが 人生に もたらし 続けて きた
奥深い 味わいに ついて
大いに 語る 言葉を 持っている
セックスは 音楽や 文学作品の ように
快楽を 多数で 享受できる ものでは ない
徹底的に 個人的な 一代限りの もの
「こんな イイもんを
人間として イタして ないのは
もったい ない だろ」
「セックスは 良きもの
充実させて 楽しむべき」
だが その確信に
一陣の 冷たい風が 入ってきた
人間たちが 信じている 前提が
すでに 崩壊し セックスに 興味を
失なって いるでは ないか?
フィリピンは 今日でも
セックスに 対して とても健康
女性の人生に 影響を 与え
疑いも なく 信じきって いる
「恋愛」を 因数分解すれば
セックスへの 言い訳
結婚を 前提と しての
「恋愛と 称するものの 正体」
セックスも「そうすべき論」
果たして セックスは
エンジョイ なのか
そうじゃ ないのか
結論を 決めずに 考えて いきたい
セックスレス
世の中は このことを 憂う方向に ある
NHKや 朝日新聞などでも 取りざた され
メディアでは その解消法の記事が 花盛り
周囲の 多くの 現役中年たちは・・
「新婚なら まだしも
結婚した相手と セックスする なんて
考えられない」
更に この言葉に 驚く
「夫・妻は 家族に なっちゃった から
家族と イタすことは
自分の セックス観としては 有り得ない」
そこに 日本のセックス文化
セックス教育問題が 頭を もたげる
若い世代は 若い世代で
生身の 異性との セックスを 避ける
「草食」は 常態化
女の子と 一緒の ベッドに 入っても
添い寝で いい と いう
「それ アリ だよね」若者の同意
セックスを どう 考えて いるのか ・・
我々 団塊の青春は
女の子と セックスする ために
車の免許を取り 洋服を買い 髪を整え
無理して 一流レストランで
おごったりした
そんな 努力
今の若者には 意味すら 分からない
単細胞の バカな行為だと 一蹴される
団塊の青春
好きな女性の躰に
最も激しい リアルな 性欲が
身体の中を 駆け巡っていた
今 若いものの ムラムラの 納め先は
インターネットを 中心と した
二次元の ポルノグラフィ 仮想現実
女性の方も セックスは
愛する 男の手に よって
欲望を 教えてもらう もの から
女にも 性欲が あって 当たり前
その 認識に 変わって きていた
自分で 処理して
「何が 悪い」? と いう
マスターベーション・タブーが
なく なった
「愛され なくっても べつに~」
愛されることが しんどい だって
生身の セックスは「めんど くさーい」
今 そして 今後の
全世代の 男女の 大本音 なのか・・
セックスに おける
快楽哲学が すでに ある
ヤリチン&ヤリマン諸氏
好きという 感情から
自然 セックスに 至りたい と
男女は 好き を 現実化してきた
身体接触に おいて
自分の 思い通りに ならない
生身の 他人との 接触の ストレスを
人は 乗り越えることが
出来なく なって いた どうして?
他人は 母親のように 無条件で
愛してくれる わけでは なく
理不尽に 自分を 傷つけてくる 存在
たとえ セックスを
固定的にする 仲に なったと しても
マンネリを 打破する 努力が
これまた 面倒くさい ようだ
熟年夫婦の
スワッピングパーティ参加は
日本では「よう やるわ」の 域
家族同様に なっちゃった から ムリ
セックスレスの 信条が
カップルにも「自然に」おきて いた
SEXが 面倒くさい という 感情は
何かに 疲れていて
動きたくない という 心証
いったい 何に
そんなに 脳が 疲れはてて いるのか
国家とか 国民とかは どうでも いい
自分さえ よければ すべて よし
貨幣経済の これが 終着点 なのか
逆に 面倒くさく ないものは 何か
自分が 傷つくことなく 受け身として
存分に 楽しめるものや 仕掛け か
日本では お金さえ 払えば
「お客様は 神様」な
SEXエンターテインメントは
膨大に 用意されて いる
才能ある クリエイターたちが
「人を 楽しませる」ことに
骨身を 削った 末の
精度の高い 快楽が そこには ある
デートや カップル行動なんか よりも
安心で 期待を 裏切られる ことも ない
団塊の 性教育は
年頃に なったら「自然と」目に 入る
エロ雑誌から 学んで いったのが 常態
そこに 存在する 物語は
依然として 男性の力と支配
対して 女性の受け身
暴力を 快感と変換する
マゾ的心情が 描かれていた
その物語で もって
マスターベーションの
欲望回路を 肥大させて いた
男と女が
「一緒に いて 楽しい」とか
お互いの 尊敬など と いう
「良き感情」を もとに
愛し合おう と すると・・
そこに ポルノ的 侮辱テイストの
セックスを 持ち込むのか と
嫌悪して しまうの だろう
愛する人と
あんな 不潔な セックスは できない
生殖以外の セックスは したくない
その意を 述べた 女性 社会学者も いた
私たち 日本人の 性文化は
人間的尊敬が そのまま
日常的な 性的欲望または 性衝動
押さえきれない 性的欲求に 繫がる
だが 今の人は 快感回路を ほとんど
持ち合わせて いない
セックスは ふたりだけの
営み 秘め事
公私で 言ったら 完全に「私」
世に あふれる セックス情報は
「公」の 基準で 今 溢れている
セックスには 人並みの 基準が ある
ふたりで いろいろ 試して
お互いの 快感を 探るよりも
お手本通りに するべきだという 考え方
昔に戻って 武士の嫁じゃ あるまいに
団塊世代は 教えられて きた
親から「人は人 ウチはウチ」
家庭 それぞれの「私」の 部分は
違っていて 当たり前の モラル
今は その「私」と いう ものが
「公」と 違って いれば
不安に思う 空気が 漂う
他人と違う「私」を
キープし続ける 力が なく
「公」に 受け渡して 安心している
セックスだけの 話では ない
今 日本人たちが 急速に
慣れ親しんで きている 考え方
それが 徹底 されると
人生が 損なわれる ことが 多くなる
「私的」な 部分こそ 人の 本質
そこが 充実しない ことには
生活 人生の満足が 得られ ない
私たちの セックス観は
成熟した男女が 自由に 相手を選ぶ
自由競争だから こそ
選ばれない 男女も いて 当然
その 現実の もと 相手を 求め
相手と 身も心も 解け合って
一体に なれば 自然な 本能の発露
その SEXが 今では 劣化
「絵に描いた モチ」に なった
セックスは この世の中
普通の人間が 普通に出来る
欲望行為から 贅沢品に なっていた
贅沢という意味は その まんま
リアルセックス 無しでも
幸福に 生きて いかれる
その ツカミを 得て しまった
セックスは あった方が いいけど
そこに エネルギーを 投じても
損する ほうが 多いかも
そう 考えがちな
時代と環境に 突入している
そういう 状況下に おける
豊かな リアルセックスは
そのことに 意義が あり
欲望と意思を 持つ 人間たち だけが
手に 入れれば いい という 贅沢品
NYに
わざわざ 鮒鮨を 食べに行く
グルメが いる が
セックスライフを 享受している 人は
そんな やから と 同じに 見える 特殊人
そんなグルメを 一般の人が
「ああ 自分も そうなりたい」と
羨むことは ない だろう
「そういう 快楽が 好きな人も いるよね」
そのような 意味での 嗜好人
性的快楽の追求を 提示している
幸福の道が 目の前に あるにも かかわらず
多くの人は 実行 したがらない
わざわざ 鮒鮨を NYに 食べに
行かない ように・・
60年代 後半
ジェーン・フォンダ主演の
『バーバレラ』SF映画
そこには 手を 合わせる だけで
セックスと 同じ快感を 得られる
未来人が 描かれていた
最終的に 彼らは
地球人の おかしな やり方
下半身を 使った
セックスの ほうが イイ
その結論に 達する
今後の セックス民意は
前者の 手合わせで オッケー
なのでは ないか
現在の科学を もって すれば
本気で そういう 性品が AI VR
人工知能から 開発されて いる
そういう 予測も 立つ ところに
リアルセックスの 問題の深さが ある
「馬には 乗ってみよ 人には 添うてみよ」
♪ Love me tender love me true
ヂヂイと 妄想世界に あそぼや ないか・・
なんやて !
Zoom 飲み会?・・だって
温もりのあった
アナログの日々に 帰りたい
とは 思わない けれど
密接 密会 密室 密着 密約が 大好き
密愛なんて いいなあ
「誰にも 言わないでね ヒ ミ ツ」
思い出すと ホンワカ してくる
オヤジの夢は 夜開く
昭和歌謡の名曲を 口ずさみ ながら
焼酎を 飲んで 妄想している
そんな 団塊男を 見かけたら
どうか 放っておいて いただきたい
かなりの確率で 出来上がって いるので
面倒臭いこと 間違い なし

◇◆◇ ──────────────────────
好色五人女を 書いた
江戸のベストセラー作家 井原 西鶴
実際に 起こった
五つの 恋愛事件を もとに
封建的な 江戸の世に ありながら
本能の赴くままに 命がけの 恋をした
お夏・おせん・おさん・お七・おまん
五人の女の運命を 正面から描いた
『好色五人女』に 続いて
西鶴好色物の 最後を 飾る作品
浮世草子「好色一代女」6巻6冊
貞享3 (1686) 年刊
こうしょくいちだいおんな
カウショクイチダイをんな
こうしょくいちだいおんな
女性の側からの 好色を 物語りに した
恋にやつれた 2人の若者が
山中に 好色庵を 訪れ
庵主から 懺悔話を 聞くという 話
没落貴族の 娘であった 庵主
不義の恋で 宮中を 追われ
踊り子や 国守の妾などを
つとめた のち
親のために 島原へ売られ
年季明けの のちも
女一人で 生きる手段として
体を 売物にした
腰元 茶屋女 湯女 などを 経て
夜鷹にまで 落ちる
60歳 過ぎに
五百羅漢に 会って 解脱
庵を 結ぶ
女性が
人間らしく 生きて いき にくい
封建社会での 女の性を 背負った
「一代女」の 生き方を
人間悲劇として 描いた
現代語訳が
ついてる わけじゃ ないので
さて どこまで わかってる か だが
ともあれ 女のバイタリティって すごい
売笑的 商売に
つらさ やりきれなさは あり
善悪やら 倫理やら 問うたら
どうか という面は ある
江戸時代でも 女一人で
生きて いかれる手段は いろいろ
堅い商売も あった
バイタリティだけでは なく
悋気に 策略に 手練手管に
昔から 女は 変わら ない
男遍歴の 果て
五百羅漢を見る 場面で
物語は ぐっと 深くなる
現代の 私たち 人間は
「本能が 壊れてしまった 動物」
セックスに おいても
本能に まかせてさえ おけば
自動的に 上手く できる?
そうでは ない
ほとんどの 若者たちは
そこ そこの 情報を 手掛かりに
パートナーとの ボディートークを 重ね
試行錯誤の 中から
効果的な 性的技能を 獲得してゆく
実技研修? に おいては
オルガズムが 得られるか 否か
快感の バロメーターが
試行への フィードバックと なり
経験を 重ねるに つれ
個人の 性的技能は
豊かな発達を 遂げる
二人が 成熟し 老いる という
避けることの できない
「変化」が 生じる
変化は セックスを めぐる
心理にも 及ぶ
私たちの 性的欲求は
加齢と共に 衰えるのでは なく
欲求の質が 変化する
若い頃とは 一味違った 性的体験
性的満足を 求めている
年齢を 重ねると
食べ物の 好みが 変わる ように
「セックスが 上手いと
自認している 男」
自分が 従来から 得意と している
性的技能に 依存し 執着し
それを 押し通そうと する
歳を 重ねるうちに
男の セックスを めぐる状況は
大きく 変わっていく
男の マンネリ化した「得意技」に
女の方は いい加減 うんざり
加齢に より
男自身の肉体が「得意技」に
すでに ついていく ことが
できないかも しれない
そうなると 心身の アンバランスが
パフォーマンスの質を 低下させる
そして 女は 年齢に応じた
穏やかで スローな 性戯に
親しもうと 望んで いる かも しれない
人に よっては 逆に
これまで経験したことの ない
過激で ドラマチック? な 性戯を
試してみたいと 思う女も いる
女は 新たな可能性を 求めている?
これまでの 性的パフォーマンスに
自信が 強い 人ほど
こうした「変化」に 対応する
探究心に 欠ける気質が ある
「過剰適応」は
「不適応」に つながる
生物学の大原則
可能性は リミットレス
年齢による 危機を 自覚した人
「アンラーニング」を 試みる
「アンラーニング」とは 言う ものの
何でも かんでも 学習を 捨てれば 良い
そういう わけでは ない
これまで 学習した もの
全てを 否定 するのでは なく
「何を 捨て」
「何を 残すか」?
それと 同時に
何らかの「新しい 試み」が
そこに 加わら なければ
新たな変化に 適応は できない
何のための アンラーニング か
新たな状況に 再適応 するために
古くなり 使えなくなった ものを
捨てよう ということ ですから
捨てた だけでは 満足できない
「変化」を 認識する
マーケティング よろしく
女の 正直な 気持ちを 訊く
そうした 事前の調査?が なくとも
現場で 臨機応変に
女の求めに 素直に 応じる
それが 新たな可能性を 見つけ出す
アドリブは 創造の宝庫
人生の 折り返しを 過ぎたら
妙な 遠慮は 無用
新たな変化に 対応するため
必要とされるのは「柔軟性」
「セックスとは こういう もの」
自分なりの ぼんやりした
イメージを みんなが 持っている
頭に 浮かんでくる イメージが
その人の 自由を 奪っている
そうした イメージが
性的行動の 常識を 描き
無意識の内に それに 従って
行動してしまう
キスで 始まり
射精で 終わる と いった
セックスのイメージに 固執すると
変化に応じた 臨機応変な
対応というものが できにくく なる
性の「常識」を 捨てる ことは
セックス解決の 第一歩
人類における 性行為のあり方は 多様
カップルの 状況に 応じた
創意工夫は 素晴らしい 満足を生む
身体の障害や
体力の限界を 越えて
相手に 性の悦びを与える 工夫が
柔軟に できるのは 愛あれば こそ
愛と よべるものが 無かったと しても
純粋な 性的動機さえ あれば
自然に 創意工夫を 施せる
人間に とっての 性行為は
身体を 使った「会話」
自己表現を する ためなら
相手の心を 理解する ためなら
あらゆる努力を 厭(いと)わ ない
不思議な 生物 それが 人間の性愛
パートナーへの愛 純粋な 性欲
その どちらかが あれば
加齢や 肉体的な 障害を 乗り越える
創意工夫は 可能
人間の セックスは
子孫本能に 依存しないが 故に
自由で 可能性は リミットレス
どのような 人でも
何かしら 衝動を 感じている
衝動が あることは
おかしな ことでは ない
衝動は 悪いものでは なく
生きる エネルギーに なっている
「〇〇○したい」という 衝動に 気づき
あるがまま 受け入れる

◇◆◇ ──────────────────────
身土不二(しんどふじ)と いう言葉
自分の 住んでいる ところから
3キロ以内の ものを 食べて いれば
病気を しない
昔の人の 言い伝え
食べるものを
自分で 育てて 食したら
もっと 最高
時には「食べない時間」が
老化を 遠ざける
食事が おいしく いただける こと
大切な人と 楽しく 語らうこと
隣に いてくれた 女の温かみ
その 貴重さ ありがたさ
石原裕次郎の お見舞いの品 みたいな
でっけえ でっけえ メロン
あの娘(こ)の 胸は デカメロン
女が ユサ ユサ やってきた
そういう こと なんだろ?
「パンチラ 超ミニスカ とかね!」
あんたは すぐ そう 勘ぐるが 違う
「脚が 長い チャンネー でした !」
味覚の記憶は
ダバオの 大切な女たちと 結びつく
気の合う 優しい人達に 恵まれ
血なんか つながって いない が
それとは 違う つながり方が あって
ダバオで 不安に ならない
こういう関係が あるのと
ないの と じゃ 大違い
自分は 運のいい 老後を 得ている
環境と大切な人の おかげ
人生を 意味あるものに したい
余白となる時間を 意識的に取り込む

◇◆◇ ──────────────────────
ダバオで聴く 虹色の歌声
街で 呑んだ 夜
焼いた肉を 売る露店から ただよう
煙と匂いが 道を 覆い尽くす
ダバオの中心部 数年前の 爆弾テロ
ここでは 恐ろしい事態は 起こり得る
あなたが トラブルに 遭うことを
望んでは いない
あなたが せっかく
ダバオまで 来たの だから
この場では この瞬間を 安心して
楽しんで 欲しい
一般的な
小都市にしか 見えなかった ろう
新しく建築中の 高層ビルも 多く
地価も 家賃も 物価も 上がった
タクシーと水道が
申し訳ない くらい 安い
家屋は
しっかり したものが 多い
遠くに見える 貧困地区
「パトンパトン・バハイ」
重なり合った家 と 呼ぶ
木造トタンぶきの家が 密集する
150〜200世帯の貧困層が 生活している
小屋としか 呼べない 家屋
驚いたろう
あなたが この街で
驚くことは まだ まだ 続く
自分の住む 貸家には ベッドと椅子
小さなテーブルが 置いてある
その隣に バスルームが ある
トイレの水は きちんと流れ
シャワーの蛇口を ひねれば
温かい水が たっぷりと 出てくる
シーツからは 芳香剤の匂いが 漂い
床は きれいに 掃かれている
食べて 寝るには 申し分ない
静かな街 幹線道路の両奥には
決して 古くは ない 家並みが 続く
だいたい どの家も 同じ作りで
壁や屋根 ドア 窓枠など
家の構成要素は ある程度
パッケージ化 されて いる
豪華さは 感じられ ないが
貧相と いうことも なく
生活排水が 放つ 汚臭が
漂って いるような ことも ない
自家用車が 停められた家は
いくつも ある
壊れていない 遊具のある 幼稚園
ドアも 窓も しっかりした 小学校
大学は 立派な ビルの中に ある
信号は 規則正しく 機能し
自動車は 歩行者に 道を 譲っている
日本人で ある あなたの存在は
極めて 目立たない もの
すれ違う人から 刺すような視線を
向けられることも ない
誰もが 危険と言う ダバオに
あなたは かなり 構えて いた
自分に とっては 街の様子は
あまりにも 穏やかな もの
ダバオの空気を 大きく吸い込み
ダバオの風に カラダを 抱かれる
此処でしか 味わえない 南国の快感
異国で 老後の 話を していても
少年みたいに はしゃいで いる!
自分は お酒を 飲まない人とは
明るく しゃべる ことが できない
しらふの 自分を
つまらない人間だと 思って いて
お酒の力を 借りる ことで
人並みに 明るく話せると 飲んでいた
で あるとき
酔った自分を 冷静に 振り返って みると
明るくて 面白い人間に なって いたか?
そうでは なかった
むしろ ただ ただ 迷惑な 酔っぱらい
アルコールは 脳細胞を 破壊する
それで 死ぬのは 弱い脳細胞だけ
酒を飲むと 少数精鋭の
脳細胞が 生き残って
結果的に 頭が 良くなる

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目の前で 酒を 飲んでいた オヤジ
携帯を 持ちながら やおら 立ち上がり
『美人タレントの 藤○○紀を
ヤレば いいん ですね?』
危ない話を し始めた・・
なんの 相談だよ!!
携帯を 整理してると
記憶にない 人の 名前が 沢山
当時は きっと
連絡を 取り合って いたけど
結局 お互いの人生の 道が
別の方向に 進んで
過ぎ去って しまった人
消去する指が あ! この子
電話してみた 相手が 出た
3年ぶりに また 会うように なる
そんな ことも 起きる
交友関係が 広い人に
あこがれる気持ちも ある けれど
友達と呼べる人は 一人も いない
友達じゃなく 好き だけで いい
気の合う 好きな人って
ふとした ところで 現れて
会った ばかり なのに
10年以上 知っている 人より
仲良くなれる ような 存在
何らかの 強制力や
立場的な 制約も ない
自主的に 同じ時間を共有する
密な関係
なぜ 二人は
二人で なければ ならない
可能に しているものは ナニ?
一言で 言えば「緩さ」かな
『ばかのハコ船』に 乗り合わせた 二人
一生懸命 カバーし合う
そう 二人が 機能し合った と 思った!
年齢と ともに 自分を つくろわ ない
環境と ともに 出会いが 変わり
人生が 進む 心の赴く方に 向かう
午後に 訪ねてきた
女の ために 調理した
青梗菜の 一品と ワイン
ほのかな 南の島の 苦味
「食は 人の天なり」食は 天の如く大事
人間は 焼肉で いやせない
痛みを 抱えるべきでは ない
ああ! もう この女 と 興奮する
気が合う 間隙突くジョークに 大笑い
共感 なんて ものでは ない
そういう ものを もう ちょっと
上回った ところに ある感情
地に 足が ついた
嬉しいことが 起こり そうだ
この機会を 逃しては ならない
様々な手段で 底上げを する
この女と 結婚したら
楽しいかも しれないな・・
一瞬 ガッと 熱が 上がる
次の日には 全く そんなこと ないな
激情と冷静 感情のムラ 70越え
自分は 一人暮らしの ベテラン
ほとんどの 家事は こなせる
女に「嫁に したい わ」って
つぶやかれた
少年の 心細い気持ちを 救った
キュウリの サンドイッチ
人生を 計画通りに 仕切って いくって!?
「やってみたら いいよ
思い通りに ならない かも しれない
でも 落ち込むなよ 人生は そんな もん」
人生は ザワ ザワでは ない
でも なめらか でも ない
ザラ ザラな 手触り
覚悟してたら
「何が あっても 落ち込まない」
多少の 困難が あった ところで
「だから なんだってん だよ」
どうって こと ないじゃ ないか
自滅覚悟で 真正面に突き進む
落ち込み 続けても 時間の 無駄
何の 解決にも 結び つかない
困難に あっては 行動あるのみ
時間だけが 解決する 困難も ある
「まあ なんとか なるだろう」
そう 思えるように なった のは
なんとか なりながら 笑って 生きる
ダバオ人たちを 見てきた からネ
この世で 生きていく 限り
どんな 思いがけない事も 起きる
地震も 津波も コロナも
その 心構えを 前提に 生きれば
行動すれば 思った 結果で なくとも
なんとか なる
普通なんて ものも 存在 しない
生き方に しても その あり方を
「普通は こう あるべき」
世間の マニュアルを 軸に
簡単に 常識に 従っている
無難な 既成概念に すがる
まわりと 比較し
思い通りに なって いない ことに
腹を 立てて いる
自分が 体験で得た
自分だけの 良識が 道しるべ
時流じゃなくて 自流
「まあ 食べて いけるなら」
食べて いける だけの
過不足ない お金が あれば
焦らないで すむ
笑っちゃい ながら 生きる
笑うしか ないような 老後って のも
ほど ほど に 楽しく 強かったり
そんな風に なんと なく
「あ~もう! 笑って ほしい」
ちっぽけな 南光の欠片
面白ろ 可笑しく 過ごして いると
この世への 未練が 増すようで
何となく 不安では あるがネ
日々 生きていて
ドラマチックな こと なんて
そんなに ない
かと いって 退屈でも ない
「ザラ ザラ」の 手触りに 遊ぶ

























