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           ダバオ通信  ヤン爺のラストライフ・ダバオ 
              Last Life Shift In Davao Philippines
                      

            フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
                  「団塊 百年の孤独 老いの抗い」  
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夜が まだ 明けきらない「朝まだき」
日の出前 太陽は まだ 見えないが
一帯が ほんのりと 色づき
空と海の境界が 淡く色分けされる

光が 動いていて
手を動かすと 光の粒子に 触れている
目には 見えないもの
手で掴めないもの が たくさんあって
その中心にある 光と風

光る青空が 綺麗すぎて
サングラスを かけるのは
「もったいない」

1月 ダバオが 最も穏やかになる とき

素足で歩いた砂浜の上 熱くて早歩き
誰も 自分の事など 知らない
なもない 風だから
なもない 風なのさ
なもない 風だから

光と風を 追いかける
光は 当たり前のように そこにあった
光が 持っている 豊かさ 考えさせる力

「光」と 聞いて「恩恵」そのもの
人間が 生きていく上で かけがえのないもの
どんなに 大きな悲しみや つらさが あっても
そこにも 必ず「光」が 存在している
光と人 その関係は 切り離せない

風よ どこから やってきたんだい
おまえの正体は なんなんだろうね

追い風 向かい風 そよ風 強風 季節風 貿易風

赤道上で 西に吹く東風 貿易風
赤道上の海水が 温められ 発生した上昇気流
地球の自転の影響を受けて 西側への風に変わる
一年中 西側へ向かって 吹いている貿易風

昼間 陸地は 海よりも 太陽により暖かくなる
海から 陸に向かって風が吹く 海風

夜になると 海は 陸よりも 冷えにくい
海の空気が 陸より暖かくなるため
陸から 海に風が吹く 陸風

夜の陸風から

昼の海風に交代する かわりめ

風が 一時的に 吹かなくなる 朝なぎ
夕方 海風から 陸風になるとき
風がなくなる 夕なぎ

風は 太陽の恵みにより 吹いている
太陽は 地球を暖めている
暖める場所や 暖められるものに よって
温度差が発生 その温度差によって 風が起きる

太陽は 赤道付近を 熱く温め
北極・南極は 殆ど暖めていない 
その温度差を 少なくするために
地球の自転で 対流を 起こす
大きな気流 地球の風の流れ
上層の大規模な偏西風 下層の貿易風

きまって 1月になると ダバオに吹く風
忘れていないよ と 肌を覚醒させる
自然に従順になれば 快感が つのる

「感性は いくらあっても 荷物に なりませんからね」



 

ダバオ 風の輪廻
地球を 炙り出しながら
体感を 重ね合わせてゆく
静かな時に 強く吹く風に もっと感じたく
目をつぶり あごを上げる 風に敏感になれる

ゆっくりした風は
ゆったりした時を 連れてくる

空を見上げ
「今日は 空がきれいだ」と 思う
ささやかな風に吹かれる 朝

年を取ると 自分に 甘くなれる
ダラダラ過ごしてしまった 日が あって
あー 何もしなかったな今日 とか 思っても
まぁ いいか・・ 

無事に 一日が 終わるだけで 喜ぶ

向上心は 未来を 目標にしているから
今日を 生きる老人に 向上心は 似合わない

赤道近い 南国の島に暮らす
世捨て人の ごとき老人になった
底に流れるのは 死の影
そして 自然の潤いや 悲惨な数々
生の重さが 胸に刺さる

今日 死ぬと分かったら
悔いは なんだろうね

「健気に 慎ましく 真面目に 生きている人」
自分も そう生きられれば  自分を 好きになる

そして
「あの人 面白い人やったな」で 十分
「面白い」は 最高の生きてきた 価値

金余りが バブルなら
「生きる時間が 余っちゃったは 何?」
100年寿命だって よせよ 何が 面白い
豚は 樹に登らないもんだよ

美しさも 汚さもある ミンダナオ島
ありのままの人間を 許容する島
ただ 体を休めたり 悲しくて嘆いたり
人間が 人間らしくいられる

ブルー 悲しさを 表現する際に 使われる
ブルーには 華々しさもある
光が 最初に放つ色 ブルー  美しい

人が 人を思うことで 生きる
緩くて いいんじゃ ないか
自分の心が 感じるままに 生きる
豊かな感受性は 見逃してしまう
美しい瞬間を 気づかせてくれる



やぁ! みなさん 
あなたの心と躰 お変わり有りませんか
ヤン爺です 今日も ダバオにいます
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静かに「一年の計」を 考えながら 過ごす
それが 年初の 心の持ちようで あろうが

1980年代 40年前に 遡り 
振り返って みたくなった
偏見を捨てて 冷静に 80年代を 俯瞰した

もう 遠い話のような気が するが
我々 団塊は 人間として 30代の盛りだった 
社会 文化 生活 意識 価値観などが
豊かに 変化を見せた時代の 生き証人団塊 

『ジャパン・アズ・ナンバーワン』は
80年代を表象する 書籍
日本型経営が 欧米で 模範とされた

1980年が 明けた その元旦 
発売された ジュリーこと 沢田研二の「TOKIO」

当時 民放テレビにも
「ゆく年くる年」の 生放送が あり
年が明けると同時に ジュリーが 登場
この曲を 歌った

本物を 背負う
赤と白のストライプの 巨大なパラシュート
歌う その姿には 強烈なインパクトが あった

「空を飛ぶ  街が飛ぶ」から 始まる
「街」いうまでもなく TOKIO 東京
男女のカップル 恋の舞台

若者たちに とって
「欲しいなら 何もかも その手にできる」
「やすらぎ知らない遊園地」東京
モノにあふれ それを求める 人びとの
欲望で充満した街

街中では 新手の風俗が 発生
「ノーパン喫茶」いま思えば
なんとも はやで あるが
当時は 隆盛を誇った
風俗という カテゴリーは
この頃から 勢いを増して
アンモラルに 突き進んでいく

「TOKIO」は まさに爛熟
消費文化の幕開けを 宣言していた
「おいしい生活」西武のコピーが 新鮮
「上質」や「洗練」に 若者を魅き付け
時代の空気の 先頭を走った



 

ソニーは CDの生産を 開始
CDプレーヤーを 発売
アナログレコードから デジタルCDへ
ソニー この頃は 活気で溢れ 時代を担った
いまの アップルみたいな 存在だった

 

その頃の アップルは マッキントシュの開発中 
名もない 二人の若者が ガレージの中 

懸命に 作業に熱中していた

一橋大学の学生だった 田中康夫の本
『なんとなく クリスタル』が 発表された
ファッションモデルの 女子大生を 主人公に
おしゃれな日常を 描いた「遊び 第一主義」

「TOKIO」が 東京を
「やすらぎ知らない遊園地」に 例えた
その「遊び 第一主義」の 価値観は
多くの若者を従え 東京を変えていった

バブル 土地高 株高を背景に 金余り
それは 企業だけでなく
庶民にも その恩恵は あった
企業は 多くの人材を 採用
高い給料を 払っていた
それによって 消費活動も活発化

1984年
麻布十番マハラジャ オープン
ディスコなど 夜の社交場は
アンモラルな雰囲気に 惹かれて
灯りに集まる 蛾の如く
多くの若者で 一杯となっていた

「お金と色と欲」が 融合した 狂躁

そして 1989年 バブル絶頂期
六本木は 深夜過ぎでも タクシーが 捕まらない 
1万円札を ヒラヒラさせ 止めていた

バブル景気に湧く TOKYOが
パリやロンドン ニューヨークと並ぶ
現代的な都市として 注目された

「幻の東京」
土地は 狂乱の高騰をみせ
中心地が 六本木から 湾岸へ移っていった
「ウォーターフロント」東京・港区芝浦

空き倉庫や その跡地を利用した
大規模なディスコや ライブハウスが 多数開業
1991年 5月15日(金)「ジュリアナ東京」誕生

バブル経済の 終演を飾るが如く
外国人DJが 英語で叫ぶ パフォーマンス
テクノという 新しい音楽スタイルによって
人気を獲得

ジュリアナで 流行したのが 
女性の 体のラインが 強調される「ボディコン」
長い髪を垂らした ワンレングスヘアー
ワンレンボディコン
ジュリアナ東京で生まれた カルチャー
話題が 話題を呼び 連日数千人が 訪れた

そして バブル崩壊
1994年8月31日(水) 閉店

ジュリアナ東京のない 芝浦
今 高層マンションが 立ち並んでいる
バブルの思い出や 残り香は 微塵も無い

ふるさと創生事業 使い方は 任せると
1億円が 全市町村に バラまかれた
バカな金に 創生成果など ある筈も ない

好きな事して 生きたい 音楽を目指す若者
TVの深夜番組「三宅裕司のいかすバンド天国」
時代の流れに 目をつけ 勝ち抜きバンド合戦から
メジャーデビユーしていった 夢が叶った若者

それは 感性という 
やわらかい 個人主義の始まりだった
人と同じである事が 価値を失い
感性という基準で 差異化された
カッコイイいい 基準が 
他人と違う「何か!」と 言っていた

決まっている事 常識を 全部覆して
独立し 一旗揚げ 世に打って出る 
成り上がりの気概が 若者に あった

会社では スーツで決めて 
強気に押し出す 若い熱気
やりたいと思う仕事を 探していた 新人類 
デザイナーとして 動き出した友人も いた
酒を飲んでは 情報交換し 個性を探していた
久米宏が 時代を後押しする 本音を 吐いた

・いい女を抱くこと
・いい酒を飲むこと
・いい車に乗ること
・海が見える地に 家を構えること

男達 みんなが 夢想した

1980年代 後半に入った
少子化が 深刻化しはじめた
この時からの 無策のツケが 
1990年以降 日本を 苦しめていく事になる

80年代に登場して 現在に続くもの
PC スマホ インターネット 

80年代を 侮った日本国
おごり 反省の材料に溢れた 80年代だった

時代の神は 日本に微笑んだ
やがて風は 強まり
嵐のような 怒濤の時代が 始まっていた
日本に訪れた 黄金の時代 裏を返せば 
やがてくる 苦難の道筋も用意されていた
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日本が 経済的に 最も繁栄し
経済的分野に 留まらず 
文化「禅」に よっても 
日本の影響力が 世界に 波及した
日本人が わが世の春を 謳歌した 
1980年代「幻の黄金時代」

1990年代以降の 日本
「失われた30年」を 過ごしている
幻から 何を 失った と いうのか?

 

全ては 後手 後手

何もかもが 後手だった 30年間

日本人たちは 今
経済的 政治的 文化的にも
最も困難な時代を 過ごしている
日本と日本人が 最悪の状況に 
直面している 遠因は 80年代に あった
「黄金時代の幻」を 忘れられず
老人が 権限を 若者に委譲しなかった から



 

20年先 日本の2040年
どんな社会が 待ち受けているのか

 

不況しか知らない 令和生まれが 成人した
国から 将来を見越した政策は 
相変わらず 聞こえてこない

2040年
多国籍の外国人がオーナーの 企業 商業が乱立
横文字 TOKIO 小さくなった都市

「なぜ」を 重視する 教育を 受けていないから
自分の意見を言えない 英語が喋れない日本人
使う側から 外国人に 使われる側に なっていた
日本の中の外国 TOKIOが 位置づけられた
日本の首都機能は 喪失した

世界は 中国一国が できてしまうほどの
人口増加を 経験している
日本では 東京都が 全部なくなってしまうほどの 
人口減少が 止まらない

さらに いえば
人口の4割が 60歳以上 超高齢化社会で
60歳以上の方が 25〜60歳の人口よりも 多い

若い人が払う 社会保険料や税金は
シニアの年金や医療費に消えていく
勤労世代は いくら働いても
余裕を感じることが できない

子供を 産むことが できる
女性の数自体が 激減してしまった 以上
人口減少 高齢化の流れは 止まらない

 

年金システム破綻 年金積立金の償還

トヨタは 20年前の 2020年正月 

社是を変更した
「未来を どこまでも 楽しく」

何をしたいのか 何が出来るのか
どんなものを 目指していくのか
社会に向けて コミットする意志を 示した

大きな困難を抱えた 日本という国の変革
自動運転が 本格的になっていた 
自動車業界が 足を 引っ張り合うのでは なく
共に歩んでいこうとする キーワード「楽しい」

あらゆる モノやサービスが つながる
「コネクテッド・シティー」(つながる街)
実証都市が 静岡県裾野市にできた
2021年初頭に 着工された街

この街では
自動運転や移動サービスに加え
1人乗りのモビリティー・ロボット・AI
最先端技術が 働いていた

2025年 2000人が 住み始めた
街の名前は「ウーブン・シティ」
ウーブンは「編まれた」の意味

車両専用や歩行者専用など
3種類の道が 網の目のように 織り込まれた街

ここの住民は センサーやAIにより
健康状態を チェックしている
 
豊田社長は
ゼロから 街をつくりあげることは
将来技術の開発に向けて ユニークな機会
すべての モノ サービスが 情報でつながった
車を含めた 街全体 社会全体という 
コネクテッド・シティー
2020年 ラスベガスで語った 新都市構想


 
 

義務教育に しろ
シェフなどの 料理修行にしろ
他国言語学習などに しろ
医学・法学・物理・数学の知識に しろ
人間が ある技術・知識を習得するために
何十年間も 時間とコストを 費やしてきた

その時間とコストを 人工知能に よって
これまでの習得時間を 無いものに した

10年間 寿司料理を 修行して
一人前の 寿司職人に なったとしても
2040年 寿司を 料理しているのは
板前でなく ロボットが 遜色なく握っている

教育も まるで違う 
人工知能を どうしたら 
上手く活用していけるかが 学習要領
それと平衡して 創造的 哲学的 画期的
芸術的 文化的な分野を 確立していって
人間が やる事に 美や 価値を見出せる
教育を している

人工知能が いくら人の知能を 超えたとしても
人にしか出来ない仕事が 感性による 文化創造

2040年 人類の知能を 超えた
究極の人工知能が 始動していた

その 人工知能AIが
更に 自分よりも優秀な「AI」を 自ら開発
更に その「AI」が 次のもっと優秀な
「AI」を 開発しつづける 究極のAI循環
「AI」が「AI」を 連鎖的に 作り続け
爆発的スピードで テクノロジーを 自己進化させる
人間レベルでは 不可能な 仕事をこなしている

20年前の2020年 人工知能は あった
人間のプログラマーが 苦労して
個々のシステムを 手作りしていた
これらは ある種の用途には 役立ったが
融通が効かず 拡張性を 欠いていた
入れた情報が 出てくるだけの AIの箱

2040年
機械学習の周辺で 知識的な機能や 
表現を 手作りする 代わりに
生の知覚データから 自ら学習し
アルゴリズムを 作る
人間の子供と 同じことを AIが している

1985年 現在の携帯電話のベースになる
移動型電話の ショルダーフォンが
NTTより レンタルサービスされていた
 

移動型電話機は 重量が 3kgほど
肩からかける ショルダータイプでないと
携行するのが 難しい 大きなものだった
 
この頃から NTTの開発者は
この技術を電話として 持ち運べる
携帯電話へ応用する事を 目指していた
 
携帯電話開発には 膨大な開発費が いる
NTTは 日本の企業や投資家に
今は まだ ショルダーフォンという
持ち運びするには 大きい物だが
電話機を 手のひらサイズにして
ポケットに入れて 誰もが 持ち運べる
その時代に 変わっていくから
この事業に 出資してほしい・・
 
一部の企業や 投資家は
この夢物語に 賛同したが
多くは あんなに 大きな電話機が
ポケットに入るサイズに なる訳が ない
見向きも しなかった

そのころ 海外でも 
携帯電話の研究が 進められていた
携帯電話の未来を 学生達は 夢中で議論していた
大学で 研究開発していた 若者に 
投資家や企業は すぐには 手をださなかった

ならば 自分の手で 作る
アップル Facebook グーグル アマゾンなど
若者達が 次々に 立ち上げていった 先端企業の数々
  
ショルダーフォンから 30年経過した 現在
携帯電話普及率が 人口と比較して 100%を超えた
日本は スマホでの ビックビジネスを 失っていた

そのスマホも 長く 続かなかった
世界のスマホユーザーの半数は
2030年 誰もが 軽量でおしゃれな
AR拡張メガネを 着用している
言語を 即座に翻訳したり
サウンド環境を 制御したりする 機能を提供
匂いや味 質感 温度を デジタルで 
体験させてくれる ウェアラブル


モバイルデバイスと

ユーザーの脳が 連携している
ユーザーが コマンドを
頭に思い浮かべるだけで 実行する
脳をインターフェースとして 使用した

知人に 出くわしたが
その人の名前を どうしても 思い出せない
昔から ある問題

2040年には 解決されていた
ユーザーの思考による 要求を受けて
ARメガネが 目の前にいる 人の名前や
前に出会った場所などの 情報を提示する
テクノロジーが 人の思考に アクセス

目の前の 不思議なことに 感激し
意外なことに 喜びを感じる性質が 人間にある 
未来のテクノロジーは
せいぜい体験を 拡張できるだけで
取って代わることは できない

2040年の 社会倫理 道徳 文化 若者の意識
ゴミを そこら辺に 捨てちゃうような人
ご飯を残すな とか 人が 最低限守るべき常識は 

保たれている

若者は 自分が 楽しめることだけを する
そのために 努力してる
『え なんで ダメなの? 
   だって 私は したいんだもん』

『したいことをすることに 理由なんか ない』
『なんで そんな変なこと するの?』
その度に うまく答えられない

でも 今  2040年は
『楽しそうだから』『やりたかったから』って
胸を張って努力できる 環境が ある

自分を 理由なく縛る規則には 従わない
どこまでも 徹底している 時代の若者

そんなこと 未来 考えすぎじゃない
もっと 自然体で いいんじゃない
官僚的という 押し付けとかは 
きちんと しすぎている もっと ゆるくて いい 
そこに 新しい時代の発想 試みが 生まれる
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ぺいぺい ぺいぺいって うるさいよ

一時帰国の者には ポイント還元も
キャッシュレスも 関係無く わずらわしい

コンビニで 缶コーヒー ひとつ買うにも 

ペイ ペイ ペイ ペイって うるさくて 

ありゃ いかんだろ
ひょうきん族の 決め言葉じゃ ないんだから



 

そりゃあ 確かに 
キャッシュレスは 便利 身軽でもある 
しかし だ よく冷えた ホッピーを出す
もつ焼き屋でも 使えるのか
タンメンと餃子が うまい
町中華でも 使えるのか

なぁ 使えないだろ ノットペイペイだ
だから そんなに威張るなよ ぺいぺい

コンビニで 買い物をした際
細かい小銭が なかった で
お札で 支払おうと したら
ピッタリでなくても いいので
出来る限り 小銭を お願いできますか? 

と 言われた

ここまで 喋れるのか 日本語
ベトナムの実習生に 感心した

お客も 少なかったので
小銭の理由を 訊いてみた
返ってきた答えは 予想外 だった

「両替1本に 100円かかるんです」

50枚を 1本として
ビニールで まとめたコイン

手数料として
「1本につき 100円」かかるらしい
それも 金種に関係ない というので
ますます 不思議だった

「もしかしたら 1円の両替って
   50枚(50円分)が 100円かかってるの?」

答えは イエス

コンビニで
お釣りがないって わけには いかない
フィリピンじゃ あるまいしね
赤字を承知で 対応している

あっ! だから
少しでも 小銭を ストックしたいのか

理解できた
知らなかった「両替」の 世界

 

昔は 信金など 地元商店を応援し
サービスで 両替していた筈だ

金貸しも せちがないのう

 



別れ際 
ベトナム店員が 驚くことを 教えてくれた
「名古屋では 1本500円かかるんですよ」

えっ! ほんと

そうなら キャッシュレスも頷ける

 

まいったね

 


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