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ダバオ通信 ヤン爺のラストライフ・ダバオ
Last Life Shift In Davao Philippines

フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
「団塊 百年の孤独 老いの抗い」
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いいことが 何も なく
日々を 送る 老人だらけの 日本
社会は ダラダラ グズグズと 続くまま
何故 日本に住み続けなければ いけない
「自分 老いを 楽しむんで
はい サヨウナラ」
「南の島」は どこ?
と 思われた方の ために
耳打ちさせて いただくと
フィリピン・ミンダナオ島 こそが
『自分が 老いを 楽しむ島』
老後を
どこで どう過ごすのか
どこで ダラダラするか
その時間を 持てて よかった
団塊年配者に とっては
場所が 大事な問題 そして・・
健康で なければ ならず
経済的にも 不安が ないように
しなければ ならない
経済は 年金で 賄う
健康は 赴いた場所の気候
シニアに 優しい街
ダバオに 支えられている
経済と健康が 満たされ れば
それで いいのか・・?
そういうことに なれば
何かが 足りない?
贅沢な ことを 言っている
熱中すべき ことが 恋しくなる
好きなことを するだけで なく
我がままに なる
我がまま は
我れのままで 自然体の こと
長生きしたら 恥ずかしい とか
何んとか 言いながら
我れのまま を 通す
そうは 簡単に 死ねません
好きな事に 熱中したため
自分の 意に 反して
ダバオ隠居所が 大変な事態に なっても
それは それで よかったのでは ないか
そんな気が している 島での 15年間
外部の要因が 整えば 幸せになれる
そういうものでは なかった
自分自身が この地で 変わること
無駄を 好み 意味を 求めない
理想の老後に 不可欠
暇を つくって
雲が 流れるのを
一日 眺めているような 日
何もしない 時間
それを 見て 誰も 笑ったりしない
それで 思い出した
90才 近いけど 足腰が とても丈夫
毎日 家の裏山を 登っているという
おばあちゃんを テレビで 見た
その山に 何かが あるわけでは なく
頂上で ボーッとして
帰ってくるのが 日課
ただ 誰かと 一緒に いるだけで いい
剝き出しになった 自分が
こうして 生きていることに 喜び
わくわくも 感じている
楽しさは 瞬間的な 消費
悲しさは 低温で ずーっと 抱えている
理想の 老いの 風景の奥に
大事な ことを 見つけている
変わっていく と いう こと
自分に 関わる人 全て
そして自分を 含め 変わる
それは 人間の芯に 還ること
人間が 人間になる
常に 変化を 余儀なくされる
時代の過酷さ その事では ない
誰かに 認められたいという 感情は
自由な生き方を 阻むとして 退ける
自らが 老いを 開く
自分の 可能性を 励ます
社会的な 存在としての 人間
固定観念を 洗い捨て
自分の殻を 脱ぎ捨て
基の人間に 戻らな ければ
老いへの安堵は 掴めない――
その 真実が フィリピン
ダバオ隠居所から くっきりと
浮かび 上がって きた
『はやく はやくって いわないで』
〈ゆっくり いくよ〉と 言えば
〈ゆっくり おいで〉
〈まってて くれる?〉と 問えば
〈まってるよ〉―
そうした ときの 安心感
若い人が 声に出して かばってくれる
その言葉の意味を 取り戻せるように
その願いを 込める
コロナでも「待つ」
そのことが 問い 直されている
今 確かな光を 放つ 言葉
コロナ「苦痛」の 先払いを しておけば
長期に より安堵が 得られる と いうもの・・
午後に なると
西側の窓から 家の中に 光の道が できた
部屋の 中の色も 影の印象も 変わる
陰影の美しさ 日々 感じながら
ダバオにて 老いを 慰める

◇◆◇ ──────────────────────
出会った 瞬間
その人の ことを メスだと 思えなければ
この先も メスだと 思うことは ない
過去に 一度だけ
「友達から 恋愛に 発展した」経験
思い出したくも ない 恋愛だった
でも もし
あの恋愛が うまく いって いたら・・
この フィリピン女・・
今までの 女と 全然違う!
俗に言う ビビッ という 感電
そのシビレを 感じた 女には
関心さえ 持って いなかった
よく飲みに行く 仲間内の 一人
・性格に 苛立たない
・趣味も 合う
・食 酒の趣味が 一緒
・笑いのツボも 合う
・性的対象に 見られる 魅力
・人生の話も 出来て 高め合える
こんなに「合う」女と 出会えた
自然な ことながら 恋愛に・・
1日 2人だけで 過ごした
酒を飲み ご飯を 食べたり
ソファで ごろごろしたり
たわいない話を したり
その1日が 大きく作用した
女は 最初の印象より
たくさん話を してくれる人 だった
明るくて 素敵な一面を 見た
可愛いので 隣にいてくれる だけで
目の保養に なった
女も 同じように 感じてた はず
それは 自分の 思い込みでは ない
ビーチとか レストランとか
デートで いくような場所に
週に1回は 出掛けて 行った
食事に行けば 話が 止まらなくて
自分の家に移動 朝まで 飲んでいた
身体の関係は 一切なかった
お互い 慎重に なっている
友人だし 勢いで 何かが 起きれば
気まずい関係に なってしまう
女を 大事にしている 証拠?
硬派で いたかった
自分は この女との
「プラトニックな関係」が 気に入った
それは あくまで いずれ
クライマックスを 迎える その 前提
自分は 女が 告白するのを 待った
半年続いた ある日
しびれを 切らした 自分は
陳腐で 直接すぎる セリフを
女に・・ ぶつけてみた
「自分のこと どう 思ってる?」
すると・・
「大好きだよ」
ほら!
ほら! 当たった
自分のこと 好きで いてくれた
・・でも 今の彼女と
結婚しなきゃ いけない から・・
・・え? ナニ 何んて 言ったの
こんなこと 言ったら
男らしく ないけど
彼女と 結婚して いいか 迷ってる
え? ごめんなさい
そうじゃなくて― 彼女 いたんだ
・・うん ごめん
なんか・・ 言いづらくて・・
謝る ことじゃない・・
優柔不断男は イヤだな
自分は この女との
恋愛に 頭が 侵されて いたので
彼女が いる いないは どうでも 良かった
当たり前に 彼女とは 別れるだろうと
高を 括っていた
そうじゃ なきゃ おかしい
恋愛だと 互いに 感じて いながら
半年間 会い続けていた ことへの
理屈が 通らない
遊び心 だったら
さっさと セックスする はずだし
ただの 友達で あれば
週一では 会わないし
毎日 LINEも しない
そんな 気持ちで
自分は 女に 心情を 明かした
自分と 付き合って 行く事が
互いに 豊かなこと なのか
数時間 ビールを 煽りながら
女に 訴え続けた
明日 彼女と 別れ話してくる
だから 信じて 待ってて 欲しい
わかって くれれば いいのよ・・
戦地に 送り出すような 気持ちで
女は 自分の背中を 押した
次の日の 夜
女から 電話が かかってきた
・・話したよ
うん・・ それで?
もう一回
やり直して みることに した・・
・・は?
8時間 話し合った ・・
そうしたら
付き合って から 初めて
お互いの本音を 言い合えた
・・・
彼女 すごく 悩んで いた
・・・
自分も 逃げてた
悩んだとか 逃げてた とか
そういう 問題じゃない
本音を 言い合えた? だって
そんな事じゃ なくて・・
あなたは・・ 流されたんでしょ?
私に流され 彼女に流され
あなたの意思は どこにも ない
自分のことを 信用して いない
流され続ける男と 付き合っても
いいことなど 一つも ない
私が 出会う男が そうなのか
私が そうして しまうのか
わからない
私は いつも
その ときどきの男に 一所懸命な だけ
不幸に なるのは わかりきって いるが
それを 避ける いかなる方法も
知って いないの だから
これは 明らかに 神様の意志なのだ
神様 ありがとう
こんな男と 付き合ってたら
人生が 台無しになる ところ だった
あなたのような 優柔不断野郎は
この先も 流され続けるが よい
流され続ける男・・
はい サヨウナラ
そして 女が 言うように
その後 彼女にも 去られた 自分
フィリピンの女は
一度 サヨナラを 言ったら
コンタクトは 一切 取れなくなる
その 割り切りは 見事で 完璧
未練たらしい 男など 振り返らない
悲運に 耐えようとする
健気な 女 ほど
男の恋心を 刺激するものは ない
過去 私を
一方的に 突き放してきた 男が
ある日 突然 連絡を してきた
以前より 幾度となく
ぶつけられてきた 暴力や 不義理
嫌気が 差していた
「会わない」と 言うと
「今まで ごめんね」と 謝り
「来てくれないと 死んじゃうよ」
自殺を ほのめかし
「本当に 会いたいんだ」と
甘い言葉を 男は 連ねてきた
その後 情が 働いて
「改心して くれたなら」と
会いに行った 先で
髪の毛を 掴まれ
部屋じゅう 引き回された ことは
ここだけの話に して おいて・・

よくある 男の自慢話?
『俺って ワルで さー』と いう
ダバオで そんなこと言う 男は いない
なぜ だか わかりますか
『ワルさ ナウ』だから・・
ダバオの 女たちは
尊敬できない 男には 怖い存在
向き合えば 底知れず やさしい
<恋
人を 好きになって 会いたい
いつまでも そばに いたいと思う
満たされない 気持ちを 持つこと
<愛
恋を 感じた 相手を たいせつに思う 気持ち

◇◆◇ ──────────────────────
『ここ ダバオは 自分 おしまいの地』
洗練されない 辺鄙(へんぴ)な
フィリピンの田舎街 ダバオ
自分や 知人に起きた
不幸な出来事や とんでもない話
おしまいの地で 15年が 過ぎ
まだ 生きているので 続編の続編
題名『いまだ 自分 おしまいの地』
東京から 遥か離れた 異国の地
家の広さも 家賃も 全然 違う
ひとり生活が 穏やかに 続いている
自分が ここに いる
そのことを 知っているのは
ネットで 出会った
フィリピンの 僅かな 女性たちや
付き合いのある 近所の人など
ごく 限られた人たち だけ
素性を 隠しているわけでは ない
「いないこと」に される 異国で
これまでの 自分が「一度 死んだ」
ここでの舞台 一幕 一幕が
新たな生の 自分に つながった
異なる社会に 出会った時
どう 翻訳して 誤解を しつつも
異国の地と 理解し合って いく
おしまいの地に 暮らし
自分の 内面に 変化が 訪れる
それは どのような もの か
自分でも 不可解だが
確かに 自分は 変化し 続けている
昨日の言葉で 今日は 語って ない
日本人は 変化が 大嫌い
飲食店内の 禁煙化なんて
ワーストレベルの 遅さ だった
コロナの給付金に しても
韓国なんかは クレカなどの
ポイントで 受け取る仕組みを 導入
対応が すごく 早く 正確だった
日本では そうした事 自体の
情報が 知られても いなければ
知らないから 誰も 文句を 言わない
書類を 印刷して 捺印して
郵送しないと 進まない話が
山ほど ある
「変わらなさ」を 支える
共同主観の 強さ
他人を 仲間と見なす 概念は
理解し難い「共同体感覚」
それが コロナで 鮮明に 現れた
共同主観の 縛りを
自覚する ところから
変えていかないと 始らない・・
期待せず 事実を 観察して いきたい
ダバオで しっくり 暮らしに馴染んで
何より 安心感が 持続している
なんて ことない
平凡な暮らしをしていた 自分が
かっこいい ダバオ娘と
手違いで 秘密の 恋愛を してしまう
ありきたりな 日常に
突如として あらわれた スパイス娘
舞台は なんて ことない 日常
日常は
普通で あれば あるだけ いい
「えぇっ? こんな 自分に
奇跡が 訪れるの!?」
そのギャップが 生活を 盛り上げる
それは どんな 派手な
シチュエーションを 用意するよりも
時に 効果的な 出来事
さぞかし 地味な
青春時代を 過ごしたんだろう という
周りの 哀れむ まなざしも
自分には 気にならない
なぜなら 今夜は
半年ぶりの 日本酒という名の
「スパイス」を 用意して
ダバオ娘と いつもと違う
家飲みを すると 決めているから!
これが 自分の正解だ
そう 思って いたものは
本当は そうじゃ なかった
見方を 変えれば
まったく違う 魅力が 消えては 現れ
暮らしに 顔を 出す
ダバオ娘は 消えた
ありきたりの 日常に
平凡な 暮らしに 叉 戻った
変化するのは 悪いこと じゃない
試行錯誤しながら 間違いながら でも
新しい世界に 出会うのは 楽しい
自分の世界が 外に開かれ
少しだけ 前向きに なり
受け身では なくなった かもしれない
積極 動的に なった 自分の変化した 態

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78歳 独居老人の人生が 一変!
ブラジル映画「ぶあいそうな手紙」
花開く老人の恋物語 とも 言える 生き方
画一的な
老いの 押しつけ イメージなら
うんざりして しまう? が
自分の 気持ちに
すんなりと 入ってくる
豊かな老い 実態の情景
正しく 共有できる 提案や 提言は
どれだけ 受け取れる だろう?
老いて 元気 はつらつの 見栄
不気味な アンチエイジング
健康食品や 美容関連のCM
そんな情報なら 受け取れない
「老人=孤独死」や
「老い=認知症」と いった
老いの 不安を あおる マスコミ報道
自助 共助 公助を 政府が 強調した
自分で 行動を 起こす
そのための備えを 怠らないこと(自助)
そして 地域などで 助け合い(共助)
それを 行政機関が 支援する(公助)
――と 解されてきた
これは 国家の在り方 として
国民に 望ましい 方向なのか?
政府の支援は 限定して いくので
国民は 期待しないで ください
そう 言って ないか
政府の 市民に対する 不信感の表れ
市民も 政府に対する 強い不信感
日本国民には 自助 自己責任を
伝統的に 重視する価値観が 強い
格差や貧困 少子高齢化
雇用の不安定化など
市民が 真っ当な暮らしを
維持するための 条件が
大きく 揺らいでいる
70年代 後半から
社会保障が 充実している 北欧など
国家が 肥大化し 福祉が ゆき届いた
家族が 助け合うという「絆」が 失われた
―― という 福祉国家批判が 起こった が
実態は 全く違っていた
福祉が 充実している国の 国民は
家族介護などが 重荷に ならないため
家族間の「絆」の 源である
愛情を 無理なく 大切に できた
フィリピン そして 東南アジア
昔の日本も そうで あったように
大家族 3世代が 同居する 家制度
経済も介護も 人的資産が 豊か
福祉が ゆき届か なくても
在宅介護が 個々の 負担に なら ない
核家族 日本のように
将来の介護を 考え
家計負担や 老後を不安視する 国では
過度の負担を したくない
あるいは させたくない として
人間関係が 疎遠に なっている
公助を限定し
自助や 共助ばかり 強調し
過度な負担を 押し付ける ほど
逆に「絆」を 崩していく
人と人との
関わり合いを 育てていくには
公助が しっかり しないと いけない
高齢者介護でも
介護保険制度の仕組み 公助が
しっかり すればこそ
家族(自助)や 地域(共助)に
過度な 負担を かけず
市民たちが 無理せず
互いを 支え合うことが できる
自分なりに 生きるため
頑張る 自助は 当たり前 だが
生きる喜びを 見失うほど
頑張りを 要求されれば
運に 恵まれない限り
人間らしく 生きられない
こうした 理不尽に
市民は「我慢し過ぎ」では ないか
社会全般が「生きづらく」なり
自分が 勝ち残ることしか 見えない
「どういう社会を 望むのか」
問い直しの キッカケ
その機運が 社会全体で
盛り上がって いくと すれば
自助 共助 公助の 提案は
大いに 意味が ある
団塊は 元気 ほおって おいてくれ
そんな声も 聞こえて きそうだ
老人を 見つめた 映画の話に 戻る
「ぶあいそうな手紙」
孤独や 人生への諦め と いった
シビアな現実を 映し出し ながら
悲壮感は 感じない
厳しい老いの 現実の 中にも ある
人生の楽しみや 老いても 存在する
他人への愛を 指し示している
正しい日本語というものは 存在しない
正しい老後 そういうものも 存在しない
これは 自分が 共有している スタンス
全てのモノは 常に 一時的な もの
社会で 揉(も)まれる なかで
老いに 揺らぎが 生じて 当たり前
「間違いの 日本語」も
「間違った 老後」と いうものも
ある時代の 臨時的な
規範をもとにした 指摘に すぎない
正しさも 間違いも 正解も ない
だから 老いに 多様性が 生み出される
実例主義を 貫けば
老後人生に いいも 悪いも ない
ブラジルから 届いた 映画
『ぶあいそうな手紙』
現在の 日本に存在する「老い」
そんな イメージに なじめない
団塊人たちに 老いの多様性を 見せる
自由に 生きて 自由に 老いる
そして 政治に 発言する
幸せに なりたい ならば
世の中を 生きやすく 行動する
そうして いくしか ない
舞台は ブラジル南部の都市
ポルトアレグレ
ウルグアイから この街に やってきて
46年になる 78歳の エルネスト
ウルグアイ と 聞いて
想い出し ませんか・・
ウルグアイ大統領 ホセ・ムヒカ(85)
ムヒカさんの 個人資産は
フォルクスワーゲンと トラクター 農地
自宅のみで 大統領公邸には 住まず
首都郊外の 質素な住居に 暮している
園芸が 趣味
昔 家の近所に
10軒か15軒ぐらいの 日本人家族が いてね
みんな 花を 栽培して いたんだ
幼い私も 育て方を 教わり 家計を 助けたよ
彼らは すごい 働き者でね
昔ながらの 日本人 だった
農民の思考で 狭い土地に
多くのものを 育てて いたんだ
ウルグアイに
日本の造船会社が 来ていてね
日本人技術者が 大勢 働いていた
子どもたちは ここで 成長し
自転車で 学校へ 通い
ここで サッカーを 覚えた
ある日
日本人の子どもが 試合に 出て いて
激しいプレーで 頭をけがして 血を流した
ついには コートから 出された
その子は 泣いて いたよ
でも 傷が 痛いから じゃない
最後まで プレーできないことが 悔しくて
名誉心で 泣いて いたんだ と
日本と 日本人に ついて 語った
大統領や 国会議員としての
報酬や 寄付を もとに
農業学校を 設立し 子どもたちに
農業を 教える取り組みを 始めた
世界に 紹介された 伝説の スピーチ
『世界で いちばん貧しい 大統領の 演説』
政治家の口を塞ぐ ネクタイを 着けず
質素な姿で 演壇で話す 大柄な男
ムヒカさんは スペイン語で 話しかけた
「貧しい」という 言葉を
ムヒカさんに 使って いいのか
ムヒカさんは 貧しくない
大統領としては 質素に 暮らしても
心は とても 豊か だから だ
「貧乏とは 少ししか
持っていない ことでは なく
無限に 多くを 必要とし
もっと もっと と 欲しがる こと」
ムヒカさんは この言葉を 発し
国際会議で おだやかに 語った
演説の内容が
「足るを 知る」仏教思想に 通じる
農地を耕し ペットに 餌を あげ
お湯を 沸かして お茶を 飲む ――
大統領とは 思えぬ 質素な 暮らしぶり
運転手付きの 公用車では なく
古びた ブルーの愛車を
自分で 運転して 公務に 向かう
ものを 売り買いする場所は
世界に 広がりました
できるだけ 安く つくって
できるだけ 高く 売るため
どの国の どこの人々を
利用したら いいだろう かと
世界を ながめるように なった
利益を 最大限 生むために
どこの国の人を 使う かって
グローバリズムの 悪しき本質を
子どもにも 伝えなければ ならない
演説の順番は 大国の首脳から 始まる
ムヒカ大統領のスピーチは 最後の方
既に 大国の首脳は 退席していて
会場は 満杯では なかった
残っていた人は 真剣に 聞いていた
―― ムヒカ大統領は
政治 経済 環境だけで なく
人の生き方へと
世界の諸問題の本質を 突いていく
工場で 働く人々
大量の紙幣に まみれる 大人たち
社会の 歯車の中で
何とか 生き延びようとする
欲深い人間
胎内で すやすや眠る 赤ちゃん
金持ちに なるため この世に
生まれくるの では ありません
この惑星に 幸せになろう と 思って
生まれてきた という 言葉
ムヒカさんは
「生きていることは 奇跡だ」と
4度 銃弾を 体にうけ
ゲリラ活動により 4度も 投獄された
壮絶な 経験をもつ
主義の 根底には
投獄中 膨大な 科学系の本を
読んだうえでの 科学の知見
生きることを 自分の頭で 考えよう
言葉は シンプルに して 深い
仕事って
みんな 人のために やっている
私たちは 集団で 生きている
それぞれが 社会で 必要とされ
役割を ひとり 一人が 担って
社会が 成り立っている
「幸せ」って
ひとつ 間違えば 理想論的な
軽い言葉に 思われがち
本当の幸せとは 何だろう?
仕事して お金を儲けて
豊かな暮らしを することも
ひとつ かも しれない
長時間労働してる だけでは よくない
ムヒカさんは ドイツの ような
「職住接近」の 暮らしが いいとも
職場と家が 近ければ 通勤時間も 減り
家族との時間も とりやすい
地方でも 仕事が できることを
実現して いくことも ひとつの 希望
―― 2016年4月
ムヒカ大統領は 来日した
広島平和記念資料館を 訪れたとき
資料館の前に ある親子が いた
ムヒカさんが 広島に 来ることを 知り
福岡から 駆け付けた
ムヒカさんに
「生きるって どういう ことですか?」
娘さんが そう 聞いたら
自分の頭で 考えて いくことが
大事なんだと 思うよ と 話しかけた
「ほんとうに それで いいの?」
そこから 考えなさい
気持ち いいのは なぜだろう
という 問いかけを 持ちなさい
「人間は なんで 掃除するんだろう」
そんな事も 考えて 欲しい
幼い 娘さんは 頷いて いたが
もう 少し すれば
ムヒカさんの 言葉 理解できる だろう
やぁ〜 話が 横道に 迷いこんだ
ブラジル映画『ぶあいそうな手紙』
話を 戻す事にする
妻に 先立たれた
独居老人 エルネスト
時折 訪ねてくる息子 ラミロに
権利付きアパートを 処分して
サンパウロに 移らないか と
同居を 薦められている
住み慣れた アパートを
エルネストは 手放す気に なれない
アパートの隣人 ハビエルと
老人同士の ユーモアの ある
洒脱な会話を 交わす 一方
つつましい 暮らしでさえ 脅かす
ブラジル政府の 福祉 切り捨て政策を
チクリと 皮肉る
銀行で 年金を 受けとる 際に
お札を 額面ごとに
違う色の封筒に 入れてくれる
エルネスト独自の 分類方法 なのか
エルネストへの 銀行の 優しさ なのか
ある日 エルネストは
アルゼンチン出身の
隣人 ハビエルから
ウルグアイから 1通の手紙が
届いていることを 知らされる
エルネストは
視力が すっかり 衰えてしまい
手紙を 読むことが 出来ない
家政婦の クリスチーナに
代読を 頼んでも
手書きの スペイン語は
読めないと 断られる
そんな折 上の階に 出入りする
若い女 ビアに 読んで もらって
やっと 手紙の内容を 知った
差出人は 昔の友人 ルシア
彼女の夫 オラシオが 亡くなった
そのことを 知らせる 手紙だった
エルネストは
返事を 書こうにも 手元が 覚束ない
ルシアの手紙に 興味津々の ビアに
手紙の代筆を 頼んだ ことで
ビアを介して ルシアと文通が 始まる
街で暮らす
若者たちには 定職が なく
生活が 安定しない
老人たちと 同様に
若者たちにも 不安が 広がっている
貧しい老人 エルネストと
貧しい若い女性 ビアが 出会い
互いの 人間性を 探り合いながらも
ささやかな 幸せの時間を 共有
エルネストには
多くの経験と 思い出が あり
人生の いくばくかの 真実は
承知している
ビアは 五感が よく働き
様々な知識や 教訓を 吸収できる
最新の 電子機器に 関しては
エルネストより ずっと 詳しい
ワケありの 妖しい ビア
唯一 心を 許せる隣人 ハビエル
折り合いの悪い息子 ラミロ
皆に 心を 正直に 伝えられない
エルネスト 地味な 人間讃歌
ルシアと エルネストの関係が
ビアの 好奇心から
少しずつ 明らかに なる
頑固な独居老人 エルネストが
天真爛漫な ビアに 振り回されながら
ビアに 心の扉を 少しずつ 開いていく
二人が 交錯した 慎ましやかに 微笑む
「老い」とは
先がなく 消えゆくような
終わりの イメージを 抱きがち
自分も 目も 足も 衰えた
いろいろな 制約が 出てきた
体に ガタが きている ポンコツ
いままで できて いたのに
できないことが 多くなった
知力も 体程では ないが 衰える
物忘れが ひどく なり
とっさに 言葉が 出なく なる
自分自身の 全てが 一変する
老いは『劇的』悲劇には しない
あとは 死を 待つだけ
その人生では 寂しい
積極的に 生を 謳歌する
頑固で 融通が きかない エルネスト
息子からの 同居の申し出も 断り続ける
でも 現実は 厳しく
目が ほとんど 見えなくなって
日常生活に 支障を きたしている
このまま 人生を 終えるだけ
そう 思っていた
ある日 一通の手紙が 届いた
その差出人で 友人の妻 ルシア
エルネストが 思いを 寄せた 女性
エルネストは
壁などに 手を おいて
伝い歩き しなければ ならない
それほど 視力が 低下していた
若かりし頃に 思いを 寄せた
ルシアからの 手紙
ルーペを 使っても 読めない
視力を 失いつつある エルネストは
同じ アパートメントの
ほかの部屋に バイトで 出入りする
23歳のビアに 手紙を 読んでもらう
返事の代筆を 頼む
エルネストが 口述を 始めた・・
紋切り型の 言葉では なく
真情を 率直に 伝えたほうが いい
ビアの提案を 受け入れた
手紙の 読み書きの ために
エルネストの部屋に
ビアが 出入り するように なる
エルネストの人生を 変える 始まり
嘘つきで 手癖が 悪くて
でも 感受性が 高くて 素直
憎めない 若い女の子 ビア
若者の 瞬発力は
体力だけで なく
精神面にも あって
何が 正解なのかを
一瞬で 理解する 能力が ある
これまで 抱えてきた 過去や
人間関係を あっさり捨てる
能力も ある
ビアは
孤独な人間で 頼れる人が いない
だから 乱暴な男と 縁を 切れない
暴力的な 関係と いうのは
女性の側から 抜け出すのが 難しい
暴力を振るう男に 支配されて いた
男の暴力から
抜け出せない 女性が 多い
ビアは エルネストの サポートに よって
暴力的な 男から 抜け出すことが できた
ビアは エルネストと 出会い
男との関係が 歪んだ もので
普通では なかった ことに
今 初めて 気づく
少し怪しい娘 ビアとの交流で
エルネストは これまでの 老後から
気力が みなぎり 生き生き していた
頑固な じじい エルネストと
はすっぱ ビア なのだが
ウマが 合う 二人
エルネストは 若い女性 ビアの
やることを 咎めない
ビアは エルネストの 金を
くすねたり してるの だが
いつしか それも 返し
二人は 心を 通わせる ようになる
少しずつ わかる
ビアの過去を みると
信じてもらう という経験が
これまでの 人生で なかった
それ だけに エルネストは
ビアが 金を 盗んだと
知っていても 何も 言わない
ビア 悪事が バレても
全く 悪びれる ところが ない
23歳に しては やることが 幼い
まるで フィリピン娘の よう
視力を 失いつつ ある
78歳老人が 若い娘に 振り回され
嬉しさに 思わず そわそわする姿
老いと 若さの出会いから 生まれた
ささやかな 時間
見て見ぬ振り エルネストの 態度は
ビアには「信頼された」と 響いた
映画は 淡々と 続いていく
お互いに 信頼が 芽生える
それを 言葉にする 語彙を もたない
けれど 2人の 結びつきが
太くなっていく 様子に 安堵する
エルネストが 気力に満ち
漢気を 見せるところが カッコいい
最後の展開は 予想 できなかった
人は 一人では 生きて いけない
観る人 全てに 語りかけてくる
哲学的な 要素のある 映画作品
ブラジル映画は 新鮮
言語も 普段 聞くことが ないもの
78歳の老人と 23歳の若い女の子が
恋愛に 発展することは ありえない?
そうかな 純粋な 友愛
ビアとの 出会いが
人生を ただ終えようと していた
エルネストは 新たな一歩を 得た
老いた 自分の身に 照らし合わせ
なんだか ホロリ 心が 優しくなる
今の 日本なら
老人を だます 詐欺って 見られて
息子も がなりたてる ところ だろう
ラテンだもの フィリピンでも 同じ
2人の 年の差は 半世紀以上も ある
あくまで 対等な関係が 微笑ましい
暖かく 二人の 自立を 観ている
エルネストの
ウィットに富んだ セリフ
ダンスシーンの キュート
手紙の文章の センスの良さも
やるな ジジイ!
老いて 孤独の影が 近づいて きても
決して 一人ぼっちに ならない のは
エルネストが 真面目に 楽しんで
生きて きた から・・
そんな 人徳者の エルネスト
頑固に なって いるけれど
年の功で ビアより 生き上手
視力は 衰えても
ビアを 見極める眼は 曇って いない
きちんと 生きて きたら
周りには 優しい人が 集まる
ラスト ビアにも 息子にも
親愛なる ルシアにも
そして エルネストにも
ハッピーエンドを もたらす
それぞれの 愛の深さを 観た
誰かに
真っすぐな手紙を 書きたくなった
エルネスト 老境を 以前よりも
ずっと 前向きに とらえている
多くの人は なかなか
『老い』を 受け入れようと しない
ゆえに 自身を 変化させられない
若い時の事が 忘れられず 老いを 嘆く
肉体も 頭も 確実に 衰えて いて
若かった頃の ようには いかない
老いたから こそ できる事も ある
老いを 受け入れて
支障が 出た ところは 他人に 頼る
そうして 老いを 再構築する
人は 生きていく 中で
たび たび 問題に 直面する
その都度 対処する方法を みつけ
それを 身に付けて きた
老いに関して いえば
積極的に 生きて いくか
ただ 死を 待つ のかの 二つ
映画『ぶあいそうな手紙』
「老い」を 若い女の子
ビアの境遇を 通し 描いている
長年 生きてきた 大人には
自分の行く道は わかっている
その 結末も よい
ドアーを 開けると
そこは いつも フィリピンの荒野
長い間 自然の 美しさよりも
何も ないことの 不便さや
恥ずかしさの ほうが
自分の中では まさっていた
自分も 自分の 老後だから
自分で 労らなければ ならない
眼の悪い 老人 エルネスト
隣人 耳の遠い老人 ハビエル
隣人同士で 助け合い 補いあって
生きていくには 限界と いう 苦悩
人は 皆 年を取る
資本主義の行き先は 核家族化を 招き
孤独な老人は 増えて いった
映画は ハッピーエンドでは あるが
身に 積まされる 部分のある 物語り
老境に 差し掛かった人間が 臨む 現実
自分も たいがいの 年齢に なったな
しみじみ 思わされた
優しい老人の 物語
主人公 エルネスト78歳
我々も こんな風に
老いることが できれば と 願う
知性に溢れる 老人
目は 悪いが なかなか 侮れない
エルネストは
抜け目が なくて ずる賢い
ビアとの邂逅を 楽しんだ
日常の損得だけで 生きる
家政婦には そんな エルネストを
理解することが できなかった
タクシーから いったん 降りて
46年間 暮らした街を
港から 眺める シーン
年老いた エルネストの 寂寥が
ひたひたと 波を打つよう だった
一人 暮らす
78歳の 文学好き 爺さん
23歳の やんちゃな 女性が 交流する
フィリピンでも 同じ 情景を 見かける
ブラジルの ウルグアイ ジイさん
フィリピンの 日本の ジイさん
だが 愛情に ついての 何かが 違う・・
悪い子では ないの かなとも 感じつつ
エルネストが 見えないのを 良いことに
やらかす女の子に 危なっかしさを 感じる
それすらも 見抜いている
エルネストの 大物感
手紙の やり取りで 見せる 温かさ
ぶっ飛んでる 大器量の ジイさま
ブラジル映画 初めて鑑賞した
「愛を まぬがれる ことは
どうやら できない みたいだ」
愛 という と
とても 大きな言葉に なる
目の前に ある
窓から こぼれる やさしい光や
友人 知人に 日常的に 感じる 愛情
昔を 思い出して 心の奥が 動く 感覚
全部 ひっくるめて 愛かも しれない
そういう ひそやかで
少し眩しくて やさしい
愛を 感じる 感覚
幸せに 生きるために ある
あたたかで 繊細な
ビアの心に 入り込んだ よう
過去の恋人に ついての 一節や
仲良くしていた 友達との 思い出話
好きな映画などに ついて 知っていくと
そのときに 存在した 機微を 感じ取る
まったり ゆったり
映画は 穏やかに 流れていき
寂しさや 哀しさを 孕みつつ
優しさを 醸す 作品
水や 空気のような
存在に なれれば
素晴らしい けれど 責任重大
どんな水で どんな空気なのか
そういうことを 考えていく
老いの 転換点
エルネストは 独り身
ビアが 献身的になる 理由
エルネスト本人は
一人で いることに 慣れているし
一人が いいと 言うことも ある
でも ふと 寂しくなることも
あるんじゃ ないか なって
そんな時は 気兼ねなく
一緒に いられる存在で ありたい
いつでも 頼って ほしい
それが ビアの まともな 思いか
だれかを 愛し 愛されること
その人の 魅力に つながる
恋愛は いくつに なっても
人を 甦え させる
『何歳だから これを したらダメ』
そういう 考えは 間違っている
年齢を 重ねたうえでの 恋愛は
決して 恥ずかしいことでは なく
むしろ 生涯 していたほうが いい
その 時々の気持ちで 行動する
あまり 先のことは 考えない
考えていたら できないような
こと ばかり だから
この映画
美しいし 豊かだし 切なかった
































