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ダバオ通信 ヤン爺のラストライフ・ダバオ
Last Life Shift In Davao Philippines
フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
「団塊 百年の孤独 老いの抗い」
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日本料理の品位
「おいしすぎない余韻」と
「食感の均一性」を 挙げ
「あえて 後味を 残さないのが おいしさ
食感や風味といった 素材の良さを
感じてもらいたい」と 説明
日本料理の 楽しみ方の 一つは
味を 想像する こととし
「一目見て 味が 分からないよう
イマジネーションの 余白を 与えること」
『おいし すぎない』
『量が 多すぎない』
少し 足りない要素 こそが
日本料理の品位に つながっている
ふうむ と 考えさせられる 料理人の話
自分に 趣味は まったくなく
好きなのは 寝そべること
その次は ごはんを 食べること
他に 関心が ないので
空いた時間は ひたすら 本を読んでいる か
世界を 夢想しながら ぼやっと旅に 遊ぶ
人間に会い 本を読み 旅する
人は 知らない事を 知る
自分の 快楽は
おいしい ごはんを 食べる
おいしい人生を 送り
やりたいことを 食べきる
本当は
毎日 釣りをして 魚を調理 酒飲んで
なんにも 縛られないで
なにげなく 生きて いたいだけ
それだけで 隠居は 極上となる
心は 夕凪のように 穏やか
外界を見る目は 青の時代のまま
他人の見た目は どう見ても 爺の風情
桜も 気が せくようだ
コロナウイルスが 花見の じゃまを
野に 腰をおろし 野で 杯を傾ける そんな趣
混み合った 花見の名所から 離れ
近所の公園の1本の梅 たたづまいを 観る
公園の奥地 ちょっとした エリア
桜は まだ かいな・・
無事 梅が 花をつけている
5~7分咲き まあ ちょうど いい塩梅
平日 いい位置の テーブルが 空いていた
そこに陣取り ひとり 梅見酒
コンビニの「ひじきご飯弁当」
まずは ひととおり 愛でてみる
ひじきが たっぷりと 乗った
炊きこみご飯の 横に 6種類の おかず
500mlの 缶チューハイが 相手
若干 頼りないようにも 見える
限られた範囲内で やりくりする酒
弁当が 先に無くなったら
梅の花を つまみに うふ ふ ふ
なんだか 急に
興奮気味になって チューハイ ぐびり
その勢いで 一番パンチのありそうな おかず
かき揚げを 持ちあげてみる
なんと その部分に だけ
下のご飯にまで タレが 染みて
「小さな天丼」とも いえる
この弁当 考えた人 ヤルな?
弁当の 冷めた米 というものは
どうして こうも 酒に合うのか
チューハイが まだ 少し残っている
あらためて 深呼吸する
目の前の梅から ほのかな香り
飲んでいる 梅干しチューハイが
ちょっとだけ いい酒に 変わる
陽が 陰り始めた 吞みながら 思いに耽る
「青春」が 終わった 後も
ずっと 続いてきた 人生を 思う
自分の物語に 閉じ込められた時間
青春時代で あったり
人生を 決定づける 出来事が 起こった 劇的な
瞬間 だったり
けれど これからの時間 おい! どうする
そこに 存在する時間 どうなってんの かなあ
人間の生涯は
ほかの 誰か 成功した人生と 比較され
しょうもない と されてしまっては 自分を 失くす
自分が 異国で ただ 一人 心許した 女
人間の関係性や 感情の機微が
複雑で ありつつも すごくシンプルに なった
女を見るとき 影の 一番濃い とこを 見てる
20年も 異国に 住んできたんだなぁ と
この地に育まれ 老後を 支えられて きた
「こうするべき こうあるべき」と
決めつけないで 自分を 生かしてくれた
生涯 最期の舞台 ダバオへの 思い入れ
人それぞれ
世界の見え方が 同じである 必要など ない
その前提が 守られてない ことに
自分は 戸惑ってんの かな
自由な人で ありたいのは 間違いない
人間に とって 確実な事 死に向かい歩む
さて! 寒さが 堪える ダバオへ戻ろうか
缶を握りしめた バキ 音がし 潰れた
まだ こんな握力が 残されて いたとは

あなたの心と躰 お変わり有りませんか
ヤン爺です 今日も ダバオにいます
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先日 隣家の主人(フィリピン)が
ゲートの外で 洗車を していた
水が 拙宅の玄関前まで 流れてきていた
『やぁ ごめん 水が そちらまで
流れていって しまって』
ワタシの顔を 見て 声を 掛けてきた
「気にしてないよ」返事を 返した
「ご迷惑を おかけして すみません」
「迷惑かけちゃ だめでしょ」
口癖のように 繰り返している 日本人
「迷惑」という 言葉
「迷惑」って 何だろう
現代を 支配している かのような
この感情の 正体?
「迷惑」は 日本独特の概念
外国人に 翻訳しようが ない
ぼかした言葉を 持たない 外国人
子どもが 生まれたばかりの 人が
「どんな子に 育って ほしいですか」と 聞かれ
「ひとさまに 迷惑だけは かけないような 子に」
「迷惑を かけない子」って
一体 どんな子だろう・・
有名人や企業の経営者が 謝罪会見
女性への暴力や 企業の人的ミスなど
深刻な 事件を 起こした人が
「みなさまに ご迷惑を おかけしました」
それが 不思議に映った
謝罪するべき 相手は
被害者や その家族で あって
視聴者の自分にも マスコミにも
まったく 迷惑は かかっていない どころか
むしろ 興味半分で 観ている だけなのに
迷惑を かけた相手 みなさまの一人に なってる
「みなさま」って 一体 誰のこと?
日本では 車内放送で
「携帯電話は まわりの人の 迷惑になるから
ご遠慮ください」と くどく 繰り返す
フィリピンでは 電車の中で
携帯で話すのは 普通の風景
携帯で話す声 自体は
車内での 会話の音量と 変わらない
誰かに 害を 及ぼすこと なのかな
たまの 能天気な人は どこにでも いる
だからと 言って「迷惑だ」その言葉
どこが 悪いか 説明されない まま
黙って 従わなければ ならない ので あれば
怖く 恐ろしい
英語で「ご迷惑を かけて すみませんでした」
I'm sorry to have troubled [bothered] you
理由の説明が この後に されるだろう
だが 迷惑と言う 感情とは 違う
知人のドイツ人
翻訳ソフトで「迷惑」を 引けば
「Störung」とか「Unannehmlichkeit」
そうした ドイツ語の単語が 出てくる
翻訳可能では あるが
使われるニュアンスは 迷惑とは 違う と
「音が 大きすぎるから
ボリュームを 小さくして ほしい」とか
「狭い場所に ものを 置くと
ほかの人が 使えないので 片付けるように」
具体的に 言わないと 伝わらない
苦情を 言うときは
「迷惑だから」では なくて
はっきり その理由を 説明する
日本の迷惑って
常識人ぶるのに 便利な言葉
意味が ざっくりと していて
主語も目的語も なく 使われる
なにが だれが だれに
どんな問題を 起こしているのか
糺して いない
「○○が 迷惑だ」と 言えば
自分が ルールを すべて 把握していて
常識的な人だという 立場をとる
歩きスマホを している人に
わざと ぶつかる人が いる
ここでは「正しさ」が
無言の暴力に エスカレート
歩きスマホは 危ない
迷惑をかける人に 制裁を 加えたい
その気持ちが 強すぎる 犯罪の予兆
「正しいらしい側」に いたいから
または「正しくない」と
指摘されるのが 怖く 嫌だから
どんなに がんばって いても
だれにでも 年に 1回くらいは
「迷惑」な 存在に なる
大きな荷物を 持って
バスに 乗るはめに なったり
どうしても 子どもを 満員電車で
病院に連れて行かなければ ならなかったり
人に 厳しすぎれば 世の中 殺伐となる
日本に住む 外国人が 増えた
外国人に 賃貸住宅での 暮らし方や
ゴミの出し方など 説明を するとき
「迷惑」という言葉が 使われる機会が 多い
自分が 住む フィリピンの住宅地では
ゴミ出しは 週2回と 決められている
みんな 早朝に ゴミ袋を下げて ぶらぶら
バスケコートの脇にある 集積所に持ち込む
分別は 必要ない ゴミ処理のオバさんが
プラや 金属を取り出し 業者に売って
生計の 足しにしている
ゴミ回収の トラック運転手たちに
近所の人が 朝のコーヒを 差し入れて いた
日本に住めば 迷惑だから
あれを しないで これを しないで
「守らないから 外国人は 迷惑なんだ!」
言われた外人から すると
日本人だったら しないような ことを
知らないから やってしまう
それで「あなたたち」外人は 迷惑な 存在
自分の 近くでは 暮らして ほしくない
ゴミ出しなどの ルールさえ 守って
迷惑を かけないで いてくれれば
あなたが コミュニティーの なかで
どう暮らそうと 知ったことでは ない と
「わたしたち」と「あなたたち」を 切り離す
固有の文化に よって
不快感の感じ方は まるで違う
日本人の 感覚では
「お寿司屋に 行く時は 香水を つけない」
フィリピンでは 香水を つけて いないのは
化粧をせず すっぴんで いるような 感覚
においが 礼儀の一線を 越す
シャネルの5番を つけている人に
「きつい香りだと 迷惑しますから」と 言っても
まったく 伝わらない どころか むっと される
日本は お刺身の 食文化が あって
香水の匂いと お刺身の香りが マッチしない
そう 日本人は 考えている
その 文化を 説明して
お寿司を 食べるときは
香水を つけない様に してください
そこまで きて ようやく わかってもらえる
暗黙の了解を 共有できる 社会だったら
「迷惑だから やめて」で 済んで いた
海外から 日本に来る人が 増えていく中で
迷惑という 言葉だけでは 伝わらない
価値観を 共有出来る筈だった 社会が
思考停止を 生んでいる
「茶髪禁止」や 元から茶色い髪の人の
「地毛証明書の提出」といった 校則
なにが だれにとって 問題なのか
そのルールは 本当に 必要なのかを
考えない社会を つくってしまった
日本社会では
目の前にある「迷惑」に とらわれ
先の「迷惑」まで 思いが 至らない
社員が なかなか 有給を とらない
なんで とらないの?
「同僚たちの仕事が 増えて 迷惑だから」
「仕事先に 迷惑が かかるから」
そうやって 誰もが 有給を とらなければ
周囲も とりにくくなる
長い目で 見れば 有給取らないほうが
「同僚みんなに 迷惑を かけている」
「迷惑」という言葉を 使わずに
ほかの言葉に 言い換えて話す
なぜ それをするのが ダメなのか
突き詰めて説明する
相手に 分かって もらい やすくなる
禁止しなくても
問題が 起こらない事柄に ついても 見えてくる
「考えすぎ」と 答えた 外国人
オランダ出身 21歳 女性は
母国に くらべると 日本では
自分が 誰かに 迷惑を かけたとき
母国で 感じる以上の 申し訳なさを 感じる
留学生たちは 日本で そもそも
相手が 何に 迷惑に感じているか どうかが
分かりにくい その時々で 教えてほしい
日本には 暗黙のルールが 多い
迷惑かな と 思っても
なかなか 指摘してくれない
迷惑に 思っていても はっきり 言わない
迷惑について 考えすぎる ことになる
フランス出身の女性(21)
「考えすぎとは 思わない」と 答えた
中国の女性(20)は
「これくらいで いいと思う ほかの国では
見られない ぐらい マナーが いい」
ブルネイの女性(22)
「お互いのことを 考えるのは 考えないで
争いになるより はるかに いい」
公園での ボール遊び禁止の問題
静かに過ごしたい お年寄りから すると
ボールが 飛んでくるのは 迷惑で
それなら 禁止しようと なった
役所は 責任を 取りたくない立場
何でも 禁止が 増えていくのは
仕事をしなくて 済むから 大歓迎
子どもや その親から すれば
公園こそが ボール遊びを する場所
ほかに 場所もない なかで
禁止するのは おかしい 禁止こそ 迷惑だと
迷惑とは 誰かを 不快にさせる 行動
ある人が「正しい」と 思って いても
他の人に とっては それ迷惑 あり得ること
立場を 変えるだけで
同じ行動が「迷惑」に なる
ボールで 遊ぼうとする 子どもも
禁止を求める お年寄りも
それぞれの 立場からすれば「正しい」
なのに 立場が 逆になれば
同じことが「迷惑」に なる
ボール遊びを 禁止する公園が 増えたのは
一方の 正しさだけを 押し通してしまった結果
これでは 子どもや親の側には 不満が たまり
あつれきは 避けられません
では どうすれば いいのでしょうか
お年寄りが 子どもの立場を
子どもの側が お年寄りの立場を 考えた
「平日の 午後3時までは 禁止」
「土日の午前中は 禁止」といった
落としどころが 見つかる
問題を 解決するのが 難しいのは
人は「自分が正しい」と 思っている 時点で
考える事を やめてしまっている から で
自分の「正しい」を 曲げるのには 勇気が いる
正しい を 貫き通せば どこかで 反撃される
相手の立場を 考えるのは 自分の ためにもなる
いま 自分の周辺を 見渡しても
人間の移動の範囲が 広がって いて
人種の違う人 宗教の違う人
いろんな人が ともに暮らすようになった
そこにも いろんな「迷惑」が ある
大切なのは 受け入れる側が
相手の文化を 理解すると 同時に
来る側に こちらの文化を 理解してもらう
ワンウェイで あり続ければ
観光客や 移住の排斥 と いった
おかしな形で 不満が 処理される
こうした 偏った 生きづらさ
その社会状況を 生んだのも
民主主義が 壊されていったのも 元凶は
政府や大人が 平気で嘘を 突き通す事に ある
大人が そうなら 若い世代は 政治に無関心
自分しか 信じられないのだから 選挙も棄権
個人主義への 偏愛に籠る 醜く歪んだ 日本人
安倍政権は 内政にしても 外交にしても
後の世に 語り継がれるような 成果の ないまま
圧倒的議席数で 歴代最長政権が 続いている
続いてきたのは 選挙制度にある
小選挙区は自民党 比例は公明党で
権力を維持する 不気味な体制を 支配してきた
その存在こそ 国民には 迷惑!
政府も官僚も 正確な 日本語を 使い
公の場で ウソを つかないという
日本の大人として 守るべき 道徳さえ
きれいに かなぐり捨てて しまった
そんな 正義 元から 持ち合わせ なかったか
悪いことを するやつが うじゃ うじゃいる
「寅さん」のように 怒鳴りながら
本気になって 怒る人も 少ない
すっかり 日本人は 悪い事に 怒らなくなった
日本社会で 日本語が 意味を 喪失し
行政文書が 紙ゴミに変貌して しまい
血統と人脈と おべっか ばかりが ものを言う
勝った 勝ったと 嘘を 発表し続けた 大本営
戦前の 寒々とした 前近代が よみがえる
今と 似ている
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安倍政権は 外交と経済を しくじり
政治的に 失敗した だけでは ない
安倍政治が 日本の文化と 社会を破壊した
自分は そう思っている 安倍権力 迷惑な存在
総理のウソが 明々 白々と なっていく
適切だった 問題ない その結論を つくり
そこに 政府の答弁を 合わせていく
既に 法治国家では ない
最初は やってないと 嘘をつく
嘘が ばれると 開き直り 責任転換
さらに追及すると 逆切れする
自らの悪行を 煙に巻くための 3段階
今の政府が 見せ続けてきた 醜態
一生懸命 嘘をつく
その仕事は 俳優が 担っている
舞台で『正直に嘘を つく』俳優の演技 面白がれる
税金を ドブに捨てるが ごとくの 無駄遣い
国家の私物化 実体より イメージを 優先
これ以上の惨劇で ウラギられたく ない
そもそも 誕生すべきでは なかった 存在
目の前の 経済的利益と影響力
プライドの維持が 最優先され
日本の将来を見た 長期的な視点からの
投資的行動が 全くできなくなった 政府と
けじめなく 心情的に つながってしまった 国民
それが 現在の 日本の総体
やりたい放題な 人たちが
今の社会を 卑劣な力で 壊している
国会の場で 語られる言葉から 真実が 消えた
率先しての 悪行三昧 安倍政治の 罪は 重い
政治や社会が かつてと比べ「劣化」した
日本の政治は 今後 どうなっていくのか
「劣化」した 状態から 抜け出すための 打開策は・・
国家は 国民と 対話し
教育や福祉に 予算を 十分に つけること
グローバル企業の 自由な経済活動の 保護よりも
国民 一人 一人の福祉を 保護すべき
その 価値観が 見受け られない
政治を 監視するのは
市民=公民としての 自分自身だという
強い自覚を 持つならば
直接 声をあげることで 政治を 動かそう
自分を含め 世の中が 日々
政治に敏感に なっていく
日本という国に 生まれたこと
その事が 幸運だった 母国を そう思いたい から
政治リーダー の 中に
「言葉」に 力と品格と責任感を もち
言葉の「重み」が 強く印象に残った 政治家が いた
ヨーロッパ 政治家の中でも
鮮烈な印象を 放って いた
1989年 東ヨーロッパのチェコスロバキア
「ビロード革命」の 立役者となり
革命後に チェコスロバキア大統領に 選出された
ヴァーツラフ・ハヴェル
社会主義体制の時代には
投獄されていた 人物
反体制派の指導者としての 言葉や
大統領に なってからの 演説など
どれも「知性」に あふれる言葉を 残した
社会主義体制が 崩壊して
最初の新年となった 1990年年頭
大統領として 国民向けの メッセージで
以下のような 言葉を 述べた
この日に みなさんは 前任者から
わが国が いかに発展している のかを
聞かされてきました
みなさんが 私に
この職務に つくように 提案されたのは
私も また 嘘をつくようにと いうためでは ない
そうだと 信じています
わが国土は 繁栄していません
「嘘」からなる 全体主義
現在の日本に そのまま あて はまるような
問題提起に なっていたので ご紹介した
現代 日本社会は たやすく
「全体主義」体制に 取りこまれ やすい
現実の視点から 読み解けば
世界を 席巻しつつある
高度な管理社会・監視社会や
強権的な政治手法と どう向き合ったら よいか
全体主義に 巻き込まれない ためには
何が 必要かという・・歴史的 普遍的問題
ハヴェルは 著書『力なき者たちの力』で
1970年代 当時の チェコスロバキアの
社会主義体制(独裁主義)を 表す 表現として
「全体主義」と 呼んだ
「全体主義」の 根幹を 成すものとして
「イデオロギー・負の政治的思想」に 注目した
寄る辺なさや 疎外を感じ
国の意味が 喪失されている 時代だった
このイデオロギー・負の政治的思想は
人びとに 催眠を かけるような
特殊な魅力を 必然的に 持っていた
さまよえる 人びとに対して
たやすく 入手できる「故郷」を 差し出した
体制の掲げる イデオロギーという 理念に
さまよえる人々が 盲従して いくことで
自分の「故郷」居場所を 見出し
次第に 思考停止の状態に 陥っていく
自分の 生き方にいたる まで 何も 考えずに
ありとあらゆる事柄を 負の政治思想に
託すように なった
この 全体主義から
「故郷(居場所)」を 取り戻すために
人は「理性」「良心」「責任」の
3つの対価を 支払わねば ならないと
ハヴェルは 国民に 主張した
ハヴェルが 日常生活で 例え話にした
「青果店の店主」の エピソード
当時の チェコスロバキアのような
社会主義体制での 青果店は
個人経営でなく 国営企業のネットワークで
運営されていた
青果店の店主が ショーウィンドウに
「全世界の労働者よ ひとつに なれ!」という
スローガンを 掲げた 例を とって
本当に 店主が この考えに
熱狂して いたのか と 国民に 問いかけた
慣習的な行為として 掲げて いて
「みんなが やって いるし」
「断ると 面倒なことに なるかも?」
などの 内心の声も あった だろう
店主は 社会主義 世間で 生きるため
「ささいなこと」と して
スローガンを 貼った のかも しれない
もしも スローガンの主語が
「全世界の労働者」では なく
「私」という 個人だったら
店主に とって「ささいなこと」と
思えるの だろうか と 疑問を 呈した
本音では どう感じるのだろうか と 問う
「私は 全体主義に 恐怖心を 抱いているので
ただ ただ 従順なのです」と いう本音
それを スローガンとして
ショーウィンドウに 置くことに
店主は 躊躇して 恥ずかしく 思うだろうと
国民に 静かに話した
「全世界の労働者」という
スローガンの「記号」が
「私」の 本当の気持ちを 覆い隠してしまう
「スローガン」という 記号が
政治意見の口実と なっていた
イデオロギー(政治思想)とは
「世界と関係を 築いていると
見せかける方法」で あり
「ベール」「口実」なのだ
ハヴェルは 国民に やさしく説いた
ハヴェルのいう「イデオロギー」は
政治的な主張に 限らない という の だった
自分自身に 存在する
『イデオロギー』として
『愛は地球を救う』という 言葉
そして 思ったのは『絆』という言葉
いろいろな 言葉の中から
『絆』を 選んだときは いいと 思った
自然に あれを 掲げると
『いい言葉 なんだよ』と なっちゃったり する
これ(青果店の スローガンの たとえ)に
近いような・・ 恐れ
これでは 小さな主語『私』を
出し にくく なってしまう
大きな 主語じゃないと
世間に 通用しないと なるのは 危険
ただ みんなが やっているから
それだけの 理由で
人びとは 流れに 従うようになる
自分を 主語にできるって いうのは
ちょっと 嬉しかった ですね
世の中は 正論だけで
回っている わけでは ない
とはいえ 「バカになっていく実感が 嫌」
自分の正しさが 揺らげば つらい
自分なりの 正しさを持っていることは 大事
同時に まわりを見て
「こういう 正しさも あるのかもしれない」と
疑う視点を 持つことも 大切だと 教えられる
あなたが 今
読んでくれている 自分の記事に
書かれていることの 100%が
あなたに とって 正しいわけでは ない
少し 立ち止まり 自問自答する・・
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「これが 最後の食事になる」と 分かったら
多くの人は 舌に なじんだものを
食べたい と 思うのだろうか
それとも
人生で 一度も 食べることの できなかった
憧れの味を 願うので しょうか
食べ慣れた料理を 心ゆくまで 味わい
「まほろば温泉」の 湯で 心と体を 清め
浄土の世界へ と 旅立っていく 自分の理想
誰にとっても 特別な 食べものが ある
自分に とっての それは
間違いなく「どんぶり」
熱々のごはんに とろ~り卵が かかった
親子丼や カツ丼は たまらない
大きなどんぶりを 持ち上げて
ハフハフ かき込む
できるなら 人生を伴った人
そろいの器を お互いに 持ち上げて
「おいしいねえ」と 言いながら
頰張りたい 大満足の 最後の晩餐
ところが ある娘さんの 話を 聞いた
父が 亡くなる直前
不思議な行動を してたんですよ
父は お蕎麦を あまり食べませんが
急に「蕎麦が 食べたい」と 言い出した
親戚が 蕎麦屋なんですが
そこで 蕎麦を 作ってもらいました
食欲は なかったのに お蕎麦を 食べた

周りに話を 聞くと
こういう ことって あるみたいですね
亡くなる 直前 急に 意外な物を
食べたくなったり することが
胸が ざわざわした
いつもとは 違う行動を したって ことは
「もしか して そろそろ なのか?」
亡くなった日
その日は とても元気だった
亡くなる ちょっと前に
近所に住む 私(娘さん)に 電話が きた
トイレに 行きたいんだ
私は「看護師さんに頼んで」と 言いました
そして そのあと 父は 看護師さんに 声をかけ
トイレに行く 途中に 息を引き取った
私は 父に そう 言ってしまった ことが
心残りに なりました
最期に 自分の顔を 見たかった から
死ぬ事が 分かって 電話してきた のでしょう か
こう言う話
自分は 真面目に 頷いて 信じる
余命を 宣告されても
今夜が 山です なんて 言われても
人が 死ぬとき 他人には わかりません
本人には 分かるのでしょう
だけど 死ぬ あの日は とても元気でした
あのとき 父は
もう わかっていたのでしょうか?
それとも
最後は あまり 痛みを 感じなかったり
元気になるように なるので しょうか?
体が しんどかった はずなのに
「もう 大丈夫」と 言いました
その 二日後に 亡くなりました
あのとき 体が しんどかったのか?
死ぬ前には 躰の しんどさや
痛みなど 感じなくなる ものなのか
それとも あきらめたのか?
わかりません
冷えた ビールに「うめぇ」
迎えた最期 その朝に・・一口だけ
死ぬ瞬間とは 一体 どんな ものなのか
暗闇に 入る ものなのか
痛いのか 何も 感じないのか
日本では 年間100万人が 亡くなる
その瞬間を 正確に伝えてくれる 人は
もちろん いない
臨死体験中に 恐怖を 感じることは なく
むしろ 安らぎを 覚えたと 語っている
この事実は 死を怖いと感じる 人間にとっては
怖さを 和らげる 一助に なる
死とは『私』が ほどけていく過程
暑いのも 苦しいのも 痛いのも『私』で あり
その『私』が どんどん 変性しながら
ほどけて いく
死ぬ前の 気持ち
死ぬときの 気持ち
経験したこと ないから わかりません
人生で 一番最後にする 一回の初体験
生きてる時間って すごい
今 書いているのは 全く自分のこと
自分に 取材して 自分を 書いている
今の 大きなテーマは「老い」です
自分の 後半生を どう生き抜いて いくかが
書くにせよ 書かないにせよ
自分には 大テーマなので 老いとは 何か?
世の中の人と 共有できたら いいなと
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