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ダバオ通信 ヤン爺のラストライフ・ダバオ
Last Life Shift In Davao Philippines

フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
「団塊 百年の孤独 老いの抗い」
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「好き」を 政府に よって「禁止」
なんでもない 生活が 奪われた
人間は その原因を 探り求めていく心理を
持ってしまう
見えない恐れから 見えてきたもの
人は まともな姿に 戻ろうとしている
都会の暮らしを 満喫していた 人ほど
富裕層に憧れ 流行を 追っていた それが
今 バカらしく なったって 不思議じゃ ない
若者を 中心に 東京を 出て
田舎で暮らす人が 増えていた
36℃を超えて 真夏のダバオ
人類の状況が どうであろうと
地球は 笑っちゃうほど 美しい
目に鮮やかな空 いろいとりどりの花々
競い合うように 鳴く鳥たちのさえずり
酒も売ってない
酒場にも 行けない
家で飲む ピルセン(ビール)も
ストックは 全て 吞み尽くした
生きるエネルギー からっぽ
しばらく 飲んで いないと
大好きだった ピルセンのこと
味も 思い出さないで いる 薄情
午後の陽光に 照らされて
黄金に輝くピルセンを ごくりとやる
シュワっとした 冷たさが 喉から下る
あの 最高な 生きている瞬間
己の躰は ビールで できている
もう少しで 日常の懐に 戻ってくる
いろんな野菜の 浅漬けの残り
ぽりぽり シャキ シャキと
つまみつつ 飯を食う
外食も ままならない
東京なんて 自炊より
外食の方が 安いんだろうな
生きていくための 家食を 作る
皮から仕込む「手作り餃子」どうです
ボウルに粉を 入れ
塩を溶かした水を
少しずつ加えながら 混ぜる
表面が
ボロボロにならなくなるまで こねたら
ボール状の塊にする 台に置いて
両手で体重を かけるように さらに こね
表面に つやが 出てきたら
ラップに包んで 1時間以上 冷蔵庫で 寝かす
生地を 取り出し
再度コシが 出るように ねったら
4等分にする
2等分は それぞれを 細長く延ばす
およそ親指くらいの太さに コロコロ
15等分できる くらいで 餃子30個分
包丁で切り
切り口を 下にして並べ 片栗粉を振る
手のひらで 上から潰してギュ 円にする
麺棒で 延ばすのには コツが
まず 円の半分を 延ばし
90度回転させて また 下半分
さらに 90度回転させ 全部で4回
下半分だけ 周辺を 薄く延ばす
こうすると 皮の中央が 厚くなる
包むときに 生地を 延ばしやすい
均等に 延ばしてしまうと
包むときに 破けてしまう
延ばした生地は 直径6センチ ほど
あらかじめ 作っておいた具を のせ
厚みのある中心部を 延ばすように
生地の両端を合わせ 閉じる
食べ方は 水餃子でも 焼き餃子でも いい
沸騰させた 多めのお湯に
餃子を入れ 2回ほど 差し水をする
差し水を 怠ると 皮の表面が 荒れる
餃子が ポコンと浮いたら
水餃子の出来上がり
ここから 焼き餃子に展開
出来上がった 水餃子の半分を
ザルに移し 冷めたら 軽く油を振る
焼く時の油は 餃子の下の面が 浸るくらい
揚げ焼きには やや足りない 程度
フライパンが 温まったら
小麦粉を 溶いた水に
餃子をくぐらせ フライパンの中へ
強火で4~5分
もう片面を 2~3分焼いて 完成
焼き餃子は 皮の表面は カリカリ
閉じた厚めの部分は もっちり
市販の皮とは 天と地ほどの差が ある
この餃子は 皮が 主役
主役は 具ではなく 皮 どうでしょう?
皮を おいしく食べる餃子
残した 2等分の生地は
うどん用に 平たく伸ばす
打ち粉を振って 3重に折り
好みの太さに 切る
皮から作る餃子
ゆでる 焼く 余りは 冷凍
そして うどん
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1カ月前の ことが
こんなに 遠い昔のように感じたのは 初めて
髪の毛だけが 経過した時間を 証拠立てる
自分の芯には 静の部分が あって
そこでは ずっと 瞑想している
街も 住宅地も 静まり返っている
窓から 生活の音が 僅か 漏れる
時間は たっぷりある
ヨシと 台所から ゆっくり磨き始めた
余分な物が なんで こんなに 積もった
潤いが 少しあれば 物など 多く要らない
生活脱皮 古い殻を 脱ぎ去り捨てる
さて お茶の時間
ふと何かを 思うための
人間らしい ひと時
チェックアウトは いつでも できるが
ここを 去ることは ついに できない
生きることも 難しいが
去ることも 難しい
アスファルトが ぷつんと 途切れて
そこからは 昔なつかしい 砂利道
太陽は 容赦なく 照りつけるけれど
風が 気持ちいい
誰か 遠くに 人の声を 聞く
どこか 分からない
でも ここが 自分の場所

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生まれ 退職まで 日本で 暮らした
噓は 少しついたが
比較的善人のふりをして 生活できた
日本史の中に 平穏な時代は なかった
政治からは 平和に通じるものは
なに ひとつ 発見できない
万民の希求とは 正反対
血の匂いしか 受け取れない
昔から今も よからぬ方向に
日本は 歩んでいるようだ
国民は 苦の世と 呼びならしていた
この世が 苦の連続ならば 産む事は 罪悪
生まれる事は 災難で なければ ならない
おもわず ため息する
徐々に 崩れ 壊れていく 列島 ジパング
74年の オイルショックで
トイレットペーパーが 買い占められた
あの騒動なんて 今の コロナ問題で
トイレットペーパーが なくなったのと 同じ
50年経っても 日本人は 何も 変わって ない
為政者が 迷った愚民を 食い散らす
苦しい庶民から 搾り取る
なにが済度 なにが救い
病んでいる物には 医薬を
飢えている物には 食べ物を 与える
それだけが まことの まつりごと
日本のしている事が 気に食わなかった
日本民族の文化は 見事に美しい
日本人である事を 喜ぶ
文化を 尊敬している
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信じねば 生きられない
信じるしか ないのだ
数十年前から
けがれた日本に 苛立が 募っていた
人と 人とで 作った世間
世間が 集まって出来た 日本の国を
良からぬ者が 悪の道に誘導する
国民に寄り添うだ ケッ 気色悪い
老人が住むには ふさわしい場所では
なくなっていた 日本
阿鼻叫喚の地獄
現世 日本の地獄人から
自分は 区別された かった
老人施設にも 入りたく なかった
ならば 子供に帰って 住み良い場所で
心を直ぐに するしか ない
小鳥が さえずりあって
稲の実りも ゆたか
ココナツは 天に葉先を広げる
花も その生を 楽しんでいるよう
ただ ひとり 人間だけが
なぜ 苦の世に 住まねば ならぬ
惨たらしい犠牲を
押しつけ 合って 人々は 嘆いている
その浅慮に 一体 人間は いつ気付くのか
また ため息が 出ていった
悪行三昧の因は 欲望にある
自然に生きる そうした知恵は
雲に覆われ 跡形も ない
風のままに 出家
一切 苦しみは なく
ただ 色々の楽しみだけが ある
心内に建設する 地上の極楽
家を出ずる
南国フィリピンを 目指す
老戦士 ドンキホーテ
何かを 背負いながら ダバオを 徘徊
葛飾北斎が『冨嶽三十六景』を 制作したのは
70歳を 過ぎてからのこと と 聞けば
励みに なった
まだ やれるって ことですから
北斎 ちょっと 会ってみたいな と ぽつり
ちょっとで いいんですか? と 問われると
実際に 会ったら 嫌な奴だと 思う
多分 人嫌いの 狂画人 だろうから
出家は 家(国家)を 出ずると 書く
家は 現世の矛盾に 満ち 満ちた家
その家を 捨てるは 新しい目的のため
憂いを脱して 光風霽月の境に 入る
悟道に入って 大きな幸せを 味得する
そうでは ないだろう と 叱られた
人間が 持つ
欲や怒り ねたみ そねみの心
欲念から 解放されるまで
地上に極楽建設など できない
極楽作るより 地獄を作るな
極楽の余り風 気持ちよい涼風
安楽で 何の心配もない 場所や境遇
朝湯に入り 酒を吞み 寝て暮らせる とは
温泉に入り 気持ちが いいときに
「あ~ ごくらく ごくらく」と
言う人も あり
それぞれの 意識の中
心の隅に 極楽が 住んでいる
だから 大袈裟な事を 言うな
日本の外にも
自分の場所が あることを 知った
念願は 心の内に作る 地上の楽園
苦しみがない 老い先の寿
死んだ浄土に 極楽は ない
天の原にも 極楽は ない
極楽は 地上にしか ない
生きてる者しか 味得できない
やる事は ひとつ
身ひとつ 南国フィリピンで
極楽地上建設の悲願
できると信じ 自分の場所に 立った
ダバオで 可憐な努力を する 老狂人
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貪欲な グローバリズムは
より安い労働力だけを 求め
先進諸国は 競い合うように
新興国に進出 フィリピンにも
現地生産と逆輸入を 促した
それは 成功したかに 見えた が
自国に 産業の空洞化を もたらした
マスクの8割近くが 中国製
日本の食料自給率 4割しかない
人間性を 否定する
低賃金の安物買いは
1%が 99%の富を 収奪する
新自由主義を 維持するシステム
市民は 格差と分断の中 溺れ 水没寸前
己のような 老い人は 断絶される
経済システムの過ちに 目覚め
詭弁で繕ろわない 良い世界に 向かう
ずっと 考えている
少子高齢化の 日本の行く末
人びとが 地域を 足場に 生活できる
地域から 全体を 支えていく
身近な生活圏を つくる事を 目指す
地域自治のような形が 基本になる
フィリピンの ようにね
日々の 小さな選択を するときに
その選択が もたらす結果を 考える
何を 食べる その食べ物は どこから来た
その食べ物は 何かを 犠牲に得られた ものか
子どもの 奴隷労働で 作られたから 安いのか
生産過程において 環境に悪影響を 及ぼしたか
どこから 何マイル 移動し 運ばれて きたのか
車ではなく 徒歩か自転車で 移動出来ないか
私たちが 生活の中で 出来ることは
一人 一人 少しずつ 異なる が
変化を 起こすことが 出来る 誰もが だ
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コロナ問題が 収束した後
私たちは 恋しくとも 後戻りを せず
勇気を持って 大きく舵を 切り
良い世界へと 方向を変えて進む
“More and More” を
スローガンに 走り続けた 社会は
この 未曾有の災害を きっかけに
“Less is More” の 社会に
シフトできないか
個人も コロナ後は
他に 変えがきかない
特別な存在に 自分が なること
親友でもダメ 恋人でもダメ 家族でもダメ
その もっと もっと上の
まだ 誰も 名前を つけていないような
特別な存在
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6月18日の予定 決まってますか
6月18日・・ 誰かの 結婚式ですか?
都知事選の スケジュールなんですけど
アハハ 6月は 結婚式が 多いのかなって
東京都という 大きな自治体
世界の 一国と 同じ規模の予算を
執行している
国民の素直さに
政治は あぐらを かきすぎ
生活に 余裕のない人は
政治に 関心を持つことが できず
選挙を 棄権する
余裕のない人びとの声は 政治に 届かない
何も 変わらない 諦め?
コロナ後の 選挙
都民は どんな選択を する
首都を 自分達の街にするのか 無関心か
コロナの前に ただ もどりたい だけか

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優しい時間の国から
ミンダナオ島 中部 海辺の住宅地
リゾートでは ない ただの土地
椰子の林の先に現れる ダバオ湾の海
きらきらと 輝く海が 迎えてくれる
ほっとする 自由な 心のありか
静寂に包まれる 自分の場所
誰かが 訪ねて来る訳でも ない
風が吹き抜ける 開放的な土地
あなたの場所は? と 人に 聞かれれば
移住者の見栄で 静かに 話す
すごく 気持ちのいい ところ
できない 自分を 許せる
残された日々を 自ら見守れる
場所が 自分を 激励してくれる
自分の場所を
良くするって いう 発想は
誰から 学んだのだろう
猫って いうのは
居心地の いいところに しか
座らないって いうね
猫が教える 人間の取説
フィリピンの太陽が 道を照らし
ダバオの月が 名無者を 慰める
肉体が精神に 負けては 自分が 哀れ
他国に移住 老い人に とって
ベストの道の 選択では ない が
道が見えたら そこを 歩めば いい
それで 道は 初めて道になる
そこが 自分の領域
環境や 建物だけで なく
降る雨 陽光 流れる空気も
食材も女性も 含めて
すべてが 自分の場所
移住自体には 成功も 失敗も ない
フィリピンで 10年以上
同じものを 同じ場所で 見続けて
ようやく わかる土地 と いうもの
この土地を 説明せよ と 言うのか
先ず あなたが 屋根に上りなさい
他人の言葉を 聞いて
知ったつもりに なるな
自ら足を運び 自らの目で見
自らの耳で聞き
その体験を おのれの ものとする
自らの目で 自らの耳で と いう
その部分が くせもの なのだ
他者からの説明
現代は ネットでの 言説に なる
うのみにしてしまう人に 比べれば
自らものを 見ようとする人の 方が
はるかに主体的であることは 理解できる
だが 自らの目は 信用できるのだろうか?
誰もが 自らの目で 見さえすれば
それぞれの真実に 近付けるのだろうか?
自分は あまり 肯定的でき ない
フィリピンで 経てきた歳月の 分だけ
どんな人にも 過信が あり 愚鈍が ある
新たな体験が 体験に 成り得ず
逆に視界が 曇りがちに なっているのが
私たち 移住経験者なのでは ないか
培ってきたはずの 感性も
放っておけば 瓦礫となる
それが 障害物となり
経験者を 屋根に上らせなく なるのだ
では もう一度
屋根から フィリピンを 見てみたいと
世界を 見たがった 幼き日々に
もう一度 戻れば いい
母親に 手を引かれ
「お母さん あそこの奥には なにが あるの?」
駅の改札口を 指さした
その時代の目を 取り戻す
銀色の自動改札と
そこに 小走りに吸い込まれていく 人たち
なぜ あんなに 急いでいるのだろう?
あの銀色の扉の奥に
なにか 楽しいことが 待っているの?
こうした感慨を 得てから
まわりに 目をやってみると
見慣れたはずの フィリピンが
未踏のバビロンの街のように
妖しく迫ってきた
屋根の上から 新しい街が 見えたからだ
黒や灰色が あるから 全体が 鮮やかに輝く
世間が 広がって カラフル(極楽)になる
老いても カラフル(楽園)に 生きたい
でない と 人間やってて つまらない
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現地 ダバオの人や 外人に
日本の事を 聞かれて う~ん
何が 話せるだろう
日本人なのに 日本を 語れない
「日本」を 知らないからだ
どの国の人たちも
自国の事や 住んでいた 土地に対して
熱心に 目をキラキラさせながら
「国には こんなものが ある」自慢を 語る
自分は それに対して 日本は
「自然が 豊かで」とか
「和食が あって」くらいしか
語って いなかった
どんな製品が あって とか
どんな歴史や文化 日本人の思い・・
そういう事が 思い浮かば ない
母国を 世界の人に 話せない
「日本のこと」きちんと 知る
秋田県の日本酒
千葉県の醤油
鳥取県のらっきょう など
匂いを 嗅いでみたり 食べてみたり
伝統的な 食品や食材と 土地の背景
製品には 作り手の
素晴らしい思いが 付随して
それが 職人の顔や手に 表れている
そのものに 直接触れて
作る人に会って 話しを 聞いて
実際 見てみない と 分からない
被爆国である 日本の辛い 過去も
日本を 語る
日本文化を 話す
相手と時間の繋がりが 生まれる
血の通った 何かが 感じ合える
自分が 話したいのは
日本の「発酵文化」
「メイド・イン・ジャパン」と 胸を張れる
日本に根付く 技術としての「発酵」
取り上げて いい 日本自慢
日本人は 古くから
目に見えない菌を 使って
たくさんの発酵食品を つくってきた
家庭に あっては おつけもの
塩加減に 気を配りながら 発酵を促す
おいしく仕上げるのは 母親の手
つけものは 芸術文化
芸術 といっても
文学のように 時を選ばず
味わえるものでは ない
食すに ふさわしい
発酵には 頃合いが ある
「音楽にも似た 時間芸術」
しょうゆ工場では 発酵する過程で
乳酸菌や酵母菌 麹菌
一つ 欠けては 出来ない
いくつもの工程を 経て
手塩にかけてきた 伝統技術
匠の技 ずっと 継承されている
その土地で 試行錯誤を 繰り返し
自らの 技術として 培ってきた 発酵
日本における 繊細な 思いやりは
製品が より洗練されるための 栄養素
「日本の伝統工芸や文化について
教えて下さい」
そう聞かれた時
声を 大きくして
「発酵」と いうものが あると
これからは 話が出来る
発酵の菌は
コロナのような 悪さしない!
くさやだって 腐敗では ない 発酵
熟成した菌が 体にいい作用を 及ぼす
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コロナは ただの 風邪だから
3日の間に治せば 怖くない
放っておいて こじらせると それは 危険
かかると
まず だるくなり 咳が出る
その時点から3日が 勝負
絶対に 解熱剤を 飲まない
熱は ウィルスと闘ふのに 必要
そのために
皮下脂肪を燃やして 体温をあげる
食べる量も 少し減らして
(消化するのに エネルギーを 遣ふから)
立っていると 体力を 遣ふから 横になる
暖かい処にいて 横になって休む
南国に いる人は これに 叶う
目は 使はずに 耳を遣ふのは 良い
一人暮らしの人は
午前の半日で やるべきことは
総て やっておいて
それからあとは 十分に休めば よい




























