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ダバオ通信 ヤン爺のラストライフ・ダバオ
Last Life Shift In Davao Philippines
フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
「団塊 百年の孤独 老いの抗い」
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「♪ いきなくろべえ〜 みこしのまあ〜つに」
キゲんが いいね〜
台所仕事しながら 口ずさんでいる
カラオケなど無い 昭和29年
「お富さん」の 明るく 小気味よいテンポ
会社帰りの一杯飲み屋 酒宴の席で 歌われ
「宴会ソング」として 庶民に 浸透した
その勢いは 子ども達にも 波及し 覚えてしまった
意味も わからず 今も 歌っている
何でも いいんですよ 自分を 褒め上げる
シャワーした 後に「今日 水のはじき いいな!」
おれの皮膚! いいぞ! 頼むぜ!って

やぁ! みなさん
あなたの心と躰 お変わり有りませんか
ヤン爺です 今日も ダバオにいます
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アンタは チャランポランな 男やな
でも そこが 実に良い 人間性豊か
人を 安心させる ホッとさせる
いきなり そんな褒め方を された
チャランポラン だって
そうなりたかったん だから 怒る事は ない
誰でも 努力すれば
何かを 成し遂げられる わけでは ない
特別な能力を 持っていなくても
チャランポランで 生きていられる
フィリピンで暮らし そんな風に なった
フィリピンには
社会から ドロップアウトした人
物乞いや売春婦は いたるところに いて
それでも 案外 みんな 楽しそうに生きてる
できない自分を 過度に 卑下したり
嫉妬に苦しんだりすることは 少ない
日本社会で 自由を求めたら 責任を迫られる
社会圧力が 対人コミュニケーション能力を
過度に 要求してくる
それが「できない人」には 窮屈な 世間
ただ 生きてること それだけが 素晴らしい
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やぁ ご無沙汰!
ほんとだ 久しぶり さぁ 座って
先に到着していた 翁
あんたは いいよ〜
無意識のうちに 柔らかい
ざっくばらんで くだける
あんたには 余計なことを しゃべりたくなる
ふふふ と 目を細めた
小さなテーブルを 挟み 二人で 酒を飲み始めた
自分より ずっと年上の翁と 待ち合わせた
小皿の肴を だらしなく こぼしながら 口に運ぶ
ここは ダウンタウンの ローカルなフードコート
一軒の屋台 翁と 長い付き合いが あるようだ
翁には 愛嬌(あいきょう)が ある
この国では 女は度胸で 男は愛嬌
あんた なんちゅうかな
チャランポランさが まだ 足りんと
バッサリ キッパリ
えーーー
まだ 全然 足りん まじめすぎる!
まじめ 駄目ですか?
もっと チャランポンに なりなさい
チャランポランは 人の心を ほぐすんじゃ
ズボラとは 違うよ 隙じゃよ 隙を 見せるんじゃよ
隙が あるのは 良いこと 相手を ほっと させる
まだ アンタのチャランポランは ハンパ
小さなことに こだわっとる 悩んどるな
アンタは なんでもできる、器用な男
でも 矛盾するようじゃが 不器用だな
人付き合いが ヘタ 万事 遠慮しとる
師匠の言う チャランポランを 身に着けるには?
なんちゅうかな
意識して チャランポランに なること
構えんでエエ そのままでエエ
自然 自在 軽妙 そして ユーモア
ジョークは ただの笑い・・
師匠の顔は 赤身を増し テラテラしてきた
ユーモアは 人の心を ホッとさせる
そして 人のために なることを 考えなさい
そうすれば 新しいものが 生まれる
生まれるときは 一瞬やぞ 逃すな
そのうち あんたにも ひらめきが 訪れる
その 可能性は 高いと 見とるがな ふふふ
分かった様な 分からない様な・・
まあ 長く生きてたら いろんなことが 分かる
ワシは トロい その方が いい
時間を かけてしか 分からないことも ある
時間を かけるから 何かが 生まれてくる
チャランポランてな
こだわりを 捨てること
バカに なること 変幻自在で あり
脱力するって ことなのか?
翁の言う事は よく分からない
でも その神髄に 少しでも 近づきたい
もっと もっと 柔らかく
ハンパなチャランポラン男の 新年の誓い
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自分の感覚が 世間一般と違う と 感じる
ズレている 確かにズレている
世間に合わせた 振る舞いを 優先し
自分の心の内を 抑えれば
大勢でいることへの 安心感を
追い求めて しまう それは 考えものだ
ズレている そのズレを 修正しない
70を 過ぎ 長生きすれば
がんになるのも 痴呆になるのも
脳梗塞になるのも 当たり前
『塀の中の懲りない面々』の 作家
安部譲二さん(82) 今月2日 泉下の人と なった
2015年 大腸がんの 摘出手術を 受けていた
安倍さん 最期に
「自分の人生は 運に恵まれて 本当に 良かった」
癌疾患には 言葉を残せる 時間の余裕が ある
躰や脳の 具合の良し悪しは 個人差が 大きい
痴呆に関しては 70歳頃には
すっかり 呆けてしまう人も いれば
90や100歳に なっても しっかりしている 人も
年金の財政破綻が 分かっている 政府は
老後の生活費 2千万円 不足すると した
反発が 広がると それを なかったことに
そうして 今度は・・
平均寿命が 100歳になると ウソを ついて
高齢者を 働かせようとしている けれど
認知症の人まで 働かせるつもり なのか
有効な 治療法も 有効な 予防法も ない
アルツハイマー病に ならないで
生き続けられるのは 余程の僥倖
生物としての 人体設計
人間の繁殖可能年齢は 50歳
50歳を過ぎ 子孫を残すことは まず ない
繁殖期が終わる 〜50歳前に
遺伝病で なくとも 身心の具合が 悪くなる
自然選択による 淘汰圧が かかり
若年の集団から 病は 除去されてきた
繁殖期を過ぎた 50歳以降で 発症する
遺伝子が 関与している疾患は
遺伝子は すでに 子供に伝わっている 故
自然選択による 淘汰圧が かからず
老齢の個体群から 病は 除かれない
別言すれば、自然選択は
老人の病気を 減らすことに 何の味方も しない
老人になって 体や頭の具合が 悪くなることは
防ぎきれない のだ
遺伝的な組み合わせが
たまたま いい人 だけが
致命的な疾患にならずに 長生きできる
だから 歳とったら うまいもん 食って
今日 明日の楽しみだけを 考え
チャランポランに 生きていれば 幸せで
死病になったら 静かに 迎えるしか ない
そうは 言っても 煩悩に支配された 凡人は
なかなか そうも いかないで バタバタして しまう
凡人の 一人として よく分かって いるが
70過ぎて がんが 発症しても うろたえない
死ぬまでに 自在に時間が 使えるのが 癌の良心
老いた人が 律義に がん検診を 受ければ
大なり小なり がんは 発見されてしまう
それで 医者の言いなりに 手術を受けた
生き永らえるとは 限らない
自分は もう20年以上 がん検診を 受けて いない
何もせず 放置しておいた方が
長生きできる場合も ある
年寄りに なってから
全身麻酔を 必要とする手術は
痴呆を 加速させることが 多い
体は 元気になりましたが
頭は 呆けましたでは 始末が 悪い
完全に 呆けてしまえば
本人は 苦しくないかも しれないが
介護するまわりは たまったもん じゃない
完全に 呆けてしまえば
無敵になって しまうのかも しれないが
呆け始めたことを 自分が 自覚してしまうと
かなり 恐ろしいだろう
アルツハイマーを 自覚する 発症期
本人に とっては 相当な 恐怖で あるよう
つい最近まで 出来た事が どうも 上手く出来ない
近くのスーパーから
自宅への帰り道が 分からなくなった
自分が そうなったら 頭が 真っ白に なって
気が狂いそうになる その事が 想像できる
妻の 呆け始めた頃の 手帳を見たら
子供の名前や 孫の名前を
毎日 毎日 書いていた という話を 聞いた
少しでも 呆けを 遅らせようと
涙ぐましい努力を していたのだと 思う
確かで なくなる 怖かったんだろう
残念だが 努力をしても
歳をとってからの 試練
十中八九 乗り越えられない
死期は 刻々と 近づいてくるし
さて どうしたものか とりあえず 酒でも 飲むか
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人間が 何かをやると「なぜ?」と 訊かれる
「毎日 一人で 何してるんですか」って ・・
「酒って 飲んで 何に なるんですか?」
え! 若い人に 問われたことが あった
自分の酒は 豊潤な時を生む 相棒
料理は 酒を おいしく飲むために ある
お酒を 飲みながらという前提で 店に出かける
水を 飲みながら 料理を 食べるって どうかな
「どれくらい 酒を飲むか」って
ワインを 2本くらい飲みますよ とか
でも そういうこと じゃない
昨日 どのくらい飲んだか 覚えて ない
え! 昨日の事を 覚えてないん ですか?
『酒は ほろよいに飲み 花は半開を見るのがいい』
遠くかすむ 海の景色は 夕暮れに いっそう美しく
飛ぶ鳥は 連れだって ねぐらに帰っていく
これこそが 酒を飲む 心の余裕
何故? も そうだが
知らないことが まだ まだ いっぱい あって
今より はるかに 困難な時代に 諦めず
生きた人が いたから 日本は 生き残っている
そういう時代に 生きた人たち
幕末・維新の人々が
日本を どう支えたのか
それら 人間の身に 起こったこと
新しい国づくりを したのか が 生々しい
そこを 知りたい もっと知りたい
さみしいような 贅沢なような 物思いにふける
佐久間象山から 宇宙にまで 及ぶとすれば
純粋に 知ることは 楽しい
知らないことを 知る時 豊かになれる
怒ったり イライラしないのも
いろんなことを 知った からだろう
生きるって 簡単で 死ぬほど大変
何が 生きてて 嫌だと 感じてるか
自分が 何を するのかを
人に 勝手に決められてしまう こと
いろいろな物事を 知って いないと
大事な場面で 判断と決断が 自分で できない
他人に 決められてしまう事に なる
ひとりの時間が 自分を 成す
自分の決断に 耐性を得る
ひとり耳を塞いで 取り組む時間
熱中する時 面白いものに 向き合っている時
人は みんな ひとり 気が付いたら ひとり
何もすることが ないっていう 日は 一日も ない
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母国 日本とは どういう存在なのか
逆に 異国の地に 住むということは
どういうことなのか たまに 考える
異国 何もかも ほんとに
けんとうが つかない環境に 身を投げ込む
異国に バラ色の生活が 待っているわけでは ない
ただ 母国に いても 老いの未来は 切り拓けない
そういう状況に 抵抗する 老い人の 心の鬱屈
「この国と この国の人を 頼って 生きてみよう」
移住した国が 自分に 少しでも
思いを 馳せて もらえたら 救われる
自分の 慣れ親しんだ 文化や
親しい人が 周囲にいる 母国から
遠く離れた国で 新しく 個人を 確立していく
どれだけ 困難か 思い知らされた
暮らしは 常にギリギリで 豊かとは いえない
生活は この地の人から見れば 恵まれて 映る
文化を知り 新しい言葉を 学ぶ
老いを 豊かにしてくれる感覚は あった
南の島の 人たちは
「お金持ち」じゃ ないのに
「時間持ち」なの
そのこと コペルニクス的転回で 考えている
それは 島の人の メッセージ 楽無限
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小さな 貸家に暮らす 自炊生活
自炊 そう簡単では ない
食材の良さ 味を 引き出して あげるには
どんな調理法が 良いのだろうか 考え あぐねる
かぐ ふれる きく みる 食べる
感覚が 料理を通して 敏感に 動き出す
疲れた日には 鍋にキャベツと鶏肉を 放り込む
なんでも 全部 おいしいと思って 食べる
食事に 優劣をつけるのは 自分に 合わない
特別な料理と そうでない ものに
分けてしまう感覚が 好かない
なんでもない 食事でも 有り難く食べる
食事は 快楽や娯楽でも あるが
生きていくために いただいている
貧しいを 知っているから?
昔の暮らし 知らないんだねぇ~と ニヤリ
昔の暮らしは 知らないけど
そんな 得意げに しなくてもっ・・
理屈っぽい 高齢者に 見えるだろう が
チャランポランな 男 気にしないでくれ
生き方や価値観 哲学は みんな違う
人は それぞれが 思う通りで いい
強いも弱いも 優れるも劣るもない
生まれたから 生きていく
命を繋ぐ為に 食らう
食べ残すことは「絶対に ない」
食べたら すぐ 片付ける
面倒くさい はずなのに
「面倒くさいコトが 幸せなんだな」
生きてれば 面倒くさいこと ばかり
台所とトイレと風呂
気をつけて 清潔にしている
水回りが 汚いと 遊びに来た人に 恥ずかしい
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神田さん 迷わず よくきたね
さぁ まず 一杯 やろうじゃないか
今 何か 楽しんでますか?
時代劇が 好きで PCで 映画を よく見る
最初から最後まで 続けて 観るんですか?
問題ないよ たまに 寝ちゃいうけど
つまらない映画だとね ふふふ
毎日 面白いことしてる
若かった時と 今を 考えると
若かった時は つらかったな
僕は 身の丈というか
今いる場所で 友人たちと過ごす
そういう幸せが わかるように なってきた
素晴らしい いいネ
神田さんに会うのを 楽しみにしてた
みんなが あなたのことを 評価していて
どうしたら そんなことが できるんだろう
そんな 恐縮です
ヤン爺 元気で 過ごすのに
心掛けているのは 何です?
隣にいる人が 自分を 知っている ことで
孤独は いなくなる 彼女への感謝に つきる
彼女は なかなかの 優れ者だから
彼女が 元気でいて くれれば ありがたい
彼女を 杖にして 生きていければ 大丈夫
およそ 10年以上が 経とうとしているが
その間 彼女とは 付かず離れずの 距離感で
悩みを共有し 決断を応援し 叱咤激励し合ってきた
そうやって 調和してきた
彼女は 人間関係に おいて
自分の もっとも 身近な存在
一番 大切にしたい 味方
心の 通じ合った人が いれば
なんとか 生きていける
そのように 思ってる
だから いてくれて ありがとう
養子として 彼女と共に育てた 男の子が
今年 青年となった 立派に働いている 心強い
この息子に 愛情を 注ぐのは
自分を満たそうとするより ずっと 楽しい
そんなことで 元気で いられる
普段は ひとり 生きる
同時に 群れのなかでも 生きる
今の 自分のことを 考えてくれている
思ってくれている 彼女が いて
自分は どれぐらいの 彼女のことを 考え
思っているのだろう 時々 ふと疑う
悩んだり 苦しんだり 喜んだり
「生きていて よかった」とか
「あぁ 悲しい」とか
人間として 普通の感情で 結び合えた
血縁の絆じゃ なくても 結ばれる
寄り合いファミリー それは 自分へのケア
今 社会は 大きい
グローバル経済とか
地球規模の気候変動とか
大きすぎて 想像するのも 難しい
それに 比べると ケアは 小さい
自分のことを 気遣ってくれる
彼女の動向は あまりに 小さい
自分に 必要なのは
体育館のような だだっ広い 空間ではなく
狭くて 安全な部屋
様々な 世話は
手を伸ばせば 体に触れられる距離で してくれる
ケアの この小ささは
身体レベルを 離れることが ない
身体サイズの時間と空間こそが ケア
社会は「自立」を 良しとし
個人が 自分の足で 立っていることを
前提としている
誰かが 誰かに頼り
必要なものを 提供してもらうケア
「依存」を 原理とした 営み
「面倒を見る」
「見ること」は ケアの根本
目をつけるのでは なく 目をかけること
監視ではなく 見守ること
ケアしている人と ケアされている人
ケアを ケアする 箸と箸袋のようで いい
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僕は まだ 60代ですが
神田さん あなた 60だったの
歳とると 会う人みな 同じ世代と錯覚する
歳の上下は 関係無く 付き合ってる
ところで「認知症」
どう 捉えているんですか?
もし 発症したら 専門家に任せなきゃ
そう 受けとりがち ですよね
認知症の権威 専門医が 認知症に なった
医師と患者が 一人の中に 二人いる
その記事を 読みました
認知症と生きるとは どういうことなのか
昔は「もうろく」という言葉が ありました
歳をとれば 自然とそうなると 受け止めて
家族も 近所の人たちも みんなで 見守ろうと
地域のつながりが あったように 思いますね
自分は 70超えた
恐ろしい病だが どうしようも ない
生活の確かさが あやふやに なっていく
歳を取ると言う事は 容易じゃない
認知症になったら まわりには
自分を 盛り上げて欲しい
「ああ そうなの? 心配ないよ 大丈夫だよ
さぁ 一緒に食べよう デザートが 来たから」
そんな 具合にね
それは 面倒見てくれる人が
そばにいる という ことですね
認知症の人が 家族の中にいると
支える側も 大変だと 聞きますが・・
支える側も
支えてもらう人が 必要だよ
支える人を さらに支える人
フィリピンだから そんな事が できる
介護する人に 対しても
ケアが ある ということ ですね
いいですね そう ありたい
神田さんは
自分より 若いと さっき 聞いたけど
自分も 明日より 今日のほうが 若い
今を 大切に 生きるしか ない
自分が 認知症になったら
自らを「ドン・キホーテ」と
信じ込んで しまうかも しれない
そんな 自分に 自分が 翻弄される
現実と幻想が いつの間にか 混じり合い
予想外の結末まで 一気に 畳みかける
認知症 ゆっくりらしいから
笑ってれば 今日から 明日へと つながって いくかな
そういう つもりで やってみようって 思ってる
話が 途絶え
「運」に ついて 自分は 話を つないだ
運がいい というのは
生きていく上で とても 大事
もっと 言えば「自分は 運がいい」と 思って
暮らすことが 大事だと 思ってる
運命 それを 甘く切なく願う
言われるが まま
宝くじを 買って みたけれど
はずれた いやあ でも 良かった
もし 大金が 当たって いたら
人生が 狂うところ だった
いやあ 運が いいなあ
自分のような どうでもいい人間は 残り
才能あふれ 愛される人たちが 去っていく
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人生は 大切な人と 苦楽を 共にする
苦楽には まず 苦が あった
今日では 大多数の人々に とって
楽の連続で なければ 収まらない
そのため すぐに 不満を 露わにし
耐えることが できなくなった 日本人
屈折した バカな事件を 起こしている
LED 剥き出しの 照明によって
陰影が消され 凹凸が なくなった
空間が つかみどころ ない
無性格な ものに 変わった
若い女性たちは 口を開くと
景色を見て「癒されました」と いう
え? どこか 病いを
患っているの ですか? と たずねる
癒される というのは
病んでいることを 前提にした言葉
よい景色を見たら 美しいで いいのでは
化粧が 上手になった
引き替えに 表情が険しい
外面を飾る事に 熱中する
内面を疎かにしている 残念な 女たち
女性は 男性の 鏡の存在
男性が 劣化した ために
女性を 道連れにした そうに ちがい ない
「ブス」容貌を指す 言葉
明治時代までは 身のこなしかたが 醜悪
そのことを「不粋(ぶす)」と 言った
いつの間にか ブスが 容貌に ついてのみ
語られるように なった
江戸時代から 明治までは
派手なことが 嫌われた
けばけばしい身装をした 田舎者の女性を
「葉(は)出(で)」と 書いて 嘲笑した
余計な葉が はみだしていることを 意味した
この30年ほど だろうか 羞(はじら)い や
ちょっとした 女らしい仕草を みせたり
目もとが すずしい女性が いなくなった?
いや まだ 日本には 美しい女性が いるはず
先日 買い物に出た モールで
用事を終え 少し疲れたので 小休止
さて どこで ビール飲もうか
お茶の時間は
ふと 何かを思うための 人間らしい時間
生きていく中で 大切なことは たくさんある
「人間らしい時間」を 大事に 思うことは
忘れては ならないことの ひとつ
一息入れよう 店に入って ビールを 頼んだ
接客係の 20代のお嬢さん
その物腰が 魅力に溢れていた
曾祖父が アバカ農場の日本人経営者だった
母親から 日本式で 躾けられたと 話を してくれた
日本の女性に 絶望することは ない
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