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           ダバオ通信  ヤン爺のラストライフ・ダバオ 
              Last Life Shift In Davao Philippines
    

            フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
                  「団塊 百年の孤独 老いの抗い」  
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子を連れて 西へ 西へと 逃げてゆく
愚かな 母と 言うならば 言え

歌人 俵万智さんは
2011年3月の 東日本大震災
原子炉爆発後 わが子を 抱えるように
仙台市から 沖縄県の石垣島に 移り住んだ

原発事故の放射能を 恐れた
子を持つ 親の多くは 
歌に 共感してくれたが
批判や 反感も呼んだ

『逃げられる人は いい よね』 
言われたときは 心が 折れました 
後日 俵万智さんは 振り返っている

共感とイジメとで それは 分けられない
それを ダメだと 一蹴すれば 分断
殺伐とした 社会に なる

自分も そんな頃 まったく 別な理由で
家を処分し フィリピンに 渡っていた



 

あの時の状況と現在とは 似ていると思いますか?

国会を デモ隊が 取り囲んで
機動隊と睨み合っている 状況で
機動隊が正しいか デモ隊が正しいか だけで
物事を 考えるのでは なく
そこに アンパンを 売りに来ている
出店の おっちゃんの現実に 目を向けてみる

契約社員は 緊急事態宣言が 出ても
仕事に 変わりは なく 感染の危険に 怯える
出勤を 続けざるを えない 食うために
「行かなければ 時給は もらえない」
3密回避も 時差出勤も 自宅待機も
契約社員が 働く世界には 無い



 

「うつされたくない うつしてはいけない」

無実の人が ウイルスに触れ
多くの人が これからも 亡くなる
出来る事は 手洗いとマスクの 自己防疫
フィリピン医療の 実情を 知れば 命の危険
あっという間に 症状が進み 命を奪い去った

ダバオ市は 逆境や困難を 乗り越える
だから ダバオ市なんだ 家に いてくれ
これは 命にかかわるほど シリアスな 状況
追い討ちをかける 蚊の感染症 デング熱の夏 

拡散は 急激 終息は 尾を引くように 長かった

制限の解除=感染者数の増加ゼロを 意味しない
7割程度の人が 集団免疫を 獲得し
ワクチンや 治療法が 確立した 後
感染による重症化や 死亡リスクが
完全に なくなる 

それまで1~2年は かかりそう

秋には 気温の低下と紫外線の減少で
ウイルスが 再び世界的に 暴れ返す恐れ
日本とアジアなどの往来が できるのは
今年は 夏の一時だけ と なりそうだ 

可能な限り 感染拡大を 緩やかにする
一時期に 膨大な患者が 出ることを 防ぎ
ゆるやかに医療現場を 守る それしか できない

故に「集団免疫」の 獲得に かじを切る
集団免疫が 決して 望ましい選択肢では ない

集団免疫は 人口の7から8割の人が 感染した場合
その免疫力の ブロック効果から 感染が 終息する
コロナで 取る対策 最後には 集団免疫に 限られる

 

ワクチンが 手に入るまで
ウイルスと共に 生きなければ ならない



 

でも 結局は 割り切れない

フィリピンの封鎖は 見事 街から人が 消えた
それでも 感染者は 増加ペースで 続いている
ここで 油断すれば 厳格な措置も 水の泡

この割り切り方 だったら
みんなが 平等に 分け合っていける とか
この割り切り方で 自粛に 耐えたら
その間に 別の方法を 試して
次のステージに 進める とか
そういうことを 決めていくのが 
ダバオ市の政治ですよね

人命か経済か 日本政治が 一番守りたいものは
大きい仕事に 国民を 同一化させる
気持ちよさの 錯覚だったり
勇ましい言説に 触れることの高揚感
露悪な本音主義を 受け入れて 勇ましいこととか
マッチョなことを 言って 嘘に 酔わせる

気持ちよさとか 安心感とか
そういった次元のことを 求めている 国民たちに
それは 正しくないとか 合理的では ないとか
そういった言葉で 説得するのは 難しい
気持ちよさには 気持ちよさで 応えるしか ない

そういった 割り切れないものを
ちゃんと 持ち帰ってくるのが ジャーナリズム
だが 今の ジャーナリズムと いうのは
割り切るための ものに なって しまっている
その割り切って しまいたい主観が 客感を 欺く
知りたい事を 阻害している

固定観念の世界は 身の回りに あって
「こうある べきだ」「こうに 違いない」
「こうに 決まっている だろう」
みたいな 世界の中に 我々は いる
そこに 無自覚で 立ち止まって いたら 
誰かを 脅威として 捉えて
その誰かを 排除する側として 居続ける

もしくは 相互理解が 生まれようと していて
その違いを 知ったから こそ
つながろうとしている その 秩序だったり

政治に とって
その場で 嘘をつくことは とても低コスト
日常的に 嘘を つくことが 
習慣に なっている 己の異常さに 鈍感
長期的な 嘘を つき続けることって バレる

ずっと 同じ事に 関わり続ける からこそ
見えてくる ものって ある
みんなが すぐ 忘れかけて しまうから こそ 

その事が 貴重



 

この疫病を 乗り越えた 後では
世界は それまでとは 
まったく 違ったものに なるのでしょうか 
もし そうなら どのように なっていく?

各国政府や 国際機関は
コロナ条件の もとで 
大規模な 社会実験を 実施してきた

そして それが この先 数十年の
世界のかたちを 決めることになる

飛行機や新幹線で タバコを 吸っていた
男性優先社会が 変化を見せた 歴史の証

大学で 起こっていたことを 例にとる
大教室での 講義の代わりに
インターネットを用いた 遠隔講義
その 可能性に ついて 
数年前から 激しい議論が あった
それには 膨大な 問題点が あり
反対意見も 多数あった そのため 
この問題は 解決して こなかった

政府が 感染症への 対応として
すべての 大学を 閉鎖するとした
大学は すべての講義を 
オンラインに 切り替える システムを 
導入せざるを 得なく なった

すでに いくつもの講義が 
オンラインで 行われた
なんの 問題も無く 講義は 終えた

危機が 去った あとで
大学が また 元に戻るとは 思えない



 

こうした 社会実験の結果は
どのようなものに なるでしょうか? 

いまは 誰にも 何も わかりません
ですが 色々な教訓が 実験で 引き出された
知恵が これからの 国家の行く末を 決める
社会経済システムを 一変させる 事も ある

さらに もうひとつ 言えば
お年寄りや 病人のケアに おける
ロボット利用の 例が あった
これもまた 乗り越えなくては ならない
障壁が 多く しかも 乗り越えるのは 困難で
実験も経験も まだ 限られていた

しかし コロナ看護スタッフが
地球規模で 緊急に 必要となった こと
多くの医療従事者が 亡くなった こと
ロボットが ひとつの 解決策である ことに
人々が 気づいた

ロボットは 疲れませんし 感染の おそれもない
かなりの医療機関で 増え続ける 業務のために
ロボットが 活用されていた

コロナ危機が 終わって
それらのロボットは 
物置に 放置されて しまうのでしょうか? 

そうは 思いません

いちばん 可能性が 高いのは
そのうちの 少なくとも 何台かが
コロナ危機によって 更に改良を 施され
医療補助の ロボット化が 加速する

ほかの 多くの分野でも 
同様のことが 起こっている
こうした実験の どれが 成功し
社会に対して 厳密に
どのような 影響を 与えるのかを
予想するのは 難しい

強調したいのは
この 公衆衛生上の 危機に よって
我々は 歴史の渦に 入った
通常の 歴史の法則は 中断された
数週間で ありえないことが
あたりまえの ことに なった 事実

それが 意味するところは 想像力を 働かせ
我々は 極めて慎重になる必要が ある 一方で 
あえて 夢を見る必要も ある

こうした 危機は また
長いこと 待ち望まれた改革が 即 実現し
不正なシステムが 再編される 危機でも あった

いまから 
我々は 新しい世界に 生きることになる
いまや 世界中 すべての国が 国民が
大がかりな 社会実験の モルモット



 

誰が この実験を コントロールしている? 

こうした 社会実験の いくつかは
新しく起きた問題を 解決するために
社会状況から 自然発生的に 現れてくる

また 中には 指導者たちに よって
フィリピンも そうだが
注意深く 管理されているものも ある

どのような 社会実験を
どのような条件で おこなうか
誰かが 選んでいる

これまでになく 政治が 重要になった
この 危機によって
政治家たちは 巨大な権力を 託され 行使した
平常時で あれば 何年もの議論を 要することを
わずか 数日で 実現できるように してしまった



 

ヨーロッパでは  8つの携帯電話事業者が
顧客の位置情報データを 
各国政府に 提供することを 決めた
国民からの反論は まったく なかった

 

マスクを 速やかに 国民に流通させた
天才的 台湾のIT閣僚 タンさんは 38歳
PCを扱えない 日本のIT大臣 78歳 
危機対応の差 分かるだろ・・

時間と緊急性の 問題は
皮肉な パラドクスに 従っている
ウイルスに 国境は ない
水際が 突破された と 気づいた 時には
その国での 封じ込めも 失敗していた
人類の生活環境が 改善されれば されるほど
緊急事態も 頻発する その対応は

想像力とITと分析力 迅速が 鍵となる

14世紀フランスの
「あたりまえ」について 考えれば
当時は 緊急の 言葉すら 存在していない
医療システムに 頼ることは まったく不可能
国の補償を 受けられる人は いません
暴力が 偏在し 権力者の間では
信じられないような 腐敗が 横行し
人々は 飢えに 苦しんでいた

もし 当時  ペストで なく
コロナウイルスが 発生したと して
誰が 気にかけたでしょう? 
誰も 気にかけは しません
感染症で 人口の1パーセントが 死亡する 
そんなことは まったく あたりまえのこと
公共のための 緊急事態という 概念は
そのころ まだ 存在すら していなかった

反対に 現代世界は きわめて洗練された
病院などの ネットワークによって 
特徴づけられる

医療は 想像できない ほど
人々の生活環境を 改善したが
同時に 合理化社会を もろく脆弱にした

こんにちでは
どんな些細な 感染症でも
我々は 非常に多くのものを 失う
緊急性という 概念は
こうした洗練と脆弱性に応じて 発展した

疫病の世界拡散は 人類の怠慢で 引き起こされた
人間の 想像力の欠如で 国境を越えられ 
緊急性への弛緩 大いなる 油断があった



あなたの心と躰 お変わり有りませんか
ヤン爺です 今日も ダバオにいます
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過去から 未来にわたる
広がりのある 時間の流れの中に 身を置いて
いま ここで なすべきことを 思慮

いまだ かつてないことが 起こった
先行きも おぼつかず
フラストレーションを 抱えている

『楽しい!』とか『うれしい!』って 気持ち
その時間を 探し 持つこと 辛抱すること
心は自由 自分の 心の持ちよう
自分で 決める事が 出来る
自然と心が「アガる」そういう 自分を楽しむ
うれしくなってしまう 笑顔

いまこそ 自分の「心」を 見直し
みんなが 人生のミッションに 気が付く 絶好の機会
真の危機感を持って この事態に 取り組んだ人 が
アフター・コロナの道を 切り拓き 進んで 行く

今回の 疫病は
個人生活を どう変えていきますか ?

新しい価値観が 育った 
スプリントの 連続のような生活が 終わり
もっと ゆっくりと したものに なるのが いい
どうして これほどまで スピードに こだわって きた

都会では コロナ騒動の後
首都 直下型地震も 迫っている 危機
自粛の長い時間 これからを 考えただろう

肯定して 生きていたら 何も 起きない
押すなって 書いてある ボタンを
押したほうが 何かが 起きる
いま? まさに その過程に ある
何が 起きるか 知らないほうが より楽しい
もちろん 押し過ぎちゃうと
大変なことに なるので 適度に押す

故郷に戻ろうか と・・ ボタンを押す
平時から 着実に 動けば いいのだ けれど
平時には 特に現状で 問題が ないのに
なぜ あえて 動く必要が あるの? かと
現状維持バイアスが 足を引っ張り
現実を 肯定して 生きていた

バブルの頃に コロナ騒動が 起きて たら
誰も 言うことなんか 聞いて ないよ 
馬鹿騒ぎの 若き団塊 我々のことだ
マハラジャで集団感染 死んでたろう



 

我々に比べれば 今の若者は 頼もしい
若者が 感染を広げてるって 責めるな
東日本大震災の後 警察 消防 自衛隊
医師などの職業に就く 若者たちが 増えた
東日本大震災を 子供の頃に見て 
それぞれの道を 目指した
人を助けたい 人の為になる仕事を したいって
日本の将来のことは 将来を担う 若人に 任せる

 

年寄りが 小さな脳を 励ましても いや

無理に励ますから ろくなもんしか でてこない
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中国に目を 向けると
既にウイルスとの戦いに 勝利したかの ように
人々が 日常を取り戻し始めていた と いっても
その「日常」は 以前と違う形かも しれない

増える不仲 破局 そして暴力
離婚の届け出が 急増している よう
長期にわたる 自宅隔離や在宅勤務
夫婦で 一緒に過ごす時間が 増え
ストレスで けんかしたり
価値観の違いが 浮き彫りに なったり

ええー? コロナで離婚? だが 驚かない
それは 夫婦に 前向きな変化

コロナで「命のやり取り」が あった
そうで なくても 向かっていた 方向への 
動きを 起こしたり 加速させたり しただろう

「そろそろ 引き返し 戻るべき方向」
「大事に すべきことを 大事にする方向」
命や 暮らしや 人生を 単純にする 方向へと
コロナは 人の心を 大きく揺さぶった

どこまで 何を グローバル化し
何を どこまで ローカルに しておくべきか
その 優先順位づけを 考えろ 
そのことを コロナは 突きつけてきた

コロナトンネルの先に
どんな 社会や暮らしを 描いておく かが
命を危険に晒した 人たちを 方向づける
生き延びる先に 求めている 姿は
「お互いに 助け合う場所」を 追っている
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コロナにより 生きる価値観が 変わった
無い事にして 前には 戻れない
じゃあ これからを どうやって 
生きていくんだ・・

都会で 初産を控えている 妊婦さん
進学や就職で 都会に 引っ越してきた 若者



 

不慣れな都会で 生活を始めた 途端
自宅待機を 迫られた
近くに頼れる人が いなければ なおのこと
疎外感を 募らせていた

故郷の老親を 思えば  もし 自分が うつしたら
帰省を 見送ろうかという気持ちにも なる
孤独に 耐えられなく なったら 帰れば いい

都会って どんなに 好きでも
人に合わせること ばっかり
みんなの都合を 合わせて
求められたことを 果たしていく 窮屈

仕事が 求められれば 求められるほど
自分らしさを 失わずにいるのは 難しい

もっと 自分らしく いたい
「人生は 自分のためにある」という 本質

これから 都会に憧れ 働く若い人には
地元の良さが わからないかも しれない



 

異なる立場の人が 直面している
さまざまな問題に 巻き込まれていく 都会
30代以上の人なら 地元の良さが 分かる
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命の危険に晒された 経験だった
「それは 他人事 だから」
誰もが「自分事に したら?」
出来る その ひとつが  嫁ターン

奥さんの地元へ 移住・転職
故郷を『治したい』」との 思いの人も いる 

思い出は 自然
奥さんは 山を越えて 通学していた
子どもにも 自然に 多く触れる機会を つくりたい

自分の生まれ育った町へ もどる
都会では 夫に「キッ」と なりがち だった
喧嘩を しても 思いは ひとつ
ゆっくりした 時間を持つ 田舎の生活
生まれ故郷で 再び 生きる

田舎では 子どもが ゆっくりと 
自分のペースで 成熟できるように
親も教師も 足が地についている
教育の要諦は 忍耐と楽観

都会では 周りが 前のめりになって
子どもに 適性や 自分らしさを 押し付けた
子どもたちは 小さく固まって 息が浅くなっていた

見よ 両親が 兄弟が 共に座っている
なんという恵み なんという喜び
素朴な人間の 基本的な幸福感

都会を離れ 
見知った田舎に住む 環境は 整っている
どれくらいの 人が
移住しているのかは 知りません
案外 多かったり

 

自分も 転勤で 静岡県 浜松市に 数年を暮らした

東京とは まるで違う 自分に なっていた

浜松の人が まるで 素朴な 人だった からだ

暮らしが 単純な
ど田舎に 人生を 栄転させる
犯罪発生率ゼロの 平穏な町
真っ白になった 都会を捨て
故郷の町へと 身を寄せる

町には
多様性に富んだ キャラクターたちが
時事問題や社会現象について
ブラックジョークや下ネタを 交えつつ
優しさだけでは 生きていけねえべ なんて
風刺たっぷりに 笑い飛ばす
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自分の あるが ままを 受け入れてもらう
人は コンプレックスや 不満を 抱える
依存心が 強かったり
過去のことを クヨクヨ考えたりしたかと 思うと
まだ 起こっていない 明日のことを 思い悩む
それが 想像力で 危険を 回避する力

生物や植物を見て
ただ 今を ひたすら 生きている だけ
その「あるがまま」の 姿に
生きる「本質」を 見出せる

「あるがまま」
やりたいことを なんでも やっていい
そのことでは ない
そうした 表面的な ことでは なく
人として あるがままな 充足した人生の姿

人生を 歎いたところで  仕方ない
人間の誕生 そのものが 行先は 老いと死
そう 約束されている 短いもの なのだから
ただ 生きていくことに 人生の価値が ある

乱れた時代 などというものは ない
人間の世界は いつも 乱れているし
不正が まかりとおる 場所

それを 前提にして
自分は どう生きるかを 考えるしか ない
大地震の後でも コロナ渦の中でも 桜は咲いた
不確かな 幻想は 今 必要ない
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田舎は 断然 男性より 女性が優秀
それは 田舎の男性が 悪びれず
揃って 自分の妻を ほめるのを 見ても わかる

田舎の女は しまつ(倹約家)で
働き者で 料理がうまく 愛想がいい
嫁に貰えば 必ず その家は 繁盛する
その名を 全国に輝かせた 地方も ある

見上げる 星空のことが 頭を占めるようになる

コロナの後 東京大地震の前
誰も 都市が 空っぽになるとは 思って いない
今回の リモートワークに よって 働き方を 得た
家賃が高い 都市部に オフィス構える 必要は ない
直下地震における 都市の脆弱生を考え 会社移転

かつて 我々を 惹きつけた
都市部の文化的な 快適さは
思いもしない コロナによる 経済の停滞と
大勢で集まることへの 懸念によって 損なわれた
元の状態に 経済が 立ち直るには
長い 長い 時間が かかる



 

今後の都市と地方の関係は どう変わるのか

都心部は いつでも 存続する
しかし これまで よりも 
都市化は 緩和され さらに 分散化

『物価が 高すぎて ゴミゴミした 都会』と
『退屈な田舎』という 二極化は なくなり
より魅力的な『中間地域』が 現れる

ディズニーランドより 大きな面積
トヨタ 実験の街
トヨタ自動車の「編まれた街」
新しい街は 21年1月建設が 始る
静岡県 裾野市に 新しい中間地域を 生む



 

中間の街が 都市を超える ?
便利さをとるか 暮らしやすさをとるか
大都市の 孤独と不安に 包まれるか
地震の不安から 逃 れ
地方への移住は やはり 魅力的だ

人里離れた 美しい景観は
そんな人たちの 大きな慰めになる



 

私たちの 人間性が 試されている
最高の姿を示そう 人生は いつも本番 
そして あっという間に 終わってしまう 夢舞台
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何もかも 身の回りから 無くなっていく

ジープも ネエ
ビールも ネエ
飲み屋も食堂も開いて ネエ

オラ そんなの嫌だ 

封鎖された街 ダバオ
想い出すのは 食べ物の事 ばっかり

女と席を並べて ラーメンを 食べたことは ない
蕎麦屋も 日本酒を吞む店だから 一人で 過ごす

日本のように ラーメンだけ 蕎麦だけの店
マニラには あるの だろうが
フィリピン人には ○○だけの店
想像しにくい だろうな

ここは 紋身街(もんしんがい)と 呼ばれている
刺青通りが ある その 小汚い道の 突き当たり・・

カウンター10席 だけ
落とし気味の照明
中国老人のポスター
ラーメン屋としては 変わった雰囲気

看板には「香港の味 広東麺」と あって
まだ見ぬ 香港には
こんな 雰囲気の店が あるのかな

店主は 初老の痩せた男性と その奥さん
高級中国料理店での勤務を 経て 店を 始めた

一番 安い
「茶莉湯麺」は 700円か800円で
自分が 通い出した 40年前には
自分には かなり 高額な 一杯だった



 

それでも 通った

どこにも ない ラーメンだった

透き通った琥珀(こはく)色の スープ
経験値の少ない 自分でも
格が違うことが わかった

当時は 知る由も なかった が
おそらく 豚や鳥のガラ 野菜
金華ハムなどで とった 上湯と 呼ばれる
中国料理に おける 上級の出汁(だし)では 
なかったの か



 

後日 仲良くなった 中国料理人が
「あそこのスープは すごい
   よく あの値段で 出せるなぁ」

スープに 絡む
極細打ち ストレートの細切り麺が 
また 素晴らしかった



 

ネギとチャーシューの 細切りを
しょうゆ や ごま油で和え 乗せた「茶莉湯麺」

豚薄切り肉のから揚げ湯麺「排骨湯麺」

若鳥の手羽先を 八角などの スパイスと
しょうゆで煮た「叉焼湯麺」

「鳳鶏翼湯麺(若さぎカラ揚げ麺)」
「雪菜箏絲(雪菜と筍 炒め麺)」では
具が 別皿で 出てくる

別皿は 奇麗で 澄んだ
「スープを まず 飲んで 味わってください」
   その メッセージだったの だろう」

澄んだスープが 店の誇りだった
かつて 渋谷にあった 時代のラーメン



 

ところが 何年か前の 暮れ
一時帰国して 新宿を 歩いていると
「広東麺チャーリー」なる 店が あった

入れば
「チャーリー湯麺」
「パーコー湯麺」
「手羽先湯麺」
「雪菜と筍麺」と
メニュー名 こそ 違うが 同じ料理

訪れた時は 14時過ぎにも かかわらず
客が 次々と来ては 黙々と食べて
そして 帰っていく


聞けば ご主人の 宮本さんは
長く 渋谷の店で 働かれて 閉店後は 
葛西で 店をやり
今年 新宿で 店を始めることに なった

さっそく「ネギパーコー湯麺」と
別皿で 雪菜と筍炒めを 頼んだ

上品なスープに 舌鼓 極細麺も健在 

運ばれて来た「ネギ パーコー湯麺」は
かつての店と ほぼ 違いが ない
スープを飲めば 上品で丸く 奇麗な味



 

かつての 渋谷の店より
やや鶏ガラ出汁が 強い気も するが
心が 温まるスープ
そして極細麺 ツルルと 唇を過ぎ
軽快に 口の中に 吸いこまれていく

「あぁ うまい」思わず 独り言

カレー風味が かすかに効いた
豚薄切り肉の唐揚げの パーコーも
雪菜と筍も変わりなく
懐かしさを 舌が 喉が 憶えださせた

令和となった時代に 甦った
昭和の 真っ当な 良き味



 

日本は 没落して「焼け跡化」した
そこから生まれた 昭和のラーメン
昔が よかったとは 思わない でも
自分たちが 育ってきた文化を 心に
これからを 考えて いくしかない

 


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