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ダバオ通信 ヤン爺のラストライフ・ダバオ
Last Life Shift In Davao Philippines
フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
「団塊 百年の孤独 老いの抗い」
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「元気?」って 言われて 元気!って
迷わずに 答えるって 気持ち いい
食べ物の衛生に 極度に 気を使っていた
生ものを避け 刺し身などは 見るのもいや
酒は ぐらぐらと 煮てから飲む
自分の指さえ 信用できず
好物のパンを 食べるときは
指のあたっていた部分だけ 捨てて いた
赤痢にかかった経験が ある 潔癖の人
人気ギョーザ店の 入り口に
こんな貼り紙が 掲げられた
コロナに対する 感染予防対策として
海外からの お客様の入店を お断りします
でも いくら
水際対策を 強化したと しても
鎖国は できないし
無菌の社会に 生きることも できない
コロナは インフルエンザ同様
ウイルス性風邪の ひとつ
新型とは いえ 未知ではなく
原因ウイルスも その遺伝子も 解明されており
検出法も 確立されている 既知のもの
数年後には
「今年も インフルとコロナの 予防注射をしておくか」
ごく普通の 日常的な ものに なる
この 新型コロナウイルス感染の問題を
社会的に より大きくして しまったのは
皮肉なことに 鋭敏で厳密な 遺伝子検査法
リアルタイムPCRに ある
リアルタイムPCR法が 鋭敏すぎた
リアルタイムPCR法は
新型コロナウイルスの 遺伝子に だけ
特徴的な部分を 選び出し その部分の遺伝子断片を
ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)で 増幅して
その増幅速度を 特殊な蛍光反応で 検出する検査法
コロナウイルスは 電子顕微鏡でしか 見えない
コンペイトウに 似た その姿 だけでは
コロナウイルスなのか SARSコロナウイルスなのか
そのような差異は 判別できない
そこで 活躍したのが リアルタイムPCR
一滴の 鼻水サンプルの中に 一個のウイルスが いれば
それを 陽性として 検出してしまう 精度
なので ある集団に対して
症状に かかわらず 網羅的に検査を すれば
必ずや かなりの程度の陽性者が 発見される
しかし 風邪の症状が 出るのは
個人個人の免疫系と ウイルス増殖との
せめぎあいの バランスによる
陽性でも 全く無症状の人
ウイルスを 拡散する危険が
ほとんどない人も 多数存在する
我々ヒトは 多数のウイルス 細菌とともに
共存して 生きている
検査で ウイルスだけを 追って 人を 見ないから
いたずらに 社会不安を 煽った
差別や分断の レッテル貼りに つながった
通常の インフルエンザの ピークに対しては
今の日本の 医療体制は 耐えられる
コロナ肺炎のピークに 医療体制が 耐えられるかは 不明
ここが 問題で 体制整備が 肝要
総理大臣が
「症状が ある場合は 学校や会社を 休んでください」
この 当たり前な 幼稚な言葉を
何故 あえて 国民に投げかける
体調を崩した人に『風邪くらいで』と
勤務や登校を 強いたり
『体調管理が甘い たるんで いるからだ』と
その風潮が 日本に蔓延してる事を 政府は 恥じろ
クシャミ三回 ルル三錠 寝て 静養してれば 治る
昔から やってきた 風邪の対処法
学校や会社や 家庭の中にまで 染み付いた
非論理的で 理不尽な精神論が 一掃されなければ
日本は 健康な国に 成れない
米ブルームバーグ通信は
「日本が 急速に コロナウイルスの温床に」
見出しを掲げ 記事を掲載
最も 危険な国の 一つとして 浮かび上がり
安倍政権が 拡大を 阻止できなかったと 批判
地元選挙活動のため 閣僚3人が
全閣僚出席の コロナウイルス感染症対策会議を
欠席していた 自分が 生き残れば 自分が 良ければ
国民など どうでも いい 政治家たち
すべての アジア系に対する
感染拡散の偏見による 差別 暴力行為
ニューヨーク 地下鉄構内にいた
中国人とみられる マスクをした
アジア系の女性に対し 若い男性が 殴る蹴るの暴力
映像が ツイッターを 通して 拡散された
アメリカでは 一般人が マスクをする習慣は ない
公共の場所での マスク姿は かなり異様
それが コロナウイルスを 連想させ 暴力を 招いた
ロサンゼルスの 電車内にいた
唯一の アジア系の女性に対し 男性が
「中国が コロナウイルスを まき散らした!」
罵声を浴びせる フェイスブック映像も
大きな話題を 呼んだ
理不尽な 暴力行為
カナダやヨーロッパでも 報告された
入り口に「握手は ご遠慮ください」の表示
「神経質に なり過ぎでは ないか?」
「いや このくらい当然」
「ウイルスの拡散より 恐ろしい」
アジア人に対する いわれなき 暴力
日ごろから
ストレスの対処法を たくさん持っている人は
柔軟に 対応できるのでは ないでしょうか
いまなら
人混みに出かけるのが 不安だと 思えば
じゃあ 外出しないで 本を読もうか
などと 今そこで できることを 考える
終息するまでの 用心
毒を吐いて 発散すれば なんて ダメ
自分が できることを 冷静に
考えられるように なることでしょう
「写ルンです」って CMが あった
天安門広場のカップル
「ボクたち しばらく会うの 止めよう」
「そうね 感染るんですもの」
「お金が 大事ですか 愛する人が 大事ですか?」
中国 新しい時代へ・・・移るんです
いま 一番 世界中が 心配しているのが 日本
あなたの心と躰 お変わり有りませんか
ヤン爺です 今日も ダバオにいます
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自分が 正しいと 信じている認識は
ほんとうに 正しいのだろうか?
その疑いは 近年 ますます強くなって きた
安倍政権に なって ほんとうのことが 何なのか
よくわからない あったことが なかったに される
世界的な 兆候として
何かが 綻(ほころ)びて きてる
人間が 作り上げてきた この世界 そのものに
ひびが 入ってるん じゃないか
狂っているのは 世界なのか
それとも 自分自身なのか
問いの 背後には「世界に対する違和感」
「便利」な 時代から
「安心」の 時代へ
「実感」の 時代に 移り変わる この時
やっぱり「人」なんだよ なぁ と
つくづく 思ってしまう
人には 救われもし
人がトラブルの基にも なる
禅は「東洋的」な 見方
飢えて食い 渇して飲み 困じ来たって眠り
日日是好日で 結構 この上なし だが
一つ「押さえ」どころを 持ってないと
人間では ない
価値の自覚 と いうこと・・
「価値の自覚」ですか
そんなこと 意識したこと ない
「価値の自覚・・?」
知性の特徴は 何でも まず
二つに分けて それから 考え出す
抽象の極限と 思われる ものを
日常生活 そのものの上に 具現する
これを 禅 と 言っている
わかりません!! わからない けれど
うっすら わかるかも しれない
そういうの 自分は 好きだから
剣道に 禅が 大いに関係している
戦う時は「自分を 忘れろ」東洋的 考え
西洋人に この手の話は
何を 言っているか さっぱり わからない
だからこそ 西洋の 一部の人が
禅に はまってしまう わけでしょうね
東洋は 母性愛を 理想とし
西洋は 父性愛が 好い という
観音さまは 母ですね
キリストの神(ゴッド)は
ヒゲの生えた おじいさんとして 描かれる
そこを「マリア」が 補っている
宗教が 親しまれる ためには
マリアや 観音さまが 必要だった
東洋民族の意識 心理 思想 文化の根源には
この母を 守るということが ある
母である 父では ない
欧米人の考え方の根源には「父」が ある
「父は義」「 母は愛」
こういうことを じっくり 日常の中で
意識することは 少ないでしょ
悪い事をする 犯罪を 犯しそうになる
悲しんでくれる 父母を 持っているから
万引きするのに 自制の力が 働く
日本人 心の中に 刻まれている
ものの見方が「東洋的」だ なんて
誰も 思いもせず 生活している
イスラム キリスト ユダヤ 仏
どの宗教も 最期の審判は 天国か 地獄かの 救済
どの宗教も 根は 同じ事を 唱えている
依存型の救済から 始まり
自分の中から 納得のいく形で
人生を 見出すことが できる「方向性」
「今後の方向性」を 決める上で
人生の伴走者的役割を 「宗教」が 担っている
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時代を 劇的に変えた男
癌が 躰に 広がり始めていた
私は ビジネスの世界で
成功の頂点に 立った
他の 人の目には 私の人生は
成功の 典型的な縮図に 見えるだろう
しかし 仕事を のぞくと
喜びが 少ない人生だった
人生の 終わりには
富など 私が 積み上げてきた
人生の単なる 事実でしか ない
病気で ベッドに 寝ていると
人生が 走馬灯のように 思い出される
私が ずっとプライドを 持っていたこと
認められることや 富は
迫る死を 目の前にして 色あせていき
何も 意味を なさなくなっている
この 暗闇の中で
生命維持装置の グリーンのライトが
点滅するのを 見つめ
機械的な音が 耳に聞こえてくる
神の息を 感じる
死が だんだんと 近づいている・・
今 やっと 理解したことが ある
人生において
生活していけるだけの 富を積み上げた 後は
富とは 関係のない 他のことを
追い求めた方が 良い
もっと 大切な 何か 他のこと
それは 人間関係や 芸術や
または 若い頃からの 夢かも しれない
終わりを 知らない 富の追求は
人を 歪ませてしまう 私の ようにね
神は 誰もの 心の中に
富みによって もたらされた 幻想では なく
愛を 感じさせるための
「感覚」というものを 与えて くださった
私が 勝ち得た富は 私が 死ぬ時に
一緒に 持っていける ものでは ない
私が 持っていける物は
愛情にあふれた 思い出だけだ
これこそが 本当の 豊かさであり
あなたと ずっと 一緒にいてくれる者
あなたに 力を あたえてくれる者
あなたの道を 照らしてくれる者
愛とは 何千マイルも 超えて 旅をする
人生には 限界は ない
行きたいところに 行きなさい
望むところまで 高峰を 登りなさい
全ては あなたの 心の中にある
全ては あなたの 手の中に あるのだから
世の中で 一番犠牲を 払うことになる
「ベッド」は 何か 知っているかい?
シックベッド(病床)だよ
あなたは
ドライバーを 誰か 雇うことも できる
だけれど
あなたの代わりに 病気になってくれる 人は
見つけることは 出来ない
物質的な物は なくなっても
また 見つけられる
しかし 一つだけ なくなってしまっては
再度 見つけられない 物が ある
人生だよ 命だよ
手術室に 入る時
その病人は まだ 読み終えてない
本が1冊あったことに 気付くんだ
あなたの人生が どのような
ステージに あったとしても
誰もが いつか 人生の幕を 閉じる日が
やってくる
あなたの 家族のために
愛情を 大切にしてください
あなたの パートーナーのために
あなたの 友人のために
そして
自分を 丁寧に扱って あげてください
他の人を 大切にしてください
アップル創業者
スティーブ・ジョブス 最後の言葉
死ぬ前の話 なれば 人生の真実が ある
自分の中で 腑に落ちた 瞬間に
「ありがたいもの」に なる
私たちに とって
何を 持っているか
何を 得られるか ではなく
誰と 人生を 共有できるか
そのことに 気づく
何のために 生きるのか ではなく
誰のために 生きるのかに あると
自分に 問う
誰のために 生き
誰と 人生を 共有するのか を
モノも 重要だが
人との関係性は 欠かせない
人なしでは 私たちは 人間らしさを 失い
顔を失い 名前を 失う
それでは 単なる物体と 化してしまう
私たちは 物体では ない 人なのだ
スティーブ・ジョブズは
1984年に iPhoneの原型となる
設計図とイラストを 書いている
普通の会社なら 彼が 設計図を 見せても
「そんなものが 売れるわけが ない」
でも Appleは そういう会社では なかった
彼のアイデアが 次々と 採用され
生活に欠かせない商品を 成り立たせていった
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フィリピンでは 己を 貫き通しやすい
日本では 理解されなかった 自分の生き方
生い立ちの 影響も あった
世間に 刷り込まれた 価値観に
流されていた ところも ある
退職後に 自分の老後が
日本には ない と 気づいたとき
自分の生き方を 自問し始めた
自分の人生を 主体的に計画し
目標を 達成していく 生き方では ない
その時々に 自分が 行き当たった ものに
とことんつきあい なにかを 身につける
偶然の出会いを 重んじ 活かそうとする
受け身に見えて 強い生き方だ と 思った
「相性が いい」は 付き合いの根源
価値観や 文化が違う人と 暮らすのは
歪みが生まれて ツラいもの
受けいれて しまえば うまくいく
ただ 自分を 押し殺し続けて いると
「本当は どう 生きたかったのか」
往々にして 見失いがちに なる
いつも 正しい選択が できるわけでは ない
どんな失敗も 許さないと いって いたら
人間が 人間という 生き物を 否定してしまう
いろんな 暮らし方が 選べる
「自由」を まず 手にしてみれば いい
それが 自分らしい生き方の方向
自分の気持ちに 正直で あれば
異国の街 ダバオならではの
穏やかな老後が 送れる
日本人を 考えたとき
「まあ まあ」などの
あいまいな表現で 会話することが 多い
これは 人間関係に あまり波風立てずに
事を すすめていく 一つの在り方
十分に 機能していると いえる
相手を 説得するような 会話では なくて
「空気」のようなものを 大切に しつつ
「圧力」や「気圧」を 適度に 加減しながら
心地よいものに 保っている
『古事記』の 物語り
イザナギとイザナミは
互いに協力して 国を 生んだ
その後 イザナギから
三貴子(みはしらのうずのみこ)で ある
アマテラス ツキヨミ スサノオが 生まれる
アマテラスとスサノオに ついては
どのような活躍をされたか 多くの人が 知る所
ツキヨミだけは 名前は あるけども
その働きも なにも まったく 言及されない
このような 形態のことが
古事記には 他にも いくつか みられる
名前こそ 与えられている けども 役目が ない
無為の神が 真ん中に存在している 構造を
神話における「中空性」と してきた
日本は 長い歴史のなかで
常に大陸から 文化や情報を もたらされてきた
極東の 一番東側に位置する 日本では
受け取った文化や 情報を
それ以上 伝播する 先が ない
それ以上に 持っていく場が ない
そうなると 持ち込まれたものと
永らく共存していくことを 迫られる
古いものと 新しいものが
共存することが 迫られるとき
二者を 対立させると
摩擦を 生むことに なるが
どこか 真ん中に 無為なる中空が あれば
二者を 巧みに調和させて
その摩擦も 防ぐことが できる
そんな 日本人の精神性は
この中空性により 担保されている
この 中空なるものは
常に無為であり続けるとも 限らない
ときに 中空性に 強く侵入してくるものも ある
そんな時 日本は どちらか 極端に 振れやすい
それが 戦争ならば 戦争一色に染まり
今度は 平和となれば 平和一色となり
ダイヤモンドプリンセスと言えば それ 一辺倒
他のことは 思考停止となる といった 部分
もう一隻の クルーズ船 ウエステルダムの中に
5人の日本人が いた 政府は 同胞を見捨てた
無為なる 中空性は
日本人的な 調和を生む作用は あるが
そればかりを 常に期待しては いけず
やはり どこか あいまいでは なく
論と論を たたかわせる論理を
鍛えることも 必要になってくる
論理が 世界との
コミュニケーションであることは 確か
少し くどくなった
70代に 突入した自分は 無為を大切にしつつ
論理の世界も 大切に 生きて いきたい
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今では ブランド品にも 興味を 魅かれない
高度経済成長や バブル景気に沸いた
昭和を 生き抜いた 我々世代に とって
高級車や 時計の所有は ステータスだった
今 フィリピンに住む 自分は
腕時計すら 身につけていない
必要あれば 人に 時間を聞いていた
時計に 数百万も使う人が いるの? ええっ
そんなの 巻いていたら 襲われそうだけどね
車は 古く美しいデザインを
ただ 眺めているだけで 楽しんでいる
他人からは 不幸に見える くらいで
ちょうど いいのかも しれません
自分の様な だらしない者たち ばかりでは
社会は 治まらない
きちんとしている人も 世間には 必要
誰が どんな行動を 取るにしても
全ては その人の 自由
飲み会も 行きたい人は 行く
そうじゃない人は 断れば いい
割り勘なら 自分は 人と会う事も 気兼ね ない
好きな料理を 頼めるし 好きなだけ 吞める
相手に 遠慮する事なく 楽しい懇談 となる
最近は 1人が 動くと
みんなが 同じ 偏った行動を 取っている
個人の意思が 尊重されるように なれば
生きやすくて いいんじゃ ないかな
人の輪のなかに
やわらかに 溶けこむだけが
うまい 人づきあいでは ない
自分なりの やり方だって
あってよいのだと 勇気が 出る
自分の気持ちに 正直に 生きるならば
取り繕い 気取ることなど 全くない
自分は 正直な ほうだとは 思う
みんな 人から どう見られるかを
すごく 気にしている
恥かくことを 極端に 恐れていますよね
見栄を張り 何かを 隠そうとして 嘘を つく
バレたときに もっと 恥ずかしくなる
自分を よく見せたい気持ちは
誰にも あるんだから 難しいですね
下手に 嘘をついて 取り繕うと
後で もっと 苦しくなる
向こうから
『アイツ 面白いなあ』と
近づいてもらえる人間に なるのが
いいん じゃない
移住したフィリピン 真摯に 謙虚に暮らし
付和雷同しない姿勢を 貫いていける
めんどくさい 危険な国で 心落ち着けて
「思うように ならない」ことにも
いつしか イライラしなく なっていた
20年以上も 異国生活を 続けてこられた
すべては
自分で 決めているだけだと 気づいた
誰にも 強要されて いないんだから
自分の決めた事を やり通せば いい
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極寒の地 南極で
屋外で 焼き肉を やったら どうなるか
「南極料理人」として有名な 元越冬隊員
実際に 試したことがある
氷点下四〇度 野外での焼き肉は
相当 あわただしい らしい
焼けた肉を 皿に いったん取って
おもむろに 口に運ぶという
通常のやり方は 不可能だという
どうするか
「焼けたら 速攻で 口に投入」する
そうしないと 肉は 凍ってカチカチになる
缶ビールも 開封後 一分以内に 飲み干さないと
ただの 苦い氷に 会話の弾む 暇とてなく
宴とは ならない
焼き肉の話は「ドームふじ基地」での 出来事
先日の9日 南極半島北端沖のシーモア島
南極のうららかな陽気が 観測された
二〇度を 記録した 信じがたく異常
まさに 焼き肉日和
ペンギンも 不気味に 戸惑って いるだろう
南極で 普通の焼き肉が 食せる様に なっても
誰ひとり 喜ばない 気象危機









