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           ダバオ通信  ヤン爺のラストライフ・ダバオ 
              Last Life Shift In Davao Philippines
    

            フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
                  「団塊 百年の孤独 老いの抗い」  
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季節の薄い 雨の多いフィリピンだが
真夏の今頃は よく晴れて 風の吹く日が 続く
地球の空 汚れがとれ 澄み渡って きれい

流行り病に 生活が すっかり振り回され
居間で 扇風機の風を 受けながら
ため息が もれた「つまらぬ」

当然のことを
「当たり前」と なにげに 言ってしまう
今は 自宅待機が 当たり前とか・・

では お聞きします

なぜ それを「当たり前」と いうの

えっ えっ?

当たり 前田の クラッカー

違うよ 反応が おじさん だなぁ〜 

当たりも 前も 別々ならば 当り前とは 無関係

当たりで 嬉しい 宝くじ
当たりで 困るは フグの毒

「当たり」は やたらと意味の多い言葉
衝突 人当たり 見当 感触 魚信 中毒 仕返し

みな「当たり」

では 「前」は? 

お寿司 三人前とか 言うね


太古 共同作業で とった食べ物は
一人 一人の前に 平等に 分けられた

はい これが 一人当たりの 受け取り分
「一人前」当然 それは 自分のもの
貰って「当たり前」と なった

「当たり前と 思っていた日常が 奇跡だった」

「人生には 限りがある という 当たり前」

フィリピンで 疫病に かかれば
「誰にも 助けて もらえない」
重篤なら 死を 覚悟する 当たり前

心は 乱れて 当たり前 
常に 揺れ動いて変わる
不安定だから こそ よく考える

逆に「揺るぎない考え方」って
死んでるって こと・・ じゃないか

五輪より 人の命って大事 当たり前
やっと 再確認したん だろうし
大切なもの 優先順位が はっきりした



 

疫病を なかった ことには
できないん だから
乗りこえていくと いうより
終息したら 前より よくしましょうよ

こういう 時って 
「早く 元に戻れば いい」って 言う
じゃあ 戻った その当時って 充実してた? 

本当に 前に 戻りたい か? と 自問した
元に 戻すって ことは「できぬな」
充実してなかった前に 戻すって ことだから

疫病により フィリピンでは
一部の産業や業種に 新たなニーズが 生まれた
持ち帰り ドライブスルー 宅配や貨物輸送は 
需要が高まり 忙しい業種に なった

疫病で 多くの失業者が 出ている
小売り ホテル 飲食 製造業 観光業
全員が 前の仕事には 戻れそうも ない
疫病が 終息して 直には 経済が 元に戻らない
仕事に戻れた者でも 給料は 減らされる

失業者は 自分固有の世界や快適な空間を 離れ
職業を変え 新たな人生を 歩むことになる
単一職業に こだわる ことなく
多様な サバイバルの道を 模索することになる

疫病は 社会の構造や モデルを変えた 一方
新たな仕事も 作り出した
個人も 自身を変え サバイブを 余儀なくされる 

日給で 働く人たちの生活に
甚大な影響を 及ぼした 疫病
従来もらえた給料が もらえなく なったり
ほとんどの人の 収入が 減少したりする
以前のような 快適な生活も できなくなる
この現実を 受け入れなければ ならない

過剰な期待を 捨てよう 倹約しよう
娯楽などは しばらく諦めよう
生活水準を 落とそう

みんなが 貧しくなる
貧乏なんて するもんじゃ ないよ
味わうもんだよ
貧乏人らしく 貧しい生活を するか
新たな道を 自ら 切り開くか
これが現実 そして真実

疫病に 耐えてる間に 終息後を 考える
向こう側の 穏やかで 明るい場所に 行ければ
当たり前で さりげない  日常が ありがたい

その日常を 有り難いと 思いたいなら

疫病で 色んな社会問題が 自分の問題が 
誰の目にも 見えたんだから
充実してなかった 前に 戻すんじゃなくて
みんなで 前より良くしましょうよ

疫病で 大切な人を 無くしたけれど
家に居て 食べ ライフラインも 使えている
台風 大雨 地震の際には 避難し 
水 電気を失い 食べ物も無く 家は壊れた
その時のことも 疫病も どうせ また 
すぐに 忘れてしまう かも しれない けれど
できるだけ 長いあいだ 覚えていて
疫病の時を考えて 前より良くしていく

全く想像も できなかった 価値観の中で
疫病の後 人類は これまでとは 違う 生き方を
模索することに なる 

国も 社会も 個人も その準備を はじめている

こんな話し していて 矛盾しちゃうけど
人の話なんて 一方的に 
じっと 聞いてちゃ だめですよ

世の中が グローバル化した
新しいウイルスが 出たら
このスピードで 世界に 広がるんだと 知った

第2 第3の疫病は やってくる
今 我々が 体験している この状態が
日常に なっていくと 思った方が いい

 



あなたの心と躰 お変わり有りませんか
ヤン爺です 今日も ダバオにいます
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3時間 経てば
すべて 古い情報に なっていた

すべての情報が 刻々と更新
世界中で 共有される

全世帯に 布マスク2枚配布
世論が 怒り狂っていた
海外メディアは 冷笑交じりで 報じた
今では 話題に出すことすら 古い

もう すでに 古い
ロックダウンを するとか しないとか
政府の対応が 遅いという 指摘も 古い

「お肉券?」おまけに お魚券 旅行券
国民は 乞食か 呆れた 古さ

同じ アジアに いるとは 思えない
日本は 浮世離れしている
時空を超えた 日本の奇策ぶりに 圧倒される

長年 日本で育ち
十分に わかってる つもりなのに
いまだに 虚を 突かれてしまう
ジャパンの 奇想天外ぶり

こういう日本の「おかしさ」は 
どこから 来るのか
なぜ こんなに 人に冷たく 命に鈍いのか

日本は もう 疫病前には 戻れない
嫌な話しだが 何故 はっきり 言葉にしない
産業から暮らしまで ここで「日本をリセット」
国家の進路を 考え直す好機 でも 政治に期待できない

暮らしの本質を 変える 若い人が 多く出るだろう

都市型は 華やか だが 命の危険に脆弱さを 知った 


フィリピンでは 都市封鎖 
自宅待機 外出自粛 夜間外出禁止令
違反した場合 罰金か禁固刑
または その両方が 科される

8万人が 捕まっている

外人も 違反者は 国外追放 強制退去
断固たる措置が とられる
昨日 違反した 日本人が 拘束された

政府に 抗議する者は 射殺
フィリピン南部 ミンダナオ島ナシピットの検問所
酔っぱらって 新型コロナウイルスを 巡る
政府の対策に 不満を 訴えていたとみられる
男性(63)が 2日 警官に 射殺された

いまは 非常事態であるという
共通認識が 市民に 刷り込まれた

自分が住む ダバオ市政府は
4日夜から 外出・移動制限を 一段強化した
住宅地も閉鎖 外部の人は 入場禁止
居住者は パスを提示 買い出しが 許可される 
解除期間は 19日までを 予定している
人との接触を 最小限に とどめる 措置
解除日を 延長することも ある

ダバオの感染者65名 死亡12名  回復者20名



政府と国民が 一体となって 協力できるか 否か
政治家も国民も 
ひとつの純真さに 徹することが できるか
百の学問よりも 千の経験よりも
渾身の努力をする 一人 一人の 純真さが
疫病から フィリピンを 救う

街は ガラッと 変わった どこまで 耐えられる?
怒涛の情報の中で 不必要に 不安になる 情報もなく
淡々と 耐えて 人々は 自宅待機を 受け入れている
沢山の人が 死ぬという情報は みんな 知ったけど
誰が その中に入るのか 誰も 知らない

住宅地では 生活音に混じり
時折 子供たちの声が 聞こえていたが
今や 笑い声 はしゃぐ声 
元気いっぱいの声が 消えた

少し前まで 危機感を持たずに
人生を謳歌していた 日本が うらやましかった

いったい こういう時
日本政府の「おかしさ」は どこから来るのか
なぜ こんなに 人に冷たく 国民は 命に鈍いのか

日本の指導者は 不都合な真実を隠す 
国民に 現実や真実を語る 勇気も 能力もない

終息後 世界経済の 回復には 時間が かかる
多くが 失業し 給料が減る みんなが 貧乏になる



 

日本は 何故 疫病防疫に 失敗したのか
「おっさんばかり だからでしょ」と 言うしかない
自分を 棚に上げて 言う

重大な 決定を下す場に
見事に おっさんしか いない
医療 経済 政治 法曹 メディア
あらゆる分野で トップは おっさんに 占められ
おっさんの論理が 優先され
おっさんマインドが 国政判断に 行き渡っている

ダバオのサラ市長
フィンランドの マリン首脳は 女性 37歳だよ
疫病にも 常に 明確に 現状と対策を語り ブレない
その対策は 国民の幅広い支持を 得ている

日本では 5日 投開票された 徳島市長選
内藤佐和子さん(36)が 当選
史上最年少での 女性市長になった 朗報
だが 投票率は 38%で 
以前 若者の政治に対する姿勢に 動きがない

大学では 若い研究者も出ている
ITの経営者は 全員 若い

人の 器の広さは 頭の良さとも
度胸の深さとも 違う

幕末に 行動し 
日本を動かした者 みな 若者だった

徳川幕府の要人は
みな 年寄りで 何も 決められず 右往左往

年を取ったら 育てた 若い人に任せる
「この人は 大器量だな」って いうのが
感覚として 分かる人も いる
西郷翁は 器が大きい 決断できる人 だった

器とリーダーシップは 限りなく
近いもののような 気が する



 

おじさんは ちょっと 前までは
おじさんの ままで いられた

昭和のおじさんは 解像度が 低かった

「飲め飲め!俺の酒が 飲めんのか?」

「子供は まだか?」

「味が無いな 醤油を かけろ!」

「オロナイン塗れば 大丈夫だ!」

くしゃみ三回 コロナ? だって
ルル三錠 のんどけ

今 こんな発言を すれば
それは もう お漏らしレベルの粗相
反駁(ばく)に 遭う

急性アルコール中毒に なったら
関係性を 深めるどころでは ない

「子供を 持つことのみが 幸せである 
   という 固定観念」

「自己責任で やってください」

「ケース・バイ・ケース」
あまりに 乱暴すぎる おじさん

今では おじさんが
むき出しの おじさんのままで いるだけで
即「セクハラ」とか「パワハラ」に 当たる
そのぐらい 迂闊(うかつ)で
不鮮明な生き物「おじさん」

おじさんは 憤慨している
バキ! 箸を へし折る 

クソ 若造が・・ 時代は 変わった? 

いいだろう バキ!
ラーメン食べながら 何度も 箸を へし折る 

おやじ酒 怒りは おさまらない 

「ぶりっ子」という 言葉が あった
若い女性に向けて 使われていた
「わざとらしい」という そしりを 含んで
「あの娘 男の前だと かわい子ぶって!」と
チェックを 入れた

「女は いろいろと 厳しそうだな~」
こういった場面で 大体の おじさんは
「ぶられて 悪い気は したことが ない」
なんて 非常にトンマ

女性は おじさんに とっくの 昔から

「消費される女性性」その荒波に 晒されていた

「女性」という 生き物らは 解像度を 上げていた

その横を
「おっぱいの 大きい女は 頭が悪い」
と 言いながら
おじさんが 通り過ぎて行く あゝ
 
女性性を ネタにすること
性別で「人」を 判断すること すら
憚(はばか)られる世間を 鑑みれば
かつて 散々 それらを されてきた女性は
逆に 2周先ぐらいを 今 独走している

「性別女」と
「ビジネス女」とを 使い分け
その揺れの中で 戦ってきた歴史は 伊達じゃない

おじさんと 女性との力の差は 歴然
おじさんたちの 露骨な周回遅れぶりが 目立つ



 

全方位に 納得のいく 
外交することに 慣れていない おじさんのくせに
不用意な ナルシシズムを 良かれと思って 発信
物の見事に そのノーガードの 無意識ぶりを
人に ど突かれる

これなどは 

銭湯に行くような軽装で 雪山に入る 暴挙

フルーツパーラーで
おじさんが パフェを 頬張っている 姿が
「いいね」の数を 大層 稼ぐ そうだ

これを おじさんが
「おじさん ぶってて あざとい!」と
批評する時代が きている

嫌でも なんでも 若く器の深い男性や
女性の能力が 必要な 時代なのだから 仕方ない

 


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熱気が 口内に広がり 遅れて餡が やってくる
疫病で 自宅隔離 食事の事しか 頭に浮かばない

元気を食べる ギョーザ
正確に言えば「焼きギョーザ」

フィリピン料理に ギョーザは ない
餃子の皮は 売っている ものの
華僑食文化の 水餃子 それも ない
フィリピンには いや 東南アジアには

いずれも 根付かな かった

焼きギョーザ 日本の食べ物

脳を 揺らす ご飯に合う ビールに合う

長崎の小さなギョーザ
博多の鉄板焼きギョーザ
神戸のみそダレをつけて食べるギョーザ
蒲田の羽根つきギョーザ
もやしがシャキシャキと心地よい浜松ギョーザ

地方に 行くと
地元の店 焼きギョーザが うまい

名店のギョーザだけを 食べに
わざわざ 地方に 赴く人も いるとか

街の 少しはずれに あって
暗がりの中で 看板が 光っている そんな店

「円盤餃子(ギョーザ)」 一皿30個
大皿に 円を描いて 整列した 焼きギョーザ



 

ふっくらと 膨らんだ それに かじりつくと
熱々の空気が 口の中に流れ
やや 遅れて 餡が やってくる
餡と皮の間に 空間が あって
それが 独自の 食べ心地となる

きっちり包んだら 餡が かわいそうでしょ
餡は少なくても 少しでも 大きくしたい
食べたとき いきなり餡が 現れるより 
その 空気感が 優しいでしょ

最初に このギョーザを 作った人は そう 思った


こうして 空気を 包むのだから
皮は 優しくしなくては いけない 薄く やわい

「カリッ」
色好く 焼きあがった ギョーザを かめば
白菜からの 甘い香りが にじみ出た 

熱々の空気が 口に 飛び込んで 鼻に抜けていく 

その後の皮は 存在感が 薄く
餡も野菜が ほとんど 

主張は 控えめ いくらでも 食べられる

 



ひとつ 口に運んでは 目を閉じて よくよく 味わって
そして 1個を 飲み込む前に
次の1個に 箸を伸ばして 口に入れる
再び 目を閉じて 味わう

こうして 2個を 食べると
ビールで 流し込む
 

何も考えない「ギョーザと自分」
誰にも邪魔されない 時間が ある

「あぁ うまいは エロい」

 


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