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ダバオ通信 ヤン爺のラストライフ・ダバオ
Last Life Shift In Davao Philippines

フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
「団塊 百年の孤独 老いの抗い」
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なんじゃ コレ?
なんで 日本が!ここに
昨年 フィリピンから ベトナムへ
着替えだけを バックに 詰めて・・
一人旅 不安だし ワイワイも無いが
他人に 気兼ねなく 動き廻る
宿は 現地に 着いてから探す 定法
街を ブラ ブラ しながら
行き当たり ばったりで 見つける
素朴なホテルが 見つかれば ビンゴー
初めての夜は ダイニングで 食事をとる
漂うローカルの空気と食材が もてなす
自然を感じ 寛ぐ 旅が 上手に なった
これまで どんな客が ここで食事を したのか
どんな表情で どんな会話を 交わしたのだろう
会ったことのない 誰かに 思いを はせながら
地場のビールを ゆっくり味わい なごむ
時空を 超えてきた気分を 整える
ジワジワ 夜が 更けていく
わざと 遠回り してみたくなって
うろつきながら 部屋に 戻った
「普段の自分」とは 全く違う
「旅の自分」が そこで 成立
知らない国 ベトナムは 不思議の舞台
日本屈指の繁華街 東京新宿歌舞伎町
そっくりを 雑に 真似た街が
ベトナム・ホーチミン郊外に 現れた
昔の名前では サイゴン
「東洋のパリ」とも 称され
美しい街並が 残されている
今 ホーチミンと 愛称
去年 オープンした施設「チルタウン」
けばいネオンや 看板が ひしめき合う
日本の歌が 大音量の にぎやかし
場所は ホーチミン1区 中心部から
バスで 30分ほどの トゥードック
観光客や 外国人は ほとんど いない
地元の若者たちが 遊び 騒ぐ スポット
この場所が 歌舞伎町そっくり
入り口にある 巨大ネオン看板
歌舞伎町を なんちゃら 真似た?
本気で 模す つもり など ない
すっごい雑で テキトーで 出鱈目
だから面白い 日本人にしか 味わえない
ハリボテで 安っぽい チリタウン
ネオンとか 提灯 看板の配置が
客を キョロキョロさせる 歓楽街
もはや 元から 歌舞伎町を
再現する気など なかったのだろう
チルタウン一体は 巨大な居酒屋
ビミューな 日本語が あちこちに
「化粧品」文字が 逆さま
「ウェルカム・ジャパン」なのに
「私たちへ ようこそ」と 書いた
「レストラン 放送する」が 看板
ツボに 嵌まっていて 笑える
「だめです だめです が」 ジワジワくる
日本の街を 再現するなら
完全コピーでは 面白くない
そんなの 受け入れられない と
日本語を わざと 反転するなど
あえて「ズレ」を 演出している
チルタウンの背景・・ には
マーケティングマネージャー
クオック・カインさん
歌舞伎町の 迷宮みたいな
不思議な空気感を
みんなが 体験できる 場所
ホーチミンに 作りたかった
日本の 繁華街への あこがれ
歌舞伎町の全てが ここに?
楽園への 扉にしか 見えない
一軒の居酒屋の入口が こちら・・
「寅˝むすこ食堂」
寅に 濁点を 付け
「どらむすこ」と 読ませる
「寅˝むすこ食堂」が 掲げた 暖簾
紺ベースの布に 白い文字で
定食 鶏唐 餃子 刺身 酒場
定食や お酒 唐揚げから 餃子
刺身が 食べられる のだろう
肉・魚・酒 おおよそ
「もう この世の 全て」が 揃う
シンプル だが 言いたいことが
暖簾の文字から 伝わってくる
この世の全てを 手にした 酒場王
暖簾を見た 客の反応は
「つい 飲みに 寄りたくなる」
「強烈な インパクトに 誘われた」
飲みに 入れば 全てが 揃っている
飲兵衛には たまらない 食べ物が
暖簾に 列挙された
いったい お店は
どんな思いを 暖簾の文字に・・
「寅˝むすこ食堂」の 店長は 日本人
最初 暖簾に 何も 書かなかった
『こういう お店ですよ』
分かりやすい ように
暖簾に文字を 書き入れた
漢字イメージは ガツンと響く
「パット見て 感じてもらう」
ベトナム人に 意味は 分からない
でも カーテン・メニュー だと
なんとなく 分かるようだ
単純化する事で 店が 活きてきた
何が 真実かを 知らせたければ
意味を 考えて もらうのでは なく
ありのままに 見て 感じて もらう
ありのままに感じる と なると
もう「何コレ?すっごーい!」だけ
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酒を飲む タバコも吸う
ドラッグは しない
お酒好きが 楽しそうに 飲んでる姿
お酒を飲んで 騒ぐ 快感
食事や お喋りと 共に 酒が 楽しい
体に 良くないと 云われても
お金の浪費だと 意識が あっても
お酒は やめたくない
今 コロナで 酒は 販売禁止中
健全な 南国果物か・・

お酒は 中毒性が あるからネ
お小言は ただ「それだけ」
と いうのが どれだけ なのか 分からない
酒呑みが 死ぬほど欲する 快楽
酒に 匹敵する快楽を 味わっていた
昼食後の ソファでの うたた寝
耳元で 誰かが 喋っていて
その声を 聞きながらの
うたた寝は 極上
うたた寝は やめられない
誰にも 禁止されない 快楽
南国の花が 咲き乱れて
小鳥が 囀(さえず)り
真っ白な雲が 天を つく
天女のストリッパーが 舞い降りて
羽衣の裾を 風が 踊らせる
妙(たえ)なる 虹色の楽の音を
ドンチャカ奏でる
お釈迦様の ムッチリした 太股を
膝枕にして うつら うつら
夢心地の午睡を 貪(むさぼ)る
もったいない 極楽の 身の上
コロナも へったくれも なく
永遠の刻(とき)を 戯れる
あと いくつ寝たら
ナントカなるのかなと
指折り数えながら・・
突然
「自分は どんな人が 好きなん だろう?」
このうえなく 伸び伸びと 広がる
南国の青空 窓越しに 見上げ
お釈迦様の ももに 頭をあずけ 思った
脳みそは ショートしてしまい
すぐに 問いに 降参
はっきりしたことが 見えないなか
自主という なんとも あいまいな
号令の中で ふとね・・
そしたら はッと 思いついた
「暮らしを 面白くしてくれる人が
大好きだ」って 脳みその 返答
童の様な 人が それに とても近い
予測不可能だし 発想も自由だし
大きい声出すし 出し惜しみないし
いっぱい 笑うし
表情と感情が 直結している
いるだけで 面白いのが 童子
年寄りは 赤子に帰る と 言うから
大好きだなーって 思われるかな?
でも 尖(とが)ってる
若い子は どうなのか
それでも 好きだなぁと 思った
おい おい おいって いうぐらい
尖って ても 生ききってるヨ~
で 自分の周りを 見渡せば
好きな人って
年齢は 全くもって 関係ないね
いろいろな 熱量が あって 好きだな
好きな人が
世の中 面白くしている
そんな人が 大好きなん だな~
えっ 自分? 好きかって?
好きか どうか わからないな
こんな自分でも もし 誰かに 好かれるなら
好かれるように 心映えを 保った方が
よいのかも しれない
好きになる人の 定義って
どん どん どん どん
年とともに では なくて
時代とともに 変わって ゆく
この土地 ダバオに あった生き方を
何百年と 変化させながら
生き抜いてきた 古来からの ダバオ人
時代は また どんな 好きな人を
求め はじめる の かな
「あ か ん べ え!」
何かに 向かって 笑いたくなる
そこに 思わぬ快感が もたらされる
好き 一種の 魔法
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2年前の初冬
フィリピンから 一時帰国した
爆発や 外人誘拐テロが
身近に起きた ダバオでの生活
帰国すれば
東京で 再び直面する 穏やかで
ぬるい 閉塞(へいそく)感
ダバオは 空気も人間関係もウエット
地面からも 焼かれ つらい場所
東京は 楽しくて 夢みたいな場所
だけど どこか 見せかけ だけ
どこに行っても 癒えない 実存的不安
ダバオ 東京 二つの 対照的な都市
土地のこと これまで
真っ新な 純度で 書いてきた
あの時 あんなに 幸せだったのにと
思い起こされる 幸せは
全て 幻想だった と 知らされている
移住は 辛かった 寂しかった
この乖離(かいり)の 中で
自分を 存在させていた
自分の心の中を のぞき込む
人生の余滴そのものが ダバオ
この土地は 自分 そのものに なった
帰国して 神経に 触ったのは
日本人男性の 高圧的な 態度
くだらない テレビ番組
幼稚な取り上げ方の 報道
こうした 日本人が
絡めとられている 網を
理解しようと しないと
そこまで 降りて 行かないと
今の東京は 迷路のように 難解
だから こそ 逆照射される
他者との わかり合え なさ
その空隙(くうげき)を
埋めようとするも 埋められない
それ 本当に 常識? なの
周りと一緒なら 安心の 呪いだろ
常識らしきに 同調する ことを
ひたすら 良しとする 行動は
変化の拒否に つながり
新たな 出来事への挑戦を
断念するように 働きかける
生きよう と することに
基本的に 解放されない 東京
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眠らない街 東京
疲れきった街 東京
大人になれない街 東京
高層ビルで 空は 狭い
東京 はじめる
何をすれば いいいのか さえ
この都市は 見失っている
この10年間で 100万人が 増え
1400万人の 大都市 東京と なった
人口の 一極集中が 飽和を 招き
都市の脆弱性が むきだしに なった
人口の 飽和
住居の 飽和
医療機関の 飽和
就職先の 飽和
交通移動の 飽和
教育現場の 飽和
児童保育の 飽和
高齢者の 飽和
快適で 安全な東京を 取り戻す
それには 「分散」しか ない
大都市 故 感染症にも 弱かった
ITの整備遅れ 使い物に ならなかった
首都直下型地震 リスク回避への無策
個人も会社も 狭いスペースに
高い家賃を 払いつづけ ながら
大都市に暮らす理由が なくなった
毎日の通勤の苦しみから 逃れ
快適さを 備えた 環境を求め
大都市から 地方に 目を向ける
勤務形式の変化は 地域経済再生の機会
これまで 仕事 人 雇用維持を 掲げ
首都集中現象を 解消しよう と したが
これまで 成果は 出ていない
今まで 停滞していた
地方創生と首都集中解消
少子化対策 働き方改革 高齢者福祉
デジタル化推進を 一気に推進する
これからの「TOKYO」の 在り方
都知事選挙が 終盤を 迎えた
有権者は 都の運営予算規模も
現職都知事の「仕事ぶり」も
政策の「成果」も 知らない
財政は 15兆4500億円
福祉国家 スウェーデン
その国家予算に 匹敵する
大東京は 一国と 肩を並べる規模
都知事は
直接選挙で 選ばれることから
大統領選にも 例えられる 重大事
都民に その緊張感は 何故か ない
候補者にも その気概が 見えない
憶えてる人 いるだろうか
前回2016年7月の 都知事選での公約
「東京大改革宣言・7つのゼロ」
いくつ 成果を 揚げたの だろうか?
「待機児童ゼロ」も
「残業ゼロ」も
「満員電車ゼロ」も
「介護離職ゼロ」も
「都道電柱ゼロ」も 未達成
「多摩格差ゼロ」は
数値目標が なく そもそも 意味不明
最後のひとつは 忘れた
あッ そう ペット屠殺O だった
選挙公約など 信用に 値しない
都政が 悪循環に陥っても 無関心
東京は 限界飽和で 自らパンクしている
米国でも 有名人やタレントが
知名度を 背景に 州知事選などに
出馬する ケースは ある
「経済政策」や「教育」
「犯罪への対応 安全対策」などの
重要争点を めぐって
メディア主導で 討論が 何度も繰り返される
そうしたなかで 候補者の政策と人間性
リーダーシップなどの 違いが 明確にされる
選挙報道に おける
メディアの責任は 相当に 重い
数字が 稼げる スターが いれば
お祭り騒ぎ そうでなければ 黙殺
TVが この様な 繰り返し なのだから
都知事は 当選後 公約を 忘れる
メディアも 公約の追求など しない
東京の抱える問題に 答える 討論会
日本では ほとんど 行われない
TV討論会が 何度も 行われれば
投票に 有効な判断が 得られる
コロナとオリンピックが 争点?
それは 違うだろう
東京が 抱える問題は
もっと大きく 深刻
10年後 大東京の姿を 誰が 描ける
先が 見えなければ 東京は 瓦解する
4年で 問題を 切り開く
更に4年で 切り開いた問題を整地する
仕上げの4年で 整地された問題に 種をまく
成り行きの まま 任せてきた 都政
それで いいんですか?
これまでに わかっていて
問題に なり 解消されてない もの
変えたい 変えたいと していて
なか なか 手つかずで あった もの
今なら 手をつければ 間に合う
問題に 目を つむり 疑問にも 麻痺
都民は 満員電車にも 不平を 言わない
ゆっくり 迫り来る問題を 先送り 我慢
都知事選 人気投票に 終わらせない
徹底した 政策論争を 聞きたい
当然 現職知事には
任期中の「成果」が 追求される
政治家は 何を 約束するか ではなく
何を やってきたか
過去は リセットできない
討論会すら できないよう では
日本が「首相公選制」を 導入する
そんな日 いつまで たっても 来ない
地方分散への動き 地方からの招致
自治体が 移住者に物件を 紹介する
「空き家バンク」を 活用するなど
地方の物件に 出会う事が 出来る
職を失って 住むところも ないなら
地方での「就農」「就魚」「就林」を
選択肢に 入れて いいかも しれない
都会人の暮らし方
これから 真っ二つに 分かれる
物質的な豊かさを 求め続ける人と
たましいの幸せを 重視して 生きる人
ライフスタイルを 変えず
現代社会に しがみついて 生きる人と
自らを 自然のほうに寄せて 暮らす人
自分と 向き合って 答えを だす
何に 一番 重きを 置いて
生活したい のか・・
その事を 時間を かけ 考える
人生の時間を 無駄に しない
東京 一極集中は 既に パンク寸前
便利だが 高コストな 都市生活
暮らしへの 精神的 難易度 我慢の限界
周りの目を 気にしながらの 窮屈
みんなが 疲れきってしまった
誰が「運命」など 決めている
今日という 一日を どう生き
何を 選択するのか・・
その積み重ねと 創意工夫 努力次第
「この先」を 自分の手で 創る
暮らしと 生活を守る
政治家は 選挙になると
有権者に おべっかを つきまくる
現実に どう都民を 守りきれる のか
都知事選 候補者の政策を 吟味したい
特定のリーダーを ぶち上げて
その人が 東京を 変えてくれる
往々にして 起きる「カリスマ待望論」
それでは うまく いかないん じゃ ないか
誰か すごい人が
すべてを 決めてくれれば うまくいく
そうした 期待は たぶん ウソ
「都民 それぞれが 自分で 考え
自分たちで 決めていく」
それが 都政本来の姿 なんじゃ ないか
仏教開祖のブッダが 亡くなるとき
弟子たちが ブッタのまわりに 集まり
「これから 私たちは 何を頼って
生きて いけば いいのでしょうか」
そう ブッタに 問うた
ブッダは
「わしが 死んだら
自分で考えて 自分で決めろ
大事なことは すべて 教えた」
自ら明かりを 燈せ
他の誰かが つけてくれた 明かり
それに 従って 進むのでは なく
自らが 明かりになれ と 突き放した
都政が 変わらない
カリスマも 要らない
それなら 都民 自らが
変わって いくしか ない
ただ今 選挙中
候補者に ついて 触れられ ない
4年後の 都知事選を 予想する
なんてったって「キョン キョン」
そう 小泉今日子さん
今や 小泉と言えば
政治的発言の頻度は 進次郎より
今日子の ほうが 影響力が ある
タレント候補とは いえ
今井絵理子の
「今は 選挙中なので
政治経済の質問に ついては???
ごめんなさい」なんていう 迷言も
キョン キョンなら しない
安倍総理の 側近気取りの
三原じゅん子とは
芸能人としての 格が 違う
今から 4年間
芸能活動の傍らで
都政を 勉強して もらって
側近の頭脳を 集め
出馬してもらいたい
公約ですか?
「東京を 元気にする!」
それで いいんじゃ ないですか
キョンキョンが 都知事に なったら
仕事ぶり 見てるだけで
都民が みんな 元気に なれる
公約で「7つのゼロ」
なんて 希望を 持たせて
その4年後に「達成ゼロ」でも
責任を 問われないのが 都知事なんでしょ
それよりは はるかに 良心的
あぁ 早く 次の都知事選が 待ち遠しい
東京都民って 結構ミーハー
都民だから やっぱり
ファッションに 敏感で
見栄えのいいのが 好き
権威の側に いない大人で
無責任な ところが あって
いろいろな世事を 知っている のが
「へんなおじさん」の 基本実体
そういう おじさんが
キョンキョンを 補佐してくれる
生きることへの 憧れと自立
自分の価値は 自分で 決める
キョンキョン そうとでも いうか!
緊張感だけで なく
なんちゃら 良くないか
あれ? 何の話 でしたっけ?
そう 軽い あれが はじまっちゃった
◇◆◇ ──────────────────────
365日 なごんで いて
「今日 何して なごむ?」
都市 ダバオの街角は そんな 感じ
「なごむ」という 表現に
とても 馴染んでいる ダバオ
大人になると
「遊ぶ」という言葉に
少し 曖昧さが 出てくる
「海に行って 遊ぼうよ」
そう言われて 出かけても
無邪気に ビーチボールを
追いかける でも なく
誰かを 砂に埋めてみる でも なく
なんとなく 潮風に吹かれて
無為に 時間だけが 過ぎて
気がつけば 海辺の食堂で
ビールを 飲んでいる
それだけ だったりする
これは「遊び」なの だろうか
そんな思い 抱きながら
ねぇ お姐さん
「あちきと 遊ばない・・」なんて
誘うのは 自分が もはや
「遊び」とは 何かが
分からなく なって きている
誘い言葉に 気が引ける
その代わりに 口から出るのは
「飲みに行こう」だの
「ご飯行こう」だの といった 言葉
それだって 厳密に言えば
酒が 飲みたいわけでも
ご飯が 食べたい わけでも ない
何が したいかと いうと
「なごみ」たい だけ
どこで 何して「なごむ」
大人の遊びとは
そういうもの なのでは ないか
どうでも いいこと だけど
「なごみ」という言葉に ふと 思った

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家にいて DVDを 整理しながら
映画『卒業』を 観た
最後に ダスティン・ホフマンが
教会に 花嫁を 奪いに行くシーン
公開当時 20代だった 自分は
感情移入して 熱くなった
70を 過ぎた 今
花嫁を 奪われた あの男
彼の気持ちに 寄り添ってしまう
映画だけに 限らないが
その時の 若さや感性で
同じものでも 感じ方が
歳をとれば 変わってくる
色々な形に 変るから
他(ひと)にも 自分にも 解らなくなる
あと 10年ほどか 意識して 当然
死んだ経験が 無いから 分からないが
『死んだら 終わり』
『死んだ人は 存在しない』
そう 考えてしまう から 怖がる
死ぬときの
体の 痛みには 恐れを なすが
それを 除けば 70を 越してから
傲慢だが 死が 怖くなくなっている
晴れ渡った 天空の世界を 夢想する
その はるかな 世界の
まだ はるかなる 彼方
そこへ 溶け込んでゆくことに
何の 恐れが あろう
浮世離れ連盟 総裁級 確信犯みたい だろ
「浮世離れ人種」比率は 結構 多いと思うよ
浮世離れや ノーテンキも
それぞれの 人の生き方で あり
死に方は 個性
生意気言ったって 100年たったら
今 地球に生きている人
全員 いなくなってるんだよ
可笑しいだろ
70年 生きる
先に 逝った 人たちを 思うと
よく ここまで 生きられた 幸運
残り少ない 命
今更 考えても 仕方ない のに
自分の 人生とは 何だったのか
人生に 絶対的な 価値は あったか
いまだ「根本の問い」に 答えを 探す
科学の知は 正しい・・ だが
人間の価値や 生き方 死に方に関する
問いに 科学は 答えて いない
「よく生きる 何が 必要か」
命ある限り きちんと答えを 導きだす
それが 老い人の 中心課題
そうだよ だけれど・・ネ
人生とは 何なんだ と 考えても
大上段に構えて 自分に 問いかけても
さっぱり 今でも 何も わかりません
空腹だから ご飯食べよう
晴れているから 洗濯しよう
そんなふうに その都度 その都度
求められるものに 応え
日々 それを くり返している
この いまを 生きていくこと
それが 人生? じゃない・・
え! そうなの?
もっと 人生は 高邁な もの
尊いもの そう 思って いたが ・・
暮らし 実務の世界に 人生は 属していた
毎日 やってる事
それが 人生ですよって? 言うの
なら 人生は なんと 単純な もの
師のように うやうやしい 態度を
日々の暮らしに とっていれば
いいって 言うのか
ある人には そうだろう
だが 暮らし そんな 簡単なこと すら
毎日 毎日 一生 やり遂げると なれば
困難な人の方が 多いもの
食べ物 住む部屋
電気 水道 ガスも あるというのは
なんと ありがたい ことか
自分が 意図するように 人生を
コントロールなど できないんだから
笑うしか ないって 老後も ありで
それこそが 楽しいん じゃない かって
開き直っている
笑っちゃいながら 生きられる 強さ
どのように 状況が 変化しても
それを 暮らしに 受け入れ 生き
笑いながら 過ごすしかない 人生
身近な人を 大切な人を
楽しませることが できれば
人生は もっと 嬉しくなる
いくら 世の中のために
何かやろう と 考えても
身の丈に 合わない
大それたこと そんな事 できない
やるなら 小さなことで 十分
同じ場所で 同じことを 長く続けて
暮らしていくことさえ 難しい時代
情報が多く 流動性が高まった現代
誰もが 暮らしを守り 人生 当たり前に
生きて いかれる わけでは ない
むしろ
一カ所に 固執することで 停滞し
淀(よど)んで しまう人も
今いる 場所で
「やりきれないな」と 思えば
思い切って そこを 離れ
次の場所を 探す
未練が 残るので あれば
まだ そこが あなたのいるべき場所
「一番 大切な ことは 何か」
自分にも 他人にも 解けない難問
だけど 何か どこかには 感じて いる
常識の物差しから 離れていれば
その内 ハッと 気付く
だから 深く 考え過ぎない
息を おもいっきり 吸うこと
ほら 忘れてるでしょ
毎日が 無事に 繰り返されて いるなら 良し
その昔 女友達が 飲んでいる 時に
そんなこと 言っていたので
多分 そうなんだろう



























