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           ダバオ通信  ヤン爺のラストライフ・ダバオ 
              Last Life Shift In Davao Philippines
  
  
            フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
                  「団塊 百年の孤独 老いの抗い」  
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日本語だって 100%使えて ないん だけど
英語 ろくにできなくても 生活できる? YES
英単語と身体言語だけで なんとか
哲学論議や 政治放談を 英語でしたいなら べつ

何年も前 フィリピン入国 
空港で 入管職員に 英語で質問され
自分は しどろもどろに なりながら
英語を 絞り出すの ですが・・

入管職員が 笑いながら 言いました
 
「日本語で やりましょうか」

その時の 恥辱は 忘れていない

郷に入って 生活英語だけ 身につけた

フィリピンの 人たちが
英語を喋るなんて 知らない人が 多い

言葉の屈辱から 自分を 解放
南の島で 自分のことを 誰も知らない
そのことも また 安らぎ

他の 支配を受けない 独立した人間
傲慢に陥らない 自律英語

日本語が うまくないと 英語は 喋れない
中2英語と 笑顔で 相手を 巻き込む

米国英語を 話さなきゃ いけない
ええかっこ しようという 自意識
世界中 言葉は 違うけど 顔の表情は 同じ
堂々と 自分英語 顔で 語りかける

言葉 不完全さや弱さに 注意と敬意を 払う
「直そう」「強化しよう」と 考えるのは
マッチョで 暴力的な 考え

目の前に 言い淀んでいる人が いた時
いそがすのでは なく じっと 待っ
その人の 内側には 確実に 
いろんな思いが 渦巻いているん だから
そのことに 思いを 馳せてみる
会話 と 互いの関係性が 豊かになる

あなたと 同じように
ふらり この街にきて おさまった
使い慣れた 街の魅力

誰かの 視点を借りると
既知の街にも
新たな魅力を 見いだせる

旅人なら 空港から 出た瞬間
人間の五感というのは たいしたもので
建物や 道路などの 社会基盤
走っている車 人々の服装などを 総合し
あっという間に その地域の 経済水準を
推測することが できる

静寂の 相撲中継が 終わった
汗で ベトついた 躰を 洗い流し
レモン・ジンを テラスに運ぶ
薄暮の中 タバコを くゆらす
火照った躰を 涼やかな風が流れ いとう
大空を見て 茫漠と思念のプリズムが 渦巻く
寝れないほど 全く楽しくない 時期も あったな
これが 余生と言える 生活なの だろうか

お腹空いてるっていう感じで 腹を 撫でた
さて 夕餉の支度に かかる か

ながくつづく 雑談 今回の主題は 
日本語の使い方と カタカナ英語について

あなたの心と躰 お変わり有りませんか
ヤン爺 今日も ダバオにいます
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いちばん 好きな時間
自宅で ゴロゴロしている とき
なにもせず ぼんやりしたり
好きな音楽を 小さな音量で聞く
あるいは 古いモノクロ映画を 観る

夢見が 悪い日は 一日 何も手につかないし
お酒で失敗した 翌日は どん底に 落ち込む

人の  一生の長さは
生まれたときから 定まっているんだよ
そんなこと 言われたら

あなたは 受け入れられますか?

定命が 長い人も いれば 短い人も 
命の価値は 長短に かかわりが ない

ご先祖様から 預かりし 命を 全う
そこに 命の価値 人生の意味も 

人間の誕生
女性の妊娠や出産は 人間の根源



 

新生児は 産声を あげたときから
文化の 網の目のなかに 組み入れられる
名前と衣服を 与えられ
写真を撮られ 折々の行事で 祝われる

胎児は 文化未満の ミステリアスな存在
胎児を表象し 意味づけるには
テクノロジーの力を 借りるしかない

トツキトオカに わたる事業が 妊娠
胎児の映像的な 投影が 欠かせない
胎児の エコー写真
心霊写真のように ぼんやりと 謎めく
     
肉眼では 見えないが
母体に 不意打ちのような 衝撃を もたらす

親は お腹の子について 想像を 巡らす
胎児の正体は 出てくるまで わからない
そのことが 親を 不安にする
高齢出産に なれば なおさら



 

胎児や受精卵を 対象とする
生殖テクノロジー
着々と 進歩を 遂げている

胎児の 遺伝子の異常を 検査する
出生前診断だけでは ない
卵子凍結や受精卵の段階で
障害の有無を 判断する技術が 高度化
生殖のあり方は 大きく変わった
     
死と同じく 出生も 社会全体で 熟慮すべき

新生児が 意味の世界に
迎え入れられるのと 違って
胎児には 貧しい意味しか 与えられない

フィリピンでは 御法度
日本では 人工中絶が
宗教的対立を 生むことも ない
そこに かえって
「胎児の社会化」の 難しさが ある
 
人間は 今や 生まれる前から
意味的に 存在し始める 遥か前から
テクノロジーの環境に 取り巻かれている

胎児は もはや 聖域では なく
かつ 誰も 胎児の時代なしに
存在することは できない

妊娠の本質は 

ある日 突然 出生の当事者に なる
そして テクノロジーは
これまで 選択不可能で あった ものを
選択可能にした

そのとき 新米の当事者が
適切な判断を下すのは 難しい
40代女性の 出産も 珍しくなくなった 今
社会全体が 胎児についての 認識と倫理を
新たにせねば ならない それが 大人の責任


命を 拾い上げる
「即今 当処 自己」
今 その瞬間に 自分が いる その場所で
自分が できること 精一杯やって 生きる

でも こんな人も いた
こんな 日本で 子供を生みたくない! 
なぜ 日本では 安楽死が 認められないのか! 
昨日まで 大声で 訴えていた人が
コロナウイルスが 怖い
これで 死んだら どないしてくれるんや!」
まるで 昨日の自分を 忘れた かのよう

「危機」というのは 誰にも 内在しており
危機が あればこそ 人は 生命力を 保てる

それでも 世の中って
いろいろな ことが まだ 分からない
この年に なって まだ まだ 知らないことが ある
ひとつのことでも いろいろな見方が あったり
世界では 驚くようなことが おこっていたりする
それにしても 70超えても まだ 発見が あるとは
人生 面白く ないはずが ない

人の 人生の宝物は それぞれ オリジナル

産み人に なって 10人産んだら
1人殺しても いい 殺人出産制度
そんな事が 認められた 日本が 表れるかも

「存在不安」へと いざなわれる
なぜ この時間に 生きているのか? 
「生」の 前と後は どうなるのか?
「生」への 不安と疑問が ない交ぜになった 思念
「性」の 彩りと共な 人生

子曰く
朝(あした)に 道を聞けば
夕(ゆうべ)に 死すとも 可なり
(真理を 聞いたら いつ死んでも 良い)

「真理」とは 長生きする こと かも

暗い穴への 名案内人が
大勢の前で ふつうに挨拶していた
ちょっと「ぞわっ」と した
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フィリピンに 来たら
自分が 根暗だと 思えたほど
みんな テンションが 高い! 
どんどん 自分が 巻き込まれていく



 

『逃げろ 生きろ 生きのびろ!』

自分を 大事にする
自分を いじめない

人類は 700万年前に アフリカで生まれた
もし 生まれた村が 最高の居心地だったら
人類は 世界に 広まって いない
アフリカに 留まった人も いる

もっと 居心地の良さを 求めて
生まれた村を 離れ 逃げた人も いた
理想の場所を 求めて 旅立った
逃げるって 前向きな旅

「生き延びるって 何でしょうね」
そう 菊池さんが 尋ねると

それに 答えは 無いな

金に不自由しない家に生まれた 人
 
今日 死ぬ 寸前んの経験を した 人

笑顔を 奪われてしまった 人

老いた 自分で あれば 先が見えている
そんな者は 今を 感じてるだけ
今しか 生きれん じゃないか 違うか
過去は 戻ってこないし
未来は 死を 穏やかに 受け入れて貰う だけ
大切な人のために 長く生きて あげねば も ある

人間の過ちや 愚かさ
自分自身と 無関係では ない
断片を 一つ 一つ 思い

「人間とは 何か」を 
異国を通して 問いかけてきた
乾いた空気や 風が 立ち上がってくる

人生物語りを 超えた現実
いくつもの 終わり方が ある
生きるに 死ぬに 正解は ない

海 川 山 そこに 人が 流れてきて
また 流れてゆく・・ その風景
後に続いた われわれは
ダバオに 新たな生きる可能性を 見た



 

穏やかで 優しい言葉が 交わされる
同時に 冷ややかな理性も 感じさせる
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「お昼ご飯 何 食べたい?」と
母に聞かれた 17歳の自分は
「ナポリタンが 食べたい」と 提案する



 

「何でもいいよ」と言うと 母は 怒る

すると 母は わかった 
「ナポリタンに しましよう」と 

出てきたのは 焼きそば  え!



 

自分は 嘆く
「違う物を 作るなら
   最初から『何食べたい?』って 聞かないでよ」

自分と母の ちょっとした 攻防



 

法政大の 上西充子教授が 
国会中継を 見て ツイッターに 投稿した 
「ご飯論法」

「朝ご飯は 食べなかったん ですか?」

「ご飯は 食べませんでした」

「何も 食べなかったん ですね?」

「何も と 聞かれましても
   どこまでを 食事の範囲に 入れるかは
   必ずしも 明確では ありませんので・・
   朝に ご飯でなく パンは 食べましたが」



 

国会で 繰り広げられる 
ごまかしや 議論のすり替え
違う言語の人同士が 話しているよう

換気が悪く 密集する空間
不特定多数の人が 接触する場所を 避ける
厚労省発表
・スポーツジムや屋形船
・ビュッフェスタイルの会食
・雀荘
・スキーのゲストハウス
・密閉された仮設テント

「満員電車」って 絶対 言わない

コロナウイルスは
1週間前に 感染者が 触れたモノでも 感染する
多数の人が 触るモノは 要注意

・タクシーの席
・パチンコの機械
・チェーン店の自動ドアボタン
・エレベーターのボタン
・横断歩道のボタン
・自動販売機のボタン
・階段、エスカレーターの手すり
・ドアノブ

満員電車 などが 思いつく
それなのに あえて
「パチンコ」や「満員電車」に ついて
触れないのは 本音を隠す

世の中 みんな 本音の言葉を 言わない
「言っては いけない」という 空気が 支配

100歳の おばあさんやおじいさんの
政治記者が マイク片手に 絞り出す声で
総理! 総理!って 本音を 迫ったら
誰も 蹴飛ばせ ないし
総理も 無碍な 答弁 できないでしょ?

もし あとになって 間違っていれば
そのときは 謝る 
そのリスクさえ とれれば
いつだって 自分の言葉で 本音を 語れる

「本音で言う そして ちゃんと謝る」
どうだろう これほど単純な 言葉の技術は 無い

政治と国民の間に 信頼関係が あるなら 
血の通った 本音で 聞き取れる
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怒りは 細部にまで
「クラスター」って 何んだよ? 

政府が 率先して「クラスター」と 言ってる
普通に「集団感染」と 言えば 分かるのに
危機的場面で 分かりやすい言葉を あえて 使わず
カタカナに 言い換えたり 妙な解釈を したりと
本音逃避する そんな 政府に 命を 握られている

年寄りが 大半を占める 衰えた日本
理解不能な カタカナ英語を 何故 使う?
高齢者には まったく 意味不明



 

「ガバナンス」が 不充分 だった
「エビデンス」は ないが
「パンデミック」の 恐怖

日本語で 喋れるだろ!

「管理責任能力」 が 不充分 だった
「証拠」は ないが
「集団感染」の 恐怖

日本国民は 日本語で 会話している 
カタカナ語に 置き換える 必要が あるか
根拠か 正当性が あって 使っているのか?

ガバナンスも
コンプライアンスも 気に入らない
格好を 付けて「コンプライア ンス」などと いう
「法令順守」の 言葉を 使えば 済む



 

「日付を記す プロパティーは 確認したか」
もはや 日本語の会話では ない
何 言ってるのか 分からない

そういう言葉を 使いたがる人が 
自らを「権威付けら れる」と でも 
思っていたら おおいに 迷惑

「カタカナ英語で 国民を 誤摩化せる」 
それで 使うなら 何とも 情けない根性

コロナウイルスの 感染防止に 及んで
「テレワーク」も 推奨した
日本語が 母語の総理大臣とも あろう お方が
何で 率先して 国内で 英語を 使うのか
在宅勤務と 自国の 言葉で 喋れよ

乱用される カタカナ英語
いちいち 検索しないと 理解できない

国籍を持って 日本人で あること
自分では 抜けられない

何故 まともな熟語を 
正しく 普及させようとは 考えないのか
マスコミが 率先し日本語を大切に しなければ 
美しき日本語は 壊死する



 

京急の車掌は
電車が ホームに着き ドアが開き
乗客が 乗り込んだ タイミングで

 

「ドアを 閉めます」

JRの車掌は
「ドアが 閉まります」

ドアが 閉まるので ドアに 挟まれないように
してくださいね ニュアンスが 感じられる が

京急は「閉めます」と 言い切っている

車掌の責任で ドアを 閉めます
皆さん 気を つけてください 意志の強さを感じる

迷惑に なるから 駆け込み乗車は やめよう
その 同意が とれやすい

語尾が 曖昧だと 責任の所在も 曖昧

 


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国会で 質問に立つ 議員も
方言を 隠さず 喋ってくれたら
○○県 選出の議員だと 分かり
その県を 頭に描き 質問が 聞ける

東京弁 なら
「どうして なにも 聞いて くれなかったの」 

岡山では
「なんで なんも 聞いてくれん かったん」
同様に
「あの時の 涙は 何だったん だよ」は
「あの時の 涙は 何じゃったん」と なる

岡山県で 感じた感情を 岡山弁で 言われる
標準語に 直すだけで 別モノに なってしまう
微妙な 感情が 表れている 方言

地方出身者に とって
自分の日本語とは 方言
ものすごく 基本的な こと

方言に 人間性が 垣間見える
好感が 持てる そう 感じる人の方が 多い
普段の 暮らしの中で
「何なん!」「ええよ!」と 感じる瞬間は 多い
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もはや 読めない 英文が 書かれた
パッケージデザインなどは 消滅している

日本人は やっと 素直に
「日本語で いいじゃん
   変に 英語で 格好つけなくてもさ」

笑っちゃうのは
外国人のマネして 側頭部に マイク付けて
今回の 新商品わって やるじゃない
ジョブズっぽい 感じで それを みんなが やる
ITの やつら 恥ずかしく ないのかね
いまだ 米国人の マネをする 日本人

読めない外国語の 格好よさから
読める母国語の 格好よさへ

「カタカナの日本語」いろんな 名前
会社名や商品名などに 使われる

自分世代の時代
1960年くらいから 2000年くらいは
アメリカとヨーロッパの 影響を 受けて
会社やブランドにつける名前は 全て英語

グローバル化の 反動で
日本人は 母国語に 関心が 戻った
結果 多くの企業では
日本語が 採用され 始めた

その傾向に 秘められた気持ち わかります

読めもしない 英語を 使わなくても
自国の言葉で いった方が いいんじゃ ないか
そっちの方が 格好いいのでは ないか
英語名の格好よさを 母国語が 超えた

文字から シンボルへの動きも
Appleは りんごのマークへ
ナイキも「NIKE」から
スウッシュマークに なった

分かりやすく 愛着もわく

世の中は
「感覚的」「シンプル」「日本語化」

読めない 意味分からない けれど
なんとなく 格好いい 世界から
読める 分かる 格好よさ
読めない 憧れの 異国の言葉よりも
読める日本語が いい と された

沖縄で 開発された 塩ブランド
「琉Q」の パッケージデザイン
日本語と絡めた バランスの良さ
「読めるネーミング」が  ヒット
沖縄らしさを 一目で 感じとれる

何でも かんでも
「イメージ」を 作り出して
その「イメージ」に まず 語らせ 
伝えてしまうのが 今という 時代

ダバオの街でも 見かける
マッサージ屋さんの 看板の多くは
外人女性が うつぶせで 
気持ち良さそうに マッサージ されている
その写真が 使われる

実際に 外国人女性が 利用することは ない
イメージだけで 疑うことなく 吸い寄せられる

人は「イメージ」を 欲している
そして 大抵のことは
「イメージ」するものを 前提として 判断してる

イメージを「きっちり」すると 気持ち いい

自宅の 浴室の バスマットが
ピシッと 敷かれている
自分の家だから
自分で そうするしかないの ですが
そうやって いくうちに
自分の性格や 日々の 精神的安定も 
作れるような 気が する

一つ 一つ 物を出したらしまう
四隅を整える アイロンを かける
流しに 洗い物を ためない とか
小まめに「きっちり」を 
自分のイメージとして やってる つもり

法律も言葉 間違って理解しては いけない言葉
法律の言葉に則って 体制側は 法律言葉を使って 
国民を 逮捕する
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フィリピンの 若者たちが
沖縄へ旅行する相談を している



 

セブは フィリピンだったの?
来るまで 知らなかった 日本のギャル

若者達も 沖縄が 日本で あることを
知らないで 話しているのかも しれない

まだ 地球が 平らだと 
信じている人が 世界中には 沢山いる

そこへ 老人が やってきて 叫んだ

「わしは 4回も 沖縄に行ったことが あるぞ!」
 
「すごいですね!」

若者たちは びっくり仰天して 尋ねた
「沖縄って よっぽど いいところ なんですね」
 
「そんなんじゃ ない」
老人は 憤然として 言った

1度目に 誘われた ときは
『オキナワへ行こう』と 言われた
オキナワなんか 行ったことが なかった から
ほい ほい ついて行った

2度目に 誘われたときは
『ウチナンへ行こう』と 言われた

ウチナン なんて 知らんかった から
また いそ いそと ついて行った

3度目は こう言われた
『おじいさん 那覇へ  行きましょう』
ナハ?よさそうな ところ じゃないか
それで また のこ のこ ついて行った

そして 4度目は
『琉球(りゅうきゅう)へ 行きませんか』と きた!
 
この老人は あと2回は 沖縄へ行ける
那覇(ナアバア)と 
琉球(リョウチョウ)が まだ 残っている

もし沖縄が 沖縄ではなく 他の言葉だったら
これほどまでに 老人を 惹きつけ なかった



 

へっきし・・  
老人 くしゃみ ひとつ
わしの 噂を してるヤツが いる

カラダから出る「カタチのない」
咳や くしゃみ げっぷ おなら など

体から出る さまざまな
「カタチのない」もの たち

それらに 含まれているものは 
何かなど 知らなかった

くしゃみのスピードは 時速160~320㎞
新幹線なみの 速さ
その飛沫は 9メートル近くも 飛ぶ

「たまった もんじゃない」

咳は 時速200㎞
これだけの速さで 体を 飛び出す
万が一 くしゃみや 咳に
何かしらの ウイルスが 含まれていたら
一大事 よくわかります

これらを 知ると 鼻と口を 覆わずに
くしゃみや 咳をするなんて ことは
できなくなる

 


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